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理工学部

丸山敦 研究室
和装本に漉きこまれた毛髪の科学分析で江戸時代の食環境を復元する。
毛髪の安定同位体分析

2020.02.21毛髪の安定同位体分析

理工学部 丸山敦 研究室

今回は、私たちの研究室が得意としている「安定同位体比分析」の紹介です。

安定同位体分析は、生態学でよく使われる、動物の食性を調べるために使われる分析です。炭素や窒素の同位体の比率が、食べものと動物の間で一定の差をもって引き継がれることから、同位体比を調べることで「喰う−喰われる」の関係が推定できるのです。「喰う−喰われる」を推定することは、その種を保全する上でも、食物網を把握する上でも、移動を追跡する上でも、とても役に立つ情報です。

実際、丸山敦研究室では、世界一の魚種数を誇るマラウイ湖(アフリカ)で、その複雑な競争関係を理解するために安定同位体分析を活用してきました。琵琶湖に生息する魚の移動を、同位体比の変化によって把握しようとする試みも続けられています。

私たちの研究チームは、この分析を野生動物ではなくヒトに、それも江戸時代の庶民に適用しています。ヒトは、トウモロコシや粟、稗を食べると炭素同位体比が高くなること、海産物を食べると窒素同位体比が高くなることが先行研究によって知られています。したがって、江戸時代の庶民は、現代人と比べてどんな食生活をしていたのか、そのあらましを推定することができるのです。

では、江戸時代のヒトをどうやって分析するのか。その試料は、これまでに何度も紹介してきた、書籍の再生厚紙に漉き込まれている毛髪です。しかも、書籍の刊記と書籍鑑定から、毛髪の主が、どの町でいつ暮らしていたヒトなのかが推定できます。私たちにとって古書籍は、昔のヒトの試料を保管してくれるタイムカプセルなのです。

作業としては、まずは必要量(0.5 mg、6〜10 cm相当)を集めたり切り取ったりします。それを、クロロホルムやメタノールを使って洗浄します。そして、錫でできたカップに包み込んで、安定同位体比質量分析装置に仕込めば、準備完了です。本分析は、1試料あたり10分くらいかかりますが、コンピューターに任せておくことができます。簡単そうな作業ですが、試料数がとても多いので、試料やデータの取り違いが生じないように、万全の体制をつくって進めてきました。

卒業研究を書き終えた今になって振り返ると、この莫大な試料数が、解析や考察に信憑性を与えてくれたのだと実感できます。後輩の、さらなる解析にも期待しています。

桑木 捷汰(阪南大学高校卒業)