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2018.10.01

特別講演「肯定的犯罪学:犯罪学と被害者学に関する研究の新たなパースペクティヴ」を開催

ポジティヴ犯罪学と12ステップのスピリチュアリティーを学びたい人のために

2018年9月18日、龍谷大学 犯罪学研究センターは、
『「肯定的犯罪学:犯罪学と被害者学に関する研究の新たなパースペクティヴ」
〜ポジティヴ犯罪学と12ステップのスピリチュアリティーを学びたい人のために〜』を
テーマにした講演会を本学深草学舎 至心館1階で開催し、約20名が参加しました。
【イベント概要>>】


今回の講演会は、イスラエルよりナッティ・ローネル教授(バル=イラン大学・犯罪学)をお迎えし、前半にイスラエルにおける犯罪学について、後半にローネル教授が提唱する「ポジティブな視点から犯罪学・被害者学をとらえなおすこと」について、講演していただきました。


ナッティ・ローネル教授(バル=イラン大学・犯罪学)

ナッティ・ローネル教授(バル=イラン大学・犯罪学)


今回の企画・進行役は、石塚 伸一 本学法学部教授・犯罪学研究センター長が務めました。

今回の企画・進行役は、石塚 伸一 本学法学部教授・犯罪学研究センター長が務めました。


1.イスラエルとバル=イラン大学について
 ローネル教授はまず、イスラエルという国、そして教鞭をとっているバル=イラン大学についての説明をされました。

 イスラエルにおいて、バル=イラン大学は、学生規模でいうと3番目の大学であり、生徒数は約17000人。医学部や法学部、ナノテクノロジー系の学部等様々な学部を設けており、その中の一つが犯罪学部です。犯罪学部としてはイスラエルの中で最大のものであり、犯罪学部をイスラエルで初めて創設したのもバル=イラン大学です。

 ローネル教授は『犯罪学は高度な専門性があり犯罪学者は専門職である』、『専門職であると自認するからこそ我々の助けを必要とする人たちと一緒に仕事をすることができる』と主張します。

 バル=イラン大学の犯罪学部は、「リハビリテーション」に特に関心を払っており、医学部のように、実習に重きをおいています。学生を刑務所やリハビリセンター等に訪問させ、そこで働くことによって実践の中から学んでもらう機会を提供しています。

 また、「臨床犯罪学者」という職種がイスラエルにはあり(教授自身が知る限り世界的に見てもイスラエル独自)、教授自身も臨床犯罪学者として、国から免許を取得しています。ライセンスを取得した犯罪学者は、刑務所の矯正処遇のプログラム作成のレベルから関わったり、時には犯罪被害者のケアにもあたったりします。

2.「Positive Criminology and Victimology」:ポジティブな犯罪学と被害者学

 なぜ「Positive Criminology」なのか?

 Positive Criminology は、心理学の一つの領域(positive psychology)にルーツがあるとローネル教授は説明をはじめました。

『犯罪学というものはネガティブな要素で満ち満ちていた。それは実際の犯罪であったり、それを分析する論文であったりと。ネガティブな経験からネガティブな考察、ネガティブな結論へといたる。このような現状を変えることが出来ないか? … 重要なのは、人と人との出会い、包摂や受け入れるという関係性であり、それを我々が対象とする人たちにポジティブに体験してもらうということである。そうすることで犯罪の予防、リハビリテーション・回復へとつなげていきたい。最後の回復というキーワードが一番重要視していることである … 我々が犯罪者に微笑みかければ犯罪者も微笑み返すかというとそういうことは必ずしもないが、【罪を犯した人たちの回復】に注目したいと考えた』

とローネル教授はポジティブ犯罪学のコンセプトを述べます。

『犯罪者を塀の中に閉じ込めるだけのではなく、私たちは治療的な立場から、ポジティブに犯罪者に向き合うのが理想ではないか。もっと言えば、リハビリテーションやコミュニケーションを通じて、ポジティブな経験を犯罪者にも積んでもらうむことを重視している』

 ここでいうポジティブな経験というものは、欲しいものがあれば人から盗んで良いと許容したり、犯罪者の望むもの、薬物や女性を与えるなど欲望を叶えるということを意味するわけではないと、ローネル教授は補足します。

 Positive Criminologyの英訳版書籍(※1)は、世界的にも好意的に受け入れられましたが、教授は「犯罪学」だけでなく、常にネガティブに語られる「被害者学」もポジティブに捉えられないか?たとえば、被害者への支援などにポジティブな視点を提供することによって捉え直すことはできないか?そのような関心から「Positive」という概念について更なる研究を進めています。

※1.Natti Ronel & Dana Segev (2016). Positive Criminology. Routledge; 1 ed.

「Positive Victimology」とは?

 ローネル教授は、Positive Victimologyについて、抽象的な概念である次の3要素から説明します。
①ポジティブな反応、②治療(ヒーリング)、③統合(一貫性のある経験)
これらの要素のうちでも特に③にある「経験」を重要視します。つまりヒーリング(治癒)の観点から「その人を縛り付けている何らかの行動を辞める」事を探っていくことが重要となります。

 『被害にあった時、被害者は自分が加害者からモノ扱いされたと感じている。被害者は人と人との別れ(分離)の経験により、世界と自己とか分断されたような状況に陥っている。被害者の孤立化をいかに克服し、被害者と世界との繋がりを回復していくか。そのプロセスをどのように築くかが問題である』


つづいて、『セラピーとリカバリーは違う概念である』そのように注意をうながします。
 
セラピー:回復のプロセスを開始するステップ。専門家が介入するものであるが、限定的なもので、修復の過程を築くもの。

リカバリー:人生をかけてのライフプロセス。継続な視点で見た個々の人生における回復の過程。

 『セラピーはリカバリーの前提条件ではなく、セラピーを受けなくてもリカバリーするということはあり得る。』
 『リカバリーは継続性が大事であり、立ち止まってしまうとまた被害者は孤立化してしまう。』


 ローネル教授は、上記の点をふまえ、リカバリーを3段階のレベルに分類します。

①人間関係のレベル:被害化は人間と人間の間の分離によって引き起こされるものであるので、その回復も人と人との間で行われなければならない。

②被害者個人の中で起こす回復

③スピリチュアル:被害化をより高い視点から捉えなおす、人間の力を超えたところにある回復

『被害者とは非常に主観的なものである』

 ローネル教授は、被害化とは自己(個人)の経験であり、単なる事実・出来事ではないことに着目します。

『人は主観的なものの見方に基づいて行動するものである。だからこそ、被害化した事象に関して、個々人のどのような認識(や一部恣意的な選択)によって形成されていったかを見極める必要がある。 … 「害悪」は被害者に強いられているものであるが、「被害」は被害者自身が内罰的に捉えるものである。 … 害悪のある行動というのは、自己(個人)の中で増幅されて被害者に無力感をもたらしていく』

 被害者が感じた「無力感」は、さらに「なぜこのような害悪を防ぐことができなかったのか?」という自己否定を伴う一次的な無力感と、内的な連鎖によって「私は被害者である」という自己が形成される二次的な無力感とに分類されます。二次的な無力感が発生する要因として「対人関係」、「個々人の内部での葛藤」、「そして希望、生きがい、将来的な展望のないスピリチュアルの面において」があげられます。

 二次的な無力感は、被害者自身の心のうちに増幅を繰り返してしまい、その後の人生に大きく影響を及ぼしかねないため、「セラピーやリカバリーの現場においては、一次時的な無力感であるのか、それとも二次的な無力感であるのかを見極める必要がある」とローネル教授は指摘します。

 教授の分析によれば、サバイバー(回復に向かう人)の中には、この一次的な無力感を受容せず、二次的な無力感にさいなまされ続けている人がいます。この二次的な無力感こそ自己を傷つけている要因であり、被害者は「抵抗することが出来なかった」・「予防することができなかった」と、他の可能性や選択を否定し続け、自己の作り上げたイメージ的な無力感の中に閉じこもってしまうおそれがあるのです。


Gracewayの12ステップ

どうすれば人は二次的な無力感から解放され、回復へと歩みはじめることができるのか?
 そこでローネル教授が考案したものが「Gracewayの12ステップ」です。

 これは、AA(Alcoholics Anonymous)の方法に倣って回復に向けた12ステップを示したものであり、イスラエルにおいて刑務所などでの処遇や被害者のケアを実践している専門家に向けて作成されたモデルです。
 (『海外で発表するのは今回が初めてであるが、我々の実践をまとめたものを出版したブライ語書籍を英語に翻訳して発刊する予定である』とのこと)。

 人が日々の生活を送る中で感じることができる、または、大切にしなければならない「スピリチュアリティ」を、色々な人のリカバリーを通じた生き方を分析することによって、ローネル教授たちが、経験に基づいた回復へと向かう生き方の指針としてあらわしたものです。

 ローネル教授は、自身がイスラエルにおいて取り組んでいる様々な実践事例を交えて講演してくださいました。

 残念ながら限られた時間ということもありGracewayの12ステップについての詳細については最後までお聞きすることができませんでしたが、予定ローネル教授には、時間を大幅に超過して熱心に講演していただき、また質問応答のさいにも真摯に受け答えいただき、非常に実りある講演会でした。

 改めてナッティ・ローネル教授に感謝の意を表明いたします。

 本講演では禹貴美子さんに通訳を務めていただきました。事前の資料確認から打合せ、講演中の用語解説に至るまで細やかに対応いただき、参加者の理解度を高めるための心強いサポートとなりました。この場を借りて感謝申し上げます。

 質疑応答から一部を紹介

Q:ポジティブ犯罪学がポジティブ被害者学のベースになっているが、共通する点とは?
A:いずれの対象においてもまずはリカバリーが大切。リカバリーを成し遂げてこそ、当事者の人生が成り立つと考えている。

Q. ヒーリングとリカバリーの概念の違いは?
ヒーリング:私たちが人生において成し遂げたい目標
リカバリー:そこへ向かうためのプロセス

Q. 何を持って回復とみるのか?
A:行動をやめるだけでは回復と言えない。