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2019.04.11

特別講演「韓国の性暴力犯罪に関する法と政策の現況と展望」を開催【犯罪学研究センター】

立法・改正史からみる、韓国の性暴力犯罪に関する法律と政策

2019年3月7日、龍谷大学 犯罪学研究センター「性犯罪」ユニットは、「韓国の性暴力犯罪に関する法と政策の現況と展望」をテーマに、趙炳宣教授(韓国・清州大学校法科大学)の特別講演会を本学深草キャンパス 至心館1階で開催し、約10名の方が参加しました。



「性犯罪」ユニットでは、これまで日本の性犯罪規定の改正、ドイツ語圏における性犯罪規定の状況につき、調査・研究を進めてきました。くわえて、国際的な視点をより一層深めるために、昨今ではアジア諸国の性犯罪規定・性犯罪に関する政策などにも研究を広げており、今回は韓国より趙炳宣教授を講師に迎え講演会を開催しました。

講演の冒頭、韓趙教授は次のように述べられました。
「韓国では、性暴力犯罪に関する法律と政策について、2012年/2013年を基点にして前後に分類する必要がある。なぜなら、2012年12月18日の大幅な改正(2013年6月13日施行)が行われたからだ。2012年/2013年以前は、部分的に改正された制度の実験が行われた。そして2014年以降は、その検証を経て制度として定着させ、全面的に拡大された」。


そして趙教授は、【1】「2012/2013年以前の実験的に行われた部分改正期」、【2】「2012/2013年以後の全面的な施行期」に分類して報告しました。


趙炳宣教授(韓国・清州大学校法科大学)

趙炳宣教授(韓国・清州大学校法科大学)


【1】「2012/2013年以前の実験的に行われた部分改正期」について

趙教授は「韓国の性犯罪に関する立法の特徴は、ワンポイント(one-point)立法である。韓国では1990年以後、残忍な性犯罪が頻繁に発生した。そのため処罰を強化し、新たな刑事政策的な手段を導入することをも目的とした立法や改正が繰り返し行われた。したがって、刑法典内に焦点を合わせた体系的な改正よりも、その都度、個別のケースに応じた立法・改正がなされてきた経緯がある」と解説しました。

現在、韓国の性暴力犯罪処罰法の根幹を成しているのは、以下の5つです。
①「児童・青少年の性保護に係る法律」(以下「児青法」)*1
②「特定犯罪者に対する保護観察と位置追跡電子装置装着等に係る法律」(以下「電子装置装着法」)*2
③「性暴力犯罪の処罰等に係る特例法」(以下「性暴力処罰法」)*3
④「性暴力防止と被害者保護等に係る法律」(以下「性暴力防止法」)*4
⑤「性暴力犯罪者の性衝動薬物治療に係る法律」(以下「性衝動薬物治療法」)*5

つづいて、趙教授は性暴力犯罪対策の実務と政策について次のように紹介しました。
「韓国では2003年に、専門化された『性暴力犯罪専坦捜査体系』が導入された。これは専坦警察官、専坦検察官およびにその他の専坦調査者で構成されており、性暴力犯罪の捜査を行う機関だ。
被害者支援の分野では、ワンストップ支援センターが挙げられる。2005年に導入され、性暴力被害者の調査と被害者に対する医療と相談、法律サービスを一つの場所(one-stop)で提供する総合支援サービスである」。

【2】「2012/2013年以後の全面的な施行期」について

2012年12月18日、国会審議を通過した大規模な性暴力関連法の改正を起点として、それまで実験的かつ部分的に実施された性暴力犯罪に関する政策は、全面的に拡大されるに至ります。具体的には、「刑法」の一部改正と「性暴力処罰法」の全面改正、「児青法」の全面改正、「性衝動薬物治療法律」の一部改正、「電子装置装着法」の成立、その他の法改正等も行われました。

韓国における性暴力関連法に関わる法改正の方向は、次の2点に要約することができます。①性暴力犯罪者に対する処罰・事後管理の強化、②性暴力被害者に対する保護・支援の強化、です。

新たな性暴力関連法の施行に伴い、韓国政府は「性暴力防止総合対策」を公表しました(2013年6月19日)。この目的は、厳罰化、現場対応システムの強化、性犯罪予防教育の強化です。具体的な内容は、以下の5つです。
①検察官の厳重な求刑及び捜査組織の専門化
②被害者弁護士制度と陣述助力人制度
③性犯罪者統合登録管理システムの構築
④二元的性暴力捜査体系の内実化
⑤統合支援センターの設置と拡大


趙教授は、韓国においてターニングポイントとなった2012/2013年の性暴力犯罪に関する改正・立法と政策を紹介した上で、「刑事政策的潮流に応じて立法と改正を重ねると、個々の法における処罰対象行為が多数重複する。そのため、刑法における犯罪構成要件を概観するのが困難となっている」と、韓国の課題について言及しました。



さいごに、趙教授は、現在韓国で議論となっていることを紹介しました。
韓国では『#Me Too運動』*6、『安熙正事件』*7を契機に『権力型性犯罪』の処罰を強化することを目的とした法改正、非同意姦淫罪新設の議論が活発化しています。中でも『#Me Too運動』に関する法改正はまだ一部に過ぎず、国会で審議中であるものの、『安熙正事件』の発生によって、すぐさま刑法を改正し刑罰が強化されました。韓国ではいまだにワンポイント(one-point)立法という象徴立法が散見されます。

これらの現状と課題について、趙教授は「多数の法律の散在により、国民はもちろん法律専門家でさえ、どの法律を適用しなければいけないのか判断が難しい場合がある。散在する性犯罪の処罰規定を刑法に統合・編入し、行為類型を基本構成要件と加重・減軽構成要件形式で体系化することが必要だ。個人や世論に左右されずに法律や政策を体系化していくことで、適切な被害者支援や再犯防止を実施することができると考える」と総括され、講演を終えました。


講演終了後は、「性犯罪」ユニットの研究者や参加者による活発な質疑応答が行われました。おもに講演で紹介された韓国の刑法や性暴力犯罪処罰法の要件・結論の確認、日本と韓国の立法・政策決定の違いについて議論が行われました。

今回の特別講演会は、アジア諸国の性犯罪規定の研究の第一歩となると同時に、韓国の性暴力犯罪に関する法律と政策、立法・改正史を知る、有意義な機会となりました。
改めて、趙炳宣教授に感謝の意を表明します。


今回の特別講演会は、玄 守道(本学法学部教授・犯罪学研究センター「性犯罪」研究ユニット兼任研究員)が企画・進行役を務めました。

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【補注】
*1「児童・青少年の性保護に係る法律」:19歳未満の青少年を相手に性犯罪を犯した者の身上を公開するようにした法律。

*2「特定犯罪者に対し保護観察と位置追跡電子装置装着等に係る法律」:性犯罪者の処罰の終了後、一定期間位置追跡電子装置を装着させ、監視する法律。適用範囲は法改正により、拡大し続けている。

*3「性暴力犯罪の処罰等に係る特例法」:2010年に立法。性暴力犯罪を予防し、その被害者を保護して、性暴力犯罪の処罰及びその手続きに関する特例を規定することにより国民の人権伸張及び健康な社会秩序の確立に寄与することを目的としている。

*4「性暴力防止と被害者保護等に係る法律」:1994年に立法。「非公開裁判請求権」、「信頼関係人同席制度」、「陳述録画制度」などが規定されている。

*5「性暴力犯罪者の性衝動薬物治療に係る法律」:16歳未満の児童を相手とする性暴力犯罪者の中でも、非正常的な性的衝動で自身の行為を自ら統制することができない19歳以上の性倒錯症患者に適用される。性衝動薬物治療を施すことで、再犯防止を行う。

*6「#MeToo運動」:性的嫌がらせなどの被害体験をSNSで、ハッシュタグを利用し、告白や共有する運動。2017年10月、女優のアリッサ・ミラノが自身と同様に、性的被害を受けた女性たちに向けて”Me too”と声を上げるようTwitterで呼びかけたことで始まった運動とされている。

*7「安熙正事件」:安熙正当時忠清南道道知事が、女性秘書に対して性行為とわいせつ行為を行ったとして、不拘束起訴された事件。女性秘書の「#MeToo運動」によって事件は発覚した。