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2020.05.07

【新型コロナ現象について語る犯罪学者のフォーラム】犯罪学の偉大な理論〜グランドセオリーは、何にでも使える〜

〔学習理論の巻〕サザランドで読み解く、新型コロナウイルス感染の9命題

犯罪学は、あらゆる社会現象を研究の対象としています。今回の「新型コロナ現象」は、個人と国家の関係やわたしたちの社会の在り方自体に、大きな問いを投げかけています。そこで、「新型コロナ現象について語る犯罪学者のフォーラム」を通じて多くの方と「いのちの大切さ」について共に考えたいと思います。

今回は、石塚 伸一教授(本学法学部・犯罪学研究センター長)のコラムを紹介します。

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犯罪学の偉大な理論〜グランドセオリーは、何にでも使える〜
〔学習理論の巻〕サザランドで読み解く、新型コロナウイルス感染の9命題


【はじめに】 アメリカ犯罪学(犯罪社会学)のシカゴ学派の伝統的理論には3つの「キー・コンセプト(鍵となる概念)」があります。すなわち、「学習(learning)」、「統制(control)」そして「葛藤あるいは緊張(conflict/strain)」です。まずは、学習理論を現在の「新型コロナ現象」に応用してみることにしましょう。
学習理論は「犯罪行動は親密な社会集団の中で学習される」というもので、アメリカの社会学者エドウィン・H・サザランド(Edwin Hardin Sutherland 1883 –1950) が確立した理論です。彼は20世紀において最も影響力のあった犯罪学者の一人です。彼のグランドセオリーである「分化的接触(differential association)」の9つの命題の「犯罪」を「新型コロナ」に置き換えてみました。

【新型コロナ感染の9命題】

1. 新型コロナは感染する。
*貧富の差や人種、信条、年齢などにかかわりなく、すべての人が平等に感染の可能性があります。日本人は感染しにくいとか、BCGワクチンを接種した人は感染しにくいとか、根拠のない楽観論は、百害あって一利なしです。

2. コミュニケーション過程における他者との相互作用のなかで感染する。
*酒席や花見など、語らいの場で感染することがこの疫病の恐ろしいところです。握手やハグはもとより、キスやセックスのような非言語的コミュニケーションも控えなければなりません。来年の出生率は大幅に下がることでしょう。人口ピラミッドにおける日中戦争や終戦前後の出生率低下は理由が明白ですが、特殊で日本的な「ひのえうま(丙午)」(1966年)の落ち込みを外国人に説明することは至難の技です。2021年は深い切れ込みが入ることでしょう。

3. 感染の主要な部分は親密な私的集団の中で行われる。
*濃厚接触の判断要素は、「距離の近さ」と「時間の長さ」です。2020年4月20日現在、「新型ウイルス感染症対策専門家会議」では、対面で人と人との距離が近い接触(互いに手を伸ばしたら届く距離で1m程度)が、会話などで一定時間以上続き、多くの人々との間で交わされる環境は感染を拡大させるリスクが高いとされています。

4. 新型コロナに感染する際、感染は、(a)発症に至る一般的な過程、(b)基礎疾患や年齢に応じた症状を含む。
*一般に、感染から発症までの潜伏期間は1日から12.5日(多くは5日から6日)といわれています。発症の2、3日前から、ウイルスを他人に移す可能性があり、発症の0.7日前が最も感染させやすいという研究があります。
感染とは、単にウイルスが体内で増殖しているという状況ではなく、まずは、(a) 発熱や咳という症状、(b) 心臓病などの基礎疾患や高齢であるというようなその人に特殊な条件を、総合的に判断して、やっと検査の条件が満たされ、次の段階に進むので、感染判定には、(a)や(b)も含まれています。

5. 発症の有無は、個人が新型コロナを恐ろしい病気と考えているか、それほどでもないかの認識に依存する。
*一般に疾病の有無は、検査によって客観的に判定できるものです。ところが、新型コロナは、特に日本では違っています。感染の有無については、PCR(polymerase chain reaction)検査が用いられています。これは、遺伝子の検査に用いられる手法の1つで、特定のDNA断片(数百から数千塩基対)だけを選択的に増やして調べやすくするために用いられる遺伝子増幅技術です。例えば、がんに特徴的な遺伝子異常が存在するかどうかを調べる際に、採取したDNAが微量であっても、PCRによりDNA配列を増幅させることで判定が可能となります。PCR検査は血液、糞便、気道分泌物、体液などさまざまな検体で検査をすることができます。新型コロナにおけるPCR検査をする場合、下気道にウイルス量が多いことから、痰などを採取して検査を実施します。人工呼吸器を使用している方などは、吸引によって痰を採取して検査をします。通常、検査から、1日から数日で結果が出ます。
新型コロナの場合の特殊性は、PCR 検査の対象を「入院治療の必要な肺炎患者で、ウイルス性肺炎を強く疑う症例」を原則としていることです。したがって、軽症例や無症状の場合には、肺炎を「強く疑う症例」ではないので、検査してもらえません。症状が重くなってから検査が実施されるので、この病気をあまり怖ろしいと思っていない人は、なんの根拠もなく「自分は大丈夫」と楽観的・希望的に捉えて、医師に検査を申し出ないと感染が発覚しません。また、医師の中には、当初、この病気は重症化する人は限られており、PCR検査の信頼性も高くはないので、検査はしないで、家で様子を見れば良いと指導している者がいました。したがって、感染が確認され新型コロナ肺炎が発症したかどうかの判定には、患者本人の主観、すなわち、この病気を怖ろしいと考えるかどうかが大いに関わってくるわけです。

6. 人は、自分が新型コロナであるという認知が、まだ新型コロナではないという認知を凌いだときに検査を受けて感染者となる。
*上記のような状況で、検査で陽性が出て初めて、自分は新型コロナ肺炎に感染しているとの認知に至ります。人は、いろいろな事情を自分にとって有利な方向に解釈して、楽観的な結論を導こうとするものです。いかなる賢者でも、自分だけは罹らないと思いたい気持ちが現実を見る目を曇らせてしまうものです。

7. 人それぞれの新型コロナとの接触は、頻度、期間、優先性および強度においてさまざまである。
*新型コロナとの接触は、人それぞれ異なります。その接触の有無・度合い・違いが犯罪者になるかならないかの分かれ目を決定するというのが「分化的接触(differential association)」理論の核心部分です。何回、どのくらいの時間、何を優先して、そしてどの程度親密に感染者と接触するかが感染のポイントということになります。たとえ1回でも、2時間、感染者と親密に同席した屋形船やコンパは、クラスターになったのも当然です。密集、密室、密接の「3密」はダメというのも頷けます。

8. 感染者および非感染者との接触による感染の過程は、他の感染(学習)のメカニズムすべてを含んでいる。
感染した人と感染していない人のどちらと接触するか、ということは、感染するか、しないかの分水嶺です。感染している人とは接触しないということは決定的です。また、感染した人は、他人と接しない、仕事や学校にはいかず、家でおとなしくしている。“Stay home”は、新型コロナと戦うときの基本です。

9.  新型コロナは、ウイルス感染症であるが、新型コロナ以外の感染症もまた同じウイルスの表出であるので、感染予防は、それらの一般的なウイルス感染症と区別することはできない。
*これは、新型コロナだけでなく、結核、ハンセン病、エボラ熱、テング病、インフルエンザなどの感染症でも同じことで、とりわけ、人からうつる感染症では、「接触感染」「飛沫感染」「空気感染」の3つの経路があります。したがって、感染症を予防するには、それぞれにおいて感染経路を断ち切るための対策が必要です。感染の過程を知ることが、感染の予防に役立つのも自明の理ということになります。予防は、新型コロナだけが特別ということはありません。手洗い、うがい、消毒の三種の神器は感染症予防の必須アイテムです。


ご本家の9命題は、下記です。

【サザランドの9命題】

1. Criminal behavior is learned.
(犯罪行動は学習される。)

2. Criminal behavior is learned in interaction with other persons in a process of communication.
(犯罪行動は、コミュニケーションの過程で他者との相互作用の中で学習される。)

3. The principal part of the learning of criminal behavior occurs within intimate personal groups.
(犯罪行動の学習の主要な部分は、親密な私的集団の中で生じる。)

4. When criminal behavior is learned, the learning includes: [a] techniques of committing the crime, which are sometimes very complicated, sometimes very simple; [b] the specific direction of motives, rationalizations and attitudes.
(犯罪行動の学習過程には次のものが含まれる; [a]犯罪遂行の技術、それは、時に、とても複雑であり、また、時に、とても単純である。そして、[b]動機、合理化および態度の特殊な方向付け衝動である。)

5. The specific direction of motives and drives is learned from definitions of the legal codes as favorable or unfavorable.
(動機と衝動の特殊な方向付けは、法規範を肯定的に評価するか、あるいは、否定的に評価するかの定義付けから学習される。)

6. A person becomes delinquent because of an excess of definitions favorable to violation of law over definitions unfavorable to violation of law.
(人は、法違反を肯定する定義付けが、法違反を否定する定義付けを凌駕したときに逸脱行為者になる。)

7. Differential associations may vary in frequency, duration, priority, and intensity.
(分化的接触は、頻度、期間、優先性および強度において多様であると言えるだろう。)

8. The process of learning criminal behavior by association with criminal and anti-criminal patterns involves all of the mechanisms that are involved in any other learning.
(犯罪的行動パターンと反犯罪的行動パターンとの接触によって学習される犯罪行動の学習プロセスは、他のあらゆる学習行動に関係するメカニズムのすべてを含んでいる。)

9. While criminal behavior is an expression of general needs and values, it is not explained by these general needs and values, since noncriminal behavior is an expression of the same needs and values.
(犯罪行動は、一般的な欲求と価値観の表現であるが、非犯罪行動もまた、同じ欲求と価値観の表現であるから、これら一般的な欲求と価値観によって説明することはできない。)



【サザランドってどんな人?】 サザランドは、1883年生まれ。「象徴的相互作用学派(symbolic interactionist school)の系譜に属するシカゴ学派の社会学者です。いわゆる「ホワイトカラー犯罪(White-collar crime)」――「白襟犯罪」などと呼んだ時代もありました。)――や「分化的接触(differential association)」の概念を考案し、犯罪と非行に関する一般理論を構築しました。
 1913年にシカゴ大学で博士の学位を取得した後、サザランドは、ウイリアム・ジュウェル・カレッジ(William Jewell College)(ミズーリ州、1913–1919)、カンザス大学(カンザス州、1918年夏学期)、イリノイ大学(イリノイ州、1919–1925)で教鞭をとりました。1926年のミネソタ大学着任に先立つ、1922年の夏はノースウエスタンで過ごしました。ミネソタ大学に在籍した1926年から1929年の間に国内をリードする犯罪学者の一人としての名声を揺るぎないものにしました。この時期に彼は、社会問題の理解と統制を目的とする科学企業(a scientific enterprise)としての社会学に専念しました。1929年には数か月間、英国に滞在し、同国の刑罰システムを研究しました。1929年から1930年にかけては、ニューヨーク市の社会衛生局の共同研究者として働きました。そして、ついに1930年、シカゴ大学の研究教授に就任します。 1935年にはインディアナ大学に招聘され、1950年10月11日に早すぎる死を迎えるまで、同大学に在籍しました。彼は、偉大な法律家ジェローム・ホール(Jerome Hall)とともに、インディアナ大学にブルーミントン犯罪学部(the Bloomington School of Criminology)を設立しています。現在の同大学刑事司法学部(the Faculty of Criminal Justice)です。(https://criminaljustice.indiana.edu/about/history.html)。1939年にはアメリカ犯罪学会(the American Sociological Society )会長、1940年には社会調査学会(the Sociological Research Association )の会長に選出されました。
彼は、インディアナ時代に4冊秀作を物しました。『2000人の野宿者(Twenty Thousand Homeless Men) (1936)、『職業窃盗犯(The Professional Thief)』 (1937)、『犯罪学言論・第3版(Principles of Criminology the third edition)』 (1939)および『ホワイトカラー犯罪・第3版・検閲版(White Collar Crime)』 (1949)です。 最後の著作は、1983年、イエール大学出版会から刊行されるまで、検閲付きでしか人目に触れることはありませんでした。


【ホワイトカラー犯罪の意味】
 当時、サザランドは、社会学者の中では目立った存在ではありませんでした。学説史的にもっとも重要な彼の業績は、1939年12月27日、アメリカ社会学会(American Sociological Association)における「ホワイトカラー犯罪(The White Collar Criminal)」と題する講演です。この講演において彼は、ホワイトカラー犯罪という概念によって、上層階層に属する人たち(aristocrats)は、過ちを犯さないという「常識」を打ち壊しました。古代法では「王は無謬である」であり、中世では高貴な人は過ちを犯さず、現代では上流・中流階級の人は犯罪をおかさないというのが定説になっていました。当時のアメリカでは、犯罪や非行は、貧しい、学歴の低い、ブルーカラー(労働者階級)のアフリカ系か、移民の子孫たちのものでした。真っ当なWASP(白人のアングロサクソンのプロテスタント)は、犯罪はおかさないというのが常識だったのです。
そのため、この将来性のある概念を含んだ作品が出版されるのかどうかを危ぶむ声があがりました。複数の大企業が『ホワイトカラー犯罪(White Collar Crime)』の出版社に圧力をかけてきたのです。大企業の弾圧は功を奏し、弾劾された企業の実名は本文から削除されました。イエール大学出版会が、未だ誰も見たことのない完全版を1983年に出版したとき、ギルバート・ギース(Gilbert Geis)は序論で、サザランドのホワイトカラー犯罪という概念は、「全世界の犯罪研究を根本的に変えた」と述べています。

【犯罪は平等である】 このように「犯罪行動は学習される」という第1命題には、平等と公平という価値が込められているのです。
新型コロナもまた、平等です。一国の首相も、大企業の起業家も、偉大な芸術家も、コメディアンも、貧しい野宿生活者も、そして、犯罪をおかした人も、平等に感染し、生命(いのち)と健康を奪っていきます。


石塚 伸一教授(本学法学部・犯罪学研究センター長)

石塚 伸一教授(本学法学部・犯罪学研究センター長)


石塚 伸一(いしづか しんいち)
本学法学部教授・犯罪学研究センター長・「治療法学」「法教育・法情報」ユニット長、ATA-net研究センター長
<プロフィール>
犯罪学研究センターのセンター長を務めるほか、物質依存、暴力依存からの回復を望む人がゆるやかに繋がるネットワーク”えんたく”(課題共有型円卓会議)の普及をめざすATA-net(アディクション・トランスアドヴォカシー・ネットワーク)のプロジェクト・リーダーを務める。
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【特集ページ】新型コロナ現象について語る犯罪学者のフォーラム
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