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2020.05.07

【新型コロナ現象について語る犯罪学者のフォーラム】新型コロナと「暗数」理論〜隠れた感染者はどうやって見つける?〜

新型コロナ現象における暗数

犯罪学は、あらゆる社会現象を研究の対象としています。今回の「新型コロナ現象」は、個人と国家の関係やわたしたちの社会の在り方自体に、大きな問いを投げかけています。そこで、「新型コロナ現象について語る犯罪学者のフォーラム」を通じて多くの方と「いのちの大切さ」について共に考えたいと思います。

今回は、石塚 伸一教授(本学法学部・犯罪学研究センター長)のコラムを紹介します。

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新型コロナと「暗数」理論〜隠れた感染者はどうやって見つける?〜

【暗数の巻】  今回は、「犯罪暗数(dark figure of crime)」についてお話しします。暗数とは、犯罪学の用語で、公式統計では「認知されない」あるいは「発覚しない」犯罪のことです。犯罪統計では、被害届けや通報、告訴、告発などによって警察等の捜査機関に「認知」された件数が「発生件数」などと呼ばれています。しかし、警察関係の法令(犯罪統計細則等)にもあるように「認知件数」と呼ぶべきでしょう。(註1)公式統計の認知件数と実際の犯罪件数との間に差があります。捜査機関の選別によるものか、不可抗力なのかは別として、暗数があるのは必然です。最近では、ドメスティック・バイオレンス(DV)などで隠れた事件があることが共通の理解となり、ようやく、認知や暗数という言葉が市民権を得ています。
 わたしたちは、統計が実態の変化を表わしていると信じるからこそ、その増減に一喜一憂します。犯罪学では、長年にわたり、公式統計の変動から現実の犯罪の動向を推測するため、さまざまな工夫をしてきました。「被害者調査(victim survey)」(註2)と 「自己報告(self-report)」(註3)という2つの調査方法がそれです。

【PCR検査と感染者数】 「新型コロナ現象」では、「隠れた感染者」の存在が注目を集めています。東京都を例にこの問題について考えてみましょう。(註4)
2020年4月22日現在、東京都の陽性者数(累計)は、3,439人、その内訳は、入院中2,461人(71.6%)、死亡81人(2.4%)、退院(療養期間経過を含む)897人(26.1%)。なお、入院中の患者のうち軽症・中等症は2,399人(69.8%)、重症は62人(1.8%)です。検査実施状況を見ると、検査実施人数は9,124人ですから、陽性者の割合は37.7%です。検査をすると4割弱が陽性と判定される。この検査陽性者を「感染者」と呼んでいます。なお、感染者の約4%が重症化し、約2%が亡くなっているということになります。
 2月初めに横浜港に入港したクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」では、3,711人の乗客・乗員中、634人(17.1%)が感染者と確認され、10人(1.5%)が亡くなりました。1月末に長崎港に入港して停泊していたクルーズ船「コスタ・アトランチカ号」では、623人の乗組員のうち148人(23.8%)が感染者と確認されました。このように閉ざされた空間では、17〜24%、おおよそ2割の人がPCR検査陽性者のようです。してみると東京都の4割弱の陽性率は高すぎるので、検査数を増やせば、さらに陽性者は増えると思われます。したがって、感染者数には暗数があるということになります。

【抗体保有者調査による感染者数】 そこで、これを補うのが抗体検査です。スタンフォード大学の調査チームは、4月初めにカリフォルニア州サンタクララ郡の住民3300人を対象に抗体調査を行い、約1.5%が過去に感染して、抗体を保有していることを確認しました。詳細な分析の結果、約200万人の住民の2.4〜4.2%が抗体保有者だと推計されます。これは、PCR検査陽性者の50~85倍に相当する数です。
 4月初旬の同州ロサンゼルス郡での本調査では、成人の2.8%~5.6%が抗体保有者であることが確認されました。同郡の住民は約980万人ですから、22万~44万人の人が抗体保有者だと推計されます。PCR検査陽性者は8000人弱でしたから、その28~55倍の抗体保有者がいることになります。(註5)
 つぎに、人口約840万人のニューヨーク市では、感染者約12万人(1.4%)、死者は約8000人でした。抗体保有者は約178万人(21.2%)だったので、感染者の15倍程度の人に感染キャリアがあるということになります。(註6)
 このように、感染者数には暗数があり、抗体保有者はPCR検査陽性者の50倍程度と推測されます。PCR検査には、韓国や米国のように疑いがあればすべてやってみる積極政策と日本のように入院が必要な人を確定する消極政策の国があります。前者は現状を正確に把握することが目的であるのに対し、後者は医療崩壊の回避を目的としています。市中感染防止には前者が、クラスター叩き戦略には後者が用いられています。日本的型の医療崩壊回避目的の消極戦略の枠組みでは、感染者(PCR検査陽性者)の2%程度が重篤化して死亡すると推計できます。

【実効再生産数】 さて、「実効再生産数(effective reproduction number)」です。これは、感染症の流行が進行中の集団において、1人の感染者が新たに生産した二次感染者数の平均値です。日本全体の実効再生産数は3月15日に1を越え、東京都では3月下旬に1.7になりました。 (註7)
 ウイルスの保有者を隔離・遮蔽して感染を止める「社会距離戦略(social distancing)」は、実効再生産数を低減させて、感染のスピードを緩める政策です。その前提は、人口の6割程度が感染すれば、流行は収束するとの仮説に基づいています。(註8)クラスター対策チームは、実効再生産数を複雑な計算式で導いているようですが、計算の元になるデータであるPCR検査や抗体保有者数がバグ(不具合)なデータなので、複雑な計算式がその能力を発揮することは期待薄です。高級車に粗悪なガソリンを入れるようなことはやめて、職人的な勘の勝負である算術で予測公式を導いてみてはどうでしょう。科学的発想のない日本の政策決定には、算数とポンチ絵で十分です。ややペダンチック(衒学的)に言えば、帰納法的思考でかんがえてみましょう。

【東京都の感染状況の推測】 使う数字は大まかに、①感染者の2%が亡くなること、②抗体保有者が感染者の50倍であること、そして、③東京都の人口が140万人であること(註9)の3つを前提とします。
2月27日に初めて死者が確認されて以降の死者数とPCR検査陽性者数を表にしてみました。実効再生産数を1.5、1週間周期に死者数を試算し、感染者数(PCR検査陽性者数)はその50倍、キャリア数(抗体保有者数)はその50倍とする試算式を作りました。
 すなわち、(i) 死者数=1.5の(n-1)乗である。(ii) 感染者数=死者数×50である。 (iii)抗体保有者数=感染者数×50である。(iv) 抗体保有者が人口の60%になるとパンデミックは収束する。
 まず、死者数についてですが、推定死者数は、2月7日を推定死者1としてそれ以降1週ごとに1.5の階乗をしていくと4月9日頃から、死亡確認者数と推定死者数が近似してきます。それ以前の変死者の中には感染者が5名含まれていたことも確認されています。それ以降は、両者はかなり近似しています。そこで、推定死亡者数の50倍が感染者、さらにその50倍が抗体保有者として表を完成させると下記のようになりました。


【表】東京都における死亡者数、感染者数、抗体保有者数および保有者割合の推移(推計)

【表】東京都における死亡者数、感染者数、抗体保有者数および保有者割合の推移(推計)


 4月7日に緊急事態宣言を出さず、4月9日の状態を放置していれば、7月初めには東京都の人口の約6割が抗体保有者になって、新型コロナの流行は収束するとの試算です。しかし、その時点での死者は3千人を超え、16万人以上の感染者が病院に押し寄せています。おそらく、医療は崩壊するでしょうから、死者は3千人どころではないでしょう。わたしたちの社会は、このような事態に耐えられないと思います。

【収束への道】 感染の鎮静化には、集団の6割程度が抗体保有者になることが必要である、という疫学的仮説を前提とすれば、医療崩壊を回避するため、感染源の隔離・遮蔽政策を強化して、医療体制に一息つかせることが必要です。現在、行われている緊急事態体制の目標はまさにこれです。第15週、第17週が来るのを遅らせ、時間稼ぎをしてウイルスの活動が鈍くなるであろう夏を待ちます。その後、規制を緩めれば、当然、第3波、第4波の流行が来るので、また、同じよう社会的距離を広げ、あるいは隔離・遮蔽戦略を用いて、感染スピードを緩めます。これを繰り返しているうちに、特効薬ができて入院者数が減り、ワクチンができて抗体保有者を増やし、最終的に6割が抗体保有者(キャリア)になれば、爆発的流行はコントロールできたことになります。
 ワクチンが実用化されれば、結核やインフルエンザのように、それぞれの病態に応じた予防策を確立し、感染予防体制ができ上がることになるでしょう。

【“The Long & Winding Road”♪♩♩♪♩.】  わたしの父は、三十代で結核に罹り、完治しましたが、七十代に再び結核を発症しました。子どもの頃、上のお姉さんは結核で自宅療養していて亡くなっているので、感染はあったのではないかと推測されます。
 わたしは、父が隔離される前に一緒に生活していましたが、感染はしていなかったようです。小学校1年時の健康診断でのツベルクリン反応は陰性でした。サイコロになる前のBCGをしました。2年生時の健康診断でのツベルクリン反応は陽性でレントゲンをとりましたが、発症はありませんでした。その後の健康診断でのレントゲンは問題なし。五十代初めに飛行機で帰国する時に搭乗者が結核の感染者であるから検査を受けることを航空会社から勧告され、開業医を受診してツベルクリン反応は陽性だったが、レントゲン撮影で発症はしていないということで経過観察。特段の問題はなく、以後、年に一度の健康診断でも問題はありません。新型コロナについても、定期健康診断で継続して検査していくシステムが必要ということではないでしょうか。新型コロナ時代の新しい生活形態です。
 
 これから始まる“長く、曲がりくねった道” ♪♩♩♪♩.〜。


 合理的かつ効果的な刑事政策を実施するためには、犯罪の発生状況を正確に把握しておくことが必要です。そのためには、①警察等の公的機関に認知された犯罪件数を集計する方法と②一般国民を対象としたアンケート調査等により、警察等に認知されていない犯罪の件数(暗数)を含め、どのような犯罪が、実際どのくらい発生しているかという実態を調べる方法(暗数調査)があります。暗数調査を定期的に実施することにより、認知件数との経年比較が可能となる、この2つの調査は、相補的なものです。

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(註1)『犯罪統計規則』(昭和29年国家公安委員会規則第6号)は、「犯罪統計の正確かつ迅速な作成およびその効率的な運用を図るため必要な事項を定めることを目的とし(1条)、都道府県警察は、犯罪と思料される事件を「認知」または「検挙」したときは、速やかに原票を作成し、その内容を電子情報処理組織を使用して警察庁へ報告しなければならないとされています(3条1項)。

(註2)被害者調査については、警察庁が、犯罪被害者等の置かれた状況について調査を実施しています。調査目的は、被害者対策です。
https://www.npa.go.jp/hanzaihigai/kohyo/report/report.html
 法務総合研究所は、2000年から4年ごとに国連の「国際犯罪被害実態調査(International Crime Victimization Survey:ICVS)」に参加し、「犯罪被害実態(暗数)調査」を実施してきました。調査の結果は、「犯罪白書」や「研究部報告」などで公表されています。
http://www.moj.go.jp/housouken/houso_houso34.html
 犯罪学研究センターでも、津島昌寛と浜井浩一が、日本学術振興会・科学研究費補助金を受け、「女性の日常生活の安全に関する調査」を実施しました。この調査は、2012年にFRA(欧州基本人権庁)の主導により行われた“Survey on women’s well-being and safety in Europe”(欧州における女性の幸福と安全に関する調査)に準拠して実施されたものです。その成果は、浜井浩一=津島昌寛=我藤諭「日本における女性の暴力被害の実態--EUとの共同調査『女性の日常生活の安全に関する調査』の結果から」(『法学新報』第125巻. 11/12号、2019年)227-254頁などで発表されています。

(註3)自己報告調査については、非行経験に関する自己申告調査を世界各国の中学生に対して実施し、その結果を比較しようとする国際プロジェクト「国際自己申告非行調査(International Self-Report Delinquency Study:ISRD)」が実施されています。同調査は、です。自己申告調査は、犯罪加害者・被害者の特徴やその背景の解明、学問的な理論検証に強みを持つと言われています。調査の目的は、①犯罪の加害・被害における国家間の相違点や共通点、傾向を明らかにすること、および②少年の非行や犯罪被害に関する理論的課題を研究・分析し、政策提言を行うことです。1992年から、現在までの3回実施され、約40か国が参加している。犯罪学研究センターの研究チームは、第3回に部分的に参加し、2021年からの第4回調査には本格的に参加する予定です。
https://crimrc.ryukoku.ac.jp/isrd-japan/

(註4)新型コロナウイルス感染症対策サイトの「都内の最新感染動向」https://stopcovid19.metro.tokyo.lg.jp/
(註5)「米ロサンゼルス 実際の感染者数は公式発表の最大55倍:44万人超 抗体検査の結果発表」(飯塚真紀子、Yahooニュース2020年4月21日)https://news.yahoo.co.jp/byline/iizukamakiko/20200421-00174391/
(註6)「米ニューヨーク州 約14%に抗体確認と発表 新型コロナ」(NHKニュース2020年4月24日)
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200424/k10012403011000.html
(註7)新型コロナウイルス感染症対策専門家会議 「新型コロナウイルス感染症対策の状況分析・提言」(2020年4月1日)
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000121431_00093.html

(註8)対策は、ひとりひとりの行動の総体の結果生ずる感染率を、個々の行動変容により減少させることにより、COVID-19の感染拡大を抑止し、終息させることができるかを狙っています「都道府県ごとのシミュレーションによる検討」(2020年4月5日版: 同月28日改定)。クラスター対策チームは、「遅れ付き確率的SIRモデル」という分析方法を用いて「感染率」と「回復率(除去率)」の推計を行っている。結果を掲載する。ただし、この分析手法は、全数調査を前提としていない。ランダムサンプリングであれば、PCR検査陽性者を感染者とみなしても、母集団の性質を表しているということができるが、恣意的に検査が調整されたり、検査能力が飽和状態になってしまっていれば、サンプルとしては適切性を欠くことになってします。何れにせよ、PCR検査だけでは、感染状態を正確に把握することはできず、一定の条件を満たしたものだけに検査をしたり、検査まで数日間待機させたりする状況では、実際の感染者数は、検査陽性者の数を上回っていると考えられます。

(註9)13,823千人(2018年10月総務省人口推計)
「相談から診察、入院、退院までの流れ」については、下記HP内の図を参照のこと。(画像制作:Yahoo! JAPAN)
https://hazard.yahoo.co.jp/article/20200207#QA


石塚 伸一教授(本学法学部・犯罪学研究センター長)

石塚 伸一教授(本学法学部・犯罪学研究センター長)


石塚 伸一(いしづか しんいち)
本学法学部教授・犯罪学研究センター長・「治療法学」「法教育・法情報」ユニット長、ATA-net研究センター長
<プロフィール>
犯罪学研究センターのセンター長を務めるほか、物質依存、暴力依存からの回復を望む人がゆるやかに繋がるネットワーク”えんたく”(課題共有型円卓会議)の普及をめざすATA-net(アディクション・トランスアドヴォカシー・ネットワーク)のプロジェクト・リーダーを務める。
関連記事:
>>【犯罪学Café Talk】石塚伸一教授(本学法学部 /犯罪学研究センター長)


【特集ページ】新型コロナ現象について語る犯罪学者のフォーラム
https://sites.google.com/view/crimrc-covid19/