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2020.06.05

【犯罪学Café Talk】ディビッド・ブルースター(David Brewster)氏 (犯罪学研究センター・博士研究員)

犯罪学研究センター(CrimRC)の研究活動に携わる研究者について、気軽に知っていただくコーナー「犯罪学CaféTalk」。研究の世界に馴染みのない方も、これから研究者を目指す学生の皆さんにも、是非読んでほしい内容です。
今回は、ディビッド・ブルースター(David Brewster)氏 (犯罪学研究センター 博士研究員・「治療法学」ユニットメンバー)に尋ねました。
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Q1. 研究者になろうと思った理由を教えてください。



私が研究者になりたいと思ったのは大学に入ってからですが、その前から異なる文化や社会行動、社会組織に興味を持っていました。高校での社会学の授業がきっかけで、カーディフ大学の社会学および犯罪学部へ進学しました。大学では、先生方のご指導によって、チャールズ・ライト・ミルズ(Charles Wright Mills)*1が述べた社会学的想像力、もしくは犯罪学の用語でいうところの犯罪学的想像力に目覚め、私が追求したいキャリアは、いま夢中になっている犯罪学の研究を続けることだと考えるようになり、現在に至ります。

Q2. ご自身の専門分野である「薬物問題」について関心を持った経緯とは?
違法薬物、薬物依存、薬物乱用は多くの論点がある複雑な問題です。薬物問題に限らず、犯罪学者として私が一番関心を持っているのは、「どのような理由で私たちはある行為を犯罪行為と認定して刑事司法やその他の対応策を考えるのか?」そして「さまざまな状況を捉えて、これらは何が共通していて、何が特徴的なのか?」ということです。違法薬物使用は、この種の問題を探究するのにとても興味深い実例です。
学生の頃から繰り返し私が疑問を抱いていたのは、一定の規制がある合法物質(最も顕著なのはアルコールやタバコ)と違法物質(大麻、エクスタシー、メタアンフェタミン、ヘロインなど)の間には、社会の中に生み出された明確な違いがありますが、なぜある物質は合法であると言って売買ができるのに、一方で別の物質は害悪とみなされて禁止されるのかということ。この境界は常に明確ではありません。それが、私が違法薬物の領域を研究している理由です。

さまざまな国を見てみると、例えば、オランダは大麻に関してとても興味深い実例と言えます。なぜならオランダは歴史的に、大麻の店頭での販売を許可しているという点で、通常の大麻を禁制とする他国のスタイルとは明確に違うアプローチをしているからです。
繰り返しになりますが、オランダでは大麻が販売されているにも関わらず、イギリスで同じことをすると、なぜ逮捕されてしまうのでしょうか?


Q3. 日本に関心を持ち、日本で研究をしようと思ったのはなぜですか?
私はイングランド・ウェールズとオランダの薬物政策に関する比較研究をテーマに博士論文を書いたのですが、その時から、日本に少しずつ興味を持ち始めました。日本は犯罪学者、特に欧米の犯罪学者にとって非常に興味深い国です。日本には、欧米の犯罪学のカテゴリーに収まらない重要な事例がよく見られます。私も日本に来てから「日本はここが適合しない、ここも適合しない、独自の特別なカテゴリーがある」という感覚を常に持っています。一例を挙げると、伝統的に重要な論点として、「日本はなぜこんなに犯罪率が低いのだろうか?」ということがあります。国家はどこも同じように発展してきましたし、大半の国では犯罪率が上昇しています。しかし、日本は非常に低い犯罪率を維持してきました。薬物の使用率もとても低いですが、同時に日本は薬物に対してとても厳しいアプローチをとっています。厳格な薬物政策自体は、他の国も試みているのにも関わらず、アメリカ、イギリス、そして他の多くの地域において、薬物使用は大量に増加しています。それが、私が日本という国に興味を持って研究をするようになった理由のひとつです。



Q4. 現在、犯罪学研究センターではどのような研究をしていますか?
センターの「治療法学」ユニットでの活動の他に、私が日本で獲得した研究助成金*2を用いて、「違法薬物使用者への対応」を全体的なテーマに据え、そこから2つのサブプロジェクトを企画しました。
1つ目のサブプロジェクトは、違法薬物を使用したことがある人々の経験に関する調査です。日本では覚せい剤が最も一般的で、薬物使用者は最終的に刑事司法を経験します。このサブプロジェクトでは、薬物使用から現在は回復している人が各々の人生で経験してきたことを調査するために直接会って話を聞きます。①どのようにして違法薬物を使用するようになったのか、②薬物を始めたこと、使い続けたこと、そしてやめると決めたこと、またはやめるように強制されたこと、これらにまつわる自らの決断に影響を与えた社会的要因とは何だったのか、この2つを中心にインタビュー調査を重ねました。
2つ目のサブプロジェクトは、違法薬物の使用経験者たちに関わって仕事をする実務家の経験と価値観に関する調査です。例えば、保護観察官、警察官、更生保護委員、保護司やダルク(Drug Addiction Rehabilitation Center)のような薬物回復センターで働いている人々を対象としています。私は彼ら実務家の役割が果たすバリエーションに注目しています。と言うのも、日本は非常に均質な国であると評される傾向があります。日本は単一の文化を持ち、誰もが同じように考え、行動し、ふるまうと言われています。しかし、日本の中でも立場や状況によって、さまざまなバリエーションが存在するとかなり自信を持って言えます。この事実は、薬物政策を考える時に非常に重要であると考えています。例えば、保護観察官の価値観は警察官と同じでしょうか?もし違うのならば、日本の薬物政策は何を達成しようとしているのか?という目標をめぐって衝突する可能性があります。警察官は、逮捕したり薬物使用者を刑務所へ送ったりすることに、関心があるのかもしれない。一方で、保護観察官は、薬物使用者が社会復帰すること、仕事を得られるように支援することに、より興味があるのかもしれない。この2つ目のサブプロジェクトは、さまざまなタイプの価値観を探り、より厳密で科学的な方法でそれを測定しようとするものです。


Q5. このプロジェクト独自の試みや、インタビュー調査で注意した点はありますか?
私は日本に来ている外国人なので、時に価値観を押し付けてしまっていると強く自覚しています。インタビュイーが自分の立場から、自分の生き方や自分にとって大切なことを、自分の言葉で制限なく表現できるように、私の質問や態度がインタビュイーの意見に影響しないよう注意しながらインタビューする必要がありました。そのため、通常、一人につき2~3回のインタビュー調査を行いました。1回目の面談で質問したのは、「幼少期から今までの人生、特に薬物使用について教えてください」ということだけだったと思います。そして2回目の面談では、1回目の面談に基づいて、いくつかのメモを取ったり、さらに詳細な質問をしたりしました。例えば「これは重要な出来事のように思えたので、もう少し説明してもらえますか?」というように。これはちょっとしたインタビューテクニックのようなものですね。このインタビューの手法は、半構造化インタビューと呼ばれるもので、こちらで質問することに関連していると思われる質問のリストを作成し、それに沿ってインタビューを行いながら回答に応じて理解を深めたいところを掘り下げます。これらのプロジェクトで行ったインタビューの他に、日本に来てからの2年間で行われた研究者や実務家との会話や観察からとても多くの情報を収集することができました。
これらの成果によって、2つ目のプロジェクトに用いる「Q分類法(Q methodology)」アプローチの基盤が形成できました。そしてこれは私の知る限り、日本の犯罪学研究で使われるのは初めてだと思うのですが、かなりエキサイティングな試みだと自負しています。この調査法(q-sort activity)の目的は、主観的な意見を体系的に測定することです。これは一見、通常のアンケートのようですが、実際は大きく違います。参加者は、違法薬物使用者関わる仕事において、重要だと思われる複数の目的・ステートメントを、ランク付けするよう求められます。なぜこのような方法をとったのかと言うと、日本のアンケートでは、「賛成も反対もできない」ので、徹底的に中間の回答を選ぶ傾向があると聞いたことがあったからです。この方法では、同じマトリックス内にあるすべての項目をランク付けしなければならないので、価値判断することを余儀なくされます。集めた調査票を元に統計分析を行い、実務家から出るであろうさまざまな意見をグループ分けします。分析しようとしていることは、所属している組織によって価値観は偏るのか?あるいは、なぜ人々は特定の価値観をもつようになったのか?「コントロール文化」について何か兆候を示しているのだろうか?といった点です。そうした点から、日本で薬物政策がどのように行われ、その文化的背景が示唆するものについて考察することができます。

Q6. このプロジェクトの今後の展望、日本について思うことがあれば聞かせてください。
そうですね。私は日本の薬物政策はかなり厳しいと思いますし、日本には違法薬物や違法薬物使用者を取り巻く社会的なスティグマが多いと思います。その多くは、違法薬物使用者に対する誤解に基づいていると思います。日本人の多くは違法薬物使用者に会ったことがないのに、違法薬物使用者に対して非常に強いネガティブなイメージを持っていて、普通の日常生活を送りたい人々が就職活動や部屋を借りる時などに、多くの不利益を被っています。特に、元受刑者となると、地域社会で生活することがとても難しくなります。なので、違法薬物使用者が各々の人生で経験してきたことについてのインタビューを用いて、当事者の言葉をよりリアルに表現することで、違法薬物使用者に対する社会の人々の考え方に何らかの影響を与えることができればと思っています。そして2つ目のサブプロジェクトにおいては、さまざまな実務家の目標の変動と衝突について実態調査することが、政策を展開するためには非常に重要だと考えています。
刑務所を出て、再犯をして、刑務所に戻る、このようなサイクルを「回転ドア」と呼びます。薬物事犯の多くは刑務所と地域社会を行き来しているだけです。いま日本では刑務所に入った人たちが再び罪をおかすことを減らすため、累犯(再犯)を減らす気運が高まっています。しかし、もしも実務家の多くがそれぞれ異なるものを求め、それぞれが異なる価値観を持って衝突するならば、再犯の問題は解決しない可能性があるでしょう。私たちが価値衝突と価値調和の領域を、体系的かつ科学的な方法で特定することができれば、政策展開のためにより良い基礎を提供できるだろうと考えています。なぜならば、良き政策が機能するためには、いろいろな人々が目標に向かって協働することが基本となるからです。
私が進めている2つのプロジェクトが、良い影響を日本に与えることを期待しています。


Q7. さいごに、ディビッドさんにとって「研究」とは?


【LIBERTY + JUSTICE】

【LIBERTY + JUSTICE】


私にとって重要なのは、“自由”と“正義”の2つだと考えています。社会科学哲学者であるアンドリュー・セイヤー(Andrew Sayer)*2から引用すると、研究を通して「私たちが試みているのは、社会的世界の幻想を減少させることである。私たちは実際に何が起こっているのか探求しよう」ということです。
そうすることによって、社会のさまざまな領域で発生する抑圧と苦しみや疎外を減らし、すべての個人の利益を促進すること。言葉の真の意味において、人身の自由の保障と、正義(衡平)を促進することができるのです。

ディビッド・ブルースター(David Brewster)
犯罪学研究センター 博士研究員・「治療法学」ユニットメンバー
<プロフィール>
2016年、カーディフ大学 社会科学部 犯罪学領域で博士号取得。西イングランド大学 講師(犯罪学) を経て、2017年7月より龍谷大学 犯罪学研究センター 博士研究員(PD) 。本学では、研究活動のかたわら、『RYUKOKU Criminology: Criminology and Criminal Justice in Japan(龍谷・犯罪学:日本の犯罪と刑事司法)』授業を担当。
また、犯罪・非行を研究する若手研究者のためのネットワーク(Early Career Criminology Research Network of Japan:ECCRN)共同創設者として研究会等を企画している。
https://hanzaigaku.wixsite.com/eccrn

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【補注】
*1 チャールズ・ライト・ミルズ(Charles Wright Mills)
アメリカの社会学者。元コロンビア大学教授。主な著作に「ホワイト・カラー」、「パワー・エリート」など。

*2 本プロジェクトは下記の助成によるものです。
  松下幸之助記念志財団(2018年度研究助成:助成番号18-G48)
  研究題目「Illegal Drug Abuse Control in Japan」
  http://matsushita-konosuke-zaidan.or.jp/works/research/promotion_research_02_2018.html

  科研費(種目:若手研究 領域番号:19K13548)
  研究課題「The Japanese Culture of Illegal Drug Control: A Q-Sort of Practitioner Values」
  https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-19K13548/

*3 アンドリュー・セイヤー(Andrew Sayer)
イギリス・ランカスター大学の社会理論と政治経済学の教授。 社会科学の方法論と理論に多大な貢献をしたことで知られている。


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