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2020.07.21

【犯罪学Café Talk】上田光明氏(ATA-net研究センター 博士研究員・犯罪学研究センター 嘱託研究員)

犯罪学研究センター(CrimRC)の研究活動に携わる研究者について、気軽に知っていただくコーナー「犯罪学CaféTalk」。研究の世界に馴染みのない方も、これから研究者を目指す学生の皆さんにも、是非読んでほしい内容です。
今回は、上田光明氏(ATA-net研究センター 博士研究員・犯罪学研究センター 嘱託研究員)に尋ねました。
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Q1.上田さんが研究されている「コントロール理論」について教えてください。

「僕がやっているのは社会学ベースの理論で、『なぜ人は犯罪・非行をするのか』ではなく、『なぜ犯罪・非行をしないのか』という点に着目した理論です。社会との繋がりが犯罪や非行をする際のコストになっているという考え方で、これが1番の特徴です。もう1つの特徴を挙げるとすれば、コントロール理論には、コストを考えて犯罪をしないという意思決定プロセスが含まれている事です。人間行動に対する考え方には、自分の行動は自分で決めることができると仮定する自由意思論と、自分の行動は自分の意志ではない何らかの原因によって決められていると仮定する決定論という2つの考え方があります。コントロール理論は自由意思論にあたります」

「よく『コントロール理論』というと、人を統制するというようなイメージがあると思いますが、これは個人のコントロールなので、政策的な働きかけで社会の側から押さえこむという話ではないんです。社会からの統制を強めることは、必ずしも自分をコントロールする力の強化に直結しません。僕がこのコントロール理論に惹かれたのは、さきほどの自由意思論と決定論のところにあります。決定論に依拠した犯罪学理論は、自分の意志に関わらず何か犯罪・非行を起こす原因を持っていたら100%犯罪・非行に向かうというインプリケーションをもつと僕は理解しています。そのような人間が本当にいるのかという根本的な疑問はありますが、仮にそういう理論が正しいと証明されたとするならば、その原因を持っている人が犯罪を起こすのを待たなくていいわけです。『あなたはこういう原因をもっているから必ず犯罪をします、だから先に刑務所入っててください』ということになってしまいます」


「あとこれは私が学部・修士課程の時の指導教官から教えを受けたものですが、人が何かの行動をすることと、その行動が犯罪・非行だとカテゴライズされるということは、別次元の話になります。この研究の究極的な目標は、『人間行動の解明』です。そして、その結果として社会に役立つような提言ができればという風に思っています」

Q2.上田さんは数多くの海外の学会に参加していらっしゃいますが、日本と世界の犯罪学研究で「ここが違うな」と感じたところがあれば教えてください。

「世界の犯罪学研究には、実証研究、特に数量的データを使った計量研究といわれるものが多いと思います。日本ではこの計量研究が非常に少ないです。その原因としては、使えるデータの有無が関係しています。日本には個人レベルのデータの蓄積が少ないのです。官庁統計を使って分析することは出来ますが、個人ではなく社会レベルの分析になるので自ずと視野が狭まってしまいます」

「そこで、個人レベルのデータを増やすためにISRD*1の日本への導入が必要だと考えました。ISRDに代表される自己報告調査のほかにも、浜井先生と津島先生が実施された被害調査などのデータの蓄積も必要です。また、こういったものを地道につみ上げた上で、それを研究者コミュニティの中でシェアすることも重要だと思っています。プライバシーが重視され、調査が以前より困難になってしまった近年の社会調査環境下では、調査データを調査者個人だけが使うのではなくて、データアーカイブに寄贈して他の研究者にも使ってもらう仕組みがないと、計量研究が普及していかないのではないかと思っています」

「欧米では調査データを公開するのが普通です。これは研究者コミュニティに対する考え方にも起因していると思います。海外の学会では、『私達で』研究力を挙げましょうというスタンスを感じます。例えば、報告者の揚げ足を取るような質問はありませんし、コメントの内容も、海外は発表者の視点に立って『ここをこうしたら研究の役に立つんじゃないか』というアドバイスのようなものが多いです。さらには、質問時に名前・所属を名乗る人がいません」

「日本では名乗ることがルールになっていますが、場合によっては質問者が名乗り出ることで発表者が萎縮することもあります。また、日本では持論だけを述べたい質問者がいたりします。日本の学会のほうが自己中心的な印象ですね。結論として、俺が!とのし上がろうとする日本と違って、海外は皆で!って感じです」


Q3.学生時代の過ごし方は?

「もともと勉強が好きなタイプではないので、ほとんど授業には出ませんでした。テスト前に友人に借りたノートをコピーして勉強していました。ただ1つだけ全て出席した授業があって、それが刑事学という授業でした。他の授業は何を言ってるか大体わかるのでそこで興味を失うんですが、刑事学の初回の授業に出て、授業の90分間何を喋っているか全く分からなかったんです。分からないことへの怖さを感じつつ、その一方で、この人について行けば、何か面白いものが見られるのではないかと思いました。なので刑事学だけは全部出ました。僕の悪い癖なんですけど、好きなことしかしないので、普通は刑法とか刑事訴訟法とか関連した授業には出席するものなのですが、一切出ず興味も持ちませんでした。今は少し、いや、かなり後悔しています(笑)。大学院に進んでからは、主体的に何かを勉強したいというわけではなく、その先生の言っていることを噛み砕くことがモチベーションでした。とりたてて何かを研究したいというのもなく、先生に何をしたらいいか聞いたところ、『これ読んどけ』と言われて渡されたのが、コントロール理論の本でした。先生の立場からすると、コントロール理論は批判対象ですが、逆にこれを批判対象とすれば論文が簡単に書けるのではというご配慮だったらしいのですが、僕は全く反対の方向に行きました。結果、次はその理論の提唱者トラビス・ハーシ先生が何を考えているか知りたくなりました。自分の分からないものや知りたいものを突き詰めることが僕のモチベーションでした」

「その後の研究で、ハーシ先生にも、もう一人の論者であるマイケル・R・ゴットフレッドソン*2先生にも会い、インタビューもしました。ハーシ先生は2017年に亡くなられて、その追悼の意味を込めた論文集に寄稿しましたが、コラボしたかったです。今はゴットフレッドソン先生といつかコラボできたらいいなと思っています。それが今のモチベーションです」


Q4.最後に、上田さんにとって「研究」とは?



『自己満足』です。研究とは、今まで蓄積されてきた知見に新しい知見を加えることだと思っています。ピラミッドでいうとレンガ1個のような大きさでも良いので、人類が今まで積み上げてきた知見にほんの少し貢献できるだけでもいいんです。また、新しい知見を生み出すにあたっては、研究者は出来る限り客観的でなければならない、そのためには孤独でなければならないと思っています。極端な言い方をすると、社会との接点を持ってはいけない。何かしらの活動や、組織と接点を持ってしまうと、その時点でバイアスが生まれると思っています。僕は一切の予断を排して、ただただ研究に向き合い、楽しんでいます。そう考えると『研究』とは、究極の『自己満足』だと思いますね」

「研究者には孤独と隣合わせのニュートラルな感覚が必要とはいえ、研究者のコミュニティは欠くことできません。研究者同士、議論の後にしこりを残さないためには、人として仲良くなっているという前提条件があると思います。その上で、研究の話になった時には真剣に話が出来ればいいと思うんです。議論の後に根に持たれることを恐れて本音で話せなくなることもあるかもしれません。そのためにも研究者コミュニティは重要だと思います。また、そのコミュニティを豊かなものにするためには共通項が必要だと思っています。例えばISRDのような共同プロジェクトでは、そこで共有した体験を通して、研究以外のコミュニケーションも生まれます。『研究』だけが共通項だと、豊かな人間関係が築けないように思います。コントロール理論の話に戻りますが、提唱者であるハーシ先生には最大の論敵と言われる人がいます。ロン・エイカーズ先生という研究者なのですが、社会的学習論の提唱者です。コントロール理論とは依って立つ前提が違うので、研究上では二人は非常に激しい批判の応酬をしていて、日本的な感覚からすれば一切口をきかないレベルの関係なんだろうなと勝手に思っていました。しかし、ある時、ハーシ先生から『この前ロンが家に遊びに来た』という話を聞いたんです。それを聞いて、まず人として評価しているからこそ、あれだけの論争が出来るのだと感じ、二人の関係性をとても羨ましく思いました。この二人の関係性を参考にして、ISRDでは、(お互い論敵ではありませんが)メンバー間で率直に意見交換できる理想的な関係性ができつつあります」

上田光明(うえだみつあき)
ATA-net研究センター 博士研究員・犯罪学研究センター 嘱託研究員
<プロフィール>
研究分野は犯罪社会学。犯罪学理論の「コントロール理論」に関する論文を多数執筆。理論提唱50周年記念と提唱者ハーシの追悼の意を込めた論集に寄稿している。
Mitsuaki Ueda & Hiroshi Tsutomi. Chapter 11 “A Test of Hirschi’s Redefined Control Theory in the Far East”. In B. Costello & J. Olesen (Eds.), Advances in Criminological Theory: Vol. 25. Fifty Years of Causes of Delinquency: The Criminology of Travis Hirschi, Routledge, 2019, pp. 285-302.

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【補注】
*1 国際自己申告非行調査(International Self-Report Delinquency Study: ISRD)
統一した質問紙(アンケート)による調査を世界各国の中学生に対して実施し、その結果を比較・共有しようとする国際プロジェクトで、非行・被害の特徴やその背景の解明、学問的な理論検証に強みを持つと言われている。さらに、国際比較によって、国家間の類似点や相違点を引き出すこともできる。これまで日本はこのISRDに参加してこなかったが、龍谷大学 犯罪学研究センターの設立後、2017年に若手研究スタッフを中心に「ISRD-JAPAN」が発足した。
>>「ISRD-JAPANプロジェクト」https://crimrc.ryukoku.ac.jp/isrd-japan/

*2 マイケル・R.ゴットフレッドソン(Michael R.Gottfredson):
アメリカの犯罪学者。主な著書に、トラビス・ハーシー(Travis Hirschi)と執筆した「犯罪の一般理論 低自己統制シンドローム」がある。