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2017.06.12

理工学部 近藤倫生 教授らのプロジェクトチームが 森の動物を飲み水から検出する 森林動物調査の新たな手法を開発・検証

龍谷大学理工学部の近藤倫生教授、龍谷大学里山学研究センターの山中裕樹講師は千葉県立中央博物館の宮 正樹生態・環境研究部長らとの共同研究で、哺乳類が水を飲んだり水浴びをする際に水中に放出されるDNA (環境DNA) を分析することによって、森林に生息する哺乳類を効率的に検出する新たな技術を開発しました。
森林に生息する哺乳類の種類を調べるには、自動撮影カメラを設置して撮影したり、研究者が目視で観察したりなど、多大な労力と費用がかかる上に長期間にわたる調査が必要でした。さらに、目視や画像を基に哺乳類の種を同定するには高度に専門的な知識が必要でした。いつ、どこに、どのような生き物がいるのか知るのは、簡単なようで実は大変なことなのです。
一方、魚類を含む水生生物では、「環境DNA」(体表の粘液や糞から水中に放出されたDNA)を用いた簡便迅速なモニタリング手法が近年開発されて大きな注目を浴びています。魚類では、微量な環境DNAから魚の種類がわかる部分を選択的に増幅し、それを最新の機器で同時並行的に大量に読み取ることで、海や川に生息する魚をバケツ一杯の水で効率的に検出できる技術を宮氏が開発しました(環境DNAメタバーコーディングと呼ばれる技術)。
今回の研究では、陸上生物でも飲み水や水浴びを通じて水と接触することに着目し、この環境DNAメタバーコーディングの技術が森林動物に適用できないか検討しました。哺乳類の違いがわかるDNAの領域を選択的に増幅するツール(MiMammalと呼ばれるプライマー)を開発し、この技術を動物園の飲み水や水浴び場の水で検証したところ、飼育しているトラやゾウなどの各種哺乳類を検出できることが明らかになりました。また、北海道の森林に生息する哺乳類の検出にも成功しました。
この手法を使えば、水を汲んでDNAを分析するだけで森林に生息する哺乳類をわずか数日の実験と解析で検出できます。この手法は、従来の手法では実現が難しかった広範囲での森林哺乳類調査や継続的なモニタリングを可能にします。また、カメラや目視では発見が難しかった小型哺乳類の検出も容易に行えるため、より詳細な哺乳類相調査が可能になると期待されます。
なお、本研究の技術的側面については、2017年6月12日付けでMolecular Ecology Resources誌に公開されました。

<研究の背景と経緯>
生物多様性の喪失は世界的に見ても深刻な問題であり、これを防ぐために多くの保全策が講じられています。生物多様性の保全を行うためのもっとも基本となるのは、対象となる地域にどのような生物がどこに生息しているか知ることです。ところが、この一見簡単にみえる問題に答えるのは容易ではありません。
たとえば、森林は生物多様性保全において重要な生態系の一つですが、見通しが悪くて地形が複雑な森林で移動性の高い哺乳類の調査を行うのは容易ではありません。これまで、森林での哺乳類相の調査には目視観察や自動撮影カメラによる撮影が行われてきましたが、目視にしろ撮影にしろ種同定には高度に専門的な知識と長い経験が必要です。また、調査にかかるコストや時間は多大なものになります。したがって、保全に必要な継続的調査を行うのは現実的ではありませんでした。
一方、近年になって魚を含む水生生物の体表や粘液・糞から放出されるDNAが水中を漂っていることが明らかになり、「環境DNA」と呼ばれて大きな注目を集めています。DNAの塩基配列には生物の種類が分かる情報が含まれており、環境DNAの塩基配列を次世代シークエンサと呼ばれる最新の機器で同時並列的に決定すれば、海や川に生息する魚が短時間でわかってしまうのです。この技術は「環境DNAメタバーコーディング」と呼ばれ、魚類では我が国が開発した手法が「バケツ一杯の水で海や川に棲んでいる魚がわかる技術」として大きな話題を呼んでいます。
本研究では、この環境DNAメタバーコーディングの技術を、世界に先駆けて森林の哺乳類に適用しました。陸上生物でも、水を飲んだり水浴びをすることにより水と接触する機会があることに着目し、森林の水に含まれる環境DNAを分析すればそこに棲む哺乳類を明らかにできるはずだと考えたのです。魚類環境DNAメタバーコーディングの技術開発で培った経験を生かし、プライマーと呼ばれるDNAを分析可能な量に増やすツールの開発に成功しました。
森林の水の分析に先立ち、神奈川県にあるよこはま動物園ズーラシアと協力して様々な動物のケージ内の水を採取し環境DNAを分析しところ、環境DNA中から飼育されている全動物を検出できました。その後、北海道の森林で採取された水を分析したところ、森林で実際に観察されるげっ歯類やシカの配列を環境DNAから検出することに成功しました。
これらの結果は、陸生の哺乳類といえども森林内の水場にはその痕跡を環境DNAとして残していることを示しており、それを用いることで効率的な森林の哺乳類調査が行えることを示唆しています。

<研究の内容>
哺乳類のメタバーコーディングを成功させるためには、①どんな哺乳類にも共通する二つの保存的な領域をDNAの塩基配列を探し出さなければなりません。同時に、②その領域に挟まれるDNAの塩基配列は哺乳理の種類が識別可能な十分な「違い」をもっていなければなりません。さらに、③環境DNAは劣化が進んでいることが多く、②の領域の長さは短い方が望ましいと考えられています。
本研究では、これら三つの条件を満たす領域を、宮氏らによって行われた魚を対象とした先行研究を参考に、さらに哺乳類741種から得られたミトコンドリアゲノム 全長配列を比較することで探し出しました。上記①の保存的領域に結合する一対のプライマー(短い一本鎖DNA) を設計すれば、プライマーがあらゆる哺乳類のメタバーコーディング領域に結合します。そして、そこを起点にポリメラーゼ連鎖反応(PCR)でDNAを増幅すれば、二つのプライマーとそれらに挟まれる②の可変領域が必要量得られます。さらに、プライマーにさまざまなアダプターと呼ばれる配列をつけることにより、次世代シークエンサで大量のサンプル (1,000以上) を同時に並列分析できるようにしました。
これらプライマーの性能を検証するために、まず最初に様々な分類群の哺乳類25種を選び、その組織から抽出したDNAを用いてPCRを行いました。その結果、いずれの種からも良好なPCR産物が増幅されました。次に、よこはま動物園ズーラシアの哺乳類を飼育しているケージから水 500 mlをDNAを抽出しました。抽出したDNAの該当領域を増幅してアダプターを付加し、次世代シークエンサで分析しました。得られた50万本以上のDNAの塩基配列をコンピュータを用いて解析したところ、分析対象とした13種の哺乳類(ミナミアフリカオットセイ、クロサイ、アジアゾウ、ニホンザル、アカカンガルー、ライオン、トラ、マレーバク、ホッキョクグマ、シマウマ、キリン、エランド、チーター)を全て検出することに成功しました(図1参照)。また、北海道の森林の池から採取したサンプルからもシカ、ハツカネズミ、ヤチネズミの仲間、アライグマなどの哺乳類を検出しました。これらの哺乳類は実際に森林で生息していることが知られているものでした。

<今後の展開>
今回開発した手法は、水を数100ミリリットル汲んでろ過すれば、あとはDNAを抽出して分析するだけの非常に簡単なものです。この方法を活用すれば、哺乳類に関する専門的知識がなくても世界中の森林で哺乳類の調査を行うことができます。従来の手法 (目視や自動撮影カメラ) では、労力や時間や費用の点で実現できなかった哺乳類多様性のモニタリングが「いつでも」「どこでも」「誰にでも」できるようになったという点で画期的といえるでしょう。
さらに、熱帯雨林の奥地などアクセスするだけでも非常に大変な場所では、そこを何度も訪れて自動撮影カメラを設置し回収するのは容易ではありません。一度の訪問で水をサンプリングするだけでよい今回の手法は、このような遠隔地で大きな威力を発揮するでしょう。また、動物の組織を採取する必要がないため、希少な哺乳類をむやみに傷つけたり調査する人に危険が及ぶことも避けられます。また、希少な哺乳類や現在は知られていない未知の哺乳類の発見にも寄与する可能性があります。基礎・応用両面から今後の発展に注目すべき成果といえるでしょう。

<参考図>


参考図

図1 よこはま動物園ズーラシアで行われた採水の対象動物(撮影:潮 雅之)。(a) アジアゾウ, (b) トラ (c) マレーバク, (d) サバンナのケージで飼育されているシマウマ。各ケージより「水だけ」を採取することでそこから飼育されている動物のDNAを検出することに成功した。

<発表論文>

タイトル:Environmental DNA enables detection of terrestrial mammals from forest pond water
(環境DNAは森林の池の水から陸生哺乳類の検出を可能にする)


著者:潮 雅之 (京都大学/JSTさきがけ)・福田久人・井上順喜 (龍谷大学)・小林真・岸田治 (北海道大学)・佐藤圭一 (沖縄美ら島財団)・村田浩一 (日本大学/よこはまズーラシア)・二階堂雅人 (東京工業大学)・佐土哲也 (千葉県立中央博物館)・佐藤行人 (琉球大学)・竹下雅道・岩崎渉 (東京大学)・山中裕樹・近藤倫生 (龍谷大学)・宮 正樹 (千葉県立中央博物館)
掲載先:Molecular Ecology Resources



<研究に関する問い合わせ先>

研究者氏名:宮 正樹(みや まさき)
千葉県立中央博物館・生態・環境研究部長
〒260-8682 千葉市中央区青葉町955-2
Tel:043-265-3111 Fax:042-265-2467
E-mail: miya@chiba-muse.or.jp

研究者氏名:潮 雅之(うしお まさゆき)
京都大学生態学研究センター・連携研究員/JSTさきがけ専任研究者
〒520-2113 大津市平野2-509-3
Tel:077-549-8250 Fax:077-549-8201
E-mail: ushio@ecology.kyoto-u.ac.jp

研究者氏名:山中 裕樹(やまなか ひろき)
龍谷大学里山学研究センター/龍谷大学理工学部
〒520-2194 大津市瀬田大江町横谷1-5
Tel:077-544-7113 Fax:077-544-7113
E-mail: yamanaka@ryukoku.ac.jp