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2020.11.10

【新型コロナ現象について語る犯罪学者のフォーラム】10/20オンライン・フォーラム実施レポート

「新型コロナと社会現象」をテーマにオンライン・フォーラムを実施

2020年10月20日、龍谷大学犯罪学研究センターは第23回「CrimRC(犯罪学研究センター)研究会」をオンライン上で開催し、27名が参加した。
【イベント概要>>】http://www.ryukoku.ac.jp/nc/event/entry-6235.html

犯罪学研究センターは、2020年4月下旬より、新型コロナウイルス感染症 (COVID-19、以下新型コロナ)の拡大によって浮き彫りとなった個人と国家の関係や、ウィズ・コロナ時代における社会の在り方について、犯罪学の視点から考えるフォーラムをWEB上で立ち上げ、情報発信を行ってきた。

【特集ページ】新型コロナ現象について語る犯罪学者のフォーラム
https://sites.google.com/view/crimrc-covid19/

このたび、オンライン上でのディスカッションの場を新設し、犯罪学者の立場から、話題提供や意見交換を行う研究会をZoomで開催した。
当日はテーマを分けた2名の報告者が「話題提供」を行った。


第23回CrimRC公開研究会(月例)
「新型コロナ現象について語る犯罪学者のオンライン・フォーラム~犯罪学者はCOVID-19に何を思うか~」


テーマ:「新型コロナと社会現象」
話題提供者:
・竹中 祐二 准教授(北陸学院大学 人間総合学部社会学科・犯罪学研究センター 嘱託研究員)
・石塚 伸一 教授(本学法学部・犯罪学研究センター長・ATA-net研究センター長)

・司会:
上田光明 氏(本学ATA-net研究センター 博士研究員・犯罪学研究センター 嘱託研究員)


【趣旨説明】/上田 光明 氏(本学ATA-net研究センター 博士研究員・犯罪学研究センター 嘱託研究員)
キックオフイベントでは「パンデミックに犯罪学者はどう立ち向かうのか」、第22回CrimRC公開研究会では「犯罪学者はCOVID-19に何を思うか」というテーマを設け、それぞれ話題提供を通じて意見交換を行ってきた。
今回は、前回の津富 宏 教授(静岡県立大学国際関係学部・犯罪学研究センター 嘱託研究員)の発表で取りあげられた「経済の低迷と国民の健康低下の関連性」から、コロナ禍と自殺や失業、DVといった社会現象の関連性について話題提供をいただき、議論を深めることを目的としている。



【個別報告①】/竹中 祐二 准教授(北陸学院大学 人間総合学部社会学科・犯罪学研究センター 嘱託研究員)

<話題提供>
『逸脱』への社会学的接近

新型コロナの影響で社会が不安定になったいま、これまで気付かなかった、または気付かないフリをしてきた社会問題が顕在化してきている。今回は社会学的観点から、それら諸問題がなぜ「逸脱」とみなされるのか、コロナ状況下に顕在化している問題のごく一部を紹介しながら考えたい。まず社会学における逸脱行為とは、先行研究を紐解くと「社会の規範に反するとみなされた行動」を指す。時に犯罪と逸脱がほぼ同じ意味合いで語られることがあるが、逸脱とは法律違反としての犯罪も含有するより広い概念である。言い換えるならば、逸脱とは「統制を通して減少させることに対する社会的共有が目指される行為」であると考えている。逸脱(について)の社会学とは「どのような行為が社会的な意味付けをなされて忌避されるのか」その過程について、行為者のみならず社会との関係も含めて観察し理解すること(社会学的アプローチ)からはじまる。


竹中 祐二 准教授スライドより

竹中 祐二 准教授スライドより


では具体的に逸脱と見なされる行為に言及していく。まず不登校について、とある報道番組で「新型コロナの影響で不登校児童が増えている」と指摘されていた。ここで留意したいのは、そもそも不登校とは、学校への批判的な眼差しから登校を拒否するという、子どもの主体性の発現だという点である。文部科学省が「誰もが不登校になる可能性がある」という見解を示しているにもかかわらず、社会の不登校へ対する目は依然として厳しい。2017年施行の教育機会確保法(義務教育の段階における普通教育に相当する教育の機会の確保等に関する法律)の立法過程では、フリースクールや自宅学習を義務教育に含むための議論が持ち上がったが、国会審議において「学校に行かないことを助長する」として削除された事実がある。このことからみても「通学することが正しい」との規範が社会の多数派の中にあり、そのことが不登校児童や家族に苦しい思いを強いていると指摘することができる。
さて、日本の若年層にとって良くも悪くも大きな意味を持ち続ける学校だが、その中での代表的な逸脱行動といえば、いじめである。今年度は児童・生徒どうしの接触機会が減っているためか、いじめの数自体は減っているものの、一方で新型コロナにこじつけた内容のいじめが新たに発生しているようだ。日常生活の変化は、ある種の逸脱を減少させる作用もあると同時に、他の形で逸脱を発現させる温床となり得ると言えるのではないか。
またコロナ禍での休校やテレワークといった在宅の長時間化で、児童虐待やDVなど家族内における逸脱行為の増加が確認され、懸念事項となっている。特に児童虐待では虐待発見の遅れや、感染防止を理由に児童相談所の訪問を拒否する保護者の存在が問題となった。新型コロナに関連して起こったこれらの問題は、「家族という社会集団の逆機能(マイナス面)」のみならず、社会的に孤立した弱者に対して負担を強いる「社会制度の欠陥」を浮かび上がらせていると言える。

新型コロナによる社会変動が逸脱を生み、社会構造上の問題を浮かび上がらせる契機になっているいま、私が指摘したい点は2つ。まず「逸脱」というラベルが、自己責任や自粛という論調によって、弱者性を隠蔽してしまう危険性をはらんでいる点。そして、逸脱の原因を(広義の)医療の枠組みで語ることは、社会によってつくり出された「逸脱の基準」の正当化を中身の検討なしに後押ししてしまうのではないかという点である。特に感染防止を口実に「私は○○しない/する」といった逸脱行動は、今日のリスク社会においてより保険数理的統治(数学や統計学を用いたリスクアセスメントを行うこと)を強めていく感じがするが、これでは支えるべき弱者を事前に排除するような方向に傾くのではないか。
いま犯罪学者、犯罪社会学者として求められているのは、犯罪や逸脱を議論の出発点として客体化するだけでなく、社会学的な思考方法を活用して社会そのものを見直すことだと考えている。

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【個別報告②】/石塚 伸一 教授(本学法学部・犯罪学研究センター長・ATA-net研究センター長)

<話題提供>
「コロナと自殺の諸類型」

いま日本社会の抱える問題が「コロナ現象」として色々な形で顕在化してきているのは、竹中先生のご指摘のとおり。その中でも自殺のかたちについて話題提供したい。
10月8日付 読売新聞オンラインに「コロナと自殺増 命救う対策と実態調査を急げ」と題した記事が掲載された。いわく、警察庁統計では今年7~9月の自殺者が3ヵ月連続1,800人を超え、前年同時期より計400人以上多かったとする内容だが、実は過去5年間の同時期で比較すると今年の自殺者数がひときわ多いわけではなく、さらに注目すべきは今年3~6月は過去5年間の中でも自殺者数の少なさが際立っているということである。新型コロナによる外出自粛期間は、自殺が明らかに減っていたのである。従来、不況と失業と自殺はセットで語られてきた(「オークンの経験則(Okun'slaw)」:一国の産出量と失業との間には負の相関関係があり、景気が悪くなると失業が増え、失業が増えると自殺も増えるという考え)。コロナによって経済的苦境に陥っている人は増えたはずなのに、現段階では幸いにもまだ統計的には自殺者の数が目に見えて増えていない。この事実と記事への違和感を指摘したうえで、新型コロナによる社会変化と自殺との関係についての考察から、今後必要とされる自殺防止対策について発展させたい。


石塚 伸一 教授スライドより(日本の自殺者数の推移)

石塚 伸一 教授スライドより(日本の自殺者数の推移)


社会学者 エミール・デュルケームは『自殺論』(1897年)において「社会には、その社会に相応しい自殺率があり、それぞれの社会によって自殺の形態も異なる」として、自殺を見ると社会のありようがわかると説いた。デュルケームが提唱した4類型は以下の通りである。

利他的自殺(個人よりも全体が尊重される社会における献身や自己犠牲のための自殺)
利己的自殺(挫折や失望を体験した個人が孤独と焦燥の中でするような自殺)
アノミー的自殺(欲望に歯止めが効かなくなった時代の後、社会の規範や規制が崩壊または弱体化した社会に虚無感を覚えた個人による自殺)
宿命的自殺(集団や社会の規範による拘束力が強く、個人への過度な抑圧から起こる自殺)

そして『自殺論』を犯罪学に適用したのがロバート・マートンである。マートン著『文化、構造そしてアノミー』(1938年)では、個人の逸脱行動の範型について、目標に対する態度と手段に対する態度の組み合わせから「同調」「革新」「儀礼主義」「逃避主義」「反乱」の5つに分類している。


石塚 伸一 教授スライドより(マートンの逸脱行動の5範型)

石塚 伸一 教授スライドより(マートンの逸脱行動の5範型)


この2つの解釈から日本の現状を鑑みると、デュルケームの「アノミー的自殺」とマートンの「逃避主義型」の自殺が増えつつあると言えるのではないだろうか。特に「逃避主義型」の自殺については、現代の日本人の気質がマートンの範型による「儀礼主義」の傾向が強いことを指摘したい。堅実な職業への志向性が強く、やり甲斐よりも生き甲斐を求め、清貧を美とする現代日本はまさに儀礼主義者が多い社会だと言えよう。
儀礼主義者が逃避主義者に変わる時、どのような変化が現れるのか。逃避の形態が薬物やギャンブル、SNS、家庭内暴力(DV)や性問題行動といったアディクション(嗜癖・嗜虐行動)として現れたなら、それは「孤立の病」に他ならない。そして「孤立の病」は、時に逃避主義を自殺行動へ転化させるきっかけになり得てしまう。アディクションへの専門家による治療や回復支援、自助グループの存在があるものの、まずは孤立を解決するための人的ネットワークが不可欠であり、人的ネットワークを基盤としたセーフティネットこそが求められる。
本来、多くの人は自身の心のありようについての自発的治癒力(レジリエンス:resilience)を持ち得ているが、ポスト・コロナでは、回復する能力を妨げる外的な力が働いているように思われる。この外的な力をいかに取り除き、生きていく姿勢を支援するか。
個々人のしなやかな回復と“立ち直り(デジスタンス:desistance)”の支援のネットワーク構築から、ポスト・コロナの自殺対策を進めてゆきたい。

【>>関連記事】新型コロナで自殺は増えるのか?〜アノミー型自殺と逃避型自殺〜

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これらの個別報告を受けて設けられたフリートークでは、「逸脱現象における医療化に関する問題点は、地方行政における感染防止のリスク・コントロールと、PCR検査の導入の遅れに代表される医療崩壊防止策が混在している点ではないか?」や「デュルケームの自殺論と現代日本における自殺傾向の重なりとは」について議論が重ねられたほか、カウンセラーなど複数の実務家から相談件数の増加、社会的支援の必要性について意見が出された。


次回は、発表やトークセッションで多くの関心が集まった、社会現象・逸脱に対するセーフティネット構築の話題から、「新型コロナ現象と学生支援」をテーマに議論を重ねることが決定した。
※2020年11月30日(月)18:00~ オンラインで開催予定(Zoom・申込制・どなたでも参加可能)
【>>詳細・お申し込み】http://www.ryukoku.ac.jp/nc/event/entry-6460.html