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2022.07.29

公開研究会・シリーズ「鴨志田祐美の弁護士放浪記」第2回レポート【犯罪学研究センター共催】

刑事司法、刑事弁護とは何か

龍谷大学 犯罪学研究センター(CrimRC)は、刑事司法・刑事弁護をテーマに、2022年7月11日、公開研究会・シリーズ「鴨志田祐美の弁護士放浪記」をオンラインで共催しました。本企画には約60名が参加しました。進行は、石塚伸一教授(法学部/犯罪学研究センター)がつとめました。
本企画は、大崎事件再審弁護団事務局長、日本弁護士連合会「再審法改正に関する特別部会」部会長をつとめる、鴨志田祐美弁護士(京都弁護士会)によるものです。
【イベント情報:https://www.ryukoku.ac.jp/nc/event/entry-10719.html


鴨志田祐美弁護士(京都弁護士会)

鴨志田祐美弁護士(京都弁護士会)


はじめに
第2回のテーマは、「再審弁護とは~「針の穴にラクダ」を通すための手練手管~」です。はじめに石塚教授より「大崎事件の第4次再審請求に対する鹿児島地裁の決定は非常に残念な結果となりました。再審制度が“針の穴にラクダを通す”ほど大変な作業になっているという状況を含めて、鴨志田先生の体験をお話していただきたいと思います」という企画趣旨が述べられ、講演が始まりました。

大崎事件とは
1975年10月15日、鹿児島県大崎町で原口アヤ子さんの義弟(仮名:四郎)が、自宅横の牛小屋の堆肥の中から遺体で発見されました。事件直後、被害者の長兄(仮名:一郎)と次兄(仮名:二郎)が犯行を自認して逮捕されました。当初の自白は殺人・死体遺棄ともに2人の犯行という内容でしたが、その後、殺人についてはアヤ子さんの指示によるもので、死体遺棄は次兄の長男(仮名:太郎)も加えた4人によるものだという内容に大きく変遷しました。この共犯者らの供述を支える客観証拠はほとんどありませんでしたが、共犯者らは公判でも争わず有罪となり、控訴することなく服役しました。一方、アヤ子さんは一貫して犯行を否認しましたが、1980年3月31日、懲役10年の有罪判決を受けました。控訴、上告ともに棄却され、アヤ子さんは満期服役しました。


大崎事件の人物関係図

大崎事件の人物関係図

確定判決で認定された「犯行ストーリー」は、次の通りです。アヤ子さんは一家を取り仕切る存在でしたが、被害者の四郎は日ごろから酒癖が悪く、一家は四郎の存在を快く思っていませんでした。1975年10月12日、アヤ子さんは親族の結婚式に一郎、二郎、太郎とともに出席して午後7時ころに帰宅しました。一方、結婚式に出席しなかった四郎は、朝から飲酒をしており、夕方ころ一人で自転車に乗って食料品店にでかけ、買い物をして帰る途中、自転車ごと側溝に転落しました。そして何者かによって引き上げられ、道路に寝かされているところを午後8時ころに発見されました。この様子を知らされた近隣住民2名(IとT)は、軽トラックで四郎を迎えに行き、荷台に乗せて四郎方まで送り届け、上半身ずぶ濡れ、下半身裸の四郎を玄関土間において帰りました。午後9時ころ、IとTから連絡を受けたアヤ子さんはI方に行って四郎の様子を聞き、礼を言って午後10時30分ころ、Tとともに帰宅する途中、四郎の様子を見るために四郎方に寄りました。土間で泥酔して前後不覚になっている四郎を見て、アヤ子さんは日ごろからの恨みが募り、この機会に殺害しようと決意し、一郎と二郎に持ちかけると両名が承諾しました。午後11時ころ、四郎を殺害し、翌13日午前4時ころに4名で死体を牛小屋の堆肥の中に遺棄しました。
本事件の特徴は4つあります。1つ目はアヤ子さんの自白がないことです。取調べ段階から今日に至るまで、一貫して犯行を否認してきました。2つ目は「近親者による保険金目的の殺人」という思い込み捜査です。遺体発見直後から、「殺人事件」として捜査が開始され、さらにアヤ子さんが一族に生命保険をかけていたことから、「保険金目的の殺人」であるという思い込みで捜査がすすめられました。そのため四郎の「自転車事故」等の情報が捜査対象になりませんでした。3つ目は自白事件として扱われた共犯者らの公判手続きが同時並行で処理されたことです。アヤ子さんと共犯者らの公判手続きは形式的には分離されましたが、同じ裁判体で同時並行審理されました。そのため共犯者らが自白した犯行態様と遺体の解剖所見との矛盾、共犯者らの自白の信用性等が実質的にアヤ子さんの審理から欠落しました。4つ目は知的障がい者に対する配慮に欠けた審理であった点です。共犯者らはいずれも知的・精神的障がいを抱え、自己を防衛する能力を十分にもっていませんでしたが、確定判決審では障がいへの配慮に欠けた審理をすすめました。

4度の再審請求、3度の再審開始決定
アヤ子さんは服役中に仮釈放の申請を拒否して満期服役した後、現在に至るまで4度の再審請求(裁判のやり直しを求めること)を行っています。仮釈放の申請をするためには「罪を認めて反省する」必要があります。アヤ子さんは「犯していない罪について反省することはできない」と言って仮釈放の申請を拒否しました。


第1次再審~第3次再審の経過

第1次再審~第3次再審の経過

上にある通り、第1次再審請求では2002年3月26日の鹿児島地裁、第3次再審請求では2017年6月28日の鹿児島地裁、2018年3月12日の福岡高裁宮崎支部の検察官即時抗告の棄却(再審開始維持)と3つの裁判所が再審開始を支持しています。
第1次再審請求での主な新証拠は、法医学鑑定でした。確定審で司法解剖を担当して法医学鑑定を行った城哲男教授が「四郎の死因は頸部圧迫による窒息死」という自らの鑑定を修正し、事故死の可能性を示唆する法医学鑑定を行いました(城新鑑定)。請求審で鹿児島地裁は、城新鑑定の証明力を肯定して新旧全証拠の総合評価により再審開始決定を出しました(笹野決定)。しかし検察官が即時抗告を行い、即時抗告審で福岡高裁宮崎支部は城新証拠の証明力を否定しました。そして原決定の明白性判断の誤りを理由に開始決定を取り消し、請求が棄却されました(岡村決定)。
第2次再審請求での主な新証拠は、法医学鑑定と供述心理鑑定でした。供述心理鑑定では大橋靖史教授・高木光太郎教授が自白の心理の観点から、共犯者らの自白について「スキーマ・アプローチ」(供述者の語り方の特徴から、その供述が自らの体験に基づいて語られたものであるかどうかを分析する手法)を用いて鑑定しました(大橋・高木鑑定)。請求審で鹿児島地裁は鑑定人への尋問も、証拠開示に向けた訴訟指揮も行うことなく再審請求を棄却しました(中牟田決定)。しかし弁護側が即時抗告を行い、即時抗告審で福岡高裁宮崎支部が証拠開示勧告を行ったところ、213点の証拠が開示されました。さらに法医学・供述心理学の鑑定人に証人尋問を実施して、大橋・高木鑑定について証明力を肯定し、一郎・二郎の自白の信用性を「必ずしも/決して高くない」と判断しました。しかし、二郎の妻であるハナの目撃供述は信用できるとして、自白の信用性も肯定し、即時抗告は棄却されました(原田決定)。
第3次再審請求での主な新証拠は、法医学鑑定と供述心理鑑定でした。法医学鑑定で吉田謙一氏は四郎の遺体に死斑・血液就下がなく、頚椎椎体前の出血は窒息死の所見ではないと鑑定し、四郎の死因が「出血性ショック」であるとして死因を明確に示しました(吉田鑑定)。供述心理鑑定ではハナの目撃証言についてスキーマ・アプローチで供述の鑑定を行い、ハナの供述には非体験性兆候(証人が自らが体験していないことを証言しているときに見られる特徴)があると鑑定しました(大橋・高木新鑑定)。請求審で鹿児島地裁は吉田鑑定、大橋・高木新鑑定のいずれにも明白性を肯定し、再審開始決定を出しました。しかし検察官が即時抗告を行い、即時抗告審で福岡高裁宮崎支部は大橋・高木新鑑定の証拠能力を否定したものの、吉田鑑定の証明力を高く評価し、四郎は自宅到着時に死亡or瀕死の可能性があったとしました。そして「生きている四郎を土間に置いた」というIとTの供述の信用性が減殺され、「アヤ子さんが土間で四郎を目撃して殺意を生じたところから始まる確定判決の犯行ストーリーは成り立たない」として検察官の即時抗告を棄却、再審開始を維持しました(根本決定)。これに対し検察官が特別抗告を行い、特別抗告審で最高裁第一小法廷は検察官の特別抗告について「判例違反をいう点を含め、実質は法令違反、事実誤認の主張であって、刑訴法433条の抗告理由に当たらない」としました。しかし最高裁は事実調べをすることなく職権で調査を行って吉田鑑定の明白性を否定し、再審開始決定を破棄するだけでなく、再審請求を棄却しました(小池決定)。
確定判決による犯行ストーリーが成立する絶対的条件は、午後10時半の時点で「生きている」四郎が土間にいることです。そこで第4次再審請求では、①四郎は午後10時半より前に死亡していたこと、②「生きている四郎を四郎方土間に置いて帰った」というIとTの供述が虚偽であることを明らかにすることを目指しました。①について澤野誠教授による医学鑑定(澤野鑑定)、②については稲葉光行教授による供述鑑定(稲葉鑑定)と大橋教授・高木教授による供述心理鑑定(大橋・高木鑑定)を提出しました。澤野鑑定では救命救急医の観点から、四郎の死因は非閉塞性腸管虚血(腸閉塞が存在しないにもかかわらず腸管に血流障害が起こる疾患)による広範な小腸腸管壊死であり、また、IとTによる不適切な搬送によって、四郎が転落事故時に負った頚髄損傷がさらに悪化し、四郎方到着より前に呼吸停止に陥り死亡したことが確実であると鑑定しました。これは四郎の死因を「窒息死」とした城旧鑑定とIとTの供述の証明力を大幅に減殺しています。また「生きている」四郎を四郎方に置いてきたとするIとTの供述について稲葉鑑定のテキストマイニング(証言についてコンピュータを用いて数量的に解析する手法)と大橋・高木鑑定の結果は非体験性兆候があるとして結論が一致しており、IとTの供述の証明力を減殺しています。さらにIとTによる四郎の搬送状況の実写再現ビデオと四郎を送り届けた場面の3DCG再現を新証拠として提出し、視覚的にわかりやすい説明を目指しました。

第4次再審鹿児島地裁(中田)決定とその問題点
2022年1月28日に検察官が最終意見書を提出し(弁護団は法廷で最終プレゼンテーションを行い)、第4次請求審の審理は終結しました。ところが2022年6月22日、鹿児島地裁は再審請求を棄却しました(中田幹人裁判長)。中田決定は「澤野鑑定、稲葉鑑定、大橋・高木鑑定の内容を総合して考慮しても、IとTの供述の信用性が減殺されるとはいえず、客観的状況からも事実の推認は左右されない」と判断しました。
中田決定には問題点が4点あります。1つ目は科学的証拠の証明力評価の誤りです。澤野鑑定の「転落時に生じた頚髄損傷がIとTの搬送によりさらに悪化し、数分で呼吸停止により死に至った」可能性を中田決定は認めています。にもかかわらずIとTの供述や共犯者らの自白の信用性が減殺されないという結論はありえません。2つ目は明白性判断の方法論の誤りです。澤野鑑定の証明力を認めている以上、その明白性判断は「新旧全証拠の総合評価」によって行うべきです。「立証命題に関連する他の証拠」としか対比させていない中田決定は判例違反と言えます。3つ目は累次の再審で旧証拠の証明力が減殺されていることを無視している点です。「共犯者」自白の信用性、ハナの目撃供述の信用性、IとTの供述の信用性は第1次~第3次の再審請求で既に減殺されています。累次の再審の証拠も総合評価に加えず無視することは認められません。4つ目は「疑わしいときは被告人の利益に」の鉄則を無視している点です。澤野鑑定によって別の死の機序が具体的に示されています。しかし中田鑑定は「ひとつの可能性に過ぎない」として証明力を矮小化する一方、IとTが死体遺棄を行った可能性については「およそ考え難い」として思考上の可能性のみで決めつけています。
証拠開示手続き規定がないことで再審請求審には裁判所によって格差があること、3度も再審開始決定が出ているにもかかわらず検察官の再審妨害によって再審が行われないこと、など、大崎事件からは再審制度の問題点を改めて感じざるを得ません。大崎事件弁護団の闘いは続きます。今回の決定を教訓に、車の両輪として、再審法の改正を一刻も早く実現させる必要があります。

第3回のテーマは、「非法律的スキル」~弁護団のマネージメント、マスコミ戦略~です。
是非、ご参加ください。

【イベント情報:https://www.ryukoku.ac.jp/nc/event/entry-10860.html​】

当日の記録映像をYouTubeにて公開しています。ぜひレポートとあわせてご覧ください。
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