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2022.09.27

オンラインシンポジウム「虐待えん罪を考える― 今西事件を通じて」を共催【犯罪学研究センター】

一審有罪。それでも僕はやってない。

2022年4月22日18:00より龍谷大学犯罪学研究センターは、シンポジウムをオンラインにて共催しました。本シンポジウムには、90名が参加しました。
【イベント情報:https://www.ryukoku.ac.jp/nc/event/entry-10254.html


司会・川上博之弁護士(大阪弁護士会)

司会・川上博之弁護士(大阪弁護士会)

今西貴大さんは、当時2歳のAちゃんの頭部に強い暴行を加えて死亡させたなどとして、2021年3月に懲役12年の実刑判決を言い渡されました。しかし、逮捕段階から一貫して虐待を否定してきました。本件はSBS/AHT事件とされていますが、証拠とされた医師の鑑定について争いがあります。今回のシンポジウムでは、本件をテーマに虐待えん罪について考えました。

趣旨説明は、笹倉香奈教授(甲南大学法学部/犯罪学研究センター)、報告は弁護団の宇野裕明弁護士(大阪弁護士会)、秋田真志弁護士(大阪弁護士会)、川﨑拓也弁護士(大阪弁護士会)、西川満喜弁護士(大阪弁護士会)、湯浅彩香弁護士(大阪弁護士会)、コメントは川﨑英明弁護士(大阪弁護士会)が行い、今西さんと今西さんのご家族からメッセージがありました。司会は川上博之弁護士(大阪弁護士会)がつとめました。

SBS/AHTとは何か:宇野裕明弁護士(大阪弁護士会)
はじめに宇野弁護士がSBS/AHTの概要を説明しました。SBSはShaken Baby Syndromeの略称で「揺さぶられっこ症候群」を示します。一方、AHTはAbusive Head Traumaの略称で「虐待による頭部外傷」を指します。①急性硬膜下血腫の存在、②網膜出血の存在、③脳腫脹/脳浮腫の存在、④大きな事故エピソードの不存在があれば、SBS/AHTだと診断できるとされています。さらに、「SBS/AHTに特異な所見」がある(例:多層多発の網膜出血)、除外診断をしたからほかの可能性はない、検察官側医師ごとに独自の説を主張するなどしていますが、いずれも十分なエビデンスはありません。そして上記の新たな主張については、「十分な証拠がない」「他の原因の可能性がある」などと判断したり、そもそも証拠として医師の意見が採用されなかったりして、現在、SBS/AHTを根拠とした刑事裁判では無罪判決が続出しています。


宇野裕明弁護士(大阪弁護士会)

宇野裕明弁護士(大阪弁護士会)

今西事件の争点①―激しい揺さぶりを加えたといえるのか:秋田真志弁護士(大阪弁護士会)
つぎに、本件の前提として秋田弁護士は、別のSBS/AHT事件で無罪判決を獲得した「山内事件」の経緯を説明した上で、本件の死因に関する医師の意見についての争点を報告しました。「山内事件」では亡くなった乳児に頭蓋内出血(くも膜下出血、眼底出血、脳浮腫)がみつかり、祖母の山内さんが揺さぶりの犯人と疑われて第一審で懲役5年6月の実刑判決が下されました。しかしCT画像についてSBS/AHTを研究する英国の医師に意見を求めたところ、「静脈洞血栓症」の可能性が高いと指摘されました。静脈洞血栓症は頭蓋内出血、眼底出血、脳浮腫の原因になります。さらに凝固異常(出血しやすくなる)も併発していたことからSBS/AHTの3つの症状がみられたというわけです。こうして頭蓋内出血の原因は外力とは限らず、山内さんが揺さぶりの犯人だとはいえないという結論となり、控訴審で逆転無罪となりました。つまり、頭蓋内出血は外傷によるものに限らず、内的な原因で起こり得るのです。英国の症例研究では、30分以上の心停止と蘇生再灌流(再び心臓が動き出し、血流が臓器に戻ること)が頭蓋内出血の原因になりうること、心肺停止によって生じる低酸素脳症は両側性硬膜下血腫・両側性眼底出血(※両側性=身体の両側に症状が起きること)の直接の原因になりうることが明らかになっています。心肺停止が起こると低酸素脳症が起こり、血液脳関門(脳内に異物が侵入しないようにするバリア機能)や血流の自動調節機能が破綻すると、出血しやすくなります。さらに凝固異常があると、出血しやすくなります。そうした状態で心臓が再び動き出すと、脳内や眼底に出血が起こりやすくなるのです。
ここで本件をみると、亡くなったA子ちゃんが急変してから病院で心拍が再開するまでに30分以上の心肺停止があったことが確認されています。心肺蘇生では骨髄内にアドレナリン0.2mgを投与3回して心拍が再開しました。そしてCT検査をしたところ、両側性硬膜下血腫・硬膜内血種、両側性眼底出血がみられました。これは先に紹介した心肺停止によって生じる頭蓋内出血の症状と一致しています。さらに血液検査によって、数値が振り切れるほど重篤な凝固異常であることがわかりました。さらに裁判の途中で提出された解剖した心臓の標本には心筋炎と思われる所見がみられました。心筋炎は心臓突然死をした症例で多くみられる症状です。一方、検察側医師は、①CTで脳の深部に多発性の挫傷性の出血がある、②脳の中心(脳幹・中脳)に損傷があるなどとして、交通事故並みの激しい揺さぶりがあったと主張しました。頭部の外表に損傷がないのに、交通事故並みの外力を頭蓋内の深部にだけ及ぼすことができるでしょうか。しかし、裁判所はこの検察側医師の意見をもとに有罪判決を出しました。
そこで控訴審では3通の意見書を準備しています。①挫傷性の出血があるという主張に対しては、CTでも解剖写真でも顕微鏡でも挫傷性出血がないという別の医師の意見書、②脳の中心(脳幹・中脳)に損傷があるという主張に対しては、急変直後の脳幹は正常、解剖時の写真でも正常であるという意見書を準備しています。これによって、揺さぶりで交通事故に匹敵する外力が加わるはずがないということを控訴審で主張していきます。さらに③救急救命医からは「頭部外傷でA子ちゃんのような心肺停止、蘇生の経緯をたどるはずがない」という意見書も作成してもらっています。A子ちゃんの心拍が再開した経緯をみると、頭蓋内出血によって心肺停止が起こったのではなく、心臓突然死によって頭蓋内出血が起こったといって矛盾はないという意見書を得ることができました。秋田弁護士は「これらの新たな弁護側鑑定を裁判所に採用させなければなりません。たくさんの人のご意見、ご支持をいただければと思っています」と述べ、報告を締めくくりました。


秋田真志弁護士(大阪弁護士会)

秋田真志弁護士(大阪弁護士会)

今西事件の争点②―傷害、強制わいせつがあったといえるのか:川﨑拓也弁護士(大阪弁護士会)
今西さんは激しい揺さぶりによってA子ちゃんを死亡させたとする傷害致死罪のほかに、傷害罪、強制わいせつ致傷罪でも起訴されています(傷害罪については第一審で無罪)。川﨑弁護士は、「この話を聞いて傷害致死罪のほかに傷害や性犯罪もあったのか、そんなことが3つも偶然に起きるはずがないのではないかと思われるかもしれません。しかしそれこそが捜査機関側の狙いだと思っています」と述べました。3つの事件については個別事件として科学的証拠に基づいた判断をする必要があります。しかし、確証バイアスによってそれが困難になっています。確証バイアスとは、一度ひとつの仮説を信じてしまうと、その仮説を支持する情報ばかりを集めてしまい、自分の仮説に反する情報を無視してしまう状態のことを指します。本件において捜査機関は「今西さんがA子ちゃんを虐待していた」という仮説を信じ、A子ちゃんに頭蓋内出血があったこと、左脚を骨折していたこと、肛門に傷があったことという情報ばかりに目を向けてしまいました。しかし実際は、秋田弁護士が述べたように頭蓋内出血は両側性であったこと、A子ちゃんの歩かない原因が骨折であると分かるまで今西さんが一緒に複数の病院を受診していたこと、A子ちゃんには皮膚疾患があったこと、今西さんとA子ちゃんは仲の良い親子で、足の怪我で通院していた病院で会っていた複数の医師も虐待を疑ったことはなかったことなど、当初の仮説に反するいくつもの情報がありましたが、捜査機関は無視してしまいました。捜査機関側はこうした確証バイアスを裁判員や裁判官にもたせようとしていると思います。非常に乏しい証拠でも傷害罪、強制わいせつ致傷罪で起訴して、複数の事件で虐待をしていたと主張することで、裁判員や裁判官に「今西さんがA子ちゃんを虐待していた」と思い込ませるという狙いがあって、傷害罪、強制わいせつ致傷罪でも起訴したのだと考えています。本来考えるべきは、A子ちゃんの骨折や傷の状態から何がどこまでいえるのかという科学的争点のみなのです。
まず、傷害罪についてですが、A子ちゃんの左脚のひざ下には骨折がみられました。当初、検察側医師は骨折線・形状からすれば過伸展外力(関節が必要以上に反ってしまうような外からの力)かかったことによる骨折で、転倒などでは生じないとしました。一方、弁護側医師は、過伸展外力かそれ以外かは骨折線からは断定できないが、遊具で遊んでいてもこのような骨折は生じると述べました。その後、検察側医師に対して反対尋問で「事故なのかそうでないのかは、明確に分けられるでしょうか」と尋ねたところ「確かに明確に分けるのは難しい」と証言しました。その結果、傷害罪については無罪となりました。
つぎに、強制わいせつ致傷罪についてですが、A子ちゃんの肛門に異物を挿入して肛門裂傷の傷害を負わせたとされました。検察側医師は「こんなに長い傷は見たことがない」と証言しましたが、傷の長さについて、何cmから異物挿入だと判断できるのかというデータや研究はありません。傷の長さのみから異物挿入によるのか、自然排便によるのかという区別はできないと言えます。また、肛門周辺の他の傷がなかったことは異物挿入による裂傷の特徴とは矛盾します。これらのことから、異物挿入によって裂傷が生じたとは言えないと考えられます。控訴審では肛門科医師や皮膚科の医師から意見書を得て上記を主張していく予定です。


川﨑拓也弁護士(大阪弁護士会)

川﨑拓也弁護士(大阪弁護士会)

今西さんの現在の様子:西川満喜弁護士・湯浅彩香弁護士(大阪弁護士会)
西川護士からは警察での取調べの様子が報告されました。今西さんの「被疑者ノート」には取調べの様子と「自分の娘に手を上げるはずがない。負けない」という言葉が書き残されていたことを紹介し、西川弁護士は「今西さんは警察の理不尽な取調べに対して自分を奮い立たせて、一生懸命耐えてきたことがよくわかると思います」と述べました。また接見の際にはいつも前向きであること、家族を思いやる言葉も多く書かれていたことを紹介して「今西さんが逮捕されてから数年が経っています。今西さんから奪われた時間や家族や仕事など、あまりにも大きいことがノートからも響いてきます。私たちも絶対に負けるわけにはいかないと思っています」と述べました。
湯浅弁護士からは有罪判決後の接見の様子が紹介されました。今西さんは自分の裁判が大変な中、「A子ちゃん、なんで亡くなったのかな、かわいそうだな」と考えていたと話してくれたこと、今西さんがA子ちゃんに愛情をもって接していたエピソードやたくさんの写真が残されていたことを紹介し、「A子ちゃんと今西さんは間違いなく本当の親子だったと思います」と述べました。


西川満喜弁護士(大阪弁護士会)

西川満喜弁護士(大阪弁護士会)


湯浅彩香弁護士(大阪弁護士会)

湯浅彩香弁護士(大阪弁護士会)

研究者の視点からのコメント:川﨑英明弁護士(大阪弁護士会、関西学院大学名誉教授)
川﨑弁護士からは、刑事法学者としての研究者の視点からコメントがありました。川﨑弁護士はまず、「刑事裁判には、有罪とするには合理的疑いを超えて証明しなければいけないという原則があります」と述べました。そして本件で裁判所は今西さんを有罪とするには疑問があるにもかかわらず、それを残したまま有罪判決を下しており、刑事裁判の原則がないがしろにされている、と指摘しました。さらに本件で有罪認定の根拠とされているのは、医師の意見でした。医師の意見をもとに合理的疑いを超えた証明をするには、その意見に出された反対意見を打ち消すことが必要になります。しかし上記の通り弁護団が説明したように、本件で弁護側医師がなげかけた反対意見を検察側医師が否定しきれていません。この場合、刑事裁判の原則に則って、無罪としなければなりません。このことは、SBS/AHT事案における大阪高裁の令和2年判決にも明記されており、有罪認定の根拠となる検察側医師の意見は、それに反対する弁護側医師の意見に対して説得力をもった否定をしなければならないと示されました。川﨑弁護士は、本件も同じ見地から無罪判決の言い渡しを求めたいと述べました。さらに、3つの事件について起訴したことについても、「1カ月に3件も事故は起こらない、事件だ」という予断・偏見を与えるような起訴の仕方であり、問題があることを指摘しました。


川﨑英明弁護士(大阪弁護士会、関西学院大学名誉教授)

川﨑英明弁護士(大阪弁護士会、関西学院大学名誉教授)

報告後、質疑応答が行われ、最後に今西さんの親族からのメッセージ、今西さん本人からの手紙の朗読がありました。
参加者からは、「今回のシンポジウムを聞いて今西事件について知ることができました。今西さんは、大切な娘さんを失ったのにもかかわらず、娘さんが亡くなった原因であるというようにされて何年も苦しい思いをされていると思うと心が痛くなりました。」「「疑わしきは被告人の利益に」という原則に立ち返る。司法界のみならず全市民が、もう一度、真摯に考えるべきだと思っています。本当に無実かどうかは本人にしかわかりませんが、少なくとも、有罪にすべきことではないと思います。頑張ってください。」など多くの声が寄せられました。