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2022.11.25

理工学研究科・院生を筆頭著者とする論文が国際ジャーナルに掲載!快挙の裏側に迫る【革新的材料・プロセス研究センター、先端理工学部】

ラボで連綿と受け継がれてきた基礎研究からイノベーションへ

この夏、革新的材料・プロセス研究センターの木村睦研究員のグループの岩城江津子さん(本学理工学研究科・修士2年)らによる、アモルファス金属酸化物半導体薄膜のニューロモルフィックシステムへの実装に関する研究論文が国際ジャーナル『IEEE』*1に掲載されました。
この実験を行い、論文の筆頭著者である岩城さんは、大型コンピュータが必要とする多大な集積回路(LSI)と同等の機能を1チップ化する事が可能となる手法を発見し、これが認められ、論文掲載となりました。また、この研究に関連した和文論文が近く国内ジャーナルに掲載予定です。

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2022.11.01木村睦研究員グループによるニューロモルフィックシステムに関する研究論文がIEEEの国際ジャーナルに掲載【革新的材料・プロセス研究センター】


この快挙の裏側には、どのような過程があったのでしょうか。木村睦教授(本学理工学部)と岩城江津子さんにインタビューを行いました。


インタビューは瀬田キャンパス・研究室とTeamsのハイブリッド形式で実施

インタビューは瀬田キャンパス・研究室とTeamsのハイブリッド形式で実施

――はじめに、岩城さんと研究対象である「電子デバイス・マテリアル」と「人工知能」との出会いについて教えてください。
岩城:「そうですね。他の方の研究だとデバイスを作って、特性を見て終わりという場合が大半です。私の研究では、作ったデバイスを用いて人工知能に関わることまで行いました。やはり人工知能、ニューロモルフィックシステムへの実装まで持っていて、結果を見られるということがモチベーションになったし、やりがいにも繋がったように思います。実は、今回の研究課題は学部生時代から続けている継続課題です。」

――今回の論文は、今年8月にIEEEに掲載されましたが、掲載されるまでにはどのような過程があったのでしょうか。
岩城:「資料を集めて論文を書き始めたのは修士1年の3月頃、就職活動の傍らでした。ジャーナルへの投稿がスタートしたのは4月、返事が来たのは5月頃ですね。学会には学部生の頃から何度か出席していましたが、論文投稿はこれが初めてのことでした。」
木村:「投稿してから掲載に至るまでは、ジャーナルから質問や修正が入ります。先方のレビューを見ながら私と岩城さんとで修正内容を検討し、論文を更新していきました。そうして受理されたのが8月でした。グラフ作成などを含めても掲載まで5〜6ヶ月でしたので、それほど長くはない期間で掲載に至りました。ただ、実験データそのものを取り始めた期間を考慮すると、もっとかかっていますね。」
岩城:「たしか実験データを取り始めたのは、学部4回の終わりか修士1年のはじめ頃だったと思います。」
木村:「実験としては時間がかかっていますが、上手く結果が出たので論文を書き始めたという形ですね。」

――論文の共著者として、何名か先端理工学部の学生の名前がありましたが…
岩城:「私の先輩にあたる方々です。今回の研究課題を歴代の先輩たちが行っておられて、たまたま私の代で実験が成功したので論文にしたのです。作ったデバイスを用いて、人工知能への活用まで上手くいったのです。」
木村:「岩城さんが直接関わった方は1年上の先輩になるかもしれませんが、さらにその前の先輩も関わっていますので、ラボ全体の実験としては3〜4年の期間に及びますね。」

――やはりラボの中で受け継がれていく研究課題があるのですね。
木村:「そうですね。先輩から後輩へと受け継がれていくものがあります。岩城さんも先輩から教わっていますし、岩城さん自身も後輩を指導することも。今は皆が卒論や修論に向けて大詰めの時期なので、来年3月頃に一段落したタイミングで、ジャーナルに投稿する論文を書き始める人が出てくる可能性はあります。やはり実験結果しだいでしょうか。」


現在、岩城さんはカリフォルニア大学サンディエゴ校に短期留学中。半導体に関するラボに所属し、「平日は研究、休日はアメリカ観光」と海外滞在を満喫しているそう

現在、岩城さんはカリフォルニア大学サンディエゴ校に短期留学中。半導体に関するラボに所属し、「平日は研究、休日はアメリカ観光」と海外滞在を満喫しているそう

――人間の脳の構造を模倣した高度で複雑な計算システムを構築し、高速かつ低消費電力で脳の機能を再現する「ニューロモルフィックシステム」は、未来社会の中心となる人工知能研究として注目を集めています。私たちの実生活ではどう役立つのでしょうか?
木村:「簡単に言うと、翻訳や文字認識、会話などのツールで現在普及している人工知能は、超大型コンピュータがどこかにあって、インターネットを通してリアクションがあるいうものです。つまり、超大型ということが問題です。スマートフォンには搭載できないし、一般的なPCや家電にも搭載させることはできないのです。私たちが試みているのは、超大型コンピュータで行っていることをハードウェアにして、集積回路(LSI)を1チップにしようとしているのです。すなわち、将来的には一人ひとりが人工知能を持ち歩けるということを目指しています。そうすると、独立性とカスタマイズという2つの利点が生まれます。たとえば災害や遭難に見舞われた時にも、1チップ化した人工知能が助けになるでしょう。また、皆が人工知能を持つことで個々の人工知能がカスタマイズされていって、まさに相棒のような存在になる可能性も。最近はこの独立性とカスタマイズという2つの利点に着目しています。」

――近頃はAIによる翻訳ツール『Deep L』が使えるという声も多く耳にしますが、これも裏側では超大型コンピュータが動いているのですね。
木村:「そうです。Deep Lはインターネット接続を前提としたプログラムですが、翻訳内容については、同じ文章の場合は誰が操作しても同じような翻訳結果が出ます。私たちが目指している1チップ化したデバイスでは、一人ひとりの言葉遣いの好みや専門領域の言語にあわせて、よりカスタマイズされた翻訳が実現できる可能性があるのです。」

――実用に至るまでの期間はどの程度だと見ていますか。
木村:「5年から10年でしょうか。今回の論文で行った研究は一つの足がかりになりますし、岩城さんの試みは本当に素晴らしいと思います。」


革新的材料・プロセス研究センターのラボ風景

革新的材料・プロセス研究センターのラボ風景


写真は、岩城さんらが実験で作成した半導体薄膜

写真は、岩城さんらが実験で作成した半導体薄膜

――ニューロモルフィックシステムに関する近年の研究動向について教えてください。
木村:「類似研究に関しては、大手だとIBMやIntelなどが取り組んでいます。ただし、IBMやIntelが行っている研究の半導体のチップは二次元までである一方、岩城さんが実験で行った半導体のチップは三次元までと本質的に異なります。また大手企業が作り始めている二次元半導体チップは非常に高価で、普及にはコストが伴います。一方、私たちの研究室で取り組んでいる半導体チップは、実験段階ではあるものの三次元です。岩城さんの論文の実験では3層でしたが、これを数百層積んでいくと、さらに精緻な三次元の集積回路ができることでしょう。私たちに向いているのはこの方向性かと思います。実用に適した完成度の高いものを作るというよりは、本当に三次元のものを作っていくと。」

――研究の方向性に関して、企業と大学とでは異なる点があるのでしょうか?
木村:「やはり企業の研究というのは最終的に販売をゴールとしているので、レベルは低くとも完成度を高めることが求められます。一方で、大学の研究というのは一発勝負のようなところがあります。完成度や成功率は低くとも、質的に異なるものを作ることに大学で行う研究の意味があるのではないでしょうか。企業で大学のような研究をやっていたら“お金の無駄遣いだ”とか“儲かるまでどれだけかかるんだ”という批判もあることでしょう。このあたりが企業と大学とで圧倒的に違う点です。」
岩城:「いま滞在しているアメリカでは、ニューロモルフィックシステムへ適用する手前、半導体の性質についての研究を行っています。半導体の開発では、製造過程にまだまだ改善の余地がありそうです。新しい材料を見つけるなど、大きく変化する可能性もありそうで着目しています。」
木村:「このようにニューロモルフィックの分野では、日本もまだ存在感があると言えそうです。当センターでは社会実装の観点から“知の活用”を目的に掲げています。今回の論文の成果について、秘密にしていることはありませんので、皆さんがこの論文を読んで様々なことを研究して、ぜひこの分野を共に推進していただければと考えます。」

――今回の研究を振り返って、後輩やこれから研究を続ける方へのメッセージをお願いします。
岩城:「私は大学院修了後、半導体製造分野の企業へ就職する予定です。今回の論文の研究自体を続けることはありませんが、半導体の製造プロセスに関わる研究に関わる可能性はあります。
今回の論文につづいて、和文論文を執筆して近く国内ジャーナル『IEICE』*2に掲載される予定です。現在は、修論に取り組んでいますが、論文を書くのが大事なのではなく、論文を書けるだけの実験結果を出すことが大事です。学生の間は研究にかけられる時間が短く、正直なところ運によるところもあるので、これから研究に取り組む後輩たちには強い気持ちで取り組んで欲しいですね。」
木村:「岩城さんをはじめ、私の研究室には“メモリスタチーム”という研究メンバーの学生・院生がいます。誤解を恐れずにいえば、私が誰かを教えているわけではないんですよ。研究というのは誰もやったことがないことをやっているので、上手くいくかどうかは誰にも分からないんです。岩城さんが言うように運次第なので、私も皆と一緒に考えながら取り組んでいます。時には学生からもらったアドバイスやアイディアで上手くいくこともあります。自分で考えてやっていけること。これが研究の楽しさであり醍醐味だと思いますので、今後とも学生の皆と一緒に研究を進めていきたいですね。」


木村睦教授と“メモリスタチーム”の伊藤良さん(理工学研究科1年)・中祖承良さん(先端理工学部3回)・嶽山嵐さん(先端理工学部3回)

木村睦教授と“メモリスタチーム”の伊藤良さん(理工学研究科1年)・中祖承良さん(先端理工学部3回)・嶽山嵐さん(先端理工学部3回)

【補注】
*1 IEEE:
IEEE は “アイ・トリプル・イー” と読み、Institute of Electrical and Electronics Engineers の略。世界160か国以上、40万人を超える会員からなる専門家組織
https://www.ieee.org/

*2 IEICE:
一般社団法人 電子情報通信学会 https://www.ieice.org/jpn_r/
論文題目:「積層In-Ga-Zn-O薄膜を利用したニューロモルフィックデバイスの知的学習への応用」