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2023.04.28

自然再生プロジェクトの効果検証に環境DNAの効果的な利用方法を提案【生物多様性科学研究センター/先端理工学部】

伊藤 玄研究員に聞く、愛媛県・重信川水系の調査研究で明らかになった環境DNA分析の可能性

龍谷大学生物多様性科学研究センターの伊藤 玄客員研究員をはじめとする研究グループは、重信川水系の自然再生プロジェクトの効果を評価するためのより現実的な魚類群集組成の目標を設定することを目指して、環境DNAメタバーコーディング法の効果的な利用方法を提案する論文を、国際科学ジャーナル「Global Ecology and Conservation」に発表しました。

【発表論文】
標題:Using eDNA metabarcoding to establish targets for freshwater fish composition following river restoration
和訳:環境DNAメタバーコーディング法を用いた河川改修後の淡水魚組成の目標設定について
著者名:伊藤 玄(責任著者)a b, 山内 寛c, 重吉 美和c, 芦野 洸介c, 與那城 千恵c, 朝見 麻希b,  後藤 祐子b, Jeffrey J. Dudad, 山中 裕樹a b
所 属:a龍谷大学先端理工学部・b龍谷大学生物多様性科学研究センター・ c中央復建コンサルタンツ株式会社・d米国地質調査所・西部漁業研究センター
掲載誌:Global Ecology and Conservation /Volume 43, June 2023(Elsevier B.V.社)
URL:https://doi.org/10.1016/j.gecco.2023.e02448
 ※ 2023年3月31日(金)Web掲載(現在は2023年4月6日記録版)

従来、生物の新しい生息場所を造成する自然再生プロジェクトの評価は、周辺での過去の生物捕獲記録を参照するのが一般的です。今回、環境DNA分析によって、現実的に求めうる生物種構成の目標設定の有効性が明らかになりました。
詳細は、以下のPress Releaseをご覧ください。
https://www.ryukoku.ac.jp/nc/news/entry-12585.html

今回の研究の背景や着眼点、今後の展望について、論文の責任著者である伊藤 玄研究員のコメントを紹介します。

Q1. 今回のご研究テーマは、どのように思いつかれたのでしょうか?
 自然再生プロジェクトとして生物の新しい生息場所を造成するということは、様々な場所で行われていますが、その新しい生息場所にどんな生物が戻ってきたら事業は成功したといえるのか、という目標設定は、現在のところその周辺での過去の捕獲記録を参考に決めることが普通です。今までの方法では、戻ってきそうもない種が設定されていたり、逆に本当は戻ってくる種が取りこぼされているかもしれません。私たちが研究している環境DNA分析は、広範囲の生物の分布を簡単かつ高感度に把握することができます。環境DNA分析によって、現在も周辺に生息していて、現実的に戻ってくる生物種構成を目標として設定できるのでは、と考えて研究を始めました。


伊藤 玄研究員(生物多様性科学研究センター, 本学先端理工学部)

伊藤 玄研究員(生物多様性科学研究センター, 本学先端理工学部)

Q2. ご研究の対象地域として、愛媛県・重信川水系が選ばれた理由をご教示ください。
 重信川水系に位置する開発霞(かいほつかすみ)で自然再生事業があり、共同研究者の中央復建コンサルタンツ株式会社さんによって、魚類のモニタリングが行われていました。開発霞は、かつては良好な湿地環境だったのですが、近年の都市化や堤防整備により、生物の生息環境が劣化していました。


愛媛県・重信川水系の中流域に位置する自然再生エリア(開発霞)の調査地域イメージ。※図内の丸印は、2020年に実施した環境DNA調査の重信川水系における採水地を示し、5地点(K1~K5)では、魚の捕獲調査も同時に実施。

国土交通省の事業の一環で、開発霞を多様な生物が生息できる環境に再生しようという事業が行われ、この事業のモニタリングの一環で環境DNAを取り入れよう、となったのが始まりです。
重信川水系では、1994年からの河川水辺の国土交通省による捕獲調査によって収集された膨大な魚類の分布データがありましたし、環境DNA分析の結果の答え合わせも容易だと考えて、重信川水系で研究を始めました。

Q3. 今回の環境DNA分析(メタバーコーディング法)の結果、事前の仮説とおり、捕獲調査よりも有益な点が見出されています。調査・分析にあたって、もっとも困難に感じた点を教えて下さい。
 環境DNAメタバーコーディング法では、環境中から得られたDNAを塩基配列として読み取るのですが、このデータは種内の遺伝的系統を見分けるためには解像度が低く少し苦労するデータです。日本の河川には、淡水魚として馴染み深いドジョウが生息するのですが、実はドジョウには日本在来の系統と中国由来の外来系統が生息しています。

先行研究により、重信川水系にも在来・外来のドジョウがどちらも生息していることがわかっていましたので、環境DNAデータからなんとか在来・外来のドジョウを区別できないかと考えました。結果的に、環境DNAメタバーコーディングのデータ(12s rRNA領域)と、先行研究で明らかになっている塩基配列データ(シトクロームb領域)を橋渡しするようなデータとしてミトゲノム配列を利用することで、在来・外来系統を見分けることができました。


【補足】環境DNA分析には、種ごとの検出と全種の網羅的な検出(メタバーコーディング)の2つの方法があります。メタバーコーディング法は、環境中から決定したDNAの塩基配列をバーコードのように使って種を網羅的に判別・検出する技術で、「生物種間で共通しつつ、少しずつ異なる配列」をターゲットにしてDNA配列解読を行います。

Q4. 今回のご研究で得られた知見は、社会や環境(魚類の新しい生息場所の造成など)にいかに資することができるとお考えでしょうか。
 開発霞と同じような、接続している河川があって魚類が自力で戻ってくることが想定されるような自然再生地では、環境DNA分析による目標種の設定が効果的だと思います。現実的な目標種の設定により、事業の成功が正しく評価されることで、生物多様性の保全に寄与する事業が増えてほしいと思っています。

Q5. 今後、今回のご研究をさらに発展させていくご予定はありますか?発展させていく場合、どのような点を深めていかれますか?
 今回のドジョウのように、種内系統を識別することが多くの魚種で可能になれば、日本国内の他地域由来の外来種(国内外来種)や、最近問題になっている人工改良品種由来の外来種(第3の外来種)の早期発見にも寄与すると思います。一筋縄ではいかない研究ですが、種内系統を識別することができるようになれば、より現実的な目標種の設定が可能になるので、取り組む価値のある研究だと思います。