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2023.06.23

【犯罪学Café Talk】打本弘祐准教授(本学農学部/犯罪学研究センター「矯正宗教学」ユニットメンバー)

人と人との縁をつなぐために宗教者ができること

犯罪学研究センター(CrimRC)の研究活動に携わる研究者について、気軽に知っていただくコーナー「犯罪学CaféTalk」。研究の世界に馴染みのない方も、これから研究者を目指す学生の皆さんにも、是非読んでほしい内容です。
今回は、打本弘祐准教授(本学農学部/犯罪学研究センター 「矯正宗教学」ユニットメンバー)に尋ねました。に尋ねました。
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Q1. 打本先生の行っている研究について教えてください。

「私の専門領域は、浄土真宗の開祖である親鸞聖人の思想を研究対象とする真宗学の枠組みのなかにある真宗伝道学です。親鸞聖人の教えや歴代の僧侶の方々の活動が社会でどのようにいかされているのか、そして現代の僧侶の活動について、日々の実践を通して研究しています。
私の前職は、高齢者施設や終末期医療の現場で勤務する僧侶(浄土真宗本願寺派のビハーラ僧)でした。そうした現場で「宗教的なことがら」が喪失している現状を目のあたりにし、私自身がさまざまな「苦(く)に出会いなおす」機会を得ることができました。日常生活と宗教との関係性が希薄になっている現代において、施設に入居することで「宗教的なことがら」へのアクセスがさらに難しくなります。施設の利用者や職員の中には、私がお坊さんであるからこそ話してくれることや、頼りにしてくれる場面がありました。現場で働くまでの私は、人が持つ老いの苦しみや世の中にあるさまざまな苦しみを頭の中だけで理解していたように思います。しかし、現場で苦しみを抱えている方々と実際に対面する機会を通して体感したことが、いまの研究活動につながっています。」

──いつ頃からそのような活動に興味を持たれたのですか?
私はお寺に生まれた子として、中学生の頃から龍谷大学で学ぶことを強く意識していました。父が病気がちだったこともあり、代わりに法事やお葬式といった宗教行事に携わる機会が多かったからです。ただ、儀礼などの知識は中学・高校時代に身に付け、大学には家業を継ぐためと割り切っていたというのが正直なところです。しかし、大学2回生の時に転機が訪れました。高校の時の後輩が若くしてガンで亡くなったのです。後輩の葬儀は私が執り行いましたが、強いショックを受けました。先輩や僧侶として、死んでからではなく生きているうちから何かできなかったのか、と自問自答しました。その時に、大学の講義で終末期医療におけるホスピス運動やビハーラ僧のことを知りました。その後、別のテーマを大学院で研究していましたが、西本願寺が緩和ケア施設「あそかビハーラ病院」(京都、当時はあそかビハーラクリニック)を開院するにあたって僧侶を配置することになり、周囲の勧めもあって、勤務することになりました。開院に向けて、私は3つの病院で研修を受ける機会を得ました。ひとつは仏教界で最も伝統のある「長岡西病院ビハーラ病棟」(新潟)、チャプレン教育の歴史が長いキリスト教系の「日本バプテスト病院」(京都)、そして公立の「堺市立総合医療センター」(大阪)です。研修の現場で、窪寺俊之先生(兵庫大学・看護学部)や伊藤高章先生(立正佼成会附属佼成病院・チャプレン)、浜本京子先生(ナヴィアンハワイ・チャプレン)といったキリスト教の先生方や、ビハーラ僧の経験もある谷山洋三教授(東北大・文学部)にめぐり逢えたのは大きな収穫です。」


Q2.研究の道に進まれるきっかけは何だったのでしょうか?

「研修を経て働きはじめたものの、当時は緩和ケア施設に常勤で働いている僧侶は、私を含めて全国に2人しかいませんでした。緩和ケア施設における僧侶の働き方について一から手探りで模索するなかで体調をくずしてしまい、職を辞すことになりました。つらい決断でした。その後、いろいろな先生に支えていただいて、桃山学院大学の博士課程に籍を置いて研究を続けながら、高齢者施設などで働いたりしました。黒川雅代子先生(本学短期大学部・教授、社会的孤立回復支援研究センター長)にもこの頃からお世話になっています。研究者を目指していたわけではありませんが、ご縁があって龍谷大学に戻ってくることができました。
現在は、経験者の立場から、病院で働いている宗教者を対象にした質的研究(インタビュー等)を重ねています。特に、病院で患者さんが亡くなった時に臨床宗教師が果たす役割について研究を進めています。」

──はじめに伝道学というキーワードがでてきましたが、もう少し詳しく教えてください。
「伝道学は、浄土真宗の伝道の歴史や布教活動の手段と方法が主な研究テーマですが、現代社会の問題への宗教的な対応をも含む学問であると考えています。私の研究関心は、宗教施設ではない公共空間における宗教者の活動と役割にあります。」

──これまで臨床宗教師、ビハーラ僧、チャプレンなど聞きなれない言葉が出ました。少しご説明いただけますか。
「ビハーラ僧やチャプレンは施設付の宗教者という意味でくくれます。キリスト教のチャプレンを参考に1980年代後半に日本でビハーラ僧という言葉ができました。主に終末期医療に関わる僧侶を指すことが多く、米国などキリスト教国でイメージするチャプレンよりも言葉が指す範囲が狭い印象です。欧米では、犯罪学研究センター矯正宗教学ユニットで対象とする教誨師(刑事施設にいる宗教者)もチャプレンに含まれます。私は米国のチャプレンも研究していますが、チャプレンと日本の教誨師とでは、養成プログラムの面で大きな差を感じます。米国では、大学院で神学か哲学のいずれかを履修したうえで、トレーニングを積まなければチャプレンになることができません。そのための手厚い養成プログラムが設けられています。対して日本は、養成プログラム自体が確立されているとは言い難い状況でした。
社会には、さまざまな宗教信者あるいは無宗教者がおられますので、超宗派・超宗教の観点からプログラムを組まないといけません。特に東日本大震災以降、状況が変化しつつあります。被災地や病院におけるスピリチュアルケアや宗教(者)の可能性について、医療現場を中心に期待が高まりました。その要望に応えるべく、宗教・宗派の枠を超えた養成プログラムを組んだ、日本版チャプレンにあたる臨床宗教師が提唱され、2018年3月に資格化されたのです。」

──臨床宗教師の資格をとってどのような活動をしているのですか。
「宗教離れが進んだこともあり、はじめて宗教者と会ったのが病院だったという方もおられます。まず、見た目で敬遠されないようにします。私も、病院などで活動していた時はスーツ姿でした。また教えを説くのではなく、まず相手の方の悩みを聞いて受けとめ、支えとなるものを共に探していくように関わります。関わる方が同じ宗教宗派とは限りません。ですからお念仏を称える機会もそうあるわけではない。そのため、私が宗教者であるとスタッフなど人づてに聞いて驚かれる方もいます。
また施設の利用者だけでなく、施設で働く職員(医師や看護師など)のケアも重要です。宗教者が関わることで、患者さんの死とご家族や医療従事者の間に、ワンクッションを置くことができる。宗教的儀礼を通して、非日常的な時間や空間を作り出すことができます。看護師であっても泣いてよい、医者であってもつらい顔をしてよい、そういう場所や時間が人には必要です。人間らしい時間を創り出す力を宗教者は持っていると思います。」

──臨床宗教師として気をつけていることはありますか?
「日本全体が宗教に対するリテラシーが高くない上に、カルトや宗教二世の問題など、報道などがとりあげる一面的な情報による偏ったイメージが先行しているように感じます。そのため、臨床宗教師として活動する際には、宗教を押しつけないことはもちろん、あからさまな宗教アピールをしないように気をつけています。相手の必要に応じてサポートするということが、現代的な宗教者としてのあり方の一つであると考えています。自分自身が宗教者として持っているものや大事にしていることは、殊更にアピールせずともにじみ出るものですし、感じ取っていただけるものだと信じています。また日本臨床宗教師会は、独自に倫理綱領などを作成し公開することで、業界全体の透明性を高めるよう努めています。」


Q3.米国チャプレンの研究について教えていただけますか

「実は浄土真宗の歴史にもアメリカでチャプレンになった僧侶がおられます。これまで私が取り上げたのは、1970年代に活躍した病院チャプレン青山徹之(てっし)先生と、カリフォルニア州議会チャプレン増永正公(しょうこう)先生のお二人です。青山先生は、日本人で西本願寺の僧侶としてはじめてアメリカでトレーニングを受けてチャプレンになられた方です。開教使として渡米し、米国のプログラムを経て病院でチャプレンの職に就かれました。増永先生は日系米国人の2世で、全米議会史上はじめて仏教僧侶として議会チャプレンになられました。増永先生は、日本へ留学しこの龍谷大学大宮学舎で学ばれたのですが、ちょうどその時期に太平洋戦争がはじまり、ご自分は帰国ができないし、ご家族も日系米国人の強制収容所にいれられてしまうなど、大変な苦労をされました。お二人とも米国チャプレン制度の過渡期に大きな足跡を残されましたが、残念なことにその業績を知る人は日本にはほとんどいませんでした。未開拓の分野に果敢に挑まれた先人に深く共感するとともに、その活動は、私に大きな示唆を与えてくれました。将来的には、米国の刑務所チャプレンを対象にしたフィールドワークもしてみたいと考えています。」

Q4.最後に、打本先生にとって「研究」とは?


報恩謝徳(ほうおんしゃとく)です。私が学生の皆さんに伝えたいことは、人と人とのつながりを大事にして欲しいということです。
大学2回生の時に、恩師である武田龍精先生(龍谷大学名誉教授)に出遇いました。先生は、最初の授業で『君たちの中にはお寺に生まれたから仕方なしにここに来た者もいるだろう。そういう考えの人は今すぐ大学をやめ、いま一番やりたいことをやりなさい』と仰ったのです。この言葉は、大学に入学したものの目標を見失いかけていた私の心に火をつけました。先生は宗教・宗派を問わず国内外のいろいろな方と交流されており、私の視野を広げてくださいました。先生からの影響は、最近出した拙著にも出ています。共編著者である、融通念佛宗の森田敬史教授(本学・文学部)と、特定の信仰を持たない山本佳世子准教授(天理大学・医療学部・看護学科)とは、あそかビハーラ病院で勤務していた頃からのつきあいになります。強調したいのは、縁に支えられる形で、さまざまな宗教者の協力を得ることができたらからこそ上梓することができた本であるということです。
「あとがき」で触れたように、これまでの人生、病いでつらい時期もありました。しかし、私のことを見捨てなかった方、一番しんどい時に声をかけてくださった人がいる。SNSなどが興隆している昨今ですが、言語では言い表せない対面でのコミュニケーションにも目を向けてつながりを作っていただければと願っています。人と縁ができることへの感謝の気持ちを大事にしていただければ思います。


打本 弘祐(うちもと こうゆう)
龍谷大学・農学部・准教授、犯罪学研究センター「矯正宗教学」ユニットメンバー、
龍谷大学世界仏教文化研究センター兼任研究員、浄土真宗本願寺派布教使、認定臨床宗教師
<プロフィール>
専門は真宗学、社会学。龍谷大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得退学、桃山学院大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。あそかビハーラクリニックビハーラ僧、慶徳会常清の里相談員、桃山学院大学兼任講師、龍谷大学文学部講師、同准教授を経て、現職。臨床宗教師・チャプレン・ビハーラ僧の実践をまとめた、森田敬史=打本弘祐=山本佳世子(編著)『宗教者は病院で何ができるのか_非信者へのケアの諸相』(勁草書房、2022年)を上梓した。