2024.06.20
福井市自然史博物館の半世紀前の標本群をもとに採集当時の自然環境を分析【生物多様性科学研究センター】
福井市自然史博物館と共同で、タナゴ類などの標本の検証を進行
日本在来のタナゴ亜科魚類(以下、タナゴ類*1)は絶滅危惧種であるにも関わらず、近年意図的と思われる放流が日本各地で確認されるなど、生物多様性保全の観点から把握と検討が急務とされる淡水魚です。
生物多様性科学研究センターの伊藤玄 客員研究員は、これまで国内のタナゴ類に関して、2022年に「大阪府淀川水系おける国内外来ミナミアカヒレタビラの初確認と移入起源」や、2023年に「文献情報に基づく日本産タナゴ亜科魚類における国内外来種の分布状況」などの共同研究成果を発表してきました。
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【→関連Release】2023.07.06 文献調査をもとに国内外来タナゴ類の都道府県別分布状況を初発表
伊藤研究員は現在、福井市自然史博物館との共同研究で、同館に所蔵されているタナゴ類の標本の検証を進めています。千点超にも及ぶ標本群は、福井県の淡水魚研究に非常に大きな功績を残された加藤文男博士が主に1960〜1980年代に県内で採集し、2013年に寄贈されたもので、「加藤コレクション」と呼ばれるものです。
今回の共同研究の経緯について、伊藤研究員は、「共同研究者の中野光氏(元・福井県内水面漁業協同組合連合会技師、福井市自然史博物館ボランティア)から、福井市自然史博物館に所蔵されている膨大な標本群の存在を耳にし、貴重な標本から過去の生物相を可視化し、守るべき生物多様性の姿を明らかにできると考え、2022年9月頃より研究に着手した。『加藤コレクション』は、半世紀前の福井県産淡水魚類コレクションとして最も充実したコレクションである。実見したところ、いずれも状態がよく、非常に貴重であることがすぐわかった」と当時を振り返ります。
現在までに「加藤コレクション」を含むタナゴ類約75点の標本の検証を行った結果、ミナミアカヒレタビラやイチモンジタナゴ、ヤリタナゴなど、野生での絶滅の危険性が高いとされる地域から採集されたものが多数発見されました。
今回の標本研究を通して、伊藤研究員は、「タナゴ類は、2023年7月に発表した国内外来タナゴ類の都道府県別分布状況に関する論文のとおり、人為的な放流によって自然分布域が曖昧になっているのが現状だ。半世紀前の標本は、その当時その場所に生息していた確実な証拠であり、現在の分布と比較することで、本来の分布域を明らかにできる可能性がある」と手応えを述べ、「採集当時の自然環境の分析を通して、今後の自然再生(復元目標の設定)にも活かすことができるだろう」と意気込みます。
今回の共同研究における検証結果は、今後論文として発表する予定です。
なお、今回の取り組みは地元の福井新聞(2024年6月18日朝刊・県内総合面)において大きく報じられました。WEB版でも紹介されています。
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【補注】
*1 タナゴ類(タナゴ亜科魚類)
タナゴ類はコイ目タナゴ亜科魚類の総称で、小川、クリーク等の小規模河川に湖沼、ワンド等の止水域に生息し、一生を淡水で過ごす純淡水魚類。タナゴ類は、イシガイ目二枚貝類の鰓内に産卵し、孵化仔魚は卵黄を吸収し終えるまで貝内で過ごすという特徴的な繁殖生態をもちます。日本には在来種として3属16種類(11種8亜種)が知られていますが、そのすべてが環境省または地方版のレッドリストに掲載されており、各地域で保全活動が行われています。