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2024.07.09

龍谷大学読書教養講座 「綿矢りさ氏 特別講演会」を開催

2024年6月20日(木)、龍谷大学大宮学舎東黌101教室において、作家の綿矢りさ氏をお招きし、特別講演会を開催し約300人が参加ました。

本講演会は、本学と活字文化推進の共催で行われました。

綿矢氏は高校生の時から小説の執筆を開始。大学在学中に芥川賞を受賞しました。

第1部では、綿矢氏の創作活動について、副学長の安藤徹教授(文学部)と対談。第2部は文学研究科の大学院生も交えてのトークセッションが行われ、書き手からの「読書」の魅力も教えていただきました。

 

綿矢りさ

1984年京都府生まれ。2001年高校在学中に『インストール』で第38回文藝賞を受賞。早稲田大学在学中に『蹴りたい背中』で第130回芥川賞を受賞。『かわいそうだね?』で第6回大江健三郎賞受賞。『生のみ生のままで』で第26回島清恋愛文学賞受賞。『インストール』『勝手にふるえてろ』『ひらいて』『私をくいとめて』など映像化作品も多数。最新刊は『パッキパキ北京』(2023年12月)。『文學界』で連載の「激煌短命」が2024年7月号で終了。『女性セブン』で『グレタ・ニンプ』を連載中。
 

●インタビュアー

副学長 安藤徹教授(文学部)
【専門分野】日本古典文学・平安朝文学

●第2部登壇者

狩野仁(文学研究科博士後期課程)
川﨑萌乃華(文学研究科修士課程)




第1部/綿矢りさ氏×安藤 徹教授 対談

感情を書くのは使い慣れた関西弁

 

安藤:綿矢さんは龍谷大学のことをご存知でしたか。

 

綿矢:もちろん知っていました。キャンパスに来るのは初めてです。大宮キャンパスは校舎に歴史があり、西本願寺とのつながりを感じる、京都らしい大学だと思いました。

安藤:龍谷大学のある京都は、ジャンルも時代も超えて文学の舞台となってきました。「京都小説」というジャンルを提唱する方もいらっしゃいます。綿矢さんは故郷を舞台にすることをどうお考えですか。

綿矢:私は地元ゆえに感じる京都の閉塞感から抜け出すために、東京の大学に進学しました。ただ、京都を遠くから眺めてみたことで、初めて京都という場所を理解できました。

安藤:「京都小説」は、京都じたいが主人公のようになっていることも特徴ではないでしょうか。綿矢さんの京都が舞台の作品『手のひらの京』は、冒頭の「京都の空はどうも柔らかい。」がとても印象的です。

綿矢:山に囲まれた中で見る鴨川の流れや空の景色は他とは違うように、私も他の書き手の方も京都自体を書きたい思いがあるから、京都も主人公になるのかもしれません。

『手のひらの京』は京都の良い部分を書いたので、帰省した時のリラックスした気持ちで執筆できました。もう一つ京都が舞台の『激煌短命』は京都の負の部分を突き詰めていったので、気持ちがシリアスになり、ちょっと落ち込みながら執筆しました。

安藤:綿矢さんの作品は関西弁が魅力でもあります。とくに感情が爆発する場面での関西弁は読み手も楽しいです。関西らしい「笑い」の要素も巧みに盛り込まれていますね。

綿矢:私が関西弁ということもありますが、関西弁は文字にしても小気味が良く、とくに感情的な場面では書きやすいです。

「笑い」については、私自身は誰かを笑わせるタイプではなく、自信が無かったのですが、おもしろかったと喜んでくださる読者の方が多く、笑いを書くことはできるなと、意欲的に盛り込んでいます。

 

猛烈に話しかけてくる主人公の代弁者!?



 

安藤:綿矢さんの作品は基本的に「一人称」で書かれています。一人称にこだわっておられますか。

綿矢:こだわりというか、執筆中主人公が心の内をものすごい勢いでしゃべりかけてくるのです。「くだらないことを言っているなあ」と思っても、主人公には重要なことなので、どれだけ正確に書くかが私の役割です。

安藤:綿矢さんの作品はタイトルも印象的です。発想の秘密を教えていただけますか。

綿矢:執筆中に思い浮かんだものを冒頭の横に書き記し、最後にできる限り短く、かといって2、3文字の熟語ではない、ちょうどいい塩梅のインパクトあるタイトルを感覚で選んでいます。

安藤:『かわいそうだね?』について、私は「なぜクエスチョンマーク?」と思ったのですが、作品中に「男の人はどんな状況でも、疑問形の言葉はつねに疑問だと受け取る素直な性質があるらしい」と書かれていることや、主人公が「キレる」場面で納得しました。「かわいそうだね?いやいや、ふざけるな」と。

綿矢:気づいていただき、ありがとうございます。タイトルは全体的に主人公の「捨てセリフ」が多いかもしれませんね。

 




読了はモヤモヤでも「共鳴」をめざしていきたい

安藤:個人的にうかがいたいことがあります。最近、小説や映画などで一種のブームになっている「伏線回収」をどう思われますか。私は伏線回収の爽快感や心地よさは理解できますが、そればかりが称賛されることは疑問です。読後のモヤモヤを自分なりに考察して解消することが読書ではないかと思うのです。

綿矢:確かに読後のスッキリ感だけを求めるのは違う気がしますね。

安藤:綿矢さんはコロナ禍の最中の日記『あのころなにしてた?』を発表されていますが、コロナは創作活動に影響しましたか。

綿矢:とてつもない影響がありました。『あのころなにしてた?』は、「ころな」の部分をコロナにかけたタイトルなので、単行本を作るときも、今度発売される文庫本の際も、「ころなの文字の色を変えて強調したい」と言いました。単行本のときは案が通ったけど、文庫本はコロナ本というより日記とした方が良いのではないかという編集者さんの考えがあり、まだどうなるか分かりません。

コロナは、いっときの流行り病として捉えるのではなく、その当時の人たちの反応も含めて記録する必要のある歴史的な事象だと私は思います。

安藤:この作品で綿矢さんは「共感」と「共鳴」は違うと記されています。

綿矢:例えば、20代女性の恋愛模様を描いた作品であれば、同世代の方、同じような経験を持つ方の「あるある」が共感です。一方、自分の経験や知識とは違うけれど、心が揺さぶられる、なぜだかわかるが共鳴です。

以前は共感いただける読者を想定していたのですが、今は共感してもらえなくても、共鳴いただきたいと思って執筆しています。

安藤:また共鳴できる作品に出会えることが待ち遠しいです。


第2部/綿矢りさ氏×文学研究科生とのトークセション

第2部に登壇した狩野さんは森鷗外、川﨑さんは原田マハについて研究。もちろん共に綿矢氏のファンであり、文学研究の観点からも「綿矢ワールド」に迫りました。


—作品のテーマやアイデアはどのように思い浮かぶのですか。(川﨑)。

時流や世間の関心といった「現代性」を意識しますね。連載中の『グレタ・ニンプ』は不妊治療の末、妊娠したものの丸坊主にするなどグレてしまう妊婦が主人公です。私は母親なので、出産や育児の政策や社会の動きに敏感なことからテーマにしました。

アイデアが思い浮かぶのはお風呂。泡だらけで飛び出てメモが日常茶飯事です。
 



 

—執筆の進め方が気になります。(狩野)

以前はプロローグから考えながら執筆していましたが、連載を始めてから編集者が内容や進捗を心配されるので、事前にプロットを作成して進めるように変わりました。

ただ、主人公がプロットから外れて暴走を始めることも。それがたまらないです。


—綿矢ワールドの真骨頂が比喩表現だと思います。「夜食の欲望はドラキュラのように真夜中しか目を覚まさない」「小ぶりな愛情のかたまりを、かつおぶしのようにかんなで勢いよくけずっています」など絶妙です(川﨑)。

比喩表現は作家としての私の強みです。造語も好きで楽しんでいます。炬燵で引きこもっていることを「こたつむり」とか、北京の街中をすごいスピードで走る電動自転車を自転車とスクーターの中間で「自転ター」とか。


—『眼帯のミニーマウス』の冒頭にU-NEXTが出てきたことに驚きました。明治期の近代文学でも用いられる写実主義的表現も秀逸です。(狩野)

冒頭の一文は熟考を重ねます。主人公の思いがもっともよく現れ、キャラクターを掴んでもらえるからです。

先人には及びませんが、言葉を尽くすよりも、景色に心が映し出されたり、思い出と共に風景や音、匂いが焼きついていたりすることを描写すると情緒が豊かになる場面には写実的な表現を用います。

安藤先生がご専門の『源氏物語』でも、風景は客観的な描写としてあるのではなくて、それを見えている人の心をも表現しています。書き手の観察眼を持って心情を伝えることは、千年以上続く日本文学の原点ではないでしょうか。


—影響を受けた作家、作品は何ですか。(川﨑)

太宰治です。『人間失格』『ヴィヨンの妻』など主人公の退廃的な心情、漂う死の匂いに共鳴しました。卒論のテーマは『走れメロス』です。ただ、太宰治が亡くなった年齢を超えたことや母親になったことで捉え方が変わり、作品から卒業してしまいました。ずっと好きでいたかったので、何とも悔しいのですが。


—綿矢流の読書のポイントと本を読む楽しさを教えてください。(狩野)

読書は語彙力を増やすために欠かせません。とくに古典的な作品は語彙力が養われます。その際、必ず初版を読みます。再版は漢字や言葉遣いが現代表現に変換されている場合があるので、作品のそのままを感じるには初版をおすすめします。

たった一言でも読者の解釈が異なり、自分の想像力を最大限に活かせることが、読書の最大の魅力です。

 

本を読む・書くをもっとおもしろく!
 

ユーモアを交えながら、京都弁ではんなりと語る綿矢さんの言葉に会場の誰もが聞き入り、メモを取る姿も見られました。

最後に聴講者の学生たちに綿矢氏からメッセージが送られました。

「私は皆さんが取り組む文学研究がとても好きです。書き手でありながら、研究者の解釈はより深く、信憑性があると感じることが多々あります。この中には作家や出版社での活躍をめざしている方もいらっしゃるでしょう。今後、おもしろい本を書いてくださる、一緒に作っていけることがあれば楽しみです」


【綿矢りさ氏への一問一答】

聴講の学生と綿矢氏の質疑応答を一部抜粋します。

Q.執筆中、筆が進まなくなることはありますか?

A.以前はありましたが、週刊連載を担当してからは筆を止めてしまうと、気絶するほど恐ろしい状況に陥るので、無理矢理でも筆を進める。幼少期からの読書を通じて読み手の能力が備わっていると思うので、とにかく書いたものを読んで精査し、しっかり書くフェーズに移していきます。

Q.卒業論文のテーマが決まらず、2万字も書けるのか不安です。

A.きっちり2万字書こうとすると修正が必要な箇所を削れなくなるので、2万3千字ぐらいは書かなければならないと、もはや「絶望」から取り組んでいくのがいいかと。卒論としてカッコイイからとテーマを選ぶと挫折するはずです。自分の興味のあるテーマを選んでください。そうすれば2万3千字はあっという間です。