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2025.06.27

濱中新吾教授の共著論文“How immigration policies sustain authoritarian regime in Saudi Arabia”が国際学術誌に掲載【研究部/法学部】

サウジアラビアの堅牢な君主制は移民政策が支えている

 この度、濱中新吾教授(本学法学部)、松尾昌樹教授(宇都宮大学国際学部)の共著論文が国際学術誌「Third World Quarterly」に掲載されました。同誌は、国際研究の分野で先駆的な研究を紹介し、特にグローバルサウスに影響を与える問題や政策、開発に関する議論を分析しています。

 今回発表した共著論文は、君主制が続くサウジアラビアの移民政策について比較政治学の手法を用いて分析し、中東地域の研究に新たな視座をもたらすものです。

ポイント
・サウジアラビアは1932年の建国以来サウド家による一族支配が続いている。これまで、君主制という時代錯誤な政治体制は石油の富を再分配することで持続していると説明されてきた。これをレンティア国家仮説といい、比較政治学の通説のひとつになっている。
・この論文はレンティア国家仮説を補完する「移民エスノクラシー説」を唱えている。サウジアラビアの労働市場は国民と移民の二重構造であり、国民の待遇・報酬は移民と比較して著しく高い。この格差を生み出す特権が君主制の正統性を生み出している。
・「移民エスノクラシー説」の証拠はオンライン・サーベイ実験という比較政治学の最新手法によって得られた。

これまでの研究で分かっていたこと
 サウジアラビアのような中東の産油国では権威主義体制、つまり民主主義が欠如した政治体制が今日まで持続している。これは政府が石油の富を国民に再配分することにより、国民からの忠誠心を「買う」ことで成り立っていると考えられてきた。これをレンティア国家仮説という。しかし産油国の国民が自らの支持と政府から再配分を交換している体系的な証拠は得られていない。また中東産油国の労働市場が二重構造になっている「移民エスノクラシー」は本論の著者である松尾昌樹教授によって解明されているが、国民に特権的な職業ステータスを与えることが支持の源泉であるという証拠も得られていなかった。

この研究で明らかになったこと
 本研究ではサウジ国民700人に対してオンライン・サーベイによるリスト実験を行い、サウジアラビアの実質的なトップであるムハンマド・ビン・サルマーン皇太子兼首相の支持率を測定した。サウジアラビアのような権威主義体制では言論の自由が存在しないため、通常の世論調査で皇太子兼首相の正確な支持率を得ることはできない。そこでサンプルを統制群と処置群に分割し、統制群には諮問議会、イスラーム法学の最高位者、アメリカ政府を、処置群にはこの三者に加えて首相を含め、サウジ政府が従うべき対象の数を答えさせた。二群の平均値の差から、皇太子兼首相の支持率は66%であると判明した。
 労働市場において移民エスノクラシーを特徴付ける二重労働市場によって特権的ポストに就いたサウジ人(受益者)と親族のコネクションで特権的ポストに就業したサウジ人、いずれの恩恵も受けられなかったサウジ人では皇太子兼首相に対する支持態度は異なると考えられる。そこで移民エスノクラシーの受益者と親族コネクション就業者、恩恵のない者の三者で比較すると、移民エスノクラシー受益者と親族コネクション就業者の間で統計的に有意な差が認められた。
またコンジョイント実験を通じて、移民労働者に対する政府の諸政策に対して、移民エスノクラシーの受益者と親族コネクションによる就業者には選好の違いが検出された。受益者は二重労働市場の維持を目的とした政策を好むが、親族コネクション就業者は二重労働市場を維持する政策に対して無頓着であった。そして恩恵のないサウジ人は移民の数を制限する政策だけを選好した。

この研究の革新性
 君主制のような権威主義体制が持続すること、つまり体制が正統性を得られる原因については理論的な考察と国家・時間単位のマクロデータ分析が先行しており、個人単位のミクロな実験データによる実証分析は近年になってようやく発達してきた。本研究はさまざまな政治情報が秘匿されてきたサウジアラビアにおいて、皇太子兼首相の支持が移民エスノクラシーによる受益者においてより高いことが初めて示され、ひいては労働市場を通じて得た特権を持つ国民が君主制に正統性を与えるという体系的な証拠となった。

論文掲載情報
 雑誌名: Third World Quarterly(Taylor & Francis発行)
 タイトル:
 How immigration policies sustain authoritarian regime in Saudi Arabia
 著者:松尾 昌樹(宇都宮大学)、濱中 新吾(龍谷大学)
 DOI:https://doi.org/10.1080/01436597.2025.2517759
 オンライン掲載日:2025年6月26日

研究資金:
 ・科研費・基盤研究(A)「中東諸国民の政策選好と統治の正統性」(研究代表者 濱中新吾)22H00055
 ・科研費・基盤研究(A)「アジア移民ハイウェイ:短期滞在型受入制度下における移民の選択」(研究代表者 松尾昌樹)20H00042


※カバー画像は、サウジアラビアの首都・リヤド市街地のイメージ