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2026.07.10

日本酒もろみの主要な有機酸が酵母のアルコール発酵を調節する

―乳酸・酢酸・ピルビン酸に共通するメカニズムの発見―


 

【本件のポイント】

  • 日本酒もろみに存在する主要な有機酸(乳酸・酢酸・ピルビン酸)が、 酵母細胞群の中にアルコール発酵能が低下した[GAR+]細胞)の出現を促進することを確認
  • 3種の有機酸は、酵母細胞の中に取り込まれ、[GAR+]細胞の出現を促進する共通作用を持つ可能性を示唆
  • 発酵環境における微生物間相互作用の理解につながる成果であり、将来的な発酵制御技術や醸造技術への応用に期待
     

【本件の概要】
 日本酒づくりでは、酵母だけでなく乳酸菌や麹菌など多様な微生物が関わり、その発酵過程でさまざまな有機酸が生み出されます。しかし、これらの有機酸が酵母の代謝にどのような影響を与えるのかは完全には分かっていませんでした。
 龍谷大学農学部の田邊公一教授(発酵醸造食品機能性研究センター長)と福島大学食農学類の島 純教授(食農学類附属発酵醸造研究所長)らの研究グループは、日本酒もろみに多く含まれる乳酸、酢酸、ピルビン酸の3種類の有機酸が酵母細胞群の中に取り込まれ、 [GAR+]細胞の出現を促進することを発見しました。さらに、その作用には有機酸が電離していない「非解離型有機酸」)が重要であることを示しました。
 本研究成果を査読付き科学学術雑誌Yeast(Wiley社)にて公表しました。今回の成果は、発酵環境における微生物間の相互作用の理解を深めるとともに、将来的な発酵制御技術や醸造技術への応用につながることが期待されます。

 

【研究の背景】
 酵母は、ブドウ糖(グルコース)が豊富に存在すると、他の糖の利用を抑制する「グルコース抑制」)と呼ばれる仕組みを持っています。この仕組みは、効率よくエネルギーを獲得するための重要な代謝制御機構ですが、発酵食品の製造現場では主に発酵速度に影響を及ぼします。
 一方、酵母には[GAR+]細胞と呼ばれる特殊な状態の細胞が存在し、この状態になるとグルコース抑制が解除され、複数種の糖を同時に利用できるようになります。近年、乳酸が[GAR+]細胞の出現を促進することが報告され、本研究グループでは2023年に日本酒醸造において乳酸が酵母の発酵特性を制御する可能性を示しました。
 しかし、この現象が乳酸特有のものなのか、それとも他の有機酸にも共通する仕組みなのかは明らかになっていませんでした。また、日本酒もろみ中には乳酸だけでなく酢酸やピルビン酸など多様な有機酸が存在しており、これらが酵母の糖代謝にどのような影響を与えているのかは未解明でした。

 

【研究成果】
 本研究では、日本酒もろみに多く含まれる乳酸、酢酸、ピルビン酸の3種類の有機酸について、[GAR+]細胞の出現頻度に与える影響を調べました。その結果、3種類すべての有機酸が[GAR+]細胞の出現頻度を増加させることを確認しました。これまで乳酸や酢酸については個別に報告例がありましたが、主要な有機酸を同一条件で比較し、共通した作用をもつことを示したのは初めてです。
 さらに、培地のpHを変化させながら解析したところ、いずれの有機酸も「非解離型」の状態で存在するときにのみ効果を示し、解離した状態では有機酸の作用が大きく低下することが分かりました。この結果から、有機酸は非解離型の状態で酵母細胞内へ取り込まれることで[GAR+]細胞の出現を促進する可能性が示されました。

 


図1. 日本酒もろみの有機酸が酵母のアルコール発酵をゆるやかにするメカニズム

 

【本研究の意義】
 本研究は、日本酒もろみ中に存在する主要な有機酸が、単なる発酵副産物ではなく、酵母の糖代謝を変化させるシグナルとして機能していることを示唆しました。
 これまで、乳酸や酢酸が作用するという説はありましたが、それぞれ個別に研究されており、有機酸全体に共通するメカニズムなのかどうかは明確ではありませんでした。本研究により、複数の有機酸が共通して[GAR+]細胞の出現を促進する可能性が示され、発酵環境における代謝制御の理解が前進しました。
 また、日本酒づくりでは酵母だけでなく、乳酸菌や麹菌など多様な微生物が共存しています。これらの微生物が産生する有機酸を介して互いの働きに影響を与えている可能性があり、本成果は日本酒醸造における微生物間相互作用に新たな視点をもたらす成果です。
 さらに、日本酒だけでなく、ビール、ワイン、味噌、醤油など、多様な発酵食品においても同様の現象が存在する可能性があり、発酵科学全体への波及が期待されます。

 

【今後の展開】
 研究グループは、今回明らかになった有機酸による代謝制御の仕組みについて、どの分子が応答しているのか、細胞内でどのような変化が起きているのかを詳しく調べる予定です。
 将来的には、酵母の糖利用特性を制御する技術の開発や新たな醸造用酵母の育種、さらには発酵食品製造プロセスの高度化への応用が期待されます。


【発表論文】
・ 英題:Sugar Metabolisms Altered By Undissociated Forms of Organic Acids Based

      on the Emergence of [GAR+]Cells in Saccharomyces cerevisiae
・ 和題:Saccharomyces cerevisiae における [GAR+]細胞の出現に基づく、非解離型の

                       有機酸による糖代謝の変化
・ 掲載誌:Yeast(Wiley社)
・ 著者:田邊 公一1・2、中田 惇彦1、細谷 瑞2、島 純1・ 2・3
・ 所属:1 龍谷大学農学部、2 龍谷大学 発酵醸造微生物リソース研究センター(現・発

                      酵醸造食品機能性研究センター)、 3  福島大学食農学類
・ DOI:https://doi.org/10.1002/yea.70031 ※オンライン掲載:2026年6月8日
・ 研究支援:龍谷大学 発酵醸造微生物リソース研究センター、福島大学食農学類

 

【用語解説】
①[GAR+]細胞
    グルコース抑制が解除された状態の酵母細胞。グルコースが存在していても、他の糖を

    利用できる。

②非解離型有機酸
    水中で電離していない状態の有機酸。細胞膜を通過しやすく、細胞内へ取り込まれやす

    い性質を持つ。

③グルコース抑制
    微生物がブドウ糖(グルコース)を優先的に利用し、それ以外の糖の利用を抑える代謝

    制御機構。
 


問い合わせ先:龍谷大学 研究・社会実装推進部(発酵醸造食品機能性研究センター)
Tel 075-645-2154  hakko-rc@ad.ryukoku.ac.jp  https://hakko.ryukoku.ac.jp/