2026.09.07
身近な「消しゴム」に高濃度の可塑剤
―市販35製品を調査、高濃度のフタル酸エステル類と代替可塑剤の使用実態を明らかに―
【本件のポイント】
- 日本で市販されている消しゴム35製品を調査した結果、17製品からDEHP(フタル酸ビス(2-エチルヘキシル))が23~46%という高濃度で検出され、現在もフタル酸エステル類※1が消しゴムの可塑剤※2として広く使用されている実態が明らかに。
- 一方、一部のメーカーでは、ATBC、DEHA、DINCHなどの非フタル酸系可塑剤※3への置き換えが進んでおり、メーカーごとに異なる代替化の動きを確認。
- 通常の使用を想定したスクリーニングレベルのリスク評価では明らかな健康上の懸念は示されなかったものの、身近な製品に使用される化学物質の実態を継続的に把握することが重要。
【本件の概要】
フタル酸エステル類は、ポリ塩化ビニル(PVC)製品などに柔軟性を持たせるために広く使用されてきた可塑剤です。一部のフタル酸エステル類については、健康への影響が懸念されることから、国内外で用途に応じた使用規制が進められています。
本学先端理工学部を2023年度に卒業した桒原萌葉さん(現・滋賀県琵琶湖環境化学研究センター)、本学先端理工学部の藤森崇教授、産業技術総合研究所の小栗朋子主任研究員、篠原直秀上級主任研究員からなる共同研究グループは、日本国内で市販されている消しゴム35製品を対象に、フタル酸エステル類、非フタル酸系の代替可塑剤、有機リン酸エステル類を分析しました。
その結果、多くの製品から高濃度のフタル酸エステル類が検出される一方、一部の製品では非フタル酸系可塑剤への置き換えが進んでいることが明らかになりました。また、消しゴムの使用に伴う化学物質への曝露※4についてスクリーニングレベルのリスク評価を行ったところ、通常使用を想定した条件では明らかな健康上の懸念は示されませんでしたが、消しゴムを習慣的に噛むことでDEHPへの経口曝露が増加する可能性が示されました。
今回の研究は、約20年前の国内調査以降、十分に明らかになっていなかった日本の市販消しゴムにおける可塑剤の使用実態を更新するとともに、身近な製品に含まれる化学物質を継続的にモニタリングする重要性を示すものです。同研究成果は、2026年8月14日に、環境科学・環境工学でQ1に位置する国際学術誌「Journal of Hazardous Materials Advances」に掲載されました。
【研究の背景】
・身近な製品に使われる「可塑剤」をめぐる規制
プラスチック製品の中には、柔軟性や加工性を持たせるため、可塑剤と呼ばれる化学物質が添加されているものがあります。なかでもフタル酸エステル類は、PVCとの相性が良く、安価で優れた性能を持つことから、さまざまな製品に使用されてきました。
一方、フタル酸エステル類の一部には、内分泌かく乱作用や生殖への影響などが指摘されています。特に子どもは、製品を触った手を口に運ぶ「手口行動」などによって化学物質に曝露する機会が多いことから、欧米や日本では玩具や育児用品などを中心に規制が進められてきました。しかし、日本では消しゴムを含む文房具のフタル酸エステル類について、含有量の規制は設けられていません。
・約20年ぶりに「消しゴム」の可塑剤を調査
消しゴムは主にPVCを原料とし、子どもから大人まで日常的に使用する身近な製品です。2004年の国内調査では、市販消しゴム21製品中18製品からDEHPが16~33%の濃度で検出されました。
しかし、その後約20年が経過し、規制の進展や代替可塑剤の普及によって、現在の消しゴムにどのような可塑剤が使われているのかは十分に明らかになっていませんでした。そこで研究グループは、日本で現在販売されている消しゴム35製品を対象に、フタル酸エステル類に加え、代替として使用される非フタル酸系可塑剤やリン酸エステル類についても網羅的に調査しました。
【研究成果】
図. 消しゴム中に含まれていた主要なフタル酸エステル類(DEHP, DnBP)および代替可塑剤(ATBC, DINCH, DEHA)。フタル酸エステル類は柔らかく、単価も安い。
① 市販消しゴムの多くから、高濃度のフタル酸エステル類を検出
日本で販売されている35製品を分析した結果、17製品からDEHPが23~46%という高濃度で検出されました。さらに、17製品のうち13製品からはDnBP(フタル酸ジ-n-ブチル)も6.9~18%の濃度で検出されました。約20年前の国内調査と比べてDEHPを含む製品の割合は減少しているものの、現在も多くの消しゴムで高濃度のフタル酸エステル類が使用されていることが分かりました。
② フタル酸エステル類に代わる可塑剤の使用も進んでいることを確認
一部の製品では、ATBC、DEHA、DINCHなどの非フタル酸系可塑剤が高濃度で使用されていました。メーカーごとに使用する代替可塑剤が異なり、同じメーカーでは複数の製品に同じ代替可塑剤を使用する傾向も確認されました。また、非フタル酸系可塑剤を含む消しゴムは、フタル酸エステル類を含む製品より有意に硬く、製品の性能を維持しながら代替化を進めるには、配合の工夫などが必要になる可能性が示されました。さらに、価格1円あたりに含まれる可塑剤量は、フタル酸エステル類を含む製品の方が有意に多く、可塑剤の選択にはコスト面も関係していると考えられます。
③ 通常の使用で明らかな健康リスクは示されなかったが、継続的なモニタリングが重要
検出された化学物質についてスクリーニングレベルのリスク評価を行ったところ、今回設定した条件では、皮膚接触・経口摂取のいずれについても、健康上の懸念を示す指標(ハザード比※5)は1未満でした。一方、消しゴムを習慣的に噛むことで、子どものDEHPへの経口曝露が増加する可能性も示されました。消しゴムに限らず、多くの人が日常的に使用する製品について、どのような化学物質が使われているのか、その使用実態や代替化の動向を継続的に把握することが重要です。
【発表論文】
- 英題:Occurrence of phthalates, non-phthalate plasticizers, and organophosphates
in commercial erasers sold in Japan: Potential exposure and health risks
- 和題:日本で販売されている市販消しゴムに含まれるフタル酸エステル類、非フタル
酸系可塑剤および有機リン酸エステル類の実態:曝露の可能性と健康リスク
- 掲載誌:Journal of Hazardous Materials Advances(エルゼビア社)/23巻、101490
ページ
- 著者:桒原萌葉a b(責任著者)、藤森崇b c、小栗朋子d、篠原直秀d
- 所属(研究・執筆時点):a 愛媛大学 沿岸環境科学研究センター、b 龍谷大学先端
理工学部、c 龍谷大学大学院 先端理工学研究科、d 産業技術総合研究所 安全科学研
究部門
- DOI:https://doi.org/10.1016/j.hazadv.2026.101490 ※オンライン掲載:2026年8月
14日
【研究者コメント】
龍谷大学先端理工学部 環境生態工学課程卒業生・桒原 萌葉(くわばら もえは)さん
「私が龍谷大学の学部生だった頃に取り組んだ研究が、このように論文として形になったことを大変うれしく思います。消しゴムは身近な製品ですが、そこにどのような化学物質が含まれているのかを意識する機会は決して多くないのではないでしょうか。本研究では、現在市販されている消しゴムから、高濃度のフタル酸エステル類が検出された一方で、代替可塑剤を使用した製品も確認されました。研究を通じて、私自身も、身近な製品中の化学物質について意識するようになりました。特に幅広い世代が使用する製品からフタル酸エステル類が高濃度に検出されたことには、大きな驚きを感じました。今回の結果が、消しゴムに限らず、私たちが普段使っている製品にどのような化学物質が使われているのか、そして、それらが時代と共にどう変化しているのかについて、皆さんが関心を持つきっかけになればと思います。」
龍谷大学先端理工学部 環境科学課程・藤森 崇(ふじもり たかし)教授
「化学物質の環境運命に関する研究を進める中で、その発生源として考えられるユニークな対象として消しゴムに着目した研究を行いました。メーカーや製品によって異なる化学物質の使用実態や、柔らかく安価なフタル酸エステル類が使われやすい傾向など、環境研究の指標として物質量やリスクだけでなく経済便益性も考慮する重要性が示唆されました。2027年度から私の所属は先端理工学部から環境サステナビリティ学部※6に変わります。学びのジャンルが環境工学、生物多様性科学に加えて、本研究でもその重要性が示された経済・経営学にまで広がります。新学部でも化学物質と環境をめぐる研究・教育を展開していくつもりです。」
産業技術総合研究所 安全科学研究部門・篠原 直秀(しのはら なおひで)上級主任研究員
「桒原さんは、当時学部4年生にもかかわらず、分析手法のメカニズムから実際の手技までをしっかりと理解し、一つひとつ丁寧に多くの分析を行いながら卒業研究を進められました。その成果が、このような形でまとまったことを大変うれしく思います。現代社会では、身の回りにあるあらゆるものに化学物質が使用されていると言っても過言ではありません。私たちは、それらの化学物質がもたらす便益を享受する一方で、場合によっては健康への悪影響を受ける可能性もあります。身の回りの製品に使われている化学物質のリスクを評価することは、その便益と有害性の両面を理解し、化学物質をいかに適切に使いこなし、その有用性を最大限に生かしていくかを考えることにつながると考えています。」
【用語解説】
※1 フタル酸エステル類:
プラスチックに柔軟性を持たせるために広く使用されてきた可塑剤の一群。DEHP(フタル酸ビス(2-エチルヘキシル))やDnBP(フタル酸ジ-n-ブチル)などがあり、一部については健康影響への懸念から、国内外で用途に応じた規制が設けられている。
※2 可塑剤(かそざい):
プラスチックなどの材料に添加し、柔軟性や加工性を高めるために使用される化学物質。PVCなどの樹脂を柔らかくする目的で利用される。
※3 非フタル酸系可塑剤(代替可塑剤):
フタル酸エステル類に代わる可塑剤。ATBC、DEHA、DINCHなどがあり、本研究では一部の消しゴムで高濃度に使用されていることが確認された。
※4 曝露:
化学物質が人の体内に取り込まれること。皮膚から取り込まれる「経皮曝露」、口から取り込まれる「経口曝露」、呼吸によって取り込まれる「吸入曝露」などがある。
※5 ハザード比(HQ:Hazard Quotient):
化学物質への曝露量を、その物質について設定された健康影響の基準値と比較して、潜在的なリスクを評価する指標。本研究では、皮膚および口からの曝露について算出した。一般にHQが1を超える場合、健康影響についてより詳細な評価が必要と考えられる。
※6 環境サステナビリティ学部:
2027年4月に大津市にあるびわ湖大津キャンパス(現在の名称は「瀬田キャンパス」)に新設。文系・理系を問わず、様々な学問の基礎に触れ、確信となった各自の興味に基づき選択できる5つの「専門教育プログラム」を提供。地域デザイン、ネイチャーポジティブ経営、生物多様性回復、資源循環利用、持続的水資源管理といった専門性を深め、実践的に課題解決に向き合う次世代の環境人材育成をめざします。
(特設サイト)https://www.ryukoku.ac.jp/newf2/about/
【研究内容に関する問い合わせ先】
・龍谷大学先端理工学部 環境科学課程・藤森 崇教授
fujimori@rins.ryukoku.ac.jp
・産業技術総合研究所 安全科学研究部門・篠原直秀上級主任研究員
問い合わせ先:
龍谷大学 研究・社会実装推進部(瀬田) Tel 07-544-7294
jim-setaken@ad.ryukoku.ac.jp
https://www.ryukoku.ac.jp/research-innovation