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2018.04.10

国際シンポジウム「揺さぶられる司法科学 揺さぶられっ子症候群仮説の信頼性を問う」開催レポート【犯罪学研究センター】

2018年2月10日、龍谷大学犯罪学研究センター(科学鑑定ユニット)は、「揺さぶられっ子症候群(SBS)*」を国際的、他分野的な観点から検証することを目的に、国内外から病理学者や法医学者、弁護士、冤罪被害者などを招いて龍谷大学 響都ホールにおいて国際シンポジウムを開催し、200名を超える方が参加しました。
当日は午前・午後の部に分けて、1990年代以降、諸外国ではSBS仮説を疑問視する潮流のなか、なぜ日本はSBS理論によっていまだ逮捕・起訴され、有罪判決となることが多いのか、その理論ははたして信頼に足るものかを各分野の専門家が登壇し、検証を行いました。これは日本においてSBSを新たな視点から検証を行った初めての国際シンポジウムであり、今後、さまざまな運用において影響力をもつ内容となりました。

【SBSとは…The Shaken Baby Syndromeの略で、1970年代にアメリカの小児科医が提唱。網膜出血・脳浮腫・硬膜下血腫の三徴候は、激しく子どもを揺さぶるなどで生じるという仮説】

【イベント詳細はこちら】https://www.ryukoku.ac.jp/nc/event/entry-995.html
【イベント関連記事はこちら】https://www.ryukoku.ac.jp/nc/news/entry-1637.html

シンポジウムでは犯罪学研究センターの科学鑑定ユニット長であり、SBS研究を行う古川原 明子准教授の企画趣旨の説明後、「SBS検証プロジェクト」の共同代表を務める大阪弁護士会・秋田 真志氏が日本の問題状況、さらに甲南大学法学部教授・笹倉 香奈氏が世界の状況の報告を行いました。


笹倉 香奈氏(甲南大学・刑事訴訟法)

笹倉 香奈氏(甲南大学・刑事訴訟法)

秋田氏は2017年に大阪地裁がSBS理論を根拠として、65歳の女性に対して懲役5年6ヵ月の有罪判決を下した事件を例に、子どもの頭部外傷を診療した医師がSBS理論によって「虐待ではないか」と判断・通報した結果、多くの養育者が事故ではなく「虐待」とみなされ、訴追・逮捕されている現状を報告しました。
笹倉氏は1970年代に提唱されたSBSの起源や展開、現在の海外での議論を報告しました。昨今、欧米ではSBS理論への疑念、批判の傾向があり、スウェーデンの最高裁判決では逆転無罪になるなど、SBSの信頼性を科学的観点から見直す動きがありますが、日本は諸外国に遅れをとり、SBS理論に基づく有罪判決、冤罪が起きている状況を発表し、理論再検証の必要性を訴えました。


キース・フィンドレイ氏(ウィスコンシン大学ロースクール、ウィスコンシン・イノセンス・プロジェクトシニアアドバイザー)

キース・フィンドレイ氏(ウィスコンシン大学ロースクール、ウィスコンシン・イノセンス・プロジェクトシニアアドバイザー)

続いて、ウィスコンシン大学ロースクール准教授であるキース・フィンドレイ氏による基調講演「アメリカのSBS事件の過去、現在、未来」が行われました。アメリカでも2000年初頭はSBSの三徴候で虐待と「推定」されていたこと、しかし同時期にエビデンスベースで検討する医師たちに硬膜下血腫、網膜出血には多くの原因があることが指摘されると、議論や研究が活発になり、現在では「三徴候は虐待に特有のものではない」という新たなコンセンサスが生まれている現状を話されました。しかし、診断の難しさ、研究手法の難しさなど、問題が山積していることも提起されました。

午後の部の最初は、ケイト・ジャドソン氏(ウィスコンシン大学ロースクール、イノセンス・ネットワークSBS担当)の「アメリカにおけるSBS/AHT事件の弁護と世界の状況」と題した基調講演が行われました。裁判の争点や科学的知見の重要性・必要性への認識の少なさ、弁護士が専門家を探す難しさなど、全米のSBS訴訟の調整担当として何百もの事件を見てきた実績で得た教訓を話されました。SBS/AHT事件は非常に複雑で、弁護には医学的・科学的知識が必要です。アメリカだけでなく世界的な問題として専門家確保の必要性を訴えました。

次に大阪弁護士会所属の川上 博之氏、髙見 秀一氏、三村 雅一氏による「日本の事例報告」が行われました。川上氏は「日本の刑事裁判例の分析」と題し、受傷した状況や時間から推認され、科学的に間違いがないと処理されると、動機があいまいなままであっても受傷をした直前に一緒にいた人などが有罪認定されてしまう事例を報告しました。
髙見氏は自身が弁護人を務め、捜査機関が間違った見立てをしたため死亡した赤ちゃんの父親が起訴された事件の経緯を説明されました。結果は無罪でしたが、医師の所見によっては冤罪になりかねず、検察側にも弁護側にも医学的・科学的な判断を求められることを指摘しました。
三村氏はSBSの疑いが生じた場合の児童相談所の対応についてお話をされました。児童相談所が「虐待の疑いあり」と判断した場合、児童を施設へ入所させて親子が分離されます。しかし頭部外傷事案については医師の鑑定書のみに依拠し、家族を分離させることが少なくないという問題点を報告しました。


さらに一般社団法人スリーポートの矢野 美奈氏が登壇し、SBSの疑いで児童相談所により一時保護された次女を約3年かけて施設から取り戻した経験を話されました。親の辛さはもちろん、家族のいない状態の施設で暮らした記憶に何年も苦しむ娘さんの話など、過剰な保護の善し悪し、児童相談所の対応のあり方について問いかけました。


ウェイニー・スクワイア氏(元オクスフォード大学ジョン・ラドクリフ病院・神経病理学)

ウェイニー・スクワイア氏(元オクスフォード大学ジョン・ラドクリフ病院・神経病理学)

続いて基調講演を行ったのは、ジョン・ラドクリフ病院で神経病理学を専攻するウェイニー・スクワイア氏です。もともと神経病理学専門の病理学者として検察側の証人を務めていましたが、SBSの問題点に気づき、見解を変えました。病理学者の視点から、脳の構造や硬膜下血腫のスライドを見ながらSBSの不確実性を検証しました。「科学は実験と観察によって決定され、民主主義のように仮説を支持する人数などで決まるものではない」と締めくくりました。


青木 信彦氏(ベトレヘムの園病院院長・多摩医療センター名誉院長・脳神経外科)

青木 信彦氏(ベトレヘムの園病院院長・多摩医療センター名誉院長・脳神経外科)

さらに「国内医学者からの報告」として3人の医学者が登壇しました。
東京都立多摩総合医療センターの青木 信彦氏は、自身の臨床や研究から「脳実質に一時的な損傷を認めない」、「畳など硬くないものへの後頭部の打撲」など中村1型といわれる7項目を満たすものは乳幼児型急性硬膜下血腫であり、虐待から除外するのが適切と提唱するに至った過程を報告しました。
朴 永銖氏は奈良県立医科大学の脳神経外科医師として、「臨床医から見た乳幼児重傷頭部外傷」をテーマに報告を行いました。捜査機関は、実際に最新の知見に基づいて診断、手術、治療を行う脳外科医の意見を取り上げず、小児科医や虐待専門家に意見を求め、虐待と決め付けてしまうことに疑問を呈しました。
さらに「法医学から見た児童虐待」をテーマに千葉大学の法医学者、岩瀬 博太郎氏が報告を行いました。千葉大学が始めた、被害を受けた患者の生体を診察し証拠保全をする「臨床法医学」の意義や問題点から、虐待に関する医学的判断を正しく行うためにも、生体の鑑定を行う制度作り、法医学研究所の設置の必要性を訴えました。


最後に、大阪弁護士会 秋田 真志氏・髙山 巌氏、埼玉医科大学脳神経外科医師 荒木 尚氏、関西医科大学脳神経外科医師 埜中 正博氏をパネリストに迎え、パネルディスカッションを行いました。基調講演を踏まえながら、刑事事件や医療の現場での問題や解決法の議論を深めることができました。


写真左:ケイト・ジャドソン氏(ウィスコンシン大学ロースクール、イノセンス・ネットワークSBS担当)/写真中央:キース・フィンドレイ氏(ウィスコンシン大学ロースクール、ウィスコンシン・イノセンス・プロジェクトシニアアドバイザー)/写真右:ウェイニー・スクワイア氏(元オクスフォード大学ジョン・ラドクリフ病院・神経病理学)

写真左:ケイト・ジャドソン氏(ウィスコンシン大学ロースクール、イノセンス・ネットワークSBS担当)/写真中央:キース・フィンドレイ氏(ウィスコンシン大学ロースクール、ウィスコンシン・イノセンス・プロジェクトシニアアドバイザー)/写真右:ウェイニー・スクワイア氏(元オクスフォード大学ジョン・ラドクリフ病院・神経病理学)

講演のしめくくりとしてジャドソン氏は「過去30年この問題に取り組んで得た知見を共有したい」、フィンドレイ氏は「私たちの知識には限界があり、医学的、科学的にも完全ではないことを認識しなければならない。三徴候も虐待なのか疾病なのか、自分の意見や判断に固執してはいけない。わからないことを『知る』ということ、そして診療結果のフィードバックは必要です」、スクワイア氏は「SBSについて、医師は科学に基づき、最新のエビデンスに基づいて判断する大きな責任がある。私もまだ学習の途上です。この問題を前進させるべく多くの人が学ぼうと集まっていることに感銘を受けました」と述べました。


甲南大学法学部教授・笹倉 香奈氏が本シンポジウムの総括を行い、さらに龍谷大学犯罪学研究センター長 石塚 伸一教授は閉会の挨拶として多くの医学者や法律家、そして冤罪被害者が登壇してくださったことに謝意を述べ、また傷ついている子どもや親を救うために今後も科学的な司法を目指す動きを広げたいと締めくくり、本シンポジウムが終了しました。
SBS理論の信頼性を問うための検証を、国内で初めて徹底的に行った有意義な機会となりました。