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2018.08.10

本学理工学部 丸山敦 准教授らが古書籍に埋め込まれている毛髪の同位体分析により江戸時代の庶民の食生活を復元することに成功

【研究成果の要約】
・江戸時代に爆発的に出版された書籍には表紙の厚紙として再生紙を使用したものがある

・再生紙には、当時、都市生活を送っていた庶民の毛髪が埋め込まれていた
 (回収時に混入したか、再生時に補強等の意図で混ぜられたと考えられる)

・動物の食性調査や農産物の産地特定に使われる同位体分析をこの毛髪に適用することで、江戸時代の庶民の食生活を復元し、次の結論を得た

 - 江戸時代の庶民は、現代日本人より遙かに純粋に、コメ、野菜、海産魚ばかり食べていた

 - 1700年以降の200年で、海産魚を食べる割合が徐々に増加していったことが裏付けられた

 - 江戸では、京都や大坂よりも、雑穀を多く摂取していた可能性が示された

・ユネスコ無形文化遺産「和食」のルーツである江戸時代の食生活を、大量出版された
当時の書籍を集めることで、より詳細に復元できそうだ

龍谷大学理工学部の丸山敦准教授は、国文学研究資料館の入口敦志教授、立命館大学の神松幸弘助教らとの共同研究で、古い書籍に埋め込まれている毛髪(写真)の安定同位体分析*1により、江戸時代の庶民の食生活を復元することに成功しました。毛髪の炭素・窒素の安定同位体比から、江戸時代の日本人が現代と比べより一層コメ・野菜・魚に依存した食生活を営んでいたこと、江戸時代中期以降の200年間で徐々に海産魚を食べる割合が増えていったこと、江戸時代の3都市(江戸、京都、大坂)には食生活に違いがあったこと、などが示唆されました。この成果は、オンライン科学誌Scientific Reports(Nature Springer社)にて、8月14日に公開されました。

我々の祖先が何を食べて暮らしていたのか、という問いは純粋に好奇心をくすぐります。特に江戸時代の日本人の食生活は、ユネスコ無形文化遺産「和食」のルーツでもあるため、国際的な関心を集めるものです。また、江戸時代に度々繰り返された飢饉が庶民の食生活に与えた影響を知ることができれば、食糧問題を迎えようとする我々現代人にとっても教訓になるでしょう。

しかし、過去にヒトが何を食べていたかを調べる場合、従来は書物に記載された情報に基づいて推定するしかありませんでした。江戸時代の食生活を書いた料理レシピ本や日記は少なからず残っているのですが、書物に記録されることは珍しいことに偏っているかもしれませんし、禁止されていたことは隠されていたりするかもしれません。したがって、書物に基づく知見を科学的な手法で確かめたり、補うことも重要となります。近年になって、遺跡に埋葬された骨からコラーゲンを摘出し、その安定同位体比を分析することで、当時の食生活を科学的に復元する手法が用いられるようになりました。

本研究では、遺跡を掘り起こすことなく、大量に残されている当時の出版物から毛髪サンプルを入手し、過去の食生活を復元できた点に新規性があります。さらに、毛髪サンプルを用いた分析には、骨のコラーゲンと比べて、現代人のデータが倫理的にも技術的にも入手しやすいというメリットもあります。従って、本研究で推定した江戸時代の食生活は、現代の日本人の大量の既存データと、直接比較することが可能でした。比較の結果、西洋化が進んだと言われる現代の日本人と比べ、江戸時代の食生活はコメ、野菜、魚に大きく依存していたことが確認できました。

本研究の手法がさらに優れているのは、毛髪は書籍から摘出するため、毛髪の「持ち主」が生きていた時代や都市が、書籍の刊記(奥付)から簡単に読み取れることです。本研究ではこのメリットを活かし、江戸での食生活が京都や大坂とは違ったこと、江戸中期から後期にかけて魚への依存度が高まっていったことを示すことに成功しています。なお、本研究のように、江戸時代の人々の毛髪を3大都市から時代ごとに収集して比較分析した研究事例は、これまでありませんでした。

なお、毛髪が書籍の表紙に埋め込まれているのは、江戸時代の都市において、庶民の教育レベルが高かったこと、リサイクル社会だったことに由来すると考えられます。つまり、すでに識字率の高かった庶民が大量出版を求め、経費削減のために反古紙の収集と再生紙生産が行われたからこそ、当時の書籍には毛髪が埋め込まれているのだと考えています。毛髪が、再生紙の補強のために意図的に混ぜられたのか、古紙回収の過程で混入したのかは,現段階では分かりません。いずれにしても、書物に記録が残りやすい高貴な人ではなく、都市部で暮らした庶民のものではないかと推察されます。

日本では、近世(江戸時代)に出版ブームが起こり、江戸時代だけで100万タイトルほどの書籍が発刊されたと言われています。実際に各地の所蔵機関や古書店には、今でもたくさんの書籍が残っています。これらから効率的に毛髪を摘出して同位体分析をすれば、江戸時代の食生活の地域差や変化を、詳細に調べ上げることができるかもしれません。

■語注
*1:安定同位体分析とは、対象物に含まれる窒素や炭素の同位体の比率を測定する分析です。動物が食べ物を食べると、体組織はその食べ物を反映した同位体比を示すため、食べ物の特定や食物網の構造、動物の移動経路を推定するために、生態学や人類学で広く使われています。ただし、組織や物質が違うと(たとえば骨のコラーゲンと髪のケラチンでは)、同位体比が異なるため、比較には同じ組織を使うことが望ましい。

<発表論文>
タイトル:Hairs in old books isotopically reconstruct the eating habits of early modern Japan
和訳:古書籍に埋め込まれた毛髪から、江戸時代の庶民の食生活を復元する)
著者:丸山 敦、竹村 潤市郎、沢田 隼(龍谷大学)
    金子 貴昭、神松 幸弘(立命館大学)
    入口 敦志(国文学研究資料館)
    掲載先:Scientific Reports (Nature Springer社)https://www.nature.com/articles/s41598-018-30617-0

<研究に関する問い合わせ先>
● 全体構想および分析について
丸山 敦 (まるやま あつし)
龍谷大学理工学部環境ソリューション工学科 准教授
〒520-2194 滋賀県大津市瀬田大江町横谷1−5
研究室:077-544-7112
E-mail: maruyama@rins.ryukoku.ac.jp
Webサイト:http://www.est.ryukoku.ac.jp/est/maruyama/

● 古書籍の鑑定について
入口 敦志 (いりぐち あつし)
国文学研究資料館 教授
〒190-0014 東京都立川市緑町10-3
Tel:050-5533-2959
E-mail: iriguchi@nijl.ac.jp

<参考写真>
江戸時代に出版された書籍と、表紙(再生厚紙)に埋め込まれた毛髪(撮影:丸山 敦)。


(a)外観


(b)表紙に使われている再生厚紙(右側)


(c) (d) 再生厚紙に繊維とともに埋め込まれている毛髪。24セットの古書籍のうち、23セットから同位体分析に十分な毛髪が摘出され、江戸時代の庶民の食生活を復元することに成功した。