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2018.11.20

第3回 龍谷犯罪学セミナー(Ryukoku Criminology in English)レポート【犯罪学研究センター】

アジアの犯罪学:脱植民地化、アジア化、南半球化、それとも他の何かか?

龍谷大学 犯罪学研究センターは、犯罪予防と対人支援を基軸とする「龍谷・犯罪学」を構築し、日本国内だけでなく、広く世界にアピールしていくことを目標に掲げています。
このたび、現在までの研究成果を踏まえて英語でのトライアル授業を10月13日(土)より8日程(全15コマ)にわたって開催しています。
この授業は、欧米諸国では「犯罪学部」として学問分野が確立されている領域を、世界で最も安心・安全とされる日本社会の中で独自に捉え直す試みで、新たなグローバル・スタンダードとしての「龍谷・犯罪学」を目指して、全回英語で実施しています。
龍谷犯罪学セミナー(Ryukoku Criminology in English)【>>実施詳細】

2018年11月3日(土曜)、本学深草学舎至心館1階にて、第3回「Ryukoku Criminology in English –Let’s study the Criminal Justice System in the secure and safe society-」を開催しました。講師は、本学客員研究員で、2019年から2021年の3年間、アジア犯罪学会(Asian Criminological Society)会長に就任される宮澤節生教授で、「Criminology in Asia: Decolonization, Asianization, Southernization, or What Else?」というテーマで、アジアからの犯罪学理論の構築に向けた取り組みの在り方を検討されました。内容は二部に分かれていて、第一部は世界の犯罪学におけるアジアの地位の検討であり、第二部がアジアからの発信の在り方の検討でした。

基本情報:
Ryukoku Criminology in English –Let’s study the Criminal Justice System in the secure and safe society-
Nov 3rd (Sat) <2 lectures (13:15-14:45/15:00-16:30)>
Setsuo Miyazawa (Guest Researcher of Criminology Research Center / Senior Visiting Professor of Law at University of California Hastings College of the Law / Professor Emeritus at Kobe University / Adjunct Professor at Temple University Japan)
“Criminology in Asia: Decolonization, Asianization, Southernization, or What Else?”


宮澤節生教授

宮澤節生教授


第一部は、世界の犯罪学におけるアジアの地位の検討です。2011年に、当時アジア犯罪学会会長であったJianhong Liu教授はスピーチで次のように述べました。「簡潔に言えば、まだ、アジアの犯罪学に関しての挑戦、機会、方向性は十分とは言えません。多様で特徴的な文化背景を有すアジアの国々における研究は、困難をもたらします。しかし、多様性もまた優位な機会をもたらします。なぜなら、西欧で一般的な犯罪学の理論をより多様な背景を持つアジア諸国で調査することができるからです。」
宮澤教授は、Jianhong Liu教授のスピーチに刺激を受けて、アジアにおける犯罪学の研究は一般的な犯罪学雑誌でどのように扱われているのか、もう一つは犯罪学雑誌において、現状いくつかの問題があるとするなら、我々はどのような学術運動を展開していくべきなのかということを検討しました。
まず宮澤教授は、4つの代表的な犯罪学雑誌をオンラインで調査しました。調査の対象となった雑誌は、アメリカ犯罪学会の“Criminology”、イギリスで出版されている“British J. of Criminology(以下、BJC)”、ヨーロッパ犯罪学会の“European J. of Criminology(以下、EJC)”、それに理論犯罪学の専門誌である“Theoretical Criminology”です。検索対象としたのは、2011年のアジア犯罪学会大会に参加者があった、日本、韓国、中国、香港、マカオ、台湾、タイ、マレーシア、シンガポール、スリランカ、インド、パキスタンの12カ国です。
調査の方法として、まず、対象雑誌の2005年から2011年までのバックナンバーに各国名が含まれているか検索します。次にキーワードが掲載されていた部分をPDFでダウンロードして保存しておきます。最後に、保存した全てのPDFファイルを読み返し、雑誌に掲載されている各国の特集を3段階に分類したのです。具体的には、最も高いレベル3は、アジア12カ国が唯一もしくは大々的に特集されている段階、つづいてレベル2は、少なくともアジア12カ国が大標本の一つである段階、最も低いレベル1は、少なくともアジア12カ国が雑誌の参考文献程度で含まれているという段階です。
調査結果は、アジア12カ国について、“Criminology”40件、“BJC”201件、“EJC”65件、“Theoretical Criminology”68件で全374件でした。さらに、374件のうちレベル3とレベル2がどれくらい掲載されているか調査しました。対象雑誌合わせて、レベル3は17件、レベル2は16件だけでした。とくに、アメリカ犯罪学会の“Criminology”は、アジアに対してほとんど関心を示していませんでした。この結果から、宮澤教授は、アジアに関する研究がアジア以外の研究者に認識されて、犯罪学理論の修正を導く可能性が高い場所で発表される可能性はまだ不十分であると結論付けました。宮澤教授は、さらに、2016年まで検索範囲を拡大して同じ分析を行いましたが、結論に違いはありませんでした。そこで宮澤教授は、アジアの犯罪学者が既存の犯罪学理論に修正を迫り、さらには独自の理論を提唱することをめざして活動することを、学問的運動として性格付け、社会運動の社会学理論を参考にして、運動の資源(アジアを研究する犯罪学者とその業績を増やすこと)、フレーミング(アジア以外の研究者との対話が成り立つように、アジアで大きな影響を持つと思われる要因の測定がアジア以外でも可能となるような一般的概念を工夫すること)、機会構造(アジア以外の研究者と対話できる場を求めて研究成果を発表すること)という3つの要素を提唱しました。

宮澤教授の講義の第二部は、アジアからの学問的発信の在り方に関する最近の議論を検討するものでした。上記のとおり、犯罪学理論のほとんどは西欧の研究者が提唱したもので、アジアに関する研究においてもそれらの理論が適用されてきましたが、この状況を学問的な「植民地化」(colonization)と性格付け、積極的な「脱植民地化」(decolonization)をめざす主張が現れているのです。ひとつは犯罪学の「アジア化」(Asianization)と呼びうる主張であり、もうひとつは「南半球化」(Southernization)と呼びうる主張です。「アジア化」というアプローチは、西欧にはないアジアの特徴を「アジア・パラダイム」(Asian paradigm)と呼んで、分析単位としては個人よりも共同体に注目し、犯罪・非行の要因分析では共同体からの反作用を重視し、刑事司法については被疑者・被告人の権利よりも共同体や被害者の利益を強調し、犯罪・非行への対処としては公式の司法制度よりも共同体の非公式な問題処理制度により大きく期待する、というものです。「南半球化」というアプローチは、理論のみならず、大都市中心部の暴力犯罪を中心とする犯罪学研究の対象自体が「北半球」諸国の問題関心に規定されてきたと主張し、南アジア・オセアニア、南米、アフリカなどを「南半球」の問題意識に基づいた研究対象や犯罪・非行への対応策を強調するものです。犯罪類型としては、女性犯罪、企業犯罪、政府犯罪、麻薬犯罪、人身売買、環境犯罪、国際的犯罪などが強調されますし、犯罪・非行への対応策としては、オーストラリアの研究者が主唱者であることを反映して、アボリジンの非公式制度に学ぶことなどが提唱されています。
宮澤教授は、これらのアプローチに対する批判も紹介しました。たとえば「アジア化」の主張については、アジア全体が同じ社会構造であるかのような主張となって、西欧よりも多様性を持つアジア諸国を対象として研究を行うことの意義が失われてしまうという批判があります。「南半球化」の主張については、たとえば、「南半球」の中にもオセアニアのように西欧の特徴を大きく備えた国々がある一方、「北半球」の中にも社会経済的に南半球に近い状況にある地域もあって、そもそも南北に分けるということ自体が困難ではないかという批判があります。
これらに対して宮澤教授は、「アジア化」や「南半球化」の問題提起は真摯に受け止めるべきではあるが、そうであるからといって、「アジア」や「南半球」が一色であるような仮定や、「アジア」や「南半球」の司法制度がすべて正しいという前提を置くべきではないし、西欧で蓄積されてきた実証研究の成果を無視するのは非効率的であると主張しました。宮澤教授は、必要なのは、アジアに対する地道な実証研究の積み重ねによって既存理論に修正を迫り、さらには新たな理論を提唱することであるという発想に基づいて、主要な犯罪学理論がアジアに対する信頼できる実証研究でどの程度支持されているか、今後必要な研究はどのようなものであるか検討した、日本人大学院生を筆頭著者とする論文を紹介して、講義を終えました。

講義後の質疑応答では、とくに複数の外国人受講生の方から積極的な質問が寄せられアジア犯罪学の未来について活発な議論が起きました。このように、本講義は、2020年10月に龍谷大学で開催される「アジア犯罪学会第12回年次大会」に向けて足がかりとなる、記念すべき講義となりました。



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次回は12/15(土)の開催予定です。
単発での受講や一般の方の受講も可能ですので、ぜひご参加ください。
龍谷犯罪学セミナー(Ryukoku Criminology in English)【>>実施詳細】