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2019.02.19

【犯罪学研究センター】対話的コミュニケーションユニット長 インタビュー

対話的コミュニケーションを用いた援助関係の構築

吉川 悟 本学 文学部臨床心理学科教授、犯罪学研究センター「対話的コミュニケーション」ユニット長

吉川 悟 本学 文学部臨床心理学科教授、犯罪学研究センター「対話的コミュニケーション」ユニット長


吉川 悟(よしかわ さとる)
本学 文学部臨床心理学科教授、犯罪学研究センター「対話的コミュニケーション」ユニット長
<プロフィール>
教員としてだけでなく、臨床心理士、医療心理士として日々多数のケースに奔走。家族療法を発展させた心理療法である「システムズアプローチ」の有用性を提言している。
 

犯罪について、個人ではなく相互作用の状況から考える
罪をおかした人たちの回復支援、社会復帰の初期過程において、どのようなコミュニケーションが有効性を高めるのか。臨床心理で実践している「対話的コミュニケーション」を用いた援助関係の構築について研究しています。
まずベースとなるのが「システムズアプローチ」です。これは、家族療法から発展させた対人援助の方法論で、当事者間に起きている出来事を把握したうえで相互作用に直接介入し、関係性に変化を起こす手法です。当事者を含む周囲の関係性を重視する点において、個人心理学の上に成立してきた従来の臨床心理の方法論とはまったく異なります。そもそも個人心理学には「人間には固定の特性があり、同じ条件下では全ての人が同じ行動を取る」と前提があるのですが、私はこれを否定しています。人間は周囲との関係性や状況によって判断材料や判断基準が変わるがゆえに、さまざまな行動パターンが成立すると考えます。逸脱行動の抑制は、当事者個人が抑制するだけではなく、周囲との関係の中で行動抑制が生じるのです。これまでの更生・保護支援では「誰が原因で、なぜ問題が起きたか」が焦点でしたが、システムズアプローチでは「人々による相互作用の中、どのような状況で何が起きているか」に目を向けます。


社会的な孤立を防ぐ社会的ネットワークの必要性
システムズアプローチが目指す先は当事者の行動変容、つまり社会的な適応行動を取るように変わることには違いはありません。そこで有用となるのが、対話的コミュニケーション。経験や感情など情報を交わすだけの会話ではなく、情報伝達を経て人との関わりを持つための対話です。たとえば、問いかける際に「何というお名前ですか」と言うよりも、「何と呼ばれるのがお好きですか」と言う方が相手も考えてから答えることになりますよね。当事者が自己と深く向き合えるようさまざまな観点からの物事の見方を提示し、対話による相互状態を築くことで、その人の中にある前提を変えていく。それが対話的コミュニケーションです。
システムズアプローチから見る「更生」とは、対象者が社会的ネットワークへ再参与すること。したがって、いかに周囲との繋がりを持つかという視点が大切です。私は、社会的・心理的に孤立している人ほど、逸脱行動のリスクが高まると見ています。矯正・保護の視点で考えると、社会的ネットワークを構築する仕組みと、対話の促進が大きな課題ではないでしょうか。



現場の取り組みを調査研究していく
システムズアプローチ、対話的コミュニケーションを広め、実績を提示していくことで、実務レベルで矯正・保護の対応が変わる可能性があると考えています。私は、これまで保護司や裁判官、家庭裁判所の調査官に向けた研修を通じて、臨床技能の普及に務めてきました。今後はさらに多くの保護司の方々と接点を持ち、システムズアプローチを実践していただいたうえで、結果をリサーチして行く予定です。従来の心理療法との差異を検証し、具体的なデータで効果を示したい。実際の現場で受け入れてもらうためにどう仕掛けるか、現在模索中です。本学にも矯正・保護総合センターや、ぎんなん会*1がありますよね。連携できる機会があれば嬉しいです。
また、2019年3月23日には熊本大学の矢原隆行先生をお招きして「北欧の刑務所におけるリフレクティング*2の展開と合意」のトークセッションを開催します。リフレクティングとは、当事者を援助する人々がチームを作り、さまざまな観点からのアプローチで当事者に行動の選択肢を与える手法。家族療法のひとつであり、対話的コミュニケーションの研究を進めるにあたって中心的な課題になっていくと考えています。リフレクティングの実践についての第一人者である矢原先生から、北欧の刑務所での取り組みの紹介と展望についてうかがいたいと考えています。

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【補注】
*1 龍谷大学校友会 ぎんなん会
本学卒業生のうち、刑務所・少年院・少年鑑別所などで働く矯正職員(刑務官・法務教官)で構成するOB会。会員の親睦と職務能力向上のための研究と研修を主な目的としている。
https://www.ryukoku-koyukai.jp/branch/detail/39

*2 リフレクティング・プロセス:
ノルウェーの精神科医トム・アンデルセンによって提唱された家族療法の手法。近年、オープンダイアローグの中核的方法としても注目を集めている。