Need Help?

News

ニュース

2019.12.16

第21回神経発達症研究会(発達障害研究会)を開催【犯罪学研究センター共催】

Sluggish Cognitive Tempoという新しい神経発達症について

2019年11月28日、犯罪学研究センターは「第21回神経発達症研究会(発達障害研究会)」を、本学大宮キャンパス 西黌別館3F カンファレンスルームにて共催し、医療や心理に関わる実務家、研究者を中心に約10名が参加しました。
【EVENT概要】https://www.ryukoku.ac.jp/nc/event/entry-4314.html

研究会を主宰する武田俊信教授(本学文学部)がユニット長をつとめる犯罪学研究センター「司法心理学ユニット」では、精神医学、発達障害、ADHDなどを切り口に、司法・矯正分野においてどのように心理学が貢献できるかを検討しています。
今回の「神経発達症研究会」は、医療、心理、福祉などに携わる方や、精神医学、心理学領域に興味を持つ方々が集まり、神経発達症に関連することを学び、共有していくことを目的としています。



始めに、武田俊信教授(本学文学部・司法心理学ユニット長)から「Sluggish Cognitive Tempo(SCT)という新しい神経発達症について」の報告がありました。Sluggish Cognitive Tempoは日本語での正式な症名はありませんが、空想にふけりやすい・動きが緩慢・すぐに混乱してしまう等の、ADHD*1と少し類似した症状が見られるのが特徴です。これらの特徴は、もともと精神障害の診断・統計マニュアルであるDSM-III-R*2においてADHDの診断基準の候補から外れたものでしたが、カルフォルニア大学サンフランシスコ校のキース・マクバーネット氏が取り上げたことによって新たにSCTとして再発見されました。


武田俊信教授(本学文学部・司法心理学ユニット長)

武田俊信教授(本学文学部・司法心理学ユニット長)

武田教授は、気質・内在化障害・睡眠状態・自閉症傾向の観点から、SCTとADHDに差異があるかを調査。結果として「SCTとADHDに大きな差は見られなかったが、BIS/BAS尺度*3のBASと入眠時間に差異が見られた。以上のことから、今後SCTの独立臨床単位とADHDを比較しながら研究を続けていきたい。そして、生物学的指標や治療反応性も検討していくべきだ」と述べ、報告を終えました。

次に、武田教授の共同研究者である中島陽大氏(洛和会音羽病院 臨床心理室 副係長) から「成人における視覚認知機能の予備的検討」と「WAVES検査*4におけるASD*5群とADHD群の比較検討」について報告がありました。いずれも発達ディスレクシア(dyslexia)*6という学習障害についての研究であり、現在発達ディスレクシアの発生機序のひとつに視覚認知機能の弱さが関連していると考えられています。


中島陽大氏(洛和会音羽病院 臨床心理室 副係長)

中島陽大氏(洛和会音羽病院 臨床心理室 副係長)

中島氏は成人の視覚認知機能の特徴を調査し、小学生と20代の間では視覚認知機能に差異は見られませんでしたが、小学生と30代・40代の間ではVPI(視知覚)とECAI(目と手の協応正確性)に差異が見られたことを報告しました。さらに、WAVES検査を受けた子どものASD群・ADHD群と、対照群(奥村ら,2014)との比較の調査では、ASDの特性としてVPI指数の低いこと、ADHD群の特性としてECGI指数(目と手の協応全般性)とECAI指数の値が反比例していることを報告しました。以上の報告から、中島氏は「成人の視覚認知機能の特徴として、20代までに視覚認知機能はピークに達すると考えられ、30代・40代の視覚認知機能は本来備わっている視覚認知機能以外の要因がWAVES検査結果に表れている」と説明。また子どものASD群とADHD群との比較検討については、「WAVES検査結果にASD、ADHDの発達特性が見られた。すなわち、ADHDは課題に対する拙速性や集中力の欠如が正答の割合に影響を及ぼし、一方でASDは認知的視野狭窄や非柔軟的な思考が視覚認知機能の低さに影響を与えていたと考えられる。どちらの調査もまだ始まったばかりだ。今後の調査でより詳しく解明していきたい」と展望を述べ、報告を終えました。

───────────────
【補注】
*1 ADHD(Attenuation Deficit Hyperactivity Disorder)
注意欠如多動性障害のこと。発達障害の1つであり、不注意・多動性・衝動性の症状が特徴である。

*2 DSM-III-R(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders)
精神障害の診断と統計マニュアルのこと。精神障害の分類(英語版)のための共通言語と標準的な基準を提示するものであり、アメリカ精神医学会によって出版された書籍である。DSM-III-Rは1987年に出版され、現在は2013年に出版されたDSM-Vが最新となってる。

*3 BIS/BAS尺度(Behavior Inhibition System/Behavior Activation System)
行動抑制システム(BIS)行動活性化システム(BAS)尺度のこと。ジェフリー・アラン・グレーは神経科学的気質理論の中で、人間の行動はBIS・BASの2つの大きな動機づけシステムの競合によって制御されていると述べている。

*4 WAVES検査
視覚認知機能をスクリーニングするための心理検査。小学生を対象に標準化されており、眼と手の協応や視知覚などを40分程度の時間で網羅的にアセスメントすることができる。近年は読み誤りや読み飛ばしなどの困難を抱える発達性ディスレクシア(dyslexia)の特性を知る検査として注目されている。

*5 ASD(Autism Spectrum Disorder)
自閉症スペクトラム障害のこと。常同行動(目的のない行動を繰り返すこと)を示す、コミュニケーションや言語に関する症状が特徴である。

*6 発達ディスレクシア(dyslexia)
海外ではdevelopmental dyslexia (DD) 、specific reading disorder (SRD)がそれにあたる。日本では発達性ディスレクシア、読字障害、発達性読み書き障害などと翻訳される。国際ディスレクシア協会(International Dyslexia Association : IDA)の定義によると、dyslexiaは神経学的な原因による特異的な学習障害であるとされる。特徴として単語認識の困難さ、つづりの稚拙さ、デコーディングの弱さがみられ、こうした特徴は言語の音韻的な側面に関する弱さが原因だと考えられている。二次的に読解の問題を引き起こしたり、読みの経験が少なくなったりすることで、語彙や予備知識の発達を阻害することが起こりうるとされる。