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2020.01.29

【犯罪学Café Talk】吉川 悟教授(本学文学部/犯罪学研究センター「対話的コミュニケーション」ユニット長)

犯罪学研究センター(CrimRC)の研究活動に携わる研究者について、気軽に知っていただくコーナー「犯罪学CaféTalk」。研究の世界に馴染みのない方も、これから研究者を目指す学生の皆さんにも、是非読んでほしい内容です。
今回は、吉川 悟教授(本学文学部/犯罪学研究センター「対話的コミュニケーション」ユニット長)に尋ねました。
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Q1. 吉川先生の学生時代について教えてください。



「学生時代はサッカー部でしたので、日々サッカーに明け暮れていました。また、モーグルもやっていて、冬になると仲間とよく滑りに行っていましたね。とはいえ苦学生だったので、アルバイトにも精を出していました。特に稼ぎが良かったのは、飲み屋さんの裏方スタッフです。住宅地の中にある高級な飲み屋さんで、今でいうクラブです。それと道路交通誘導員です。これが一番儲かりました。当時、一晩で1万円を稼いでいました。なので、学生時代はサッカー、モーグル、アルバイト、この三本柱で過ごしていました。勉強の方は全くしていませんでした(笑)」


Q2. 臨床心理の道に進まれた理由はなんですか?
「モーグルができなくなったからです(笑)モーグルは、セミプロのレベルだったので、将来モーグルで飯を食っていくつもりでいたんです。ところが、春スキーの最中に怪我をしてしまい、その影響でモーグルを続けられなくなってしまいました。どうしたら飯を食えるかなと考えた結果、臨床心理の道に進みました。当時は、臨床心理を実践したいと手を挙げたら、誰でもやれた時代でしたから…。だから、学生時代に勉強をしてこなかった私でもなれたんです。また、やんちゃな子どもの相手は得意でしたから。当時も不登校の子どもや、家庭内暴力の子どもがいましたからね。アルバイトの一つでやっていた家庭教師で、子どもの相手には慣れていたので、何とかなるだろうと思って(笑)」
「私は臨床心理のなかでも、家族療法(Family Therapy)*1 という分野を専門にしています。この分野は、社会のニーズは非常に高いのですが、効果があっても邪道だと言われることがあります。なぜなら、心理療法の王道は来談者中心療法(Person-Centered Approach:PCA)*2だからです。私が以前、「システムズアプローチ研究所」、「コミュニケーション・ケアセンター」をそれぞれ設立したのは、いろいろな方から「家族療法をやれるようになりたい」、「自分の能力を今以上に発揮したい」という要望が寄せられたこともあります。当時、臨床家を一人前に育てる、きちんとした家族療法の臨床トレーニングをするシステムは確立されていませんでした。思い返せば、私は幸運にも家族療法家として一人前に育てていただくチャンスをもらっていました。なので、他の方にも同じようにチャンスを与えられたら良いかなと思い、臨床だけではない、研修を実施する組織として設立しました。現在も、それぞれスタッフがいます。一人前になってから辞めて大学に行ったりしたスタッフも多く、全体で20人位いると思います。もうすぐ定年の人たちもいますが、今も現役で活躍している人も多数います」

*1 家族療法(Family Therapy):
個人や家族の抱えるさまざまな心理的・行動的な困難や問題を,家族という文脈の中で理解し、解決に向けた援助を行っていこうとする対人援助方法論の総称。 家族療法の中にはさまざまな理論や技法の考え方がある。

*2 来談者中心療法(Person-Centered Approach:PCA)
来談者中心療法(クライエント中心療法、Person-Centered Therapy)は、カール・ロジャーとその共同研究者たちにより提唱され、展開している心理療法の一派。 その名称は、ロジャーズによって、非指示的療法 (Non-Directive Counseling) から来談者中心療法、そして人間中心療法 (Person Centered Approach) へと、時代を追って改名されている。



Q3. 吉川先生の研究と犯罪学はどう関わりを持っていますか?
「一番わかりやすいのは、大阪で個人開業をしていた頃、家庭裁判所からやんちゃで手のつけられない子どもたちが送られてくるわけです。少年事件には、いわゆる継続審判があるので、裁判所から少年と家族に「必ず病院へ相談に行くように」と言われます。これは、少年法第25条において「家庭裁判所は、少年の保護処分を決定する必要があると判断した場合、相当の期間、家庭裁判所調査官の観察に付する」と規定されていることに基づきます。一方で、家庭裁判所は、適当な施設、団体又は個人に補導を委託することも可能なのです。なので、臨床心理士である私に、子どもたちの精神状態を定期的に診断し、相談に乗るよう依頼が来るんですよね。その相談結果によって審判の方針が変わります。だから、一応子どもたちは私のもとへは来るんですけど、彼らは病院に行ったという証明、あるいは相談をしたという保証が欲しいだけなんです。結局、口裏を合わせに来るだけになることも多いのですよ。そんな口裏合わせにやってくる連中を、きちんと社会復帰させる。私にとっては、これが楽しいんです(笑)一方で親たちは、子どもを相談に行かせたところで、どうせ何も喋らないと思っています。ところが、相談で子どもがまともに喋り、きちんと今後のことを考えているという状況になると、やっぱり親は親でちゃんとしなくちゃいけないという雰囲気になります。だから、やんちゃで手のかかる子どもほど、変化すれば親も自分たちが何とかしないといかんというケースが多いです」


「昔の少年非行の中核にあるのは、親が子どもの養育を放棄したことで子どもが罪を犯す、あるいは虞犯少年*4の対象になるケースです。しかし、現在の知見では、これに該当しないケースも当たり前になっています。つまり、生活苦があるから子どもが罪を犯す、あるいは虞犯少年の対象になるのでないのです。むしろ、普通の家族、一般的な暮らしのなかで子どもが罪を犯す、あるいは虞犯少年の対象となるケースが多くなっているんです。なので、普通の家族にとってみると、とんでもない子どもになってしまったと思うわけです。それでは困るから、早めに何とかしたいと思います。当然、子ども本人が相談に行かないから親が相談に行く。でも、親だけが相談を受けられるカウンセリングなんて、家族療法以外にないんですよね。だから、否が応にも、自分の研究は犯罪学分野との関わりが深いんです」

「人と人のやり取りって、中身が適切でさえあれば良いという神話があります。でも、もっと大事なのは、その話すという行為が本音できちんとやり取りをしているかどうかなんですね。本音でやり取りができるように仕向けられるかが臨床のミソなんです。犯罪学の世界では、保護司たちが、初期の関係作りの段階からすごく時間をかけて、相手を挑発することなく良好な関係を作ろうとします。だけど、これは非常に高度で、テクニカルな方法で、成功率も少ないものです。たとえば臨床の世界では、慢性のワンダリング、いわゆるいろいろな病院を転々として、どこに行っても病気が治りませんという人たちがいます。そういう人たちに、今回のプロジェクトで提唱しているような方法で対応すると、あっという間に変化が起こるのです。なので、圧倒的な効果はありますが、それを面接場面できちんとやろうと思うと、相当レベルの高いことをやらないといけないのが現状なんです」
「一方で、私がやっている、やんちゃな子どもたちの心を焚きつけて本音を引き出す方法は、手っ取り早いんですね(笑)だから、どっちをやってもらっても構わないのですが、いま対話的コミュニケーションユニットのプロジェクトでは、誰でも高度な方法ができるようにガイドラインを作成する活動をしています。あくまでも、入口の関係作りのところだけだったら、いくつかのスキルを駆使すれば、誰でもできる可能性があります」

*3 虞犯少年
虞犯少年(ぐはんしょうねん)とは、犯罪を犯してはいないが、少年法で規定する一定の不良行状があり、その性格または環境に照らして将来罪を犯す虞(おそ)れがある20歳未満の少年をいう。ただし、虞犯性については、少年がなすおそれのある行為をどこまで特定する必要があるかが議論されている。



Q4. 実際の実務に反映するために取り組んでいることはなんですか?
「私は、ユニットを立ち上げる以前から、家庭裁判所の調査官、各種の裁判官、保護司、あとは警察の少年課の研修会などで、カウンセリングの方法論をいくつか実践する演習を20年近くやってきました。実際、演習に基づいて皆さんに実践していただくと、たとえ一回きりの演習でも多少なりとも効果があるんです。ただ、各職種でオールマイティーに実践できるかどうかは別で、聞き手が相手の状態を把握できるか、応対できるかという個々の問題になってきます。前述のような職種の方たちの場合、相手が身構えている状態に対応しなければなりません。相手は『自分はどっちみち、犯罪者として見られているんだろう』と自虐的になっている場合が多く、それを『そうじゃないよ』という姿勢で入れるかどうかがミソになってきます。このアプローチの仕方を理解できれば、だいぶ違うだろうと思います。関係作りって何か難しいように思われがちですが、いろいろな人に会ったときのファースト・インプレッションって、最初の5分で決まりますし、それだけで変わるでしょ?だから、その最初の5分の段階で、どういったやり取りを相手とするのかということに集中して欲しいです。ここが大きなポイントですね」


Q5. さいごに、 吉川先生にとって「研究」とは?



『今までにない新しい方法、手続きをみつけると、楽しい臨床ができる』です。よくあるオリエンテーションなんかだと、やっぱり基本的な人間関係の作り方はこうなんだということを決めてやり始めるでしょ?それって不自由だと思うんですよ。だって、臨床も人同士の付き合いなわけじゃないですか。人同士の付き合いだから、相手がどういう人かによって付き合い方が変わるのは当たり前なんです。これが絶対正しい方法なんだというプロパガンダをオリエンテーションの場で言いたいのは、多分それぞれの派閥ごとの妙な権力を持っている人たちの流れが原因かなと考えています。もちろん、役に立たないことをやっている人たちばかりでないというのは分かります。だけど、表面的に「あんなことをすれば良い、こうすれば良い」という理屈でやるのではなくて、目の前にいる人のための役に立たなければいけません。やっぱり、臨床はサービス業ですから。だって、臨床って究極のことを言ったら、「人の不幸が飯の種」ですからね(笑)犯罪学も同じです。誰かの犯罪が飯の種です。実際のところ、危ないサービス業なんですよ。だからこそ、臨床の世界においては、危ないサービス業をやっているという自覚がないと、やっぱりまずいと思いますね」



吉川 悟(よしかわさとる)
本学文学部・教授/犯罪学研究センター「対話的コミュニケーション」ユニット長
〈プロフィール〉
教員としてだけでなく、臨床心理士、公認心理師として日々多数のケースに奔走。家族療法を発展させた心理療法である「システムズアプローチ」の有用性を提言している。