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2020.03.04

SBS(揺さぶられっ子症候群)仮説をめぐるセミナー【犯罪学研究センター共催】

虐待を防ぎ冤罪も防ぐために、いま知るべきこと

2020年2月14日(金)午後6時から午後8時、東京・弁護士会館において、龍谷大学犯罪学研究センター「科学鑑定」ユニットは「SBS(揺さぶられっ子症候群)仮説をめぐるセミナー」を共催しました。

【イベント概要>>】https://www.ryukoku.ac.jp/nc/event/entry-4873.html
主催 日本弁護士連合会
共催 関東弁護士連合会、東京弁護士会、第一東京弁護士会、第二東京弁護士会、大阪弁護士会、甲南学園平生記念人文・社会科学研究奨励助成研究「児童虐待事件における冤罪防止のための総合的研究グループ」、龍谷大学犯罪学研究センター「科学鑑定」ユニット


当日は開場早々から多くの来場者が訪れ、最終的には立ち見も含めて168名の参加となりました。複数の報道機関の取材もあり、会場は熱気に包まれていました。

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 日本弁護士連合会副会長・篠塚力弁護士からの開会挨拶に始まり、まずは秋田真志弁護士(大阪弁護士会、SBS検証プロジェクト共同代表、龍谷大学犯罪学研究センター嘱託研究員)が、セミナーの趣旨説明を行いました。2020年2月6日、生後1ヶ月の長女を揺さぶり頭部に重傷を負わせたとして傷害罪に問われた事件で、大阪高裁は有罪とした一審判決を破棄し、無罪を言い渡しました。この事件の弁護団であった秋田弁護士は、この女性の「5年は長かった」「誰のための裁判だったのか」という言葉を引用してその苦難の道のりを振り返り、さらに他のケースでも多くの家族がSBSを疑われ苦しんでいることを述べました。そして、このセミナーは「すべての虐待認定が間違っているというつもりはない」ことと併せて、「虐待は許されない」ことを当然の前提としており、その上で「誤った親子分離やえん罪」が引き起こす深刻な事態を防ぐために建設的な議論が必要であり、そのためにはSBS仮説をゼロベースで見直すことが重要であると訴えました。この大阪高裁で逆転無罪となった事件は、秋田弁護士がSBS事件に関わるきっかけとなったもので、そこから秋田弁護士と笹倉香奈教授(甲南大学法学部教授、SBS検証プロジェクト共同代表、龍谷大学犯罪学研究センター客員研究員)の情報交換が始まり、やがてSBS検証プロジェクトの設立に繋がったという経緯があります 。
【関連記事>>】SBS検証プロジェクト 共同代表者インタビュー「日本における揺さぶられっこ症候群問題のこれまでとこれから」

 続いて、昨年10月25日に大阪高裁で逆転無罪判決の出た山内事件 で専門家証人をつとめ、その証言の信用性が高く評価された埜中正博医師(関西医科大学医学部診療教授)が、「医学的に見たSBS問題に関する報告」と題して、乳幼児を揺さぶったとの診断を招く3つの症状(三徴候と呼ばれる硬膜下血腫、脳浮腫、眼底出血)について、画像などを示しながら説明し、虐待と認定するには三徴候は不十分であると指摘しました。
 さらに、川上博之弁護士(大阪弁護士会、SBS検証プロジェクトメンバー)が、国内の無罪事例と裁判の状況に関する報告を行い、SBS事件における最近の検察官の主張の傾向とその問題点を示しました。さらに、山内事件の判決を引きながら、刑事裁判で医師の専門性に疑いが生じる場面(翻って、専門家証人に求められる資質)と、SBS事件では医学的視点以外からの検討、例えば関係者や現場の状況を見ることが特に必要である旨が述べられました。

 パネルディスカッションは、秋田弁護士がコーディネーターとなり、パネラーとして埜中医師、川上弁護士に加えて、日弁連子どもの権利委員会委員長でもある岩佐嘉彦弁護士(大阪弁護士会)が加わることで、福祉の観点を交えた議論が行われ、複数のトピックが扱われました。例えば、医療機関から児童相談所に虐待が通告される場面と、その後に一時保護が決定される場面とで、医師の意見がどのような重みを持つのか、また、親が虐待を認めていない場合には親子分離が長期化する傾向があるが、これに対して取りうる方策はあるのかといった点について、意見が交わされました。さらに、虐待の疑いを通告した医師に対して、通告後にその子どもがどうなったかのフィードバックがないこと、児童相談所が意見を求めることのできる医師が十分に見つからないことなど、それぞれの立場からの悩みが示されました。いずれの立場からも重要とされたのは、虐待があったか否かが明確ではない、いわば「グレー」の場合の取り扱いです。医学的な情報のみでは分からない場面があること、その際に一時保護があったとしても、その後の親子分離が長期に及ばないようなプロセスを用意する必要があること、刑事事件と家事事件では異なる問題があることなどが課題として共有されました。


パネルディスカッションの様子(古川原撮影)

パネルディスカッションの様子(古川原撮影)


 パネルディスカッションに続いて、笹倉教授が諸外国における無罪判決を踏まえながら国外の状況を紹介した上で、セミナーの内容を総括し、福祉の視点からのシステム作りの重要性と、乳児の頭部外傷に関する基礎的なデータや情報を蓄積することの必要性を述べました。また、最近続いたSBS事件での無罪判決は、SBSの三徴候が低位からの落下や隠れた病変などによっても生じることを確認するものであり、そうであるならば従来のようなSBS仮説に基づく画一的な判断は見直されねばならないことが明らかになったと述べました。さらに、親子分離や一時保護も公権力の行使である以上、必要な時に相当な方法や範囲でしか認められないはずであるとして、スウェーデンの2018年の行政最高裁判所の判決を紹介しました。そして、日本において大前提となるのは、誤った虐待診断の一因となっている厚生労働省「子ども虐待対応の手引き」のSBSに関する記載の見直しであり、それがなされない現状では、SBS仮説による誤った判断により引き裂かれた多くの家族の苦しみは終わらないとも述べました。最後に、秋田弁護士が冒頭で述べた「虐待は許されませんが、冤罪も絶対に許されません」という出発点を参加者と確認し、SBS仮説のゼロベースでの見直しを訴えて閉会となりました。

 本セミナーは、SBS問題について医療、法律、福祉という横断的な検討がなされた点で注目されるものでしたが、登壇者らがこれまで行ってきた議論の方向性が誤っていなかったことを確認した点でも重要であったと思われます。無罪判決が連続したことの意義を冷静に受け止め、立ち止まることなくさらなる検討を進めていくことが求められます。その前提として、刑事裁判になったケースだけでなく、一時保護や親子分離のケースを含めて情報を広く集めることも必要となるでしょう。また、セミナーの資料として配布された、日本におけるSBS/AHT(虐待による頭部損傷)をめぐる裁判例一覧と、2018年以降の海外における関連裁判例の一覧は、非常に有益な情報でした。これらの事例の分析は研究者にとっての課題でもあります。犯罪学研究センター「科学鑑定」ユニットがそうした面で貢献できるよう、ひき続きSBS問題に取り組んでいきたいと思います。

科学鑑定ユニット長
古川原明子