2020.04.21
【犯罪学Café Talk】浜井 浩一教授(本学法学部教授・犯罪学研究センター 国際部門長・「政策評価」ユニット長)
犯罪学研究センター(CrimRC)の研究活動に携わる研究者について、気軽に知っていただくコーナー「犯罪学CaféTalk」。研究の世界に馴染みのない方も、これから研究者を目指す学生の皆さんにも、是非読んでほしい内容です。
今回は、浜井 浩一教授(本学法学部教授・犯罪学研究センター 国際部門長・「政策評価」ユニット長)に尋ねました。
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Q1. 浜井先生の行っている研究について教えてください。
「私は、基本的に行動科学のメソドロジー(方法論)を使って、犯罪現象や犯罪に対する人々のリアクション、すなわち厳罰化を求める声や犯罪者への偏見や差別、スティグマをも理解し、犯罪が発生するメカニズム、そして収束していくメカニズムの解明をしています。
社会学者のエミール・デュルケムが言っているように、犯罪は犯罪そのものが存在しているわけではなく、我々がそれを犯罪だと規定し、非難するから犯罪となるわけです。しかし、同じ行為をしても捕まらなければ犯罪者にならなかったり、国や時代によっては犯罪にあたらなかったりします。犯罪学では犯罪現象を、刑法学者のように規範の問題として考えるのではなく、犯罪を作り出す刑事司法を含む社会のメカニズムや、犯罪を法律で規定し、処罰することでなにが起きるのか、犯罪と規定されたものをどうすれば効果的に防止することができるのかを科学的なアプローチで解明しようとします。刑罰を運用することによって、犯罪は減るのかどうか、犯罪者というレッテルを貼られた人はどうなのか、同じ行為をしてもレッテルを貼られる人と貼られない人の違いはどこからくるのか、人と社会の関係性の中でそのメカニズムを解明していくのが犯罪学です。規範がどのように出来上がるのか、刑法学者はなぜそう考えるのか、あるいは検察官や弁護士の行動原理は何か、またえん罪が発生する背景など、人間の行動そのものを、社会との関係性の中から考えるのも犯罪学の役割です。
いずれにせよ、刑法学会では、刑罰によって犯罪をコントロールすることを考えがちですし、そこを逸脱してしまうと刑事法学の枠に収まらなくなってしまいます。犯罪学では、刑事法学という枠を取っ払って犯罪や刑罰を考えることが重要です。なぜなら、刑罰政策の中だけで再犯防止を含めた犯罪対策を考えたところで、結局は何も解決しないからです。日本の刑事司法は、責任能力があると判断した者に対しては、個人の自由な意思決定によって、違法と知りながら犯罪行為を行ったものとして刑罰を科します。刑罰システムは、さまざまな問題を背景として発生する問題行動の中から刑法上の犯罪に当たる行為を抜き出し、その罪責を問うもの、つまり、個人が抱えるあらゆる問題をその人の規範の問題に還元して責任を取らせるものなのです。しかし、それでは、犯罪の背景にある問題は何も解決せず、再犯は防げない。刑罰で人は反省したりしませんし、反省することと、更生する(再犯しない)ことはまったくの別物です。どんなに反省しても、必要な支援がなければホームレスや薬物依存症から脱却することはできないのと同じように当たり前のことなんです」
「私は学部時代には心理学を専攻し、その後、法務省で法執行の実務をやりながらアメリカの大学院に留学し、社会学を基礎とした犯罪学を勉強してきました。心理学と社会学はある程度の共通理解がありますが、それでも対象が違います。心理学の人は心を対象にしていますし、それも実験系の心理学なのか、認知系の心理学なのか、臨床心理学なのかでかなり違ってきます。見ているものが違うと、同じ心理学でも研究手法も人の見方も違います。実験や認知では個人差は誤差になりますが、臨床心理学では個人差こそ重要です。法学と心理学ではものの考え方がもっと違います。「法と心理」という分野がありますが、心理学者は、「なぜ虚偽の自白をしてしまうのか」、「目撃証言はなぜ曖昧なのか」という人の知覚と記憶のメカニズムからそれらを解明し、法律家はその知見の一部を裁判において自分の主張に適合するところだけを証拠として活用します。心理学者は心理学的研究をし、法学者はその知見の活用方法を考えているだけで、お互いが有機的に連携しているわけではなく、心理学と法学が、本当の意味でコラボレーションしているわけではありません。
だから、全く異なる方法論を持ち、異なる物の見方をする学問分野を束ねて有機的に連携させるのはとても大変です。犯罪学は学際的な分野なのですが、実は、英米では社会学的なアプローチが主流で、刑法学会とはほとんど交流はありませんし、国際学会で報告していても、社会学系の人だけが集まるセッション、心理学系の人だけが集まるセッション、法学系の人だけが集まるセッションと自然に分かれてしまいます。私は、これまでにも発達障害を持つ人による犯罪への対応などの研究プロジェクトを主催してきましたが、心理学者でもあり、法学者でもあり、社会学者でもある私にとっても、その交通整理はとても難しいものです」
Q2. 浜井先生はどういった経緯で、龍谷大学で犯罪学を教えるようになったのですか。
「石塚先生(本学法学部教授・犯罪学研究センター 長)に呼ばれました。最初に出会ったのはまだ私が30代の頃で、ブタペストの国際犯罪学会に出席した時です。その時私は、法務省から国連に派遣されていて、その学会に出席していました。法務省で矯正保護に関係するあらゆる現場を経験し、米国留学や国連での勤務を通して、視野が広がるにつれて、当たり前が当たり前でなくなっていき、日本の制度や実務に対しても様々な問題点が見えてくるようになりました。性格的に、発達障害気質で思ったことを全部言っちゃうので(笑)。別に反権力という訳ではありませんが、それぞれの場面で『これはこうなんじゃない?』と発言する、言い方を変えれば所属している組織に対しても忖度をしません。外の人にとっては、馬鹿正直な私の発言が、とても新鮮なものに映ったのでしょう。学会などに参加して発言している中で、『面白いやつがいる』と思われるようになりました。ただ、法務省的には『生意気な奴だ』と思われたり、『彼は学者肌だから』といったようなことを言われたりするようになります。自分の本音をうまく隠しながら、組織の論理に従って役人として職務を真っ当すべきかどうか、考えた時期もありました。先輩たちの世代では、心理技官を中心に、法務省を定年退職した後に大学教員として登用されることが圧倒的に多かったのですが、大阪大学の藤岡さん、静岡県立大学の津富さんなど、40代前後の中堅層が大学に引き抜かれるようになり、そこにマーケット(道)が出来上がると、『あれ、そういう道もあるのか』と考えるようになったんですよ」
「その矢先に石塚先生に出会いました。自分の名前で論文を書くことが面白くなるようになってから、石塚先生に限らずいくつかの大学から声が掛かるようになっていました。ただ、石塚先生に声を掛けられた時は、龍谷大学が矯正・保護研究センター(現:矯正・保護総合センター)を設置しようとした時でした。ちょうど遠方への転勤が命じられた時で、子どもを保育園に預けていて、妻も同業で当直があったので、どちらかが退職しないと子育てに支障がありました。私にとってタイミングが良かったんです。法務省の人達にも、論文を書いていることは知られていたし、大学に転職する同僚が続いていたので、冗談半分で『浜井さんはそろそろ出るんでしょ?』みたいに言われていた時でもありました。キャリア的に組織を守る立場の施設長になる直前だったので、ここが潮時かと思い、法務省を辞めて龍谷大学に所属し、今に至るわけです」
Q3. 仮に犯罪学部が創設されるとして、学部生が社会のニーズに合わせて就職できると思いますか。
「15年ほど前に犯罪学部を構想していた時は、厳罰化の流れの中でPFI刑務所が新設されたり、警察官も増員されていたりしたので、こぢんまりした学部くらいならやっていけるのではないかと考えていました。研究機関も含めて、教学主体として犯罪学部や刑事司法学部が存在しないのは世界中で日本ぐらいです。日本に犯罪学部がない理由のひとつは、犯罪学が刑事法学の中に入れられて刑事学という形で扱われてきたからではないかと考えていました。結局のところ、実証研究としての犯罪学が刑事法学の中のおまけみたいに扱われていて、学問分野として独立しておらず、方法論的にもまったく異なる領域にいたため、なかなか発展しようがなかった部分があったのかもしれません。刑事法学の主流の人たちは規範や法解釈一点張りで、実証的な方法論を知らないし知ろうと努力もしなかった。犯罪学の実証的な知見は、自分たちにとって都合のいい時に利用する程度のものに過ぎないと思っていたのではないでしょうか」
「こうした学問的な位置付けが日本で犯罪学が発展しない理由だと最初は考えていました。犯罪学が発展していないから、厳罰化すれば治安が安定する、などという非科学的な言説がまかり通ってしまう。だから犯罪学部を作って犯罪学を刑事法学から独立させなければならないと考えたわけです。石塚先生も言っていますが、犯罪学の学問体系が日本には存在しないのにもかかわらず、これだけ治安が良く、犯罪統制に成功している国は他にはないわけです。そうした日本社会の特性を科学的に解明し、世界にアピールしたい。日本に一つぐらい犯罪学部があっていいのではないか?世界中にあってないのは日本だけなわけですから、世界中にマーケットが存在している以上、犯罪学に対するニーズは掘り起こせばあるんじゃないか?と思っていました。アメリカには、犯罪や刑事司法関係の学部をもつ大学が500以上あるわけです。そこで博士号を取ればほぼほぼ就職できますし(*詳細は石塚伸一(編・著)「新時代の犯罪学――共生の時代における合理的刑事政策を求めて」2020年, 日本評論社所収の、丸山泰弘「アメリカの犯罪学ーーウエスト・コーストの犯罪学・刑事政策学教育」をご参照ください)、学生たちは刑務官でも警察官でもいくらでも就職先があるわけです。警察組織だけでも何百・何千とあるので、巨大なマーケットが存在していることに気がついたわけです。アメリカは、厳罰化によって200万人の受刑者を抱え、700万人が刑事司法の監視下にいます。その結果、警察官や刑務官といった法執行官が多数必要になる。当然、厳罰化を批判する犯罪学者も必要となります。
アメリカ大統領選挙の中では、犯罪対策というのが一つのテーマになるぐらいですし、当然、犯罪対策に多くの予算が投じられています。アメリカには巨大な犯罪関連のマーケットが存在しているので、犯罪対策を研究する機関にも研究資金が回ってきます。そうなると、犯罪対策の研究者が必要になりますし、だから博士号さえとれば大学にも就職先があるわけです。翻って日本でなぜ犯罪学部がないのかと考えました。法学の傘下に入れられて、そもそも犯罪学者というものを養成して来なかった部分があるにせよ、社会学は一つの学問分野として日本に存在しています。社会学の中に逸脱を研究してる人はいたわけですが、なぜそこから犯罪学へと発展していかなかったのかと考えた時に、そもそも、日本は犯罪関連のマーケットが小さいからだ、と気づきました。日本の国家予算に占める刑事司法予算はアメリカとは比較になりません。治安が良いということは、犯罪対策に対するニーズが少ない、つまり、マーケットが小さいということなのではないかという風に思い至ったわけです」
「少年非行を中心に日本では犯罪が急激に減少し、少年院も刑務所も次々と閉鎖されている現在、日本の犯罪学は岐路を迎えています。日本では、犯罪の減少によって、犯罪学のマーケットが縮小している。犯罪学者としては喜ぶべきことです。それを、あえて学問的な必要性だけで犯罪学部を作って生き残らそうとすることは正しいのか、迷います。卒業生の出口の問題です。同時に、犯罪が減っている社会はいい社会なのか?犯罪が減って日本人は幸せになっているのか?という疑問も生じてきます。『犯罪がどうして減ったのか』を考えていくと、『非行がどうして減ったのか』に行き着くわけです。そして『非行はどうして減ったのか』を考えると、外でやんちゃな非行をしなくなった、でも、非行を引き起こした虐待や貧困・格差・差別などの問題がなくなったわけではない。となると、非行少年はどこにいったのか?引きこもりの問題にもつながってきます。ただ、引きこもりを研究するのは犯罪学ではありません。犯罪学から引きこもりを研究するというのは、犯罪学のノウハウは活かせますし、つまずきからの回復という意味ではその知見を活かすことができますが、研究対象そのものが変わっていくので犯罪学という呼称はそぐわなくなります」
Q4. 浜井先生にとって「研究」とは何ですか?
「うーん・・・特に考えたことないなぁ(笑)私は、今、教員生活の残された10年で何をすべきなのか、ということを考えています。自分がしたいことをすべきなのか、社会的使命を優先すべきなのか…。それこそ社会実装ではないですが、幸運なことに、これまでの私の研究が活かされて、直接的にも間接的にも、再犯防止の分野で現実の政策が動いています。これまでの研究成果を活かして、再犯防止の社会実装に関わっていることは『それが生き甲斐か?』と問われるとそういう気もしますし、『責任感によるものか?』と言われるとそういう気もします。『楽しいか?』と言われると、現実とのすり合わせは大変で、やりがいはありますが楽しくはないです。でも、これからの研究に関しては、楽しいことをやりたい気持ちはあって、ぶっちゃけた話をすると、研究が好きだからやっている部分もあり、研究成果が認められたらそれに越したことはありません。
色々思いはあるけれども、研究の中で『自分の色』を大事にしています。『自己表現』ですね。自己表現によって、社会から自分が認知されること、自分が犯罪学者として生きてきた証を、それは本を書いたり論文を書いたりで残っていますが、社会的に認められる形で残したいという気持ちも思っています。でもこれは私の自己満足にすぎません。まあ、これからは、大学教員生活も残り約10年となって研究者としての集大成となると同時にカウントダウンも始まったので、少し仕事を整理・集約しつつ、これまでやってきた研究を体系的に整理し、それを英語で発信していきたいと考えています」
浜井 浩一(はまい こういち)
本学法学部教授・犯罪学研究センター 国際部門長・「政策評価」ユニット長
<プロフィール>
法務省時代に矯正機関などで勤務。法務総合研究所や国連地域間犯罪司法研究所(UNICRI)の研究員も務め、国内外の犯罪や刑事政策に精通。犯罪統計や科学的根拠に基づいて犯罪学を研究中。