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2020.04.27

【新型コロナ現象について語る犯罪学者のフォーラム】死因究明と新型コロナ〜PCR検査のトリアージ〜

「死因不明国家」日本の死因究明

犯罪学は、あらゆる社会現象を研究の対象としています。今回の「新型コロナ現象」は、個人と国家の関係やわたしたちの社会の在り方自体に、大きな問いを投げかけています。そこで、「新型コロナ現象について語る犯罪学者のフォーラム」を通じて多くの方と「いのちの大切さ」について共に考えたいと思います。

今回は、石塚 伸一教授(本学法学部・犯罪学研究センター長)のコラムを紹介します。

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死因究明と新型コロナ〜PCR検査のトリアージ〜
「死因不明国家」日本の死因究明


【はじめに】 ネット・ニュースに「変死体のコロナ感染11件:5都県、1か月間で」のヘッド・ラインを発見し、「変死」の文字に目が釘付けになった。

全国の警察が19日までの1か月間に変死事案などで取り扱った遺体のうち、新型コロナウイルスに感染していたケースが5都県で11件あったことが警察庁への取材でわかった。多くは自宅で倒れている状態で見つかり、その後のPCR検査で陽性と判定された。
 警察庁によると、11件の内訳は東京都6件、兵庫県2件、埼玉、神奈川、三重の3県で各1件。感染が死因とみられるケースと、別の疾患などが死因の両方のケースがあった。保健所などに届けており、各地の感染者数や死者数に含まれているとみられる。このうち都内では9日未明、足立区のJR北千住駅近くの路上で60歳代の男性が倒れていると通報があり、男性は搬送先の病院で死亡。PCR検査で陽性と判明し、感染による肺炎で死亡した疑いがあるとされた。

(参照:読売新聞ニュース 2020/04/21 07:15


【母の死】 わたしの母は、91歳。東京都の郊外のマンションで独り暮らしをしていた。3月6日に弟から連絡があり、数日分の新聞がポストに溜まっているので、近所の方が不審に思い、家族立ち会いの下で警察官に部屋に入ってもらうことにした。
部屋に入ってみると、母はすでに亡くなって数日が経っており、その遺体は椅子に座って天を仰いでいた。テーブルにはいくつかの番組にマーカーを付した新聞の番組表が開いてあり、リモコンと携帯電話が置いてあった。机には、書きかけの自分史帳とエンディングノートが整然と積んであった。
 新聞が3月1日のものであり、電気も、テレビもついていなかったこと、その日の午後に知人にメールを送っていたことなどから、2時から5時の間に突然亡くなったのであろうと考えられた。異状死であることから、警察で検視することになり、非常勤の警察医である近くの開業医が、死体検案書を作成した。高血圧と不整脈の投薬治療をしていたことから、死因は心不全という結論に至り、解剖などはしなかった。 翌日、警察署に遺体を引き取りに行った。近くの葬儀店に依頼して遺体を安置し、次の日、火葬場へ行き家族だけで荼毘に付した。
 日頃から「終活」に強い関心を示し、子供達には絶対に迷惑をかけたくない、と言っていたので、思いもよらぬ死を「彼女らしい大往生」「誠にお見事」などと慰め合って、思いおもいに突然の死を受け止めていた。
 しかし、わたしには、どうしても気になることがあった。机の上に空になった2錠分の解熱鎮痛剤の包みが置いてあったことである。要らなくなった物は、すぐゴミ箱に捨てろと母から躾けられたので、服薬した薬の殻が机の上に置いてあったのはどうしても合点がいかなかった。直後の死だったのだろうと思うことで、疑念を払拭することにした。でも、亡くなる直前に頭痛があったのだろう・・・
 また聞きではあるが、亡くなる数日前、親しい人と久しぶりに会ってとても機嫌がよく絶好調で、「ひとりで喋りすぎて、ごめんね」と言っていたらしい。わたしは、亡くなったとされる日の翌日の3月2日にメールを送っていた。うっかりしていた。いつものように返信ももらったとすっかり思い込んでしまっていた。発見の日は、妻の誕生日だったので、いつものように電話があるはずと思っていた。

【遺品の整理】 身内だけの見送りの後、母の遺品を整理しながら、死とはこうしたものであると自分を納得させようとした。ただ、それでもなお解熱鎮痛薬が気になっていた。
 次第にこの肺炎の特異な病態が明らかになっていく中、解熱鎮痛剤への疑念は深まっていった。そして、件のウイルスに罹患した変死体のニュースである。いま、わたしの心は動揺している。本人も納得ずくの大往生と言い聞かせてきたわたしの脳裏を後ろめたさが過った。
 冷徹に考えてみれば、エンディングノートを新しく書き直し、自分史の最初と最後のページを書き終えて、自らの人生の記しを少しずつ埋めようとしていた彼女は、最後まで筆を進めたかったに違いない。その最終章には、次のように書かれていた。

あっちで量子さん(彼女の母の名前)に会ったら、頑張ったねって言ってもらえるかな。
でも、辛口だから、無理だろうな。


わたしが小学校の頃、眠くなったわたしが、「学校の用意は明日の朝する」と言うと、彼女はよく「明日ありとでしょ」と口癖のように言った。
明日ありと 思う心の仇桜 夜半に嵐の 吹かぬものかは
(親鸞聖人絵詞)

後に親鸞聖人の和歌であることを知った。

そして、好きだったあの西行の和歌。
願はくは 花の下にて 春死なむ そのきさらぎの 望月のころ
(山家集)


早咲きの桜が開くまで、あと半月だった。


【母からのメール】 彼女のメールは、いつも散文的であった。

(コロナの報道を聞いて) 雨 ふりそうですね 新しい風邪私 いつも 流行おくれの もの 着てたので そのてん 安心 憧れの クルーズ船 諦め栄養 手洗い昼寝

(節分を前に) 外国人客も へり 私も 外出控え 戦時中 思い出してます なるようになる! 豆まいて 厄払い 節分の儀式は 代表して やっておきます

(わたしのメールに返信で) 忙しいですね 7時頃 日の出 寒いですから 充分 暖かくして 風邪ご注意 いってらっしやい 私元気 です!

(亡くなった翌日3月2日のわたしのメール) コロナ肺炎大騒ぎです。龍谷大学も、卒業式と入学式を中止にしました。桜も咲きそうなのに無粋ですね。

(3月6日のわたしのメール) おつかれさまでした。お見事。



【コロナ検査のトリアージ】 フランス語の「選別」「格付け」を意味する「トリアージュ(triage)」を語源とし、戦場や救命救急医療において、少ない資源を有効に活用するために、患者の病症に応じて治療の順番を決める重症度判定検査をトリアージという。治療や搬送の順位、搬送先施設の決定などを決める際の基準とされる。犯罪学では、同じような選別的選択を「選別的処罰(selective sanction)」と言い、刑事司法の恣意的運用を批判的に検討する際に用いられる。トリアージも、総理大臣とか、首長とか、会社の社長とか、社会的・経済的身分を理由に選別が行われると優生思想と区別がつかなくなってしまう。
 PCR検査のコントロールには、トリアージ的発想があり、公平の公正を徹底できるかどうかが信頼の基本である。相模原障害者施設殺傷事件の被告人が語った論理とどこが違うのか? 忖度文化のこの国では、阿吽の呼吸で語られないことが危惧される。医療崩壊の中で、自分だけはという権力者の行動には嫌気がさす。居直るのはもっとたちが悪い。
検査選別にもトリアージが始まっている。検査待ちの自宅待機で死者が出始めている。犯罪学では、選別的制裁によって「犯罪者」「非行少年」などのレッテルを貼られると、ますます社会生活に障害が生じ、新たな犯罪や非行を誘発することにつながると言う見方を「ラベリング論(labeling perspective)」と呼んでいる。

【ある医師のはなし】 発熱、咳などがあると「病院へ行ってみてもらえ」と言う人がいる。しかし、受け手の病院は、コロナの疑いがあると、医師会と厚労省の指導に従って、通常の受付をせず、特別の入り口か、正規の時間以外の指定された時間に来るように指示する。
 熱があっても睡眠が取れるならば、検査はせず、対症療法の咳止めや解熱剤を処方する。また、帰宅して、症状が治まるまで自宅療養するように伝える。もし病状が悪化し、呼吸困難や食事や水も取れない場合は、「帰国者接触者相談センター」か感染症指定医療機関に電話するよう助言する。
 いまは、「インフルエンザの検査もするな」と支持されている。やるなら、N95マスク、ゴーグル、防護服などを付けて、覚悟の上でするようにと言われている。余程の状態でなければCTもXPも撮らない。PCR検査は、開業医ではできない。そもそもPCR法では、陽性であれば感染していると判定できるが、陰性では感染してないとは言い切れず、その精度は60%程度。これが現状なので、開業医ではとても期待には応えられない。

【医療資源の確保】 この国の医療資源に余裕があれば、疑いのある患者に何度でも検査し、正しい診断を行うのがいいに決まっている。らしき患者がいたら、細かく観察しそれらに対応する処置をとっていけばいい。
 しかし、今回のコロナはパンデミックであり、すでに医療は崩壊している。少ない医療資源をどこに使うかを中心とした対策が始まっている。いまの医療のいちばんの関心は、社会全体をどのようにコントロールするのかである。
 日本は、感染症の経験が浅く、PCR検査には余裕がない。国民が自覚をもって接触を減らすことが重要で、PCR陽性者の大半は、症状なしか、軽症なので、無知な国民も、危険を察知して、外出しなくなるのではないかと期待している。

【医療の、医療による、医療のための、トリアージ】 ある国の首相の記者会見である。
(記者)医療崩壊についてお聞きします。医療に直面している国の現場では、生存する可能性がより高い患者を優先する命の選択を迫られております。日本でも起こるかもしれない問題だと思います。総理は、このことについていかがお考えでしょうか。
(首相)まず初めに、トリアージについては、これはそういう事態にならないように全力を尽くしますが、トリアージというのは医療現場にとって大変つらい事態ですよね。医療提供体制とのバランスにおいて、A、Bという患者があれば1名しか対応できない、どちらを取るかという、そういう判断なのだろうと思います。我々としてはそういう状況にならないように、重症者対策を中心に医療提供体制を強化することも大変重要だと考えております。

【わたしの死因究明】 ネットのサイトに「新型コロナ肺炎の死亡に播種性血管内凝固症候群(DIC)が関与している?」というヘッド・ラインを発見した。イタリアの著名な病理学者によれば、「重症の新型コロナ肺炎による死亡の原因は、新型コロナウイルス感染症に誘発された播種性血管内凝固症候群(DIC)によるものである」という。

この頃、新型コロナウイルスに感染していた11件の変死体(路上や自宅)の報道に、死因は肺炎以外の原因による突然死を疑っていたので、重症新型コロナ肺炎の死亡がDICによるとの情報に合点した。11件の変死体の死因は、おそらくDICによって生じた深部静脈血栓による肺塞栓の可能性が大きいと思われる。米国・ニューヨークでも自宅での死亡が3000〜4000人いると報道されていたが、その中に血栓塞栓症による死亡がかなり含まれているのではと推測する。新型コロナ肺炎の重症例は急速に悪化して死亡し、多臓器不全例も多いと聞く。DICによる血栓塞栓症が原因であれば、これらの説明も可能である。
また、DICの発生例で心筋炎の合併があると、心筋璧運動の低下も重なり心内血栓は形成されやすい。その結果、全身の各臓器に血栓塞栓を引き起こし、多臓器不全が生じることも推測できる。
(参照:「識者の目」要旨、鄭忠和、2020年4月24日付『日本医事新報社』/2020年4月25日最終閲覧)


 日本の死因究明に投じられる資源は乏しい。「死因不明国家」と揶揄されることもある。死体解剖保存法第8条1項によれば、都道府県知事は、死因究明を専門とする監察医を置くことができるとしている。しかし、現在、監察医制度があるのは、東京23区、横浜市、大阪市、名古屋市、神戸市の5都市にすぎない。
 母の家は、西東京市であった。

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(註)
刑事訴訟法229条は、変死者または変死の疑いのある死体(変死体や異状死体)については、検察官が検視を行うこととしている(1項)。また、検視は、検察事務官または司法警察員に代行させることができる(2項)。なお、検視に際しては必ず医師が立ち会い、遺体を検分しなければならない(検死規則5条)。
死体を検分することを検死または検屍という。一般に、そこには、上記の法律的観点からの検視のほか、臨床医学的観点からの医師による検案および医師・歯科医師等が死因究明のために解剖を施行して死因を特定する解剖が含まれる。
検視した医師は、死体検案書を作成・交付する(医師法19条)。解剖は、司法解剖(刑事訴訟法168条)、行政解剖(死体解剖保存法第8条)および病理解剖(同法7条)に分類される。行政解剖は、伝染病、中毒または災害により死亡した疑いのある死体その他死因の明らかでない死体について、その死因を明らかにするため監察医を置き、これに検案をさせ、または検案によつても死因の判明しない場合には解剖させることができる。ただし、変死体または変死の疑がある死体については、検視の後でなければ、検案または解剖をさせることができない。病理解剖には遺族の承諾が必要とされる(同法7条)。


石塚 伸一教授(本学法学部・犯罪学研究センター長)

石塚 伸一教授(本学法学部・犯罪学研究センター長)


石塚 伸一(いしづか しんいち)
本学法学部教授・犯罪学研究センター長・「治療法学」「法教育・法情報」ユニット長、ATA-net研究センター長
<プロフィール>
犯罪学研究センターのセンター長を務めるほか、物質依存、暴力依存からの回復を望む人がゆるやかに繋がるネットワーク”えんたく”(課題共有型円卓会議)の普及をめざすATA-net(アディクション・トランスアドヴォカシー・ネットワーク)のプロジェクト・リーダーを務める。
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