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2020.06.23

第19回「CrimRC(犯罪学研究センター)研究会」をオンライン上で開催【犯罪学研究センター】

多様な視点からアプローチする「龍谷・犯罪学」

2020年5月14日、犯罪学研究センターは、第19回「CrimRC(犯罪学研究センター)研究会」をオンライン上で開催し、25名が参加しました。
【イベント概要>>】https://www.ryukoku.ac.jp/nc/event/entry-5496.html

今回の研究会では、ディビッド・ブルースター氏(犯罪学研究センター・博士研究員)と牧野雅子氏(犯罪学研究センター・博士研究員)の2名から報告がありました。



はじめに、ディビッド・ブルースター氏から「交渉された秩序:家族と違法薬物使用のはじまり」の報告がありました。

近年、違法薬物使用者の高い再犯率が注目されています。再犯率を減らすために、一部執行猶予などの法改正にとどまらず、SMAAPP*1をはじめとして、リハビリ・治療に対する需要が高まっています。その一方で、依然として司法や教育の現場においては、ゼロ・トレランス*2の方針によって違法薬物使用者に対して厳しく、スティグマ*3を与えてしまう可能性が懸念されています。ディビッド氏は「心理学・精神医学の知見、依存症に対する治療は確かに目覚ましいが、再犯率を減らすにはこれだけではまだ不十分である」と指摘。薬物使用者個人の体験に関するインタビュー調査*4を通して違法薬物使用者と家族の関係性に着目しなぜ違法薬物を使用したのか、社会的要因を分析しています。

まずディビッド氏は、研究の理論的な枠組みとして、「交渉された秩序(negotiated orders)*5」を用い、犯罪行為に対する「トップダウン*6」「ボトムアップ*7」という2つの視点の統合化の試みを提示。そして公式の秩序(学校や職場、刑務所、病院)、非公式の秩序(家族、友人、コミュニティ)を通じて個人はアイデンティティを形成しているが、社会関係の中でつまずきを抱え、社会適応がうまく出来ないことによって逸脱行動にいたってしまうサイクルを説明しました。一度非行少年というレッテルを貼られたら、周囲の大人からはそのような人格であるとみなされ、「規制秩序の気質を示さない」として社会から孤立してしまうと表現。ディビッド氏は「社会において人はお互いにラベリングをします。それは時にポジティブであり、またネガティブなものです。若者の非行が問題になりますが、大抵は軽微で若者の成長過程においては普通のことです。重要なのは若者に対してネガティブなレッテルを貼ったまま放置しないということです。レッテルにとらわれない自由な社会を目指すことが重要だと考えている。しかし、逸脱行為の背景を分析しないと、さらなる懲罰や社会的排除を助長する可能性がある」と懸念点を挙げ、社会の秩序と適応のバランスをとることの難しさを述べました。

つづいて、日本ではどのように社会秩序が形成されているかを分析。この中で家族が果たす役割に着目しました。「自分の子どもが高学歴に目指すことができるようサポートし、家庭において親が子を甘やかすような関係」というふうに、戦後の民主化を経て家族のあり方がそれ以前の時代と現代とでは少なからず変化したものの、「日本は家庭・家族という概念・要因が一番人格に影響しており、家族を通して社会と交渉していると言える」と考察しました。また少子化問題に関連して、「LGBTは生産的でない」という言説や、女性に家庭の責任を一方的に押し付けるという保守的な日本社会の考え方についても指摘しました。ディビッド氏は「ポイントは、先に述べた現状が「理想の子ども」の概念を生み出し、そしてジェンダーや社会階級などの社会文化的な次元によって形成されるということです。また、家族のメンバーが社会の中でどのように位置づけられているかによっても形成されます。つまり、「良い家族」、「男らしさ」、「真面目な子供」などについてのより広い社会的な考えを受け入れる家庭があるということです。その結果、社会的に受け入れられている成功の基準(例えば、高学歴・学力向上)のために、子供を強く励ましたり、圧力をかけたりすることになるかもしれません。また、他の目標を重視する家庭もあるでしょう。」と述べます。
そうした結論に至った裏づけとして、自身が行ったインタビュー調査の内容から一部を紹介。そこでは元薬物使用者が多感な年頃に受けたさまざまな傷、たとえば親からの将来についての過度な期待・重圧や、周囲の環境、虐待を理由とした家出など、家族にまつわる問題が多数存在していました。

最後にディビッド氏は、「日本は、家族や親を通して社会とつながっている傾向が強いことから、家庭環境の悪化が逸脱的な行為へと駆り立てるアイデンティティを形成する原因となり、その結果として社会から孤立して排除されてしまう。薬物使用の害を防ぎ、軽減するためには、家族が抱える問題の悪化をいかに防ぎ解決するかが重要となる」と述べ、解決には親のワークライフバランスや教育制度を見直す必要があるとまとめました。そして今後の展望として「当事者だけではなく違法薬物に関する実務家を調査対象とし、2つの研究プロジェクトから得た知見を組み合わせて新しい理論を作りたい」と述べ、報告を終えました。
 

つぎに、牧野雅子氏から「電車内痴漢言説の変遷――戦後大衆誌の分析から――」の報告がありました。この報告は著書『痴漢とはなにか 被害と冤罪をめぐる社会学』(エトセトラブックス、2019)の第2部「痴漢の社会史 痴漢はどう語られてきたのか」を中心に行われました。
【参照】https://etcbooks.co.jp/book/chikan/

痴漢についての語りは、語り手のジェンダーや世代、地域によって大きく異なります。現在一般的なメディアで目にする痴漢についての認識が、かつても同様だったというわけでもありません。要因や被害者に対するセカンドレイプの問題も含め、痴漢という性暴力は、加害者個人の行動だけが問題なのではなく社会の問題、つまり、その構成員たるわたしたちの問題でもあります。牧野氏は、「性暴力の防止や被害者支援を考えていくためにも、これまでの痴漢認識を振り返り、共有することが必要だ」と主張し、その一助とすべく、本研究は行われました。*8
分析には電車内痴漢に言及した戦後の新聞・雑誌記事を扱っています。雑誌記事索引や新聞のデータベースを用いて、痴漢に関連するワードで記事の検索を行い、そこから電車内痴漢に言及したものを抽出し、関連記事や書籍を加えて分析対象としました。

電車内痴漢は、戦前からあり、電車内のいたずらといった表記で記録が残っています。当時から、痴漢行為は女性たちにとって深刻な性被害でした。戦後、働く女性の増加に伴い、電車の中での痴漢は、女性にとって日常生活上の切実な問題となっていきます。女性誌では、痴漢撃退法や体験談を共有する特集がしばしば組まれるようになった一方で、男性誌では、痴漢の多い路線情報、痴漢加害者による体験談、痴漢テクニックの紹介等、さながら痴漢のススメとでも言うべき記事が多く掲載されています。痴漢被害体験記は、女性は痴漢を喜んでいるのだと解釈されてポルノのように読まれ、作家や漫画家による痴漢を肯定する論考も頻繁に掲載されました。そこでは、女性は痴漢の共犯者であるとか、痴漢被害に遭うことは女性として評価されたと思うべき、痴漢行為は女性に対するサービスである等と、女性の被害性を否定し男性に都合のよい解釈がなされていました。加えて、男性はみな痴漢であるかのような言い方も、当然のように男性によってされていました。

1980年代になると、男性誌の痴漢記事の内容はエスカレートし、痴漢テクニックを学べるAVの紹介や、具体的な痴漢の仕方や狙いの定め方、捕まった場合のいいわけ等、常習者の痴漢技を教える記事が多く書かれ、気鋭のクリエイターによる痴漢特集も組まれるほどでした。女性記者やタレントが、実際に電車に乗って痴漢被害を体験してレポートする企画も多く見られます。女性タレントに被害体験を語らせる企画も人気でした。女性にとって、自らの性被害を告白することは、当時も不利益を被ることでしたが、痴漢の被害であれば許容されるのは、痴漢が性被害と見なされていなかったということを意味しています。

1990年代に入ると、メディアにおける痴漢の扱いはより過激になり、痴漢ブームとでも言うべき様相を呈します。男性誌には痴漢を扱った記事が非常に多く掲載され、痴漢体験記、痴漢マニュアル、痴漢常習者による手記が刊行された他、痴漢専門誌までもが創刊されました。この頃は、有名人が痴漢加害体験を公言することは、不名誉なことではなく、タレントやミュージシャン、作家たちが、痴漢加害経験を誇らしくノスタルジックに語っています。濡れ衣を晴らそうとする人を揶揄して笑いものにするような風潮も見受けられ、今でいう痴漢えん罪は、男性にとっての笑いの対象であったことが窺えます。女性たちは、この痴漢ブームに手をこまねいていたわけではなく、問題図書の発売に抗議したり、警察や交通機関へ対策の申し入れ*9や被害調査等を行いました。警察の痴漢取締りに力が入れられていくのも、この頃のことです。

2000年、痴漢事件で無罪判決が相次ぎ、痴漢えん罪が社会問題となると、それまで男性誌で圧倒的なボリュームを誇っていた痴漢を扱った記事(沿線情報、被害者の写真付きで紹介される被害体験記、常習者の手口の紹介等)は、ほぼ姿を消します。被害者の保護や女性運動によってではなく、男性が「痴漢えん罪被害」に遭うことへの怖れから、痴漢ブームが終焉。代わりに、痴漢えん罪問題についての記事が多く掲載されるようになりました。かつての痴漢記事として表出していたものは、痴漢えん罪を託ったミソジニー言説と変化していきました。

戦後大衆誌の痴漢に関する記事の分析のまとめとして、牧野氏は、「言説生産者であるメディアやそれを無批判に受容してきた読者層の問題を問うことなく、施策についての議論はできない」と述べ、報告を終えました。

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【補注】
*1 SMAAPP(Serigaya Methamphetamine Relapse Prevention Program):
せりがや覚せい剤依存再発防止プログラム(SMARPP)とは、神奈川県立精神医療センターのせりがや病院にて松本俊彦医師が中心となって開発された、精神刺激薬である覚醒剤への薬物依存症を主な対象とし、認知行動療法の志向をもつ外来の治療プログラムのこと。8週間全21回という短期集中セッションの形式で開始されたが、現在は週1回24週のプログラムとして実施されている。

*2 ゼロ・トレランス
割れ窓理論に依拠し、軽微な犯罪・非行に対して厳格に対応する処置。
割れ窓理論(Broken Windows Theory)は、地域の状況から犯罪や予防を考察する環境犯罪学の立場からアメリカで提唱された。落書きなど小さな秩序違反を放置すると、住民の地域に対する愛着が薄れ、人心が荒廃して犯罪が増加するというサイクルをフィールド実験等で実証した。この理論に基づく日本における近年の取り組みとして注目されているものに、東京足立区の『ビューティフル・ウィンドウズ運動』がある。
詳細:https://www.city.adachi.tokyo.jp/kikikanri/ku/koho/b-windows.html (足立区HP)

*3 スティグマ
他者や社会集団によって個人に押し付けられた負の表象・烙印。

*4 本調査は、下記の研究助成によるものです。
松下幸之助記念志財団(2018年度研究助成:助成番号18-G48)
研究題目「Illegal Drug Abuse Control in Japan」
http://matsushita-konosuke-zaidan.or.jp/works/research/promotion_research_02_2018.html

*5 交渉された秩序(negotiated orders):
社会学のアプローチのひとつ。本報告では、McAra and McVie(2012)を参考に社会における様々な要因(公式・非公式の秩序)によって個人のアイデンティティ・人格が形成される過程に着目し、既存の犯罪学理論の統合を試みている。

*6 トップダウン(top-down)型
ミシェル・フーコー(Michel Foucault)の統治性概念をベースに統制や体制、権力構造という側面から犯罪行為について考える立場。

*7 ボトムアップ(bottom-up)型
犯罪社会学における社会相互作用の側面から犯罪行為について考える立場。アメリカの社会学者であるハワード・ベッカー(Howard S. Becker)やD. マッツァ(David Matza)、アーヴィング・ゴッフマン(Erving Goffman)の提唱した理論を念頭においている。

*8 本研究は、JSPS科研費JP16K02033の助成を受けたものです。

*9 地下鉄御堂筋事件
1988年に大阪市営地下鉄御堂筋線の車内で痴漢を目撃し、それを咎めた女性が、痴漢をしていた男二人から因縁をつけられうえ拉致され、性暴力被害にあった事件。この事件を機に「性暴力を許さない女の会」が発足。同団体は、性暴力被害をなくすため、車内広告やアナウンスなどのPR、見回りの強化など、警察や交通各社に対し対策強化を申し入れた。
参考:第1回公開研究会「性暴力・セクシュアルハラスメントを考えるために――性暴力の顕在化・概念化・犯罪化」を開催【犯罪学研究センター】
https://www.ryukoku.ac.jp/nc/news/entry-2304.html