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2020.11.27

【犯罪学研究センター/科学鑑定ユニット対談】SBS冤罪被害者インタビュー

揺さぶられっこ症候群問題に巻き込まれた冤罪被害者の声

犯罪学研究センター 科学鑑定ユニットでは、揺さぶられっこ症候群(SBS)*1理論に関する科学的信頼性の検証を中心に研究を行っており、2018年・2019年には国際シンポジウムを開催しました。今回は、SBS理論をもとに我が子への虐待を疑われた菅家さんご夫妻に、本学法学部の学生2人がインタビュー。事故から親子分離や警察捜査のあり方、その時々の思いについて、学生の視点からお話を伺いました。


鉄矢 愛雛(Tetsuya Mahina)| 本学法学部2回生・古川原ゼミ所属

鉄矢 愛雛(Tetsuya Mahina)| 本学法学部2回生・古川原ゼミ所属


丸毛 稔貴(本学法学部2回生)| 本学法学部2回生・古川原ゼミ所属

丸毛 稔貴(本学法学部2回生)| 本学法学部2回生・古川原ゼミ所属


古川原 明子(Kogawara Akiko)

本学法学部准教授、犯罪学研究センター「科学鑑定」ユニット
生命と刑法の関わりを研究。現在は「揺さぶられっこ症候群」理論が司法に及ぼしてきた影響を検証中。


古川原 明子(Kogawara Akiko)

古川原 明子(Kogawara Akiko)

■菅家さん夫妻に起きたこと
大阪府に住む菅家さん夫妻は、2017年1月に待望の第一子を授かりました。お子さんの転倒事故が起きたのは同年8月23日のことです。つかまり立ちを始めたばかりだったお子さんが自宅で転倒。頭から仰向けの状態で倒れ、意識を失って救急搬送されました。搬送先の病院で急性硬膜下血腫と診断され緊急手術が必要な状態だった為、対応可能な病院へ転送されました。後日、お子さんの意識は回復したものの、病院からの通告で児童相談所が介入し「虐待による負傷の可能性がゼロではない」という見解から、2017年11月8日に退院と同時にお子さんは一時保護されました。乳児院のお子さんと思うように面会もできないまま時間が過ぎるなか、警察による捜査も行われ、2018年9月に菅家さんの妻が傷害容疑で逮捕。約3ヵ月後には嫌疑不十分で不起訴となりましたが、お子さんが夫妻の元に帰ってきたのは2019年3月末のことでした。
※以下、夫=菅家さん(夫)・妻=菅家さん(妻)と表記します。
また今回の対談は、新型コロナ感染予防のためオンラインで実施しました。

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はじめに

鉄矢・丸毛:
冤罪被害は思い出すのもおつらい経験だったのではと思います。そんななか、今回はインタビューに応じてくださってありがとうございます。

菅家さん(妻):
多くの人にSBS冤罪事件を知っていただきたくて、お話ししようと思いました。特に柔軟な考えを持つ学生さんたちに私たちの経験をお伝えすることは、SBSをとりまく状況が見直されつつある今こそ大切なのではないかと考えています。よろしくお願いいたします。

菅家さん(夫):
私たちも自分が冤罪の当事者になるとは思ってもみませんでした。誰にでも起こりうる、意外なほど身近なこととして心に留めてもらえれば幸いです。よろしくお願いいたします。


写真右・菅家さん(夫)/写真左・菅家さん(妻)※画像加工を施しています

写真右・菅家さん(夫)/写真左・菅家さん(妻)※画像加工を施しています


子どもの転倒事故発生から救急搬送後、親子分離が起きるまで

丸毛:
まず事故が起きた当日ですが、お子さんが転送先の病院で、医師から「児童相談所へ通告する」と話があったのですよね。それは保護者に同意を求めるための説明だったのでしょうか?

菅家さん(妻):
いえ、医師からは「こういう家庭内の事故は児童相談所に通告することになっている」と告知されました。その時は息子が心配で、ただ治療を早くしてほしいという思いから深く考える余裕もなかったのですが、実際にはそういった決まりはなく、すでにSBS理論をもとに虐待を疑われていたようです。
後日、児童相談所から聞き取りや現場(自宅)の調査が行われ、10月には警察の家宅捜索と任意の事情聴取も受けました。そして11月、児童相談所からの呼び出しに応じたところ、「事故の可能性が高いが、虐待の可能性がゼロではない。そのため子どもさんを施設に一時保護した」と突然告げられたのです。

菅家さん(夫):
やましいことが全くなかったので、虐待を疑われるとは思いもよらなかったです。病院から連れ去られるまで、事故だということは調べてもらえばわかることだと信じていたので、聞き取りや現場調査も積極的に協力していました。

菅家さん(妻):
毎日病院へ会いに行っていたのに、児童相談所に呼び出されている間に勝手に連れ去られてしまって言葉にならないほどつらかったです。それから、施設に入った息子とは思うように面会できない日々が始まりました。

鉄矢:
事前に告知もなく、突然子どもと引き離すという一時保護の方法は、お話を聞いている身からしてもとてもショッキングです……。
では「揺さぶりによる虐待の可能性があれば、児童相談所に通告する」という通報義務の妥当性については、どのように思われますか?

菅家さん(夫):
虐待から子どもを守るという観点で必要なことだと理解はしています。ただ、SBS理論が親子分離の判断材料になったことは理解できません。後から学びましたが、実は科学的な合理性がないのに、医療現場ではそのことが浸透していないのですよね。誤った診断に基づいて虐待と決め付けられ、つらい思いをしている家族がいることにもっと意識を向けてほしいです。


警察による捜査、そして逮捕と取り調べ


丸毛:
次に奥さんが逮捕されてしまった件についてお伺いしたいです。お二人が「警察から疑われている」と感じたのはいつ頃でしたか?

菅家さん(夫):
2017年10月、警察から最初の家宅捜索と事情聴取があった時に初めて自分たちの置かれている状況に危機感を覚え、翌日すぐに弁護士に相談しました。相談した弁護士さんが偶然にも「SBS検証プロジェクト」のメンバーだった点は、不幸中の幸いでした。

丸毛:
その後、2018年5月に再び任意の事情聴取、7月に検察庁での聞き取りがあって、9月に傷害容疑で逮捕された……と当時の新聞記事や以前のインタビュー(2019年に龍谷大学犯罪学研究センター・岐阜県弁護士会・中部弁護士連合会・日本弁護士連合会が主催した岐阜SBS/AHTシンポジウム『揺さぶられっこ症候群(SBS)~わかっていること、わかっていないこと~』の際のもの)で拝見しました。警察の捜査はどのような雰囲気だったのでしょうか。

菅家さん(妻):
5月に事情聴取を受けたのは、私たち夫婦2人と私の両親、計4人です。私にはまるで取り調べのような対応でした。その時にきっと逮捕されてしまうと予感し、泣きながら両親に「私に何があっても息子をお願いします」と伝えたことを覚えています。

鉄矢:
身に覚えがないことで逮捕され、不安になりませんでしたか?

菅家さん(妻):
逮捕されてしまえば送検される日が来ます。私にとって逮捕はそれまでの先が見えない状況から「一時保護された息子が帰ってくる」というゴールに向けて動き出すこととイコールでもありました。あらかじめ弁護士さんからそういった助言をもらっていたこともあって、希望を胸に、泣きながら踏ん張りました。

菅家さん(夫):
弁護士さんを通して知った「SBS/AHT被害を考える家族の会」で、当事者の方々から取り調べのひどさを聞き、心づもりができていたこともあると思います。

鉄矢:
「泣きながら」「取り調べのひどさ」という言葉が出ましたが、取り調べ中はどんなことを言われましたか?

菅家さん(妻):
当然ですが客観的な証拠がないので、自白に持ち込もうとしていることがありありと伝わってきました。私がずっと黙秘していたら、こちらの反応を伺いながらナイーブな部分を執拗に攻撃してきたのがつらかったです。「周りの人はオマエのことを嘘つきだと言っている」「オマエのせいで子どもは一生障害者だ」など、精神的に孤立させようとする言葉をたくさん投げかけられました。日常の暮らしの中ならすぐに跳ね返せるような言葉でも、非日常な空間に急にさらされて、行動を見張られ体を調べられ、移動の際には手錠をはめられる……人間性をはぎ取られるような感覚のなか、気を強く持とうとしても難しかったです。目を合わせると言葉に反応してしまうと思い、ずっと床を見つめていました。取り調べと言いつつ公正さに欠けていた、そう思います。

丸毛:
客観的な証拠もないのに虐待があったという前提でそういった取り調べがあったということに、疑問を感じざるを得ません。警察には、少しでも「違うかも」と思っている様子はありませんでしたか?

菅家さん(妻):
全くありませんでした。

鉄矢:
そういった取り調べの実態って表に出ていないですよね。私はこれまで刑法を学ぶなかで、捜査中にひどい取り調べがあると聞いても、警察が間違えるケースはごくわずかだろうというイメージでした。

菅家さん(妻):
私もそれまでは警察という存在を信じていました。むしろ「警察の捜査が私たちの潔白を立証してくれるはず」と思い、捜査には積極的に協力していたのです。

古川原:
取り調べの実情が広く知られていないのは、報道のあり方にも問題があるのかもしれません。

菅家さん(妻):
本当にそうだと思います。逮捕されて自宅マンションから出る際、警察から住民だけが使うような裏口に誘導されました。そこには多くの報道陣が待機していて、警察署の入り口も同様でした。警察側が報道陣に知らせていた以外にあり得ない状況です。そしてまだ被疑者だというのに、いっせいにカメラが向けられ、罪をおかしたかのように報道されたのです。


取り調べのつらい日々を支えた存在と、SBS冤罪事件に思うこと


丸毛:
私は小さい頃から刑事ドラマが好きで、警察をかっこいいと思っていました。ですが菅家さん達のお話を聞いて、憤りと怒りを覚えます。取り調べ期間中、心の支えになったものは何でしたか?


菅家さん(妻):
弁護士さんが接見の際に差し入れてくださった息子の写真です。それに弁護士接見の時間が救いでした。とても親身になってくださったし、子どもや家族の様子、家族会の方々からのメッセージを伝えてくださったことで、ひとりではないと思えました。
私は支えがあったので頑張れましたが、弁護士が接見に来てくれない人は心が折れるかもしれません。

古川原:
SBSの疑いをかけられると、個人で立ち向かうのは難しいですよね。その点についてはいかがですか?

菅家さん(妻):
私の場合は、当時同じ時期に「SBS検証プロジェクト」が発足したことと、頼りになる弁護士さんが弁護を引き受けてくださったことが幸運でした。もしSBS検証プロジェクトが発足していなかったら、子どもとはまだ一緒に暮らせていないかもしれない。SBS仮説に基づく冤罪に対して個人で戦っていくことの難しさを痛感します。

菅家さん(夫):
SBS検証プロジェクトの活動があったからこそ、厚生労働省の虐待防止対策推進室による乳幼児の頭部外傷事案に関する調査研究が始まりました。当事者になってしまった身として、今後注目していきたいと思います。

鉄矢:
親子が離ればなれになってからまた一緒に暮らせるまで、1年4ヶ月(505日)もかかっているのですよね。

菅家さん(妻):
はい、とても長かったです。子どもが帰ってきてからは、毎日いっしょに過ごせることが本当に幸せです。諦めずに戦って良かったし、支えてくださった皆さんに感謝しています。


冤罪被害に遭った立場から、大学生世代に伝えたいこととは?


古川原:
先ほど報道に関する話題が出ましたが、刑法を学ぶ法学部の学生でも、逮捕された人物は犯人だと思い込んだり、報道は公正な視点によるものだと無意識に信じ込んでいたりします。ご自身の体験から大学生世代に望むことは何でしょうか?


菅家さん(夫):
特に刑事事件では、市民が目にする報道の情報の多くが、警察側の発表によるものであることが多いと思います。でも物事には対になる当事者がいて、別の視点から見ると印象やストーリーは変わるかもしれない。たとえば私たちの事件の場合、妻は取り調べの最初に「黙秘します」と言ったのですが、報道では「何も言いたくありません」とされました。ニュアンスの違いひとつで、人が抱く印象は変わりますよね。片方の意見だけでなく、両者の話を聞き、自分なりの考えを持っていただければと思います。


古川原:
SBSを疑われた方々は、SBS仮説のみならず、日本の刑事司法制度の犠牲者でもあります。今日この場では言い尽くせないほどの理不尽な苦しみに遭われた後に、その体験を学生の学びのために共有して下さったお二人には、心からお礼申し上げます。冤罪の原因としての見込み捜査や、取調べ過程での人権侵害について、学生に伝えていくことの重要性と責任を改めて感じています。

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インタビューを終えての感想


丸毛 稔貴(本学法学部2回生)| 本学法学部2回生・古川原ゼミ所属

丸毛 稔貴(本学法学部2回生)| 本学法学部2回生・古川原ゼミ所属

実際に冤罪被害を受けた方の話を聞き、尊厳を侮辱する言動や執拗に自白を取ろうとする聴取が行なわれていることを知りました。また、SBSは虐待が原因で起こるという現在の定説や医療機関の児童相談所への通報義務などを見直し、これ以上冤罪被害者が出ないようにしていかなければならないと思いました。英昭さんがおっしゃるように、これまで物事を一面的に見ていたことに気付けたことも大きいです。今後これらの問題に関してさらに学習し、理解を深めたいと思います。貴重な経験をさせていただきありがとうございました。


鉄矢 愛雛(Tetsuya Mahina)| 本学法学部2回生・古川原ゼミ所属

鉄矢 愛雛(Tetsuya Mahina)| 本学法学部2回生・古川原ゼミ所属

今回インタビューをさせていただいて、当事者の方から保護・捜査の実体などについて生の声を聴くことができ、それぞれのあるべき姿と現状が異なっていることが分かりました。取材前に想像していた回答と全く違う内容も多くあって、当事者のお話を実際に伺うことはとても大切なのだなと実感しました。そして、一連の騒動の中での苦しみや一番つらかった時の支え、周囲の助けなど当事者の方にしかわからない話は、もっと多くの人に共有されるべきで、その中には私たちに決して無関係とは言えない問題があることを知った面でも、本当に貴重なお話を聞けた良い機会でした。ありがとうございました。

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犯罪学研究センター「科学鑑定」ユニットでは、今後も揺さぶられっこ症候群の理論に関する科学的信頼性の検証を進めていくとともに、引き続き当WebサイトでSBS問題に取り組むメディア、医師、またSBS仮説の被害者へのインタビューを掲載する予定です。


【補注】
*1 揺さぶられっこ症候群(SBS)

「揺さぶられっこ症候群(SBS)」とはShaken Baby Syndromeの略で、1970年代に英米で提唱。硬膜下血腫・網膜出血・脳浮腫の三徴候は、激しく子どもを揺さぶることで生じるという仮説。日本においても、児童相談所における虐待判断、警察の捜査や裁判で多く採用されるが、近年、海外ではこの仮説を疑問視する裁判例が相次いでいる。最近では「虐待による頭部外傷(AHT, Abusive Head Trauma)」という包括的な名称も用いられる。