Need Help?

News

ニュース

2020.12.18

龍谷経営人(びと)酒井 睦渡(さかいちかと)さん

 経営学部で輝いている学生を紹介する龍谷経営人(びと)、今回は大学在学中に中国語を学び始め、検定で最上位資格を取得した酒井 睦渡さん(4年生)をご紹介いたします。

中国語検定の最上位資格を取得
 酒井さんは2020年の夏に中国語検定(HSK)を受験され、最上位の資格である6級を取得されました。「中国語検定の中でも、HSKは中国政府教育部(日本の文部科学省に相当)直属の機関である「孔子学院总部/国家汉办」が主催し、中国政府が認定する資格です。(主催団体は、中国政府教育部 孔子学院总部/国家汉办)」※HSKホームページより引用。とあるように、公的に中国語の運営能力を認められたのが酒井さんなのです。なぜそこまで中国語に魅せられたのか、酒井さんをインタービューしました。

水泳に明け暮れた小中高時代
 インタビューをするのに事務室まで出向いてもらったのですが、初見の印象はかなり体格のよさが目を引きます。それもそのはずで、酒井さんは幼稚園の頃から水泳をはじめられたそうです。小学校三年生からは本格的に競技水泳をはじめ、種目はバタフライ100~200mを専門に競技をされ、中学時代は全国中学体育大会への出場、高校時代はスポーツの名門高校に進学し、インターハイへの出場を果たします。中高時代は水泳に明け暮れる日々で、水泳のこと以外考えられなかったそうです。
 その実績であれば大学もスポーツ推薦で入学できたのでは?と尋ねると「確かに推薦してくれる大学はありましたけど、水泳はインターハイで満足している自分がいました。大学生活をスポーツに費やすのは何か違うかなと思いました。」


写真はイメージです


競技生活から受験生活へ
 インターハイに集中し、そして、スポーツ推薦も断ったこともあり、11月からは一転し、受験勉強モードへ。一般入試に向け猛勉強されたそうですが、水泳の過酷な練習に比べたら勉強もそこまで負担でなかったとのことです。アスリートならではの発想ですね。一人暮らしがしたかったこともあり、龍谷大学一本に絞っての受験勉強だったそうです。

大学で出会った中国語
 さて、何かと多忙な中高と過ごした酒井さんですが、中国語と出会ったのは龍谷大学での初修外国語※の授業だったそうです。選択したきっかけが、京都にたくさんの中国人旅行客がいたことや、漢字が親しみやすかったという理由で選択したのだとか。中国語は酒井さんの性格にあっていたのか、勉強が楽しかったそうです。そもそも高校時代から英語は少し自信があったとのことで、語学を学ぶ素質があったのかもしれませんね。

※龍谷大学では英語以外の語学を学生が自由に選択し、学修することができます。それらを初修外国語と呼んでいます。

海外研修プログラムへの参加
 そんな中国語を学んでいたころ2年生の夏休みに「海外中国語研修講座」の存在を知り、履修することに。3週間のプログラムでしたが、中国・上海での生活は文化の違いにただ驚いてばかりの日々だったそうです。「現地でのキャッシュレス決裁が普通であり、3週間では現地口座の開設等が間に合わず恩恵を受けることができませんでした。そのため、今度は長期留学してキャッシュレスを体験したいと思いました。」そんな理由なの?と思いましたが、たかがキャッシュレスされどキャッシュレス。酒井さんの留学の熱意が高まった瞬間であったそうです。


酒井さん

国際関係コースからの留学
 経営学部では2年生後期になると、コース選択ができますが、酒井さんは国際関係コースを選択されます。そのゼミで出会った熱心な指導教員の影響もあり、交換留学を目指すことになります。「交換留学は現地の学費や寮費といった費用面で優遇されるので、一人暮らしの自分が留学を目指すのなら、交換留学しかないと思っていました。ある意味親孝行とも考えていました。」しかしながら、交換留学は成績や志望理由、熱意が伴っていないと、易々に行けません。「国際関係コースに入ってからは、勉強をよくしました。大学のカリキュラムで頑張っている実感がありました。」その甲斐あり、中国北京市にある中国人民大学への留学内定が得られました。

いざ、中国への留学
 2019年2月に中国へ渡航します。中国人民大学は北京にある大学であり、街の印象を尋ねると「北京は京都と東京を混ぜたような街です。近代の都市といった印象は上海や深センですね。大阪と東京のミックスと言えば分るでしょうか。」と酒井さんは語ります。「大学では日本で言うところの文学部に所属しましたが、他にも社会科学系の分野にも分野は及んでいて、各地の留学生と共に学んでいました。」
 大学は全寮制で2人1部屋とのこと、相部屋は水泳部での合宿で慣れていて違和感はなかったそうです。「前期は日本人、後期はインドネシア人がパートナーでした。中国語を学びに来たので、日本人であろうとインドネシア人であろうと中国語でコミュニケーションをとるように心がけていました。」と振り返られます。やはり現地での中国語は龍谷大学だけでは得難いものもあり、随分と勉強になったそうで、そのように好奇心を持って取り組む酒井さんは、人民大学での成績もよかったそうです。



現地で知った市民感覚、価値観
 留学に当たり現地の情勢は気になるもので、日本からの中国へのイメージは全てが良いものとは限らないので、現地での日本の印象について尋ねると、「中国人の市民レベルでは政治と個人は区別ができているようで、日本のアニメや、芸能人の話などもよく会話に登場しました。また、意外だったのが、中国では個々の存在を大事にしてくれて、イメージしていた一括りで扱われるようなことはありませんでした。そのため何も警戒することはありませんでしたよ。」とのことでした。そして、1回目の渡航で実現できなかったキャッシュレス生活も実現でき、留学生活は楽しいものだったそうです。留学期間はあっという間に過ぎて2020年1月に帰国されました。


中国人民大学

帰国後の資格取得
 帰国し、ますます中国語に魅せられた酒井さん、検定の本格的な受験を開始されます。「検定は2年生後期から3級をうけはじめたました。実は留学中にも試験を受けていて、2回目で5級、そして帰国して8月に受けた3回目の試験で6級を取得しました。」留学での学びが酒井さんの資格取得を順調にさせたことを感じさせます。その後も、HSKKという中国語のスピ―キングの試験も最上位資格である「高級」に合格されたそうです。

大学院進学を目指すことに
 約3年で中国語をマスターしたといっても過言ではない酒井さんは、益々に中国語そして、中国を知りたいという探求心を持たれたようです。「1年間の留学で中国をどこまで知れたのか?と自問すれば日常会話が上達するくらいだったと思います。もっと中国語を活用したいし、もっと学問を深めたい。という思いを持つようになりした。」そのため、今は中国の大学での大学院進学を目指して勉強されているそうです。

最後にメッセージを「留学中の行動一つひとつが成長の分岐である」
 龍谷大学の後輩にメッセージをお願いしました。「人民大学にきている日本人は自分以外にもたくさんいました。大学と寮の往復だけで何もしない人も多かったように思います。授業が終わって寮に戻り寝ているだけ、カフェで勉強している人もいました。それは日本人だけではなかったですね。留学生がどう動くは人によって違います。自分は現地の方とたくさん会うよう心がけていました。またそのための目標設定もしていました。」また、留学していなくても、と続けて「何も急ぐ必要はないけど、大学生活をもったいない使い方をしていると感じたら、今しかできないことを考えて欲しい。そして、思いついた時に行動してほしい。」と頂きました。
 大学での中国語の出会いが、酒井さんもこのようなご縁に繋がるとは思っていなかったでしょう。しかしそれは本人の気持ちの強さ、そして行動に移す努力が導いた結果にも見えました。今後の酒井さんの活躍を期待せずにはいられません。

                                   以上