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2020.10.12

GARC Webinar Series No.3 開催  「コロナ禍の最前線に立つフィリピン人看護師の現状と課題」開催 【グローバル・アフェアーズ研究センター】

第3回ウェビナー報告

龍谷大学グローバルアフェアーズ研究センター 第3回ウェブセミナー
「コロナ禍の最前線に立つフィリピン 人看護師の現状と課題」
 日時:2020年10月2日(金) 15:00 – 17:00(日本時間)

報告者:
Jean Encinas-Franco (フィリピン大学ディリマン校)
Daisy Monica Poliquit (看護師、フィリピン大学付属公立病院)
Kate Cauilan (EPA看護師、滋賀県)

討論者:
Maruja M. B. Asis (スカラブリニ移民研究センター)
安里和晃(京都大学)
Jocelyn Celero(フィリピン大学ディリマン校)

コーディネーター:
Ma. Reinaruth D. Carlos (龍谷大学)

 GARC Webinar シリーズ「コロナ禍と移民」の第3回として、10月2日に「コロナ禍の最前線に立つフィリピン人看護師の現状と課題」をテーマとしたウェビナーを開催した。今回のウェビナーでは、世界に多くの看護師を送り出すフィリピンに注目し、コロナ禍でのフィリピン人看護師の現状と課題についての報告と議論を行った。フィリピン人看護師について深い知見を持つ研究者と、実際に日本とフィリピンの現場で働く看護師2名からの報告に続き、両国のフィリピン人看護師が直面している問題と課題を巡って、3名の研究者が議論に加わった。

 最初にフィリピン大学ディリマン校のJane Encinas-Franco氏が、フィリピン人看護師を「ヒーロー」と扱うことへの批判的考察と、コロナ禍への現政権の対応とその問題について報告した。まずフィリピン人の労働移動、特に看護師の移動の背景について触れ、彼・彼女らを国の「ヒーロー」や「先駆者」と語る言説が、労働者の送金に期待する政府の経済優先の姿勢や、実際に労働者たちが経験する諸問題を見えにくくしていると述べた。海外へ渡る看護師たちに関しては、政府はフィリピン人看護師が「英語が堪能」で、「老人を敬い」、「ケア精神を持っている」と海外に売り込み、受け入れ国は安い労働力として彼女らを雇用してきた。しかし現実には看護師たちは劣悪な労働環境、長時間労働、能力以下の業務、そして差別と言った様々な困難に直面する。コロナ禍では個人防護具の不足もそこに加わって、彼女たちの負担は相当のものになっているという。コロナ禍の拡大に対してドゥテルテ政権は、海外からの帰国支援やコロナで犠牲になった者の家族への支援金、ローカルな看護師の(薄給での)雇用拡大、海外への労働移動の禁止を打ち出した。しかしながらそうした政府の対応は現場の医療従事者の声を反映したものとなっていないために、医療従事者の組合などは、健康関連予算の増加や医療従事者の安全確保、海外渡航制限の見直しを求める抗議活動を行なっているとのことであった。

 次にフィリピン大学附属公立病院で看護師として働くDaisy Monica Poliquit氏は、まず同国におけるコロナ対策の拠点となっているフィリピン大学附属公立病院がどのように感染拡大に対応をしたのかについて紹介した。 同病院では3月中旬には迅速な対応のために勤務体制を見直して3つのチームを編成し、3月末には新規の患者受け入れを停止してコロナ感染対策の拠点となった。更に感染者数や予防についての情報の共有、換気設備や病棟のゾーン化などの施設の環境整備、医療従事者のトレーニングや心理的サポートの提供などを整備し、感染患者に対しては家族とのテレビ電話、励ましのメッセージカード、更には牧師による訪問などを提供したという。人員不足や感染の恐怖、マスクや手袋などの不足や急な政策の変更、文書の電子化、コミュニケーションの制限と孤立感など様々な困難があるとも述べたが、Poliquit氏は厳しい状況の中すこしでも明るく振舞おうとする医療従事者たちの写真も紹介し、こうした状況でこそ他者の安全を願い、自身をケアし、小さな達成を喜び、祈り、家族や友人と会話するなどで、人々とのつながりを感じて前向きな気持ちを保つことが重要だと強調した。

 そして滋賀県で初めてのEPA看護師となったKate Cauilan氏は、看護師として日本で働くに至った経緯を紹介した後、勤務先におけるコロナ禍の影響について報告した。Cauilan氏によると、コロナ禍の初期は日本が医療面でも先進国であり、大きな心配はしていなかったが、勤務先でもコロナ感染予防のためのチームが編成され、マスクの常時着用や面会制限、陰圧室の導入やこまめな手指衛生など、仕事でも様々な新しい対応が導入された。こうした対応は3月に勤務先で初めてコロナ感染者を受け入れた時に更に強化され、職員間の私語の禁止や、不足しているマスクやエプロンを(時にはトイレットペーパーで)自作すること必要となったことなどが、医療従事者にとってかなりのストレスとなったという。特に給与が変わらない中で仕事量が増えたことや、同僚たちとコミュニケーションを取れないことなどがCauilan氏にとってストレスだった。しかしながら、メディアが医療従事者を「ヒーロー」と呼ぶのを聞き、自身の仕事を誇らしく思えたという。そしてこの仕事によって自分が病気になったり命を落とすかもしれないが、自分がこの仕事への情熱を失うことはないと言い、最後に笑顔の大切さを強調して報告を終えた。

 続いて3名のディスカッサントのうち、まずスカラブリニ移民研究センターのMaruja M.B. Asis氏がコメントを行った。Asis氏はフィリピンからの看護師を含めた労働移動において、政府の役割以外にも重要なアクターがいたと指摘する。国内だけでは受け入れきれないほど多くの看護師を輩出した看護学校などの教育機関、そして国外への移動の流れを支えた雇用斡旋業者も、フィリピンが労働移民の供給国となる要因となった。加えて、Encinas-Franco氏の報告にもあったように、看護師たち自身も抗議活動などを通じて政策のあり方に影響を与えたと述べた。またAsis氏は、北米に移住したフィリピン人の間でも子供が看護師になることが多い事例を挙げ、フィリピン人の間で看護師が人気の専門職であることに何か文化的な要因があるのかどうかという問いも示した。さらに、海外へと移動する看護師とともに、国内に残る選択をする看護師たちがなぜそうすることを選ぶのかについての研究も求められると指摘した。最後に、コロナ禍は看護師たちの置かれた状況を見つめ直すきっかけ、賃金だけではなく、より広い意味でフィリピン社会が看護師たちにとって魅力ある社会に変わるきっかけとなっているとも述べた。

 次に京都大学の安里和晃氏はEncinas-Franco氏の報告に呼応して、在外フィリピン人を英雄化する視線を問題視した。安里氏によると、国外移動が労働者の持つ技能の軽視や地位の下降につながることも多く、また、送金依存によって国内産業は停滞することにもなる。海外からの送金が家族愛のシンボルと見なされることが、移民(特に非正規労働者)には強い心理的負荷となり、その陰で不透明な斡旋手数料や頻発する雇用契約違反が見過ごされているという。次に安里氏はデータを用いて、コロナ禍は日本で不安定な雇用状態にある移民労働者や、学生・家族ビザで移動してきた者たちに特に深刻な影響を与えているとも述べた。例えば京都においては、ホテル、飲食業、エンターテイメント業に従事する移民労働者の収入が大きく減り、中でも、コロナ禍以前から男性よりも給与の低い女性において減少幅は大きかった。つまり、コロナ禍によってもともと弱い立場にあった者たちが、さらに脆弱な状況に陥っていると指摘した。

 フィリピン大学ディリマン校のJocelyn Celero氏は、エンターテイナーとして日本に来て永住者となったフィリピン人女性たちが、その後に看護師・介護士になる事例を紹介し、日本において70〜80年代にはネガティブなイメージで見られたフィリピン人女性のイメージが、フィリピン人看護師・介護士の増加によって肯定的に変化しつつあると述べた。それはさらに多くのフィリピン人看護士・介護士の来日を後押ししているともいう。そうした永住フィリピン女性たちが看護師・介護士になる動機は多面的で、経済的な動機に限らず社会文化的な要因もある。Franco氏の言うように国家が看護師を専門職として奨励する中で、フィリピンでは経済的な事情でそうした道に進めなかった女性たちが、いま日本で機会を得て、看護師・介護士になるケースもあるという。過去にエンターテイナーとして夜に働いた女性たちが、今では夜勤の看護師・介護士となっている。その他に医療機関で通訳として働く女性者もおり、日本の医療従事者と外国人住民との仲介役になっている。何よりそうした職業的な転換は、「真っ当な仕事」をしているという彼女たちの自己肯定感につながっており、また日本社会の彼女たちに対する視線にも影響を与えているとCelero氏は述べた。

 特にコロナ禍において、看護師・介護士はessential workerの中でも最もessentialだと考える。しかし、今回の3名の方々のご発表、そして3名のコメントから彼・彼女らが置かれている劣悪な状況、抱えている課題が明確になり、しかも、そうした問題は日本以外の受け入れ国や送り出し国でも同様に起きているということもわかった。現在の混乱の中で私たちや政府がその解決のためにできることは限られているが、まずは彼・彼女らの安全を保証し、金銭面だけではなく精神面でも安心して患者や高齢者に接することができるような環境と制度づくりが重要だと思われる。