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2021.05.25

第25回法科学研究会を開催【犯罪学研究センター】

報告タイトル「PCAST (President’s Council of Advisors on Science and Technology) レポート勉強会」

2021年5月20日18:00より龍谷大学犯罪学研究センター 「科学鑑定」ユニットは「第25回法科学研究会」オンライン上で開催しました。古川原 明子准教授(本学法学部・犯罪学研究センター「科学鑑定」ユニット長)や石塚 伸一教授(本学法学部・犯罪学研究センター長)をはじめ,実務家,研究者ら15名が参加しました。
【イベント情報】:https://www.ryukoku.ac.jp/nc/event/entry-8355.html


報告タイトル「PCASTレポート勉強会」

報告タイトル「PCASTレポート勉強会」


今回の講師は平岡義博氏(龍谷大学犯罪学研究センター 嘱託研究員)で,「PCASTレポート勉強会」というテーマでの報告でした。

PCASTレポートとはPresident’s Council of Advisors on Science and Technologyという米国の大統領直轄の委員会が刑事裁判における科学鑑定について大統領に出した報告書です。PCASTは22名の委員,9名の作業部会,14名の上級顧問,協力専門家77名の117名から構成されています。PCASTレポートは10章から構成されています。今回は5章「形態比較法の科学的有効性の評価基準」を取り上げました。

科学鑑定は刑事裁判において信頼性が高いものだと評価されることが多いのですが,鑑定の中にはその信頼性に疑問をもつような鑑定もあります。PCASTレポートでは科学鑑定の基本的有効性を担保するには,他に一致するものはないか,間違う割合(エラー率)も鑑定において報告するように求めています。また適用の有効性担保については,鑑定者に対して捜査員等からもたらされるバイアスの有無を報告すること,鑑定者に検定試験を実施して公表することを求めます。さらにPCASTレポートでは,法科学者のコミュニティだけに任せておくのではなく,科学者と法律家が協働することを提案しています。

当時,米国では科学鑑定の誤りによる無罪えん罪事件が増加していました。また犯罪捜査研究所の不祥事も発覚し,2009年全米科学アカデミー(NAS)が「米国における法科学の強化に向けて」という提言を行いました。その後,全米法科学委員会,国立標準技術局等が指針やガイドラインを策定し,改善の方向性がつくられました。PCASTはNASが提言した「法科学における正確性・信頼性・有効性についての研究奨励」という項目を受け,法科学強化のための調査に至りました。
PCASTレポートでは,科学鑑定の信頼性要件の整合化のため,科学鑑定における基本的有用性を,連邦証拠規則702の(c)「証言が信頼できる原理と方法によって得られたものであること」,適用の有効性を,連邦証拠規則702の(d)「専門家がその原理と方法を事件の事実に確実に適用したこと」と定義づけました。この信頼性要件をもとに,鑑定の中身を精査して裁判官が採用の可否を判断することを求めました。

ここで法科学の形態比較鑑定について確認します。形態比較鑑定とは,問題資料と対照資料に類似する形態・印象(人為的に圧着し残存した形態)・特徴の存在に基づき比較する鑑定のことです。形態比較鑑定には,DNA型,毛髪,歯痕,銃器・弾丸,工具痕・線条痕,筆跡,指紋,足痕跡・タイヤ痕があります。形態比較鑑定は犯罪事件で一般的に用いられており,その有効性に関心が高く,さらに同じ科学領域の「計測学」に属するものであることから,PCASTでは有効性評価について検討しました。

基本的有効性の評価基準として,Daubert基準があります。Daubert基準では専門家証言の容認の基準として科学的信頼性担保のための5つの要件を設けました。裁判官はGate Keeperとして証言の基調にある根拠と方法が科学的に有効かどうかを判断しなければならない,としました。

適用の有効性としては,上記の連邦証拠規則702(d)で定義した通りで,さらにその評価のために,エラー率の報告,偶然一致率・関連性・適用範囲の報告を求めました。

基本的有効性確認調査のための基準にはエラー率の推定とブラックボックス調査があります。エラー率の推定の基準はエラー率の算定と,実際の事件に関する母集団から選ぶ調査資料が十分な大きさであることです。ブラックボックス調査は盲検法であることやバイアス防止,検証可能性・透明性の確保が必要になります。

適用の有効性確認調査のための基準には,科学鑑定の確実な適用と,エラー率の有効性があります。科学鑑定の確実な適用には,鑑定者は鑑定法が確実に適用できたことを証明しなければならず,実際にそのように適用されていなければならない,という基準があります。エラー率の有効性には,観察された特徴が偶然に起こる確率についての主張は科学的に有効でなければならないという基準があります。

一方、形態比較鑑定の根拠についてみると,異同識別は「十分な一致点がある」という鑑定者の判断が,なぜそのように判断できるかは,「経験と訓練により当たる」ということに基づくわけで、これは一致するという判断結果と判断の根拠が循環論に陥っているといえます。また判断基準についても,固有特徴と特徴点が基準になっていますが,なぜ固有なのか科学的に証明されておらず,根拠なしに固有という前提に基づくという純粋帰納的推論に陥っています。

エラー率の推定には,ブラックボックス研究,検定試験,標本統計,百分率推定が必要です。ブラックボックス研究では鑑定者がどれほど誤判断(偽陽性)するか最適な実証的試験を考案します。具体的には被検査者に告げずにダミー資料で検査させて鑑定させる検定試験を実施し,その結果を管理者が標本統計を用いて百分率推定を行います。これらの手順によって,エラー率を推定します。

上記の基準に基づいてPCASTではDNA型,歯痕,指紋,線条痕,足痕跡,毛髪の鑑定について有効性評価を行いました(画像の通り)。


平岡研究員の報告スライドより

平岡研究員の報告スライドより


以上のようにPCASTは,法科学の真実を明らかにし,司法と科学の判断基準を関連づけました。また形態比較鑑定の有効性を評価するために「評価基準策定→方法の明示→評価」という方法を提案し,連邦機関などへ改善策を提言しました。こうした提言が常識的な一般の科学者の視点から行われたことは特筆すべきことだと思います。