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2021.06.04

ツボカビに狙い撃ちされる植物プランクトン -集中的多重感染- 先端理工学部 三木健教授らの論文が“Aquatic Microbial Ecology”に掲載【研究部・先端理工学部】

~植物プランクトンへのツボカビ寄生における集中的感染パターンの解明~

 先端理工学部 三木健教授らの国際研究グループが数理モデリング・揮発性有機化合物測定を統合した分析手法を開発しました。有害藻類制御や生態系評価分野への波及が期待されます。

【本件のポイント】

 湖の植物プランクトンに広く見られるツボカビの寄生について、プランクトンの集団の中にツボカビ寄生の集中する個体が存在することを発見しました。さらにこの集中的感染パターンが生じる機構を明らかにするための分析手法を開発しました。今回の結果は、淡水生態系においてツボカビ感染症が介在する物質循環の評価精度の向上や、有害植物プランクトンの発生制御、さらには有用微細藻類の感染症流行防止対策への応用が期待できます。

【研究チーム】

龍谷大学 先端理工学部/三木健 教授

近畿大学 農学部/米谷衣代 講師

横浜国立大学 環境情報研究院/鏡味麻衣子 教授

ライプニッツ淡水生態学・内水面水産研究所(IGB,ドイツ)/Hans-Peter Grossart教授・Silke Van den Wyngaert博士

【概要】

 ツボカビ(ツボカビ門に分類される真菌類)は自然界、主に淡水の生態系に広く分布し、種によりプランクトンや花粉などの有機物に寄生し、生命をつないでいます。15年ほど前には両生類に寄生するカエルツボカビ感染症として注目されましたが、近年はツボカビの自然界における生態学的役割の解明とその応用に関心が集まっています。

 本研究では、植物プランクトン(以下、プランクトン)に寄生するタイプのツボカビを扱いました。ツボカビはプランクトンに寄生すると、その細胞質を吸い取って成長し、水中を泳ぐ胞子である遊走子を放出してまた新たな宿主を求めます。そのため寄生されたプランクトンは死に至ります。このように致死的な寄生を引き起こすツボカビは、プランクトンの増減を決める要因であると同時に、湖におけるエネルギーの流れを担う重要な菌類です。ツボカビに寄生されたプランクトンは死に至る前に同じ種類のツボカビに何度も繰り返し寄生されること、つまり「多重感染」することが広く知られていました(図1)。しかし、多重感染の程度や機構に注目した研究はいままでありませんでした。


図1.植物プランクトンのイタケイソウの仲間(Ulnaria sp.)に寄生したツボカビ(Rhizophydiales sp.)が成熟し、胞子嚢(のう)になったところ。細胞の左端付近に二つの大きな胞子嚢が見られ、細胞の右側にも小さな胞子嚢が少なくとも4つ見られます。これらの胞子嚢の数から少なくとも6回の寄生が生じたことが分かります。周りに見える粒々は水中を泳ぐツボカビの遊走子(胞子)。

(写真提供:横浜国立大学・瀬戸健介博士)

 今回、寄生実験において観測された多重感染の数は、プランクトンとツボカビの接触がランダムに繰り返されたときに想定される数(図2の破線)よりも大きく、一部のプランクトン個体に寄生が集中していることが明らかになりました(図2)。多重感染度の高い個体は新たな寄生を引き起こす力が他の個体よりも大きいと予想され、感染症拡大の新たな起点になる可能性があります。このような特別な個体の存在は人間や動物における様々な感染症でよく知られた現象ですが、植物プランクトンを起点とする湖の食物連鎖では初めての発見です。

 この集中的な感染パターンをより良く理解するために、「一度寄生した個体はさらに寄生しやすくなる」という新しいメカニズムを取り入れた数理モデルを構築したところ、寄生実験における多重感染数を定量的に再現できることがわかりました(図2の青線)。さらに、プランクトンから放出される香り物質(揮発性有機化合物、VOC)の成分比には、〔ツボカビ寄生の有無〕や〔プランクトンの種〕によって違いがあるため、その差がプランクトンとツボカビの〔接触しやすさ〕や〔寄生しやすさ〕に影響を与えている可能性も示唆されました。そうであるならば、寄生されたプランクトンが放出する特有の香り物質により、ツボカビが引き寄せられることで多重感染するとも考えられるのです。


図2.イタケイソウにおける多重感染数の分布.植物プランクトンとツボカビの接触がランダムに繰り返されたとしても多重感染は起きますが、ランダムな接触から想定されうる場合(図の破線の曲線)よりも、数多くの多重感染(黒丸が実際に観測された細胞数)が観測されました。この観測パターンは、今回開発した数理モデルによって得られた新たな分布関数(青線)でよく説明できることが分かりました。

 多重感染の発生機構についての今後の更なる研究により、湖における物質循環の評価精度の向上や、ツボカビによる植物プランクトンへの致死効果の応用が期待できます。たとえば、アオコの原因となる藍藻類、貝毒を産生する渦鞭毛藻類などといった有害・有毒植物プランクトンに寄生するツボカビが発見されており、その抑制に有効かもしれません。また、バイオ燃料やサプリメントなどの応用分野において注目を集める有用微細藻類の大量培養におけるツボカビ感染症流行防止対策などの重要な知見になりえます。

■発表論文について

英文タイトル:Non-random patterns of chytrid infections on phytoplankton host cells: mathematical and chemical ecology approaches

和 訳:数理生態学・化学生態学アプローチを用いた、植物プランクトン宿主細胞へのツボカビ感染の集中感染パターンの発見と分析

掲載誌:Aquatic Microbial Ecology  (https://doi.org/10.3354/ame01966

U  R  L :https://www.int-res.com/abstracts/ame/v87/

(オープンアクセスCC-BY 4.0 International)

著 者:米谷衣代、三木健、Silke Van den Wyngaert、 Hans-Peter Grossart、鏡味麻衣子

■内容について

<研究の背景>

 ツボカビは淡水の生態系でよくみられる菌類です。水中を泳ぐことができる、カビやキノコの中で最も祖先的な仲間です。多くの種類が知られており、両生類に寄生する種類はカエルツボカビとして有名です。今回の研究は、水域生態系での物質の流れ(物質循環)をつくる重要な役割が明らかになりつつある、植物プランクトンに寄生するツボカビを対象としたものです。

 ツボカビは、寄生した植物プランクトン個体(細胞)を死に至らしめることによってプランクトンの数の増減、ひいては水質に多大な影響を及ぼします。また、ツボカビには不飽和脂肪酸(DHAなど)やコレステロールが豊富に含まれ、ミジンコなど動物プランクトンの餌となります。ミジンコ がツボカビを食べることが、物質循環や感染症抑制にも重要な役割を果たすことが明らかになりつつあります。

 ツボカビが、植物プランクトン由来の栄養分を間接的にミジンコに運ぶ、このような栄養の連鎖はマイコループ(Mycoloop)と命名されました(図3.鏡味ら 2007年)。マイコループを通じた物質の流れは富栄養な湖ほど重要で、動物プランクトンの成長の最大50%を支える重要なパスウェイであることが明らかになりました(三木、鏡味ら 2011年)。

 ミジンコやワムシがツボカビを食べることで、カエルツボカビ症など感染症を抑制することも明らかになり(鏡味ら 2004年)、世界的にも注目されています。しかし、これまでの生態学研究の主流アプローチでは、寄生率等の集団全体の平均的な特徴に情報を集約してしまうため、植物プランクトンとツボカビの個体間で生じる現象や個体差は考慮に入れられていません。したがって、ツボカビ感染症の詳しい特徴に基づく精度の高い予測を進めることが難しい状況でした。

 

<研究の結果>

 この状況を打破し、感染症動態の予測性を高めるためには、宿主(ここでは植物プランクトン細胞)への病原菌(ツボカビ遊走子)の接触によって始まる感染過程を詳細に観測することが有効です。しかし、自然環境中において、そのような細胞レベルのミクロな観測を数日間にわたって連続で行うことは不可能です。実験室内での小規模実験においてすら簡単ではありません。そこで、今回は、自然環境中でも十分観測可能な、細胞ごとの感染回数、すなわち「多重感染数」を定量化することにしました。そして、それら実験の結果から統計解析と数理モデリングを組み合わせて、感染の仕組みを推定する方法の開発を目指しました。 

 まず、植物プランクトン(宿主)とツボカビ(病原菌)のペアを3種類(イタケイソウ、オビケイソウ、スタウラスツルムの3種の宿主とそれぞれの宿主に特異的に寄生するツボカビ種)用意し、それぞれのペアで10日ほど培養しました。それぞれのペアについて、植物プランクトンの細胞当たりのツボカビ感染数の数をカウントしました(図1参照)。感染が0回の細胞数、感染が1回の細胞数、2回の細胞数、というように順々に集計していくと図2のようなグラフを作ることができます。これが多重感染数の「頻度分布」です。観測の結果得られた頻度分布に対して統計解析を行ったところ、イタケイソウ、オビケイソウでは、多重感染数の分布は、ケイソウ細胞とツボカビの偶然の接触だけでは説明できず、一部のケイソウ細胞には、偶然では説明できないくらい多数のツボカビが集中して感染していることが分かりました(イタケイソウの例は図1、2の通り)。 

 複数のツボカビが集中的に一部のケイソウ細胞に感染するのは、ツボカビにとっては1胞子の得られる栄養が少なくなるため不利に見えます。この逆説を説明できる仕組みとして、「一度感染されるとさらに感染されやすくなる」という可能性を探りました。この仕組みによって感染数が移り変わっていく過程を数理モデル(図4)として記述したところ、よく知られたポワソン分布を拡張した、「指数重み付きポワソン分布(exponentially-weighted Poisson distribution)」の新しい数式が得られました。また、この数式に基づく予測(図2の青線)は実験により得られた多重感染数の分布結果をよく説明できることが分かりました。これらの結果から、ツボカビ感染症において、「感染が次の感染を促進する可能性」が示唆されたと言えます。

 もしも感染が次の感染を促すならば、ツボカビ(遊走子)は、水中を泳いでいる間、手当たり次第ランダムにプランクトンに接触するのではなく、すでに感染が起きているプランクトンを選んで接触している可能性があります。プランクトンの放出する香り物質(揮発性有機化合物、VOC)の配合がツボカビの感染によって変わっていれば、それを目印(シグナル)にしてツボカビはプランクトン細胞を区別しているのかもしれません。このように考えたのは、植物が感染症や昆虫によってダメージを受けたときに香りが変わるという現象が陸上ではよく知られているからです。そこで植物プランクトンを培養した水からVOCを収集する方法を新たに開発し、VOCの配合をツボカビ感染有無やプランクトンの種類で比較しました。その結果、感染の有無による違いは明瞭ではありませんでした。ただし、感染に特徴的なVOC成分を5種類(limonene, octyl ether, phytane, 未同定物質, beta-ionone)特定することに成功しました(図4)。また、プランクトン種類によってVOC成分に明確な違いがありました。今回、VOC成分と多重感染数の分布との間に明瞭な関係は見えませんでしたが、揮発性の匂い物質が水の中でもプランクトン同士のシグナルとして機能している可能性を示した重要な結果と言えます。

 

<研究の意義と今後の展開>

 今回の研究で作った数理モデルは、プランクトンとツボカビの多重感染過程に注目したものですが、この多重感染過程に加えてプランクトンとツボカビの数の増減、さらには動物プランクトンとツボカビとの相互作用を組み込んだ数理モデルを開発することによって、ツボカビ感染症の流行の可否やその拡大速度の推定がより正確にできるようになると期待できます。そのようなモデルがあれば、湖沼や海洋においてツボカビが炭素など物質循環に寄与する推定精度の向上が望めます。また、アオコを形成する藍藻に感染するツボカビに対してモデルを適用すれば、アオコの抑制方法を探ることにも貢献できます。さらには、多重感染パターンを定期的にモニタリングすることで、バイオ燃料用微細藻類の屋外での大量培養施設におけるツボカビ感染症の流行を初期に発見して拡大防止を図ることにも使えるかもしれません。

 龍谷大学三木研究室では、このような応用につなげるため、高精度の顕微鏡撮影システムを使って感染過程の進行をモニターする実験(関淳一朗さん・石川三四郎さん)や琵琶湖における多重感染パターンの季節変動に関する研究(尾﨑大哉さん)を進めています。

文章作成協力:森上需 氏

 

<謝辞>

本研究は、2019年度龍谷大学理工学学術研究助成基金、科研費基盤研究(B)「疫学パラメータの個体間差異が感染症拡大と生態系全体へ及ぼす影響の解明(19H03309)」、科研費基盤研究(B)(25281012)及び国際共同研究加速基金(国際共同研究強化)「湖沼および海洋におけるツボカビの多様性と機能評価:検出方法の開発と物質流の定量化(15KK0026)」、アレクサンダー・フォン・フンボルト財団研究奨学金、ドイツ研究振興協会助成金(WY175/1-1)を受けて行われました。

 

<参考図>


図3.マイコループの概念図.


図4.数理モデルの概念図.この数理モデルでは、各プランクトン細胞の状態は、ツボカビへの感染回数nで特徴づけられる(たとえば、n回感染したプランクトンの数をHnとしている)。図中の数式は、n回感染した状態からさらに感染して感染数がn+1となる速度と、(n+1)感染した状態から一つの感染の進行が失敗してn回感染状態に回復速度を表している。数式中のパラメータのa1, a2, r1,r2のいずれかがゼロでないとき、新規感染や回復がすでに感染している数に依存するという、プランクトンとツボカビのランダムな接触以外の効果を表すことができる。


図5.ツボカビ感染を特徴づけるVOCの例.

■画像について

 図に使用した写真等のデータがあります。使用の際は以下からダウンロードください。

https://www.ryukoku.ac.jp/_test/datak/2021miki/

ユーザー名:ryukoku パスワード:d7NqhvV5

■問い合わせ先

龍谷大学先端理工学部環境生態工学課程 教授 三木 健(みき たけし)

TEL 077-544-7111  メール tksmiki@rins.ryukoku.ac.jp

URL https://sites.google.com/view/quantitative-ecology-lab/home/