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2021.06.11

Zoomで行う2021年度第1回 龍谷大学法情報研究会を開催【犯罪学研究センター】

「新しい生活様式(オンライン化)」から考える司法と教育へのユビキタス・アクセス

2021年5月14日、犯罪学研究センター「2021年度第1回龍谷大学法情報研究会 公開研究会」をオンラインで開催し、約40名が参加しました。

法情報研究会は、犯罪学研究センターの「法教育・法情報ユニット」メンバーが開催しているもので、法情報の研究(法令・判例・文献等の情報データベースの開発・評価)と、法学教育における法情報の活用と教育効果に関する研究を行なっています。

今回は「民事訴訟記録とIT化、教育現場と研究者のための著作権」をテーマに、川嶋四郎教授(同志社大学・法学部)と上野達弘教授(早稲田大学大学院・法務研究科)を講師にお迎えしました。
【>>EVENT概要】https://www.ryukoku.ac.jp/nc/event/entry-8236.html
【>>関連記事】「司法のIT化」をテーマに法情報公開研究会を開催【犯罪学研究センター】


川嶋四郎教授(同志社大学・法学部)

川嶋四郎教授(同志社大学・法学部)


報告1:「民事訴訟のICT化と民事訴訟記録-『民事訴訟法(IT化関係)等の改正に関する中間試案』を契機として」*1

IT(Infomation Technology)からICT(Information and Communication Technology) へ
川嶋教授は、はじめに「法務省・最高裁等では『民事訴訟のIT化』という言葉が使われている。私としては『利用者目線の改革』実現のためには、民事訴訟のIT化に留まらずICT 化を進めるべきだと考える。ICT化によって裁判にかかる費用・時間・労力の削減が期待できる反面、利用者間の格差や疎外の問題があり、そして事件管理システムが監視を助長するものにならないよう配慮が必要だ。」と報告の趣旨を述べました。今回のテーマである「訴訟記録」*2 はICT化によってどのように変わるのでしょうか。中間試案(>>PDF Link)には、第1総論で、「訴訟記録の全面的な電子化*3 」が、また同試論第12*4 では「訴訟記録の閲覧等」について今後の課題・意見もあわせて記述されています。川嶋教授は、民事訴訟のICT化の基礎的な課題として、「小さな司法を維持したままで、弁護士や司法書士に書面等の電子化作業を下請けさせる可能性」、「民事司法のICT化により利用者の手続コストが増大するおそれ」、「市民に身近な簡易裁判所や家庭裁判所のICT化先送り」*5 、「事件管理システムの不透明性」、「システム管理を理由とした職権主義の強化に対する懸念」、「さまざまな格差拡大への懸念(利用者間、地域間、裁判所間、弁護士・司法書士などの実務家間)」、「濫用防止策を含む手続利用の制限(アクセス制限、訴訟上の救助利用制限、補助参加のチェック強化等)」をあげながら、中間試案に示された方向性を研究会参加者とともに確認。
川嶋教授は、「民事訴訟のICT化の問題は、本質的には技術問題ではなく憲法問題である。裁判を受ける権利(憲法32条)の実効化(「ユビキタス・アクセス」の保障)という観点からすると今回の中間試案の内容は不十分ではないか。戦後改正(1948年民事訴訟法)により、戦前は当事者のみに記録閲覧の請求権を与えていたものが、憲法82条(裁判の公開)の精神の徹底、民主主義精神の普及を理由に、当事者以外にも訴訟記録閲覧の申請が認められるようになった。そのような歴史的経緯を踏まえると、『民事訴訟の成果物(先例)は公共財である』ことをより意識し、プライバシーや営業秘密の保護に配慮しつつも、ICT化を通じた全件公開を可能にしなければならない。」と指摘します。
最後に「ICT化が推進されるなかで、新しい制度として、いわばファースト・トラック(迅速審理手続)のプロジェクトも企画されているが、優先審理は、他の訴訟手続運営とのバランス上疑問がある。司法のICT化の動向は、実のところ民事訴訟法の全面改正に匹敵するものであり、訴訟記録の存在意義も改めて問われるべきだ。訴訟記録は、当事者・裁判所・第三者(市民)それぞれに、有意義な価値を持つ。判決原本の保存を超え、事件に関する記録をまるごと保存する必要性もあろうし、濫用防止だけでなく利用促進に向けた提言がもっとあって良いと考える。ユビキタス・アクセスを念頭に、手続プロセスをしっかり整えることで、ICT化ゆえにむしろ温か(平等・公平)な手続が実現されることを期待する。」と述べ報告を終えました。

その後、研究会参加者を交え、一般の人が裁判の記録を閲覧するためにはどのような形で利用できるのが望ましいのか、「ユビキタス・アクセス」について諸外国の事例*6 を交えながら意見交換がなされました。川嶋教授は「ユビキタス・アクセスの本来の意義から考えると、裁判プロセスについても、誰でもいつでもどこからでもアクセスできることが理想だ。今回の中間試案では、事件表の開示や個々の事件が今どのような段階にあるのかという情報を開示することは考えられていないようだが非常に大きな問題だ。ICT化を活用することで、市民がいつでもどこでも裁判を傍聴でき、事件の内容を追えるようになることが望ましい。その実現によって、裁判の公開が担保され、裁判の公平性、透明性を監視することにつながる。他に懸念していることとして事件記録の閲覧も制限の方向性に傾きつつあることだ。同じような事案を探そうとしても任意の用語で検索することは認められないようである。それではICT化の意味がないのではないか。」と論じました。


上野 達弘教授(早稲田大学 大学院法務研究科)

上野 達弘教授(早稲田大学 大学院法務研究科)


報告2:「教育現場と研究者のための著作権」

コロナ禍のなかで「新しい生活様式」*7 が求められ、大学教育は大きく変容しようとしています。2020年度から多くの大学においてオンライン授業が導入されました。教育現場における著作権の取扱にはどのような課題があるのでしょうか。『教育現場と研究者のための著作権ガイド(有斐閣、2021年)』を上梓された上野達弘教授にお話を聞きしました。
上野教授はまず「著作権のあるものは何か」、「著作権は誰が持つのか」の順に概論について説明し、2020年4月28日に施行された*8 改正著作権法35条(学校その他の教育機関における複製等)を中心に教育現場における著作権と研究における盗用の問題をとりあげました。
今回の改正によって、「学校の先生が教材として新聞記事等をコピーして配布する(複製)」ことに加え、新たにメールやネット配信を含む「公衆送信」が、一定の範囲で認められることになりました。これによってコロナ禍の中で、教育機関はオンライン授業(オンデマンド、リアルタイム)で対応することが可能になります。


著作権法35条の要件について説明をする上野教授

著作権法35条の要件について説明をする上野教授


上野教授は「35条に定められている要件の解釈はまだ不明確なところが多い。理由は著作権法違反の訴訟が提起されていないからで判例がまだない。関係者で運用指針*9 を定めて対応している。運用指針は去年の12月に更新され、SARTRAS(サートラス)*10 という団体のHPに掲載されている。」と状況を報告。つづいて35条の要件と効果について参加者とともに確認しました。上野教授は「同条文の要件1には、明記されていないが授業配信を補助する事務職員も含まれると解されている。要件3、4については、小中高校などは体育会、特別活動、学校行事なども含まれうるが、大学の学祭はこれに含まれないため、許諾申請をする必要がある。大学の公開講座は、外部から市民を招き自らの授業として行われているが、規模や聴講料などの関係で、「授業」にあたるかの判断が難しく今後の課題だ。授業のために必要であっても、著作物の種類・用途・利用態様によっては認められない。例えば、小学校の授業で算数ドリル等をコピーし生徒に配ることは著作権法違反にあたる。なぜなら、教育教材で販売されているドリルのようなものは、生徒が購入することが前提となっているからだ。」と想定される事例ごとに説明します。効果のひとつ「公衆送信の伝達」は、例えば授業でYou Tubeの動画を見せるということが可能になったことを示します。ただし、公衆送信については、権利者の保護のため、2021年度より大学など学校教育機関の設置者が補償金を支払う制度が運用*11 されることになります。

35条以外の著作物の利用に関する規定について
上野教授は35条以外での著作物利用について「著作権者の権利制限が大きすぎるのではないかという懸念もあるが、営利を目的とせず、料金をとらない場面を想定した『非営利上映等(著作権法38条1項)』は、今回の改正以降も認められる。しかし公衆送信は対象外であることに注意を要する。教育機関における授業でもなく、対面のライブでもない、今回のオンライン上の研究会での報告などでの著作物の利用は、『引用(著作権法32条1項)』の適用に期待するしかない。ただし32条の条文はあいまいな規定であるため、公正な慣行、正当な範囲内をめぐって議論がある。要件として重視されているのは、引用著作物と被引用著作物とが明瞭に区別して認識されること(明瞭区別性)、引用側著作物が主、被引用側著作物が従と主従関係がはっきりしていることである。授業における著作物の利用も32条を前提としながら、その範囲を超えるものについては35条ないし38条の適用の問題となる」と説明しながら事例を交え参加者と確認しました*12。そのほか、研究活動における著作物の利用についても話題が提供されました。上野教授は「著作権において保護される著作物とは『創作的に表現』されたもので、『思想』それ自体は対象外である」という、報告の冒頭での説明を振り返りながら、著作権侵害が争われた事例を説明していきます。最後に上野教授は「著作権侵害にあたらなくても研究不正における「盗用」の問題がある。文科省のガイドライン*13 においては、『他の研究者のアイディア、分析・分析方法、データ、研究結果、論文または用語を、当該研究者の了解もしくは適切な表示なく流用すること』は盗用にあたるとしている。法の規定だけでなくこのような研究倫理という側面にも注意を払う必要がある」と述べ報告を終えました。

報告後、参加者から上野教授に対し具体的な個々の事例についての質問がよせられました。例えば、図書館でのDVDの上映会について、上野教授は「DVDは一定の目的を限定するライセンス付きのものがある。図書館で購入するものについても、著作権法だけでいうと適法であるが、35条と同じように補償金が必要であると思う。著作権だけではなく契約上の問題となる。」と回答。その他、著作権を侵害していると思われるYouTubeの動画を授業に利用する可否について上野教授は「著作権法上違法にあたらないが、使用しないようガイドラインを別途設けている大学もある」回答するなど、予定時刻いっぱいまで意見交換がなされ、本研究会は盛況のうち終了しました。

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【脚注】
*1参考資料
川嶋四郎『ロイヤー・テクノロジー −開示・可視化・充実迅速化』法律時報76巻3号54頁(2004年)
川嶋四郎「『e-サポート裁判所』システムの創造的構築のための基礎理論」法学セミナー653号36頁(2009年)
川嶋四郎「『民事裁判のICT化』と臨床法学教育-『憲法価値』の真の実現を目指して」法曹養成と臨床教育13号100頁(2021年)
川嶋四郎「誰一人取り残さない『民事訴訟のICT化』に向けた総論的な緊急課題」判例時報2480号(2021年)
「民事訴訟法(IT化関係)等の改正に関する中間試案」(令和3年2月19日)の取りまとめ(法務省)
http://www.moj.go.jp/shingi1/minji07_00178.html
裁判手続等のIT化検討会(首相官邸・政策会議)
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/saiban/index.html

*2「訴訟記録」:訴訟事件の記録であって、一定の事件に関して裁判所および当事者にとって共通の資料として利用される受訴裁判所に保管された書面の総体。いかなる書面が訴訟記録を構成するのか、規定はない。
訴訟記録の効用として、①証明文書としての性格、②裁判の公正保障の脇役としての訴訟記録、③忘備録としての訴訟記録などがあげられる。現行民事訴訟法には、第91条(訴訟記録の閲覧)、第92条(秘密保護のための閲覧等の制限)に規定がある。
[参考]西村宏一「訴訟記録」『民事訴訟講座[第2巻]』493頁、495頁(有斐閣、1954年)

*3 玉串料訴訟の記録「廃棄済み」→「あった」地裁が一転(朝日新聞2021/04/03日記事)
https://www.asahi.com/articles/ASP427HTGP42PTLC00Y.html
「訴訟記録の全面的な電子化が実現された場合、このようなケースも無くなるだろうし、また訴訟記録の電子化は従来の規程よりも長期間保存することを容易化する側面もあるし、永年保存も考えるべき」と川嶋教授は指摘します。

*4 中間試論に示されていた訴訟記録の閲覧等に関わる記載は以下の項目である
1.裁判所に設置された端末による訴訟記録の閲覧等
2.裁判所外の端末による訴訟記録の閲覧及び複製
3.インターネットを用いてする訴訟記録の閲覧等の請求
4.閲覧等の制限の決定に伴う当事者の義務

*5家族間問題に「ウェブ調停」導入へ…東京など4家裁で試行(読売新聞2021/05/14記事)
https://www.yomiuri.co.jp/national/20210513-OYT1T50308/

*6 PACER(Public Access to Court Electronic Records)
PACERシステムは、米国で、1988年に合衆国司法会議(Judicial Conference of the United States)によって設立。PACERによって現在では、連邦裁判所に提出された10億以上の文書(裁判官や当事者が提出したほぼすべての文書)に、誰でもインターネット上でアクセスできるようになっている。
https://pacer.uscourts.gov/

[参考]
川嶋四郎「『司法へのユビキタス・アクセス』の一潮流―シンガポール裁判所の21世紀」『民事手続における法と実践〔栂善夫先生・遠藤賢治先生古稀祝賀〕』21頁(成文堂、  2014年)
笠原毅彦「民事裁判の IT 化」『権利実効化のための法政策と司法改革〔小島武司先生古稀記念論文集<続>〕』 961頁(2009年)
杉本純子『シンガポール・アメリカにおける裁判手続等のIT化』裁判手続等のIT化検討会
(第2回) 配布資料5「杉本委員提出資料(アメリカ・シンガポール)」2017年12月1日
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/saiban/dai2/siryou5.pdf
ゴーン元会長逃亡事件 “極秘”捜査資料がネットに?(NHK、2021年3月5日)
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210305/k10012898711000.html

*7新しい生活様式
新型コロナウイルス感染症対策専門家会議の提言を受け、厚生労働省が示した行動指針。長期間にわたって感染拡大を防ぐことを目的に、日常生活における飛沫感染や接触感染をできるだけ避けるための対策。
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000121431_newlifestyle.html

*8 著作権法の一部を改正する法律(平成30年法律第30号)について(文化庁)
https://www.bunka.go.jp/seisaku/chosakuken/hokaisei/h30_hokaisei/
著作権法の一部を改正する法律(平成30年法律第30号)は、2018年5月18日に成立。同年5月25日に公布し、一部の条文を除き2019年1月1日に施行された。その際に除外された「教育の情報化に対応した権利制限規定等の整備(第35条等関係)」の施行は「公布の日から起算して3年を超えない範囲内において政令で定める日」とされていたものの、新型コロナの流行のため、2020年4月28日に施行されることとなった。

*9 著作物の教育利用に関する関係者フォーラム『改正著作権法第35条運用指針(令和3(2021)年度版)』(2020年12月)
https://sartras.or.jp/wp-content/uploads/unyoshishin_20201221.pdf

*10 「一般社団法人授業目的公衆送信補償金等管理協会」の英語表記略称(SARTRAS:Society for the Administration of Remuneration for Public Transmission for School Lessons)。同協会は、「著作者、実演家、レコード製作者、放送事業者及び有線放送事業者の権利を有する者のために、授業目的公衆送信補償金を受ける権利又は複製権等の許諾権を行使し権利者に分配することによって、教育分野の著作物等の利用の円滑化を図るとともに、あわせて著作権及び著作隣接権の保護に関する事業等を実施し、もって文化の普及発展に寄与する」ことを目的に掲げる。
参照(SARTRASのHP):https://sartras.or.jp/ 


*11 授業目的公衆送信補償金制度:
2018年5月の法改正で創設された制度。ICTを活用した教育での著作物利用の円滑化を図るため、授業に必要な公衆送信については改正著作権法35条により認められる。法改正にあたり、著作権者等の正当な利益の保護とのバランスを図る観点から、利用にあたっては制度を利用する教育機関の設置者が、補償金を支払うこととなった。2020年度については特例として無料で利用可能とし、2021年度以降より運用される。
(参考)
・日比謙一郎『教育のDXを加速する著作権制度~授業目的公衆送信補償金制度について~』(文化庁著作権課)
https://www.mext.go.jp/content/20210215_mxt_sigakugy_1420538_00003_10.pdf
・授業目的公衆送信補償金規程(SARTRAS)
https://sartras.or.jp/wp-content/uploads/hoshokinkitei.pdf

*12 出版業界における引用の要件は著作権法上よりも細かく規定されていると、上野教授は以下のように紹介。
7要件説:公表、明瞭区分性、主従関係、必然性(必要性)、必要最小限度、改変禁止、出所の明示
参考:日本書籍出版協会 『新版 出版契約ハンドブック』(日本書籍出版協会、2017年)

*13 「研究活動における不正行為への対応等に関するガイドライン」(文部科学省)
https://www.mext.go.jp/a_menu/jinzai/fusei/index.htm