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2021.06.24

匂いを介した植物間コミュニケーションは微生物との共生関係を変える

【本件のポイント】

  • ダイズは他の植物が食害されたときに放出する匂いを感知して、防御物質として機能するサポニンの濃度を高める。
  • サポニン濃度を高めたダイズでは、根粒の数が少ない。
  • 他の植物から匂いを介して伝達された食害情報は、植物の代謝の変化によって地上部から地下部へと伝わり、植物と微生物の共生関係に影響することが示唆された。

【本件の概要】

植物は、他の植物が動物から食害などのダメージを受けた際に放出する匂いを受容し、予め防御を発動することで将来の食害を防ぐことができます。このような現象は、匂いを介した植物間コミュニケーションと呼ばれ、様々な植物種間で生じていることが報告されてきました。弘前大学農学生命科学部の高橋祐太君(当時学部4年生)と山尾僚助教、龍谷大学農学部の塩尻かおり准教授は、食害の情報を受容したダイズでは防御機能(サポニン濃度)が高まるだけでなく、根の根粒の数が減少することを発見しました。根粒は、マメ科植物などの根に形成されるバクテリアとの共生器官で、内部に大気中の窒素を固定して植物に供給する根粒バクテリアが存在します。サポニン濃度の高いダイズほど根粒が少なかったことから、根粒数の減少はサポニンの抗菌作用によるものであると考えられました。さらに、匂いを受容したダイズが生育した土壌では、炭素と窒素含有量の比率が変化していることが分かりました。このことから、地上部で起きた匂いを介した植物間コミュニケーションが、植物の防御物質の増加をよって地下部での植物と微生物の共生関係や土壌環境をも変化させていることが示唆されました。

 

この研究成果は、日本時間の6月16日に「Scientific Reports」誌に掲載されました。

 

背景と経緯

一部の植物では、周囲の植物が動物に葉を食害された際に放出される匂いを受容し、予め葉の防御機能を向上させ、将来の食害に備えることが知られています。このような現象は、植物同士で食害の情報を匂いで伝達していることから、匂いを介した植物間コミュニケーションと呼ばれます。

植物間コミュニケーションにより匂いを受容した植物の代謝は大きく変化します。そのため、植物間コミュニケーションは、植物と他の生物の関係性にも様々な影響を及ぼすと考えられます。特に、動物に対して防御物質として機能する化学物質の中には、微生物に対して殺菌・抗菌作用をもつ物質が多く含まれています。私たちは、植物間コミュニケーションが化学防御物質の濃度の変化によって、地下部での植物と微生物の関係にも影響を及ぼすという仮説を立てました(図1)。


図 1.匂い(食害情報)を受容したダイズの応答の概略図.

そこで、根粒バクテリアと共生するダイズに着目してこの仮説を検証しました。ダイズは根に根粒を形成し、根粒内の根粒バクテリアに酸素や光合成産物などを提供しています。根粒バクテリアは大気中の窒素を固定し、ダイズに供給することで共生関係が成立しています。また、過去の研究で、ダイズはセイタカアワダチソウから放出される匂いに反応して防御機能を向上させることが知られています。私たちは、昆虫による食害を模倣してセイタカアワダチソウを傷つけることで匂いを放出させ、その匂いに曝す条件と曝さない条件でダイズを栽培し、葉の防御物質の濃度と形成される根粒の数などを比較しました。

 

研究の内容

 私たちは、70株のダイズの苗を、セイタカアワダチソウから放出された匂いに曝すグループ(35株)と曝さないグループ(35株)に分けて3週間栽培し、ダイズの成長量、葉と根の防御物質(サポニン)の濃度、根に形成された根粒の数と重さを測定しました。

 その結果、ダイズの成長量はグループ間で大きな違いはみられませんでしたが、葉のサポニン濃度は匂いに曝して栽培したダイズで高いことが分かりました。サポニンはダイズの害虫として知られるハスモンヨトウの幼虫の成長や生存率を低下させる効果があることから、サポニン濃度の向上はダイズが葉の防御機能を高めたことを示しています。また、サポニン濃度の変化は根にまで及んでおり、匂いに曝されたダイズの根は匂いに曝されなかったダイズの根に比べてサポニンを高濃度で蓄積していることが分かりました(図2A)。


図 2.異なる匂い環境で栽培したダイズの(A)根のサポニン含有量と(B)根粒の数. **は,統計的に差があることを示す(P < 0.01).

 根に形成された根粒の数や重量も栽培条件によって異なっていました。匂いに曝したダイズでは根粒の数が少なく(図2B)、根粒の重量も小さいことが分かりました。また、その傾向は根に含まれるサポニン濃度が高いダイズ個体ほど顕著でした。このことから、匂いの受容に基づくダイズのサポニン濃度の上昇が、根粒バクテリアとの共生関係を抑制したことが示唆されました(図2)。

さらに、土壌化学成分の詳細な解析から、匂いを受容したダイズが生育した土壌では、土壌の栄養環境の指標である炭素/窒素比が高いことが分かりました。これは、根粒バクテリアとの共生関係が抑制されて供給される窒素が少なくなったダイズが、土壌中の窒素分の吸収量を増大させたことによるものと考えられます。

今後の予定・期待

 今回の私たちの研究結果から、地中における植物と微生物の関係性は植食性昆虫に対する防衛や近隣の植物とのコミュニケーションといった地上で生じている様々なイベントに影響されていることが明らかになりました。さらにその影響は土壌環境をも変えていることが分かってきました。今後は、植物を地上の生態系と地下の生態系の架け橋として捉え、地上部と地下部の生物同士の関係性を紐解くことで、生物多様性の維持機構の解明やより効率的な農地生態系の管理技術の開発が期待できます。

【論文情報】

タイトル:Aboveground plant-to-plant communication reduces root nodule symbiosis and soil nutrient concentrations

著者 Yuta Takahashi, Kaori Shiojiri, and Akira Yamawo

掲載誌 :Scientific Reports

DOIhttps://doi.org/10.1038/s41598-021-92123-0

掲載年月日:2021616

 

【情報解禁日時】  なし

【取材に関するお問い合わせ先】

(所属)

弘前大学・農学生命科学部

(役職・氏名)

助教・山尾 僚

(電話・FAX)

0172-39-3822

(E-mail)

yamawo.a@hirosaki-u.ac.jp

 

(所属)

龍谷大学・農学部

(役職・氏名)

准教授・塩尻かおり

(電話・FAX)

077-599-5653(電話)・077-599-5608(FAX)

(E-mail)

kaori.shiojiri@agr.ryukoku.ac.jp