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2021.11.02

日本犯罪社会学会 第48回学術大会において、犯罪学カリキュラム構想に関するテーマセッションを開催【犯罪学研究センター】

人に優しい犯罪学とは何か?そのニーズを探る

2021年10月17日(日)、日本犯罪社会学会 第48回大会*1において、ラウンドテーブル形式のテーマセッション「龍谷大学構想にみる新時代の犯罪学」が開催されました。
これまで犯罪学研究センターは、「研究・教育・社会貢献という学術の発展サイクル」を構築し、学術的な営みの成果である「知」を次世代へ受け継いでいくことを目標に、日本独自の犯罪学カリキュラム「龍谷・犯罪学」の構築・発信に取り組んできました。当センターが提示する犯罪学の基本理念は、「人に優しい犯罪学」「生きづらさを抱えている人に柔軟に対応できる力を持った人と地域の創生」です*2。


犯罪学カリキュラム構想より【司法の枠を越え、広く地域社会へ】

犯罪学カリキュラム構想より【司法の枠を越え、広く地域社会へ】


大会当日は、当センターの嘱託研究員であり、犯罪学カリキュラム構想の検討会メンバーとして犯罪学部に必要だと思う講義のシラバス(案)を提案した若手研究者より報告がおこなわれました。コメンテーターに法曹三者や矯正・保護の実務家、ジャーナリスト、研究者など多様なステークホルダーを迎え、新たな犯罪学のニーズや可能性について意見交換がなされました。

はじめに、テーマセッションのコーディネーター・司会を務める暮井真絵子氏(ATA-net研究センター/リサーチ・アシスタント)より企画の趣旨説明と犯罪学カリキュラム構想の紹介が行われました。暮井氏は「昨今の再犯防止のための施策をめぐって、さまざまな取組みがなされるなかで、必ずしも法曹三者が共通の視点を共有しているわけではない。犯罪学・刑事政策の関係を整理し体系化することが急務である。裁判員裁判が導入され、一般市民も刑事裁判に関わる機会が増えた。市民の犯罪学リテラシーを高めるために、どのような形で犯罪学の知見を提供できるかが課題だ」と述べました。


犯罪学カリキュラムのグレード・イメージ

犯罪学カリキュラムのグレード・イメージ


犯罪学カリキュラムのシラバス案

犯罪学カリキュラムのシラバス案

つづいて、3名の嘱託研究員より犯罪学・刑事政策学の動向、犯罪学の意義、犯罪学に求められていることについて話題提供が行われました。

大谷彬矩氏(日本学術振興会特別研究員)より、「刑事政策学の観点から見た 龍谷大学構想の批判的検討」と題した報告がおこなわれました。大谷氏は龍谷犯罪学構想が、刑事政策学(法学)のニーズに即したものであるのか、近年の研究動向を振り返りながら検証。大谷氏は、刑事司法の領域で犯罪に対する法的処理に偏りがちであった刑事政策学の外縁を拡大させ、多様なアプローチを模索・提示する龍谷犯罪学構想に一定の評価をしながらも、伝統的な刑事政策学の理念からは離れていると指摘。その理由として大谷氏は「対人支援の面では充実しているが、公権力による刑事政策を批判的に検証するという刑事政策学のアイデンティティに関わる面についてはやや弱い印象だ。伝統的な立場からは、世の中の施策が法律や制度の趣旨に沿って正確に行われているかどうかを評価し、刑事政策の評価基準から見て適正であるかどうかが議論されてきた。“つまずき”それ自体は未だ犯罪ではない。本人の利益を図るという名目で、際限のない国家の介入や、介入の早期化をもたらす危険がある」と述べ、再犯防止施策の名のもとに治安維持のために対象者を監視する動きがみられる条令策定等の状況を紹介。そして、犯罪学部においても物事を公平に扱える能力や、多面的な利益への視点を身につけるために法学的素養を高める授業が必要であることを指摘し、報告を終えました。

ディビッド・ブルースター氏(金沢美術工芸大学・講師)からは、イギリスにおける犯罪学研究や教育に関する話題が提供されました。ブルースター氏は冒頭「①犯罪学の専門知識の価値とは何か、②犯罪学は、何のために、または誰のためにある学問なのか」という論点を提示。イギリスにおける犯罪学教育は「Subject Benchmark Statement」によってカリキュラムの基準が策定され教育水準が保たれています*3。ブルースター氏は「犯罪学が世論やジャーナリズムなどの情報よりも正当な知識を提供するために、科学の理想である真実の探求、厳密な方法論による社会現象の観察と測定、現象を説明できる理論的な知識の構築が必要だ。したがって、犯罪学には方法論のトレーニングが不可欠である」と述べました。つづけて「犯罪学の知見を活用し社会をより良い方向へ導くためには、政府機関や刑事司法機関、関連団体との連携が必要不可欠だ。研究のための資金援助、データ収集やアクセスを通して得られた知見によって犯罪学は発展し、実務家にも還元される。一方で、このような密な連携は、管理的犯罪学“administrative criminology”と言われているが、学問の自由を侵害する恐れをはらんでいる。犯罪統制機関や権力者を批判する自由がなければ、犯罪学は監視・統制の強化を正当化するだけの学問になってしまう」と主張。まとめとして「犯罪学教育は、学生に対してさまざまな環境や状況に応じて活用できるスキルとしての理論と方法論を提供すべきだ。また、学問としての犯罪学は、自由で批判的な思考を維持しながら、犯罪統制政策と実践に関連する組織と、研究・教育の面での連携を確立し強化する必要がある」と述べ報告を終えました。

上田光明氏(同志社大学・高等研究教育院・准教授)から、日本における犯罪学研究の動向に関する報告がおこなわれました。上田氏は、「犯罪学をディシプリンとして確立するには、理論研究が必須である。日本では、実践活動に基づく研究が増加しているのに対して、理論研究は衰退の一途をたどっている。その背景には理論研究の間違った理解・認識があるのではないか。理論研究の衰退は海外も同様だが、この傾向が進むと研究交流の場面でミスコミュニケーションにつながる」と指摘。上田氏は自身の提案する講義案(犯罪学理論入門)を示しながら「犯罪学は、犯罪はなぜ起きるのか、どのような行為が犯罪とされるのか、どのようにしたら犯罪は防ぐことができるのかを考える総合的・学際的学問である」として、自由意志論と決定論の対立を軸にシラバスの構成を説明します。そして理論史を振り返る中で、2つの事象をターニングポイントとしてあげました。①ロンブローゾ、フェリによる古典派への批判と、実証主義的犯罪学(Positive Criminology)の誕生、②マイケル/アドラー報告(1932年)を境に、アメリカで犯罪学不要論が起こった際の、サザランドによる犯罪社会学の再興です。これに対して日本における犯罪学の理論研究について上田氏は「日本における犯罪学は、海外の犯罪学を輸入/翻訳することで受容されてきたが、実証的な調査研究は少ない。日本犯罪社会学会においてもアメリカのような転換が望まれる」と述べ報告を終えました。

3名の話題提供をうけて、参加者からは以下のコメントが出されました。(一部抜粋)

日本における犯罪学のニーズ:
・日本ではルール(法律)に基づいて権力を行使することになっている。裁判官も検察官も同様に、ルールに基づいて権力を行使する存在なので、司法分野に限っていえば、大きな変革はできない。あくまでもルールの範囲内での微調整となる。犯罪学を通じてルールを変えるには、世論に訴えかけること、すなわち、加害者/被害者の視点を含めて刑事分野について国民の理解を仰ぐことが大事ではないか。
・政府や公的機関との連携については、資料アクセスが制限されている日本の状況下で、はたしてどこまで実現できるのか。理論構築/理論検証のためのデータ収集の困難さを強く指摘する。
・日本でも研究者が行き過ぎた管理的評価や施策に迎合するという問題がある。バランスをとるためには、犯罪学の視点や外部組織とのコラボも有意義であるだろう。その対応を考えていく必要があると思う。
・日本独自の犯罪学が望まれる。日本の実務現場を、他国の理論だけを用いて批判することに違和感がある。理論的・方法論的な研究リテラシーがあって、その研究がどこの誰のために繋がっていくのかという視点で考えられる研究者を養成すること、さらに市民との協働や共生、地域創生という概念が必要ではないか。


犯罪学教育に関して:
・海外で言われているCriminologyと、龍谷犯罪学の掲げる犯罪学との兼ね合いをどう考えるか。現状の構想は、法学部と社会福祉学部の中間のような印象だ。
・他学部、他大学のプログラムを履修できるような仕組み作り、実務家との連携や現場でのインターンなど、実社会を知り自ら体感できるような科目の充実が望まれる。
・犯罪学教育に対する社会的な「ニーズ」を踏まえて、入口(入試広報)をどう設計するのかを検討する必要がある。出口(進路)については、思い切って留学を義務化し、国際的なスタンダードを早期に知る機会があると良いのではないか。また進路については手っ取り早く資格とつなぐのが良いのかもしれないが、日本では中々難しい状況だ。
・実学的になることの功罪もある。再犯防止のために対人支援をうまく使えないかという方向になっていきがちなので、あくまでも実践を通して、批判的な視点を身につけることが大切ではないか。
・法科大学院教育において法医学の教育が不足しているように聞いた。法曹の実務家に向けた法哲学や社会調査などのリカレント教育のニーズがあるのではないか。

セッションに参加した石塚伸一教授(本学法学部・犯罪学研究センター長)は、「刑事政策の担い手は法律家ではなく市民だ。市民が担い手となるためには、加害者・被害者・被疑者を中立・公平な視点で共感性をもって見ること。理論に基づいてデータを集め、科学的に見ることが必要だ」と述べ、日本における犯罪学教育の可能性を強調しました。
今回のセッションを通して、当センターの犯罪学カリキュラム構想については、①対人支援をどう段階的に教育するか②学際性・学融性をどう考えるのかという2点が今後の課題として共有されました。

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【補注】
*1 日本犯罪社会学会第48回(2021年度)大会
2021年10月16日、17日、龍谷大学が大会開催校となりオンライン形式で開催。大会実行委員長を津島昌弘教授(本学社会学部、当センター研究部門長)が務めた。
[参照]日本犯罪社会学会第48回大会プログラム
http://hansha.daishodai.ac.jp/meeting/Programforweb_48.pdf

*2 犯罪学研究センターが提示する犯罪学カリキュラム
https://crimrc.ryukoku.ac.jp/curriculum/
[関連News]
龍谷コングレス2021「バーチャル犯罪学カリキュラム構想〜こんな犯罪学部で勉強してみたい!」をオンライン開催【犯罪学研究センター】(2021.06.25)
https://www.ryukoku.ac.jp/nc/news/entry-8719.html

*3 Criminology Benchmark Statement
https://www.qaa.ac.uk/docs/qaa/subject-benchmark-statements/subject-benchmark-statement-criminology.pdf?sfvrsn=8f2c881_4(QAA)
[参考]
『英国の高等教育の質保証システムの概略(2021年1月時点)』(独立行政法人大学改革支援・学位授与機構)
https://www.niad.ac.jp/consolidation/international/info/uk.html
イギリスでは、QAA(Quality Assurance Agency for Higher Education)という非政府組織が、イギリスにおける高等教育の評価を担当し、教育の質の保証に関する普及活動等の事業を行っている。