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2019.09.09

SBS検証プロジェクト 報道記者インタビュー【犯罪学研究センター/科学鑑定ユニット】

報道記者の目に映る揺さぶられっこ症候群問題とは

科学鑑定ユニットでは、揺さぶられっこ症候群(SBS)*1 理論に関する科学的信頼性の検証を中心に研究を行っており、2018年・2019年には国際シンポジウムを開催しました。今回は、SBS問題を追い続ける報道記者の上田 大輔さんをお招きし、これまでの取材で感じたことやSBS検証プロジェクトに対する評価、今後の展望について語っていただきました。


上田 大輔(Ueda Daisuke)

上田 大輔(Ueda Daisuke)


上田 大輔(Ueda Daisuke)
関西テレビ放送株式会社 報道局報道センター 記者
弁護士資格を有し、入社後は7年半に渡り社内弁護士として法務・著作権に関わる業務を担当。2016年、異動で報道記者に。2018年、ディレクターとしてドキュメンタリー番組『ふたつの正義 検証・揺さぶられっ子症候群』を制作。
【関連記事>>】FNSドキュメンタリー大賞 > 『ふたつの正義 検証・揺さぶられっ子症候群』


古川原 明子(Kogawara Akiko)

古川原 明子(Kogawara Akiko)

インタビュアー
古川原 明子(Kogawara Akiko)

本学 法学部准教授、犯罪学研究センター「科学鑑定」ユニット
生命と刑法の関わりを研究。現在は「揺さぶられっこ症候群」理論が司法に及ぼしてきた影響を検証中。
【関連記事>>】犯罪学研究センター > 2018年2月 国際シンポジウム 開催レポート



報道記者としてSBS問題に関わることになった経緯とその印象とは

古川原:
本日はよろしくお願いいたします。上田さんは関西テレビの記者さんですが、当インタビューでは一個人としてお話ししてくださると伺っております。

上田:
はい、今回お話しすることは個人的な見解と受け止めていただければ幸いです。よろしくお願いします。

古川原:
ではまず、社内弁護士だった上田さんが報道記者に転向された動機と、SBS問題に取り組み始めた経緯をお聞かせください。

上田:
記者を志望したのは、法律の専門知識を活かした報道ができるのではと考えたからです。特に日本の刑事司法が孕む問題についてマスメディアとしてしっかり検証したいと思っていました。SBS問題に取り組み始めたのは、2017年4月に行われた龍谷大学犯罪学研究センターの公開研究会にたまたま参加させてもらったことがきっかけです。その日のテーマがSBSで、秋田真志弁護士(科学鑑定ユニット嘱託研究員、SBS検証プロジェクト共同代表)と笹倉香奈教授(科学鑑定ユニット客員研究員、SBS検証プロジェクト共同代表)が講師でした。当時、SBSの医学的根拠に議論があることすら知らなかったのですが、「日本で冤罪が量産されているのではないか」というお二人の指摘に衝撃を受けました。

古川原:
当初、SBS問題のどういった点に他の冤罪事件との違いを感じられたのでしょうか。

上田:
あらゆる冤罪は当事者に悲惨な状況を強いるものですが、SBS問題の当事者は突然「3つの悲劇」のなかに放り込まれます。まず、子どもが、後遺症が残ったり死亡に至ったりするほどの大けがを負う。この出来事が起きただけで、親にとって非常に辛く悲しいことです。子どもの回復を祈る不安な日を送ることになると思うのですが、そのさなかに虐待を疑われて、突然子どもと引き離されてしまうのです。その後、場合によっては、逮捕・起訴され、実刑判決を受けて刑務所へ送られてしまうかもしれない。もし虐待をしていない親をこうした過酷な状況に追い込んでいる現実が存在するのであれば、真っ先に解決しなければならない大きな問題だと思いました。

古川原:
親子関係が深く関わる問題ですから、子どもが受ける被害も甚大になりますよね。同時に、誰にでも起こりうる身近な怖さもあります。


上田:
まさにそうですよね。SBS問題は、子どもを預かる可能性を持つ全ての大人が当事者になり得ます。子どもが急変した時に最後に一緒にいた大人が虐待を疑われるからです。調べていくと、家庭内で赤ちゃんが転倒・転落しただけでは硬膜下血腫や眼底出血は通常生じない、そして「重症化」しない……というのが児童虐待に詳しい医師(虐待専門医)の通説になっていることがわかってきました。

この通説が普及しているためか、親が家庭内の転倒事故で硬膜下血腫などの大けがを負ったと説明しても、嘘だと判断され虐待を疑われているのが現状です。私自身、2人の幼い子どもの育児中ですが、歩き始めた子どもが転ぶたびにこのことが頭をよぎって不安を覚えます。家庭内で事故が起きたと説明しても、まず虐待を疑われるんじゃないかと。非常に育児をしにくい環境になっていると感じます。「こんな国でもう子供を産めない――」私が取材させていただいたある母親の言葉です。家庭内の転倒事故なのにSBSを疑われ、長期間子どもと引き離されたこの母親は、「怖くて次の出産を諦めざるをえなかった」と話していました。非常に重い言葉だと思います。

ドキュメンタリー番組「ふたつの正義 検証・揺さぶられっ子症候群」放送までの道のり

古川原:
これまでどういった方に取材されてきたのでしょうか。

上田:
弁護士、大学研究者、医師、捜査機関、児童相談所、そしてSBSを疑われている当事者ですかね。なかでも当事者の取材は不可欠で、何人もの当事者の方にお話だけでも聞かせていただきたいとお願いしたのですが、断られることも多かったです。ほとんどの方がマスメディアに不信感を持っておられました。お会いできた当事者から、「逮捕報道はなぜ実名なのか」「捜査機関以外にも取材したのか」「最初から事故だと説明しているのに、その視点で検証する取材をしたのか」といった厳しい意見をいただくこともあり、報道のあり方について深く考えさせられました。

古川原:
世間に対して無実を訴えるうえで、メディアの存在は頼りになるとも考えられますが、そう思われる当事者の方々は少ないですか?

上田:
最終的に取材に応じてくださった当事者の方がそう思ってくださっているのであればありがたいのですが……。SBSの取材には、いろいろと難しい面があります。たとえば、取材させていただいた当事者のなかには、今も児童相談所に子どもを保護されていて、一緒に暮らすことができない状況の方もいらっしゃいます。「メディア取材に応じると子どもが戻ってくる時期が遅くなるのでは」と不安を抱いておられ、「世間に訴えたい気持ちがあるけど、今の段階で取材に応じることは難しい」と断られることも少なくありませんでした。当然のことだと思います。

古川原:
では、SBS推進論の立場をとってきた方々への取材はいかがですか?

上田:
SBSの診断基準を日本に普及してこられた虐待専門医の方々にも取材させていただきました。児童虐待防止の活動を進めるにあたってのこれまでの苦労もお聞きしました。子どもの命を守るという情熱が多くの課題解決に繋がってきた歴史を知って、敬意の念を持ちましたね。「10年前は、医師も捜査機関も虐待対応について見向きもしてくれなかった。ようやくここまできたんです」という医師の言葉が印象に残っています。

古川原:
それらの精力的な取材が、2018年5月に発表されたドキュメンタリー番組『ふたつの正義 検証・揺さぶられっ子症候群』に一つの成果として表れたわけですね。
タイトルの「ふたつの正義」は、二項対立の構図を描く訴求力の強いものですよね。


上田:
端的に、取材の実感から浮かんできたタイトルです。「冤罪をなくす」「虐待をなくす」どちらの信念にも正義がありました。衝突する二つの正義を、社会の中でどう上手く調整し着地させていくのか。それがSBS問題の本質だなと感じましたので。

古川原:
なるほど、議論の中にいると、気づきにくい点です。では、その客観的な立場から、科学鑑定ユニットや、SBS検証プロジェクトの活動にどういった意義を感じておられますか。

上田:
新しい取り組みだと評価しています。プロジェクト単位で弁護士・研究者・医師など多分野の人材が集結することで、SBS問題という複合的な問題にスピーディかつ柔軟性をもって取り組んでおられるように思います。シンポジウム等もオープンですし、記者に対してもレクチャーの機会を多く設けていただいているので、記者にとってはありがたいですね。一部の専門家の間でしか議論されてこなかったSBS問題を広く社会に問いかけていくにあたって機能的なチームになっていると感じます。

古川原:
オープンさを大切にしていますので、その点を評価いただけて嬉しいです。2018年2月に開催した国際シンポジウム「揺さぶられる司法科学 揺さぶられっ子症候群仮説の信頼性を問う」は多くのメディアの方にお越しいただき、開催の前後に報道してくださったおかげで大きな成果を上げられました。

上田:
SBSの医学的根拠について議論を呼び掛ける国内初のシンポジウムだったのではないでしょうか。虐待専門医や児童相談所、捜査機関の関係者も多数参加されていたようですし、海外の医師・教授も招聘されて問題提起を行っておられました。専門家・実務家が垣根を越えて集う「場」の提供は、教育・研究成果を社会へ還元する役割を担う大学にしかできないことだと思います。国内のSBS問題の議論を進めていくうえで大きな転換点となるシンポジウムだったのかもしれませんね。ただ、その後、議論は激しくなり、複雑化しているようにも感じています。

古川原:
秋田弁護士は前回のインタビューの際に「逆風と追い風が同時に吹いている」と表現されました。上田さんからご覧になって、そういった辺りの印象はいかがですか。

上田:
秋田弁護士と笹倉教授は“風をつくった人”なので、やはり反発も強くなるのだろうと思います。一度定着した「通説」に対して異論を唱えているわけですから、反発もあるのは仕方がないことなのかもしれません。でも、SBSの医学的根拠に議論がある以上、活発に議論が行われている現在の状態の方が健全だと思います。

日本の刑事司法制度に対するメディアの役割、SBS問題におけるメディアの重要性とは?

古川原:
冤罪問題をはじめ、刑事司法の問題は社会で共有することに重要な意味があると考えますが、上田さんが数ある冤罪問題の中からSBS問題を、特に取り上げて扱っていらっしゃるのはなぜでしょうか。

上田:
先ほど「SBS問題は複合的である」と言いましたが、この問題の取材を進めるにつれ、刑事司法、児童福祉、医学診断・科学鑑定のあり方といった分野それぞれの本質的な問題が見えてくるテーマだと感じているからです。

古川原:
個々の問題が根深い複合的なテーマを報道で扱うことは難しそうですね。その道にあえて挑んでいらっしゃるのは、報道にしかできないことがあるとお考えだからですか。


上田:
そうですね。少し不遜な表現になりますが「専門家任せにすると、救われない一般の当事者が出てくる」と危機感を覚えるからです。

過剰な診断、過剰な保護、そして冤罪が実際に生まれているとして、どこに問題があったのか検証する際に、虐待専門医は「あくまで医学診断で、可能性を指摘しただけ」と言うだろうし、児童相談所は「我々は医師の意見に基づいて、虐待の疑いありと判断した」と言い、捜査機関や裁判所は「複数の虐待専門医の意見を聞いて総合的に判断した」と言うだろうと想像がつくんです。事故なのに子供と長期間引き離されたり、有罪判決を受けてしまった当事者にとって、こんなに無責任で救いのないことはありません。

古川原:
SBS問題が誰にでも起こりうる問題だとお話しされていましたが、ある意味で上田さんの活動は「当事者に当事者性を取り戻させる」という言い方もできますよね。


上田:
専門家の方々の取り組みを検証したうえで、巻き込まれた当事者や、今後巻き込まれる可能性のある人たちに問題の本質を伝える。それもメディアの役割だと思います。これからも取材を進めて、SBS問題について、少しでもより良い制度・運用に繋がる報道ができればと思っています。

古川原:
SBS問題への取り組みについて、今後の課題と展望をお聞かせください。

上田:
児童虐待も冤罪もなくしていかなくてはいけません。不十分な医学的根拠に基づく冤罪は許されないですし、過剰保護の実態があるならば、それは虐待防止の取り組みにおいてもマイナスだと思うのです。児童相談所等が労力をかける必要のないところに労力を費やし、本来労力を割くべきケースがないがしろにされているということなので。この2点を両立するには何をどう調整すべきなのか、私なりに見極めていきたいと思っています。

古川原:
SBS問題の上田さんの取材は、まだまだ続きそうですね。これからも報道記者の立場から、科学鑑定ユニットとSBS検証プロジェクトの活動にご注目いただければと思います。

上田:
そうですね。今後は、SBS検証プロジェクトの活動も含めてしっかりこの問題を検証していきたいと思います(笑)。何かあれば指摘しますし、そういう関係性でいたいと思っています。

古川原:
はい、研究活動をよりオープンで社会的意義のあるものにすべく、今後もぜひご協力をお願いいたします。本日はありがとうございました。


科学鑑定ユニットでは、今後も揺さぶられっこ症候群の理論に関する科学的信頼性の検証を進めていくとともに、引き続き当WebサイトでSBS問題に取り組むメディア、医師、またSBS仮説の被害者へのインタビューを掲載する予定です。

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*1 揺さぶられっこ症候群(SBS)
「揺さぶられっこ症候群(SBS)」とはShaken Baby Syndromeの略で、1970年代に英米で提唱。硬膜下血腫・網膜出血・脳浮腫の三徴候は、激しく子どもを揺さぶることで生じるという仮説。日本においても、児童相談所における虐待判断、警察の捜査や裁判で多く採用されるが、近年、海外ではこの仮説を疑問視する裁判例が相次いでいる。
最近では「虐待による頭部外傷(AHT, Abusive Head Trauma)」という包括的な名称も用いられる。


取材・撮影場所:龍谷大学 大阪梅田キャンパス
https://www.ryukoku.ac.jp/osaka_office/