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2020.01.29

「無実の祖母はなぜ『犯人』にされたのか ―SBS冤罪・山内事件を振り返る―」を共催【犯罪学研究センター】

揺さぶられっこ症候群の理論に関する科学的信頼性とは

2019年12月16日(月)、龍谷大学犯罪学研究センター「科学鑑定」ユニットは、SBS冤罪・山内事件の報告会として公開シンポジウム「無実の祖母はなぜ『犯人』にされたのか ―SBS冤罪・山内事件を振り返る―」を共催しました。山内さん弁護団の報告と、当事者である山内泰子さんのインタビュー映像を中心に、約2時間のプログラムを企画。年の瀬の平日夜にもかかわらず約100名が聴講に訪れ、SBS事件に関する情報と問題を共有する貴重な機会となりました。
【イベント概要>>】https://www.ryukoku.ac.jp/nc/event/entry-4560.html



■山内事件とは
山内泰子さんが“2016年4月、大阪市の次女宅で生後2ヵ月の孫の頭部に何らかの暴行を加え、約3ヵ月後に死亡させた”と疑いをかけられ、同年12月に傷害致死罪で逮捕・起訴された事案です。一審では検察側の「揺さぶられっこ症候群の疑いあり」とする医師の証言や鑑定書が重要視され、山内さんには5年6ヵ月の実刑判決が下されました。しかし控訴した二審では、SBS検証プロジェクトメンバーを中心に結成した弁護団がSBS理論の危うさを指摘し、科学的根拠を持って反証。乳児の死亡が内因性の病気によるものであること、また山内さんに動機がないことを主張し、2019年10月25日に大阪高等裁判所で無罪判決が下された冤罪事件です。

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陳 愛 弁護士(大阪弁護士会・SBS検証プロジェクトメンバー)

陳 愛 弁護士(大阪弁護士会・SBS検証プロジェクトメンバー)

はじめに、陳 愛弁護士(大阪弁護士会・SBS検証プロジェクトメンバー)が開会のあいさつの後、SBS問題について改めて概要を説明して会場全体で基本的な情報を確認しました。諸外国ではSBS理論を疑問視する風潮がある一方で、日本ではSBS理論が未だ根強く、無実の罪で苦しむ人がいること、山内泰子さんもその一人であったことなどを述べました。

陳弁護士は「冤罪は大きな不幸です。さらに、大切な人に対し罪をおかしたと見なされてしまうことは、冤罪の中でも最も苦しく耐えがたいことではないでしょうか。山内さん事件の報告を通して多くの方にこの問題を考えていただきたく、当シンポジウムを企画しました」と開催趣旨を告げました。


つづいて、山内泰子さん弁護団を代表して、大阪弁護士会の我妻路人弁護士(SBS検証プロジェクトメンバー)、辻 亮弁護士、秋田真志弁護士(SBS検証プロジェクト共同代表・犯罪学研究センター嘱託研究員)より弁護活動の報告が行われました。
まず主任弁護人を務めた我妻弁護士が、一審・二審の経緯にふれ、シンポジウムのテーマ「無実の祖母はなぜ『犯人』にされたのか?」について所感を述べました。


我妻路人 弁護士(大阪弁護士会・SBS検証プロジェクトメンバー)

我妻路人 弁護士(大阪弁護士会・SBS検証プロジェクトメンバー)

我妻弁護士は「一審の弁護活動を批判するものではない」と断りを入れたうえで、一審では検察側が小児科と法医学の医学証人を立てたこと。対して、弁護側には専門家の証人がいなかったことが原因ではないかと語り、「二審では山内さんの無罪を主張するに足る証人を得たことで無罪判決につながりました」と、改めて山内さんの雪冤を強調しました。

また、一審・二審ともに検察側の証人となった小児科の医師について、二審の判決文で「鑑別診断の正確性に疑問を禁じ得ない」「医学文献に整合しない疑いがある、または不誠実な引用がされている」と厳しく評価されたことも言い添えました。
さらに山内さん事件で改めて浮き彫りになった刑事事件における諸問題として、逮捕直後から山内さんの人間性に誤解を与える偏った報道がなされていた点を指摘。「メディアの取り上げ方しだいで、社会が当事者たちに抱くイメージは大きく変わります」と警鐘を鳴らしました。


辻 亮 弁護士(大阪弁護士会)

辻 亮 弁護士(大阪弁護士会)

ついで、裁判で被告人質問を担当した辻弁護士がマイクを取り、人質司法(犯行を否認する被疑者・被告人に対する身体拘束)の問題点に言及しました。弁護活動を進めるなか、一審での被告人質問の様子を確認した辻弁護士は、山内さんと検察官のやりとりに着目。「長期化した身柄拘束で山内さんの体調が万全でなく、緊張感も相まったためだと推察されますが、会話がスムーズではなく裁判官・裁判員に悪印象を与えてしまったと考えています」と述べ、人質司法の弊害ではないかと疑問を呈しました。

また、一審で犯行動機として『突発的に激高し、暴行を加えたことも考えられる』と憶測の域を出ない認定がなされた点について、刑事裁判における無罪推定の原則に反するものだと指摘。「検察側証人である医師が『虐待があったはず』と証言すれば、裁判員や裁判官にとって無罪推定の原則が机上の空論となってしまうこともあるのではないでしょうか」と語りました。二審では、弁護団が医学的な反証に加え、山内さんに動機がないこと、山内さんの華奢な体格で揺さぶられっこ症候群を引き起こすほど幼児を揺さぶることはできないことを強く主張し、裁判所より山内さんが揺さぶり行為に及んだと考えるのは相当不自然だと認定されています。


秋田真志 弁護士(大阪弁護士会・SBS検証プロジェクト共同代表・犯罪学研究センター嘱託研究員)

秋田真志 弁護士(大阪弁護士会・SBS検証プロジェクト共同代表・犯罪学研究センター嘱託研究員)

弁護団の報告の締めくくりとして話を引き継いだのは秋田弁護士です。秋田弁護士は「私は、山内さんが冤罪で苦しまれたのは医学鑑定に問題があったからだと考えています」と切り出しました。
一審判決で山内さんが有罪となったのは「被害児に硬膜下血腫が認められ、揺さぶられっこ症候群を引き起こすほどの衝撃(虐待)があった」と認定されたためです。しかし、揺さぶられっこ症候群を引き起こすとされる揺さぶりとは“成人男性が乳児を抱き、5cmの振り幅で1秒間に3往復揺さぶる”ほどのものです。

秋田弁護士は「60代の華奢な女性にそういったことが可能かどうか、冷静に考えると答えは明らかです。ではなぜ一審で裁判所が検察側の主張を認定したのか? 証人である2人の医師が豊富な医学的知識と経験を持つ人物で、両者の意見が『山内さんが乳児に危害を加えたと考えられる』と一致していたためです。しかし、彼らはSBS理論に基づいて判断したので、結論が一致するのは当然なのです」と本件における問題点を示しました。そもそもSBS理論は賛否の激しい医学上の仮説であるにもかかわらず、裁判時の鑑定書には確立した医学的見解かのように書かれていた点を鋭く指摘。「医師が発する『医学的な見解』という言葉が魔法の言葉のように働き、常識的な観点が押し流されてしまっていたように感じます」と一審を振り返り、公平性を欠くSBS理論に基づいた見解に警鐘を鳴らしました。

加えて、一審で揺さぶられっこ症候群の根拠とされていた「硬膜下血腫」の診断については弁護団が誤りであったことを突き止め、乳児の急変が内因性の「静脈洞血栓症」によるものだと主張できたこと、そこに至るまでにはイギリスでSBS問題に取り組む医師であるウェイニー・スクワイア氏(元オクスフォード大学ジョン・ラドクリフ病院・神経病理学)氏との幸運な出会いがあったことを紹介しました。
【関連リンク>>】国際シンポジウム「揺さぶられる司法科学 揺さぶられっ子症候群仮説の信頼性を問う」開催レポート

医師らの医学的所見が誤りだったことについて、秋田弁護士は「そもそも診断に用いられたCT画像やMRI画像は、病人の体内で起きた変調や程度がわかるに過ぎず、その原因となる外力が揺さぶりかどうかを特定することは不可能です。仮に揺さぶりで三徴候が生じるとしても、逆に三徴候があるからといって揺さぶりがあったとは断言できません。その点を忘れてはいけないのです」と語りました。
また「本件で一番の問題と感じているのは、検察側の医学証人たちがSBS理論を絶対視し、自らの見解に固執していた点です。二審では、この姿勢そのものが裁かれたと言えるのではないでしょうか」と、我妻弁護士が引用した二審の判決文に絡めて意見を述べました。
締めくくりとして「山内さんの無罪判決は、SBS問題における深刻な冤罪の存在を明らかにし、社会に大きな一石を投じました。今こそ、SBS理論が客観的な視点から見直されるべき時期が訪れています」と聴講者に呼びかけました。

つづくプログラムとして、SBS検証プロジェクトが撮影した山内泰子さんと長女(亡くなったお子さんの伯母にあたります)のインタビュー映像をスクリーンに映写しました。山内さんはインタビュアーに向けて「一貫して否認していましたが、あまりにつらく心が折れそうになったこともありました。自ら命を絶とうとすら考えましたが、拘置所へ面会に来てくれる家族の激励が救いでした」と明かします。また、山内さんの長女は「母を疑ったことはありません。あの子の本当の死因が警察の捜査の過程で明らかになることを期待していましたが、警察からは『家族の誰かが嘘をついている』などの言葉をかけられて憤りを覚えました」と当時の状況を語りました。「病気だとわかっていれば、不要な司法解剖もされずに済んだのに……」「普通に暮らしていたのに、人生が突然変わってしまった」など、冤罪被害の苦しさがありありと伝わる内容に、聴講者は真剣に見入っていました。


山内さん親娘

山内さん親娘


インタビューの上映後、本来のプログラムにはなかったのですが、シンポジウム会場を訪れていた山内さん親娘が急遽登壇することに。聴講者から拍手で迎えられた山内泰子さんは、冒頭で「みなさん、ありがとうございます」と謝意を述べました。わけもわからず逮捕され、一審の直後は不安にさいなまれていたこと。しかし弁護団に出会い、ご家族の存在や同様の冤罪に苦しむ被害者家族の集まり(家族会)への参加、スクワイヤ医師による新たな診断で勇気を得て二審に挑めたことなど、時に涙をにじませながら語られる様子が胸に迫りました。コメントの最後には「徐々に日常を取り戻しつつ、今は孫たちの顔を見ることが生きがいです」と笑顔を見せ、会場からは改めて大きな拍手が送られました。


ここでシンポジウムは終盤にさしかかり、質疑応答の時間が設けられました。弁護団に対し「二審で3名の医学証人を立てたことは重要なポイントになったと思うが、どのようにして見つけたのですか」と質問が出ると、秋田弁護士が「協力してくれる医師を探すことには苦労しています」としながらも、「SBS検証プロジェクトを立ち上げ、多くの医師とコンタクトを取るなかで賛同してくれる人が増えてきました」と現状を語りました。


笹倉香奈教授 (甲南大学法学部・SBS検証プロジェクト共同代表・犯罪学研究センター客員研究員)

笹倉香奈教授 (甲南大学法学部・SBS検証プロジェクト共同代表・犯罪学研究センター客員研究員)

おわりに、笹倉香奈教授(甲南大学法学部・SBS検証プロジェクト共同代表・犯罪学研究センター客員研究員)が登壇しました。山内さん事件の裁判において、裁判所がSBS問題へ真剣に取り組んだ姿勢を評価しつつ、「山内さんと同じような立場にありながら、未だに冤罪が晴らされずにいる人があと何人いるのかと思うと胸が痛みます」と述べました。

また、山内さんご家族との出会いからこれまでを振り返り「一審の有罪判決時、ご家族が泣き崩れていた様子が強く印象に残っています。SBS事件にふれるたびに感じる怒りが、SBS検証プロジェクトの活動の源です。山内さん事件で冤罪が生まれる原因が少しずつわかってきました。これから分析を進め、得た教訓を活かしてさらに活動を広げていきます」と改めて決意を語りました。最後に「虐待は許されませんが、冤罪は絶対に生んではなりません」と力強く発し、聴講者に向けて「当シンポジウムで得た内容を、ぜひ社会に広めていただきたいです」と願いをこめ、謝辞を述べてシンポジウムを締めくくりました。


司会:古川原明子 准教授(本学法学部・犯罪学研究センター「科学鑑定」ユニット長・SBS検証プロジェクトメンバー)/宇野裕明 弁護士(大阪弁護士会・SBS検証プロジェクトメンバー)

司会:古川原明子 准教授(本学法学部・犯罪学研究センター「科学鑑定」ユニット長・SBS検証プロジェクトメンバー)/宇野裕明 弁護士(大阪弁護士会・SBS検証プロジェクトメンバー)

「科学鑑定」ユニットでは、今後も揺さぶられっこ症候群の理論に関する科学的信頼性の検証を進めていくとともに、引き続き龍谷大学犯罪学研究センターHPでSBS問題に関する情報を発信していく予定です。

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