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2020.06.10

【新型コロナ現象について語る犯罪学者のフォーラム】新型コロナパンデミックを犯罪学する1

犯罪も感染症も疫学を使って正しくおそれる

犯罪学は、あらゆる社会現象を研究の対象としています。今回の「新型コロナ現象」は、個人と国家の関係やわたしたちの社会の在り方自体に、大きな問いを投げかけています。そこで、「新型コロナ現象について語る犯罪学者のフォーラム」を通じて多くの方と「いのちの大切さ」について共に考えたいと思います。

今回は、浜井 浩一教授(本学法学部・犯罪学研究センター 国際部門長)のコラムを紹介します。本稿は、『季刊刑事弁護』103号(現代人文社より2020年7月刊行予定)に寄稿した『新型コロナパンデミックを犯罪学する』より抜粋したものです。詳細は本誌をご覧ください。
※番外編『新型コロナパンデミックを犯罪学する2 〜スウェーデンの選択〜』も近日WEB公開予定です。

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新型コロナパンデミックを犯罪学する1
犯罪も感染症も疫学を使って正しくおそれる


はじめに
 犯罪学は、犯罪という社会にとって有害だとされる現象の発生メカニズムや有効な対処方法を科学的な方法論を用いて研究する学問領域である。犯罪学の本質は、人や社会に対する脅威とどう向き合うのかを追求することにある。実は、犯罪学研究の科学的方法論は感染症を科学的に検討する疫学からもたらされたものである。犯罪は社会にとって有害な行為や現象だと認識され、そのまま放置すると社会全体を蝕んでいくと考えられている。また、感染症と同様に、犯罪も人から人へと広がっていくという特徴を持っている。つまり犯罪とはある種の社会的疫病であり、そのメカニズムや因果関係を追求し、蔓延を防止するのが犯罪学なのである。新型コロナウイルス感染症対策専門家会議の「8割おじさん」こと西浦博教授が、数理モデルを使って、人との接触を8割減らすことができれば、1月程度で一時的に感染者数を抑えることができると予測していたが、犯罪学でも、再犯率の予測などで同じ手法が用いられる。疫学とは、数理モデルを含む統計学を基本としたリスク管理や因果関係推定の方法論であり、本稿では、犯罪(疫)学の立場から、私たちはコロナの脅威をどのように理解し、どう向き合うことができるのかについて考えてみたい。犯罪も感染症も疫学を使って正しくおそれることが重要である。


コロナの脅威(リスク)とは
 最初に、コロナの脅威とは具体的にどのようなものなのかを整理しておくことが必要である。犯罪学においては、犯罪とは何か定義し、犯罪が発生するメカニズムとその直接的な脅威とともに、犯罪に対する不安や、犯罪対策がもたらす影響(効果や副作用)が研究対象となるが、コロナの脅威に関する研究においても同様である。
 コロナの脅威には、コロナに感染すること自体が持っている直接的脅威とコロナの感染を防止しようとして私たち人間がとる行為によってもたらされる間接的脅威とが存在する。間接的な脅威についても、コロナに感染することへの不安や恐怖によってもたらされる脅威と、政府などがコロナの感染を防止しようとして選択する対策(政策)によってもたらされる脅威とが存在する。
 コロナによる直接的脅威を犯罪学的にどうとらえることができるのか、そして、コロナ感染症対策として採られる都市封鎖などの対策の効果(副作用)等について刑事政策と対比しながら検討してみたい。

コロナによる直接的な脅威
 それではコロナの直接的な脅威について検討してみよう。新型コロナウイルスは、これまでに人類が対峙したことない新種のウイルスである。ただし、エボラやSARS、MERSといったウイルスよりも毒性が強いというわけではない。このウイルスの脅威は、多くの人が免疫を持っていないことを含めて人から人への感染力が強いことと、何よりも、ワクチンや有効な治療薬がまだ開発されていないことにある。多くの感染症の専門家が指摘しているように、ワクチンが開発され、それが流通すれば、コロナは通常のインフルエンザと同じような存在になることが予想されている。

『季刊刑事弁護』103号コラム本文では、各国の統計データから、①致死率・②人口あたりの死亡者数・③死亡リスク要因・④インフルエンザとの比較について検討した。その結果として次のことが分かった。(詳細は本誌を参照されたい)

 疫学的に見た場合、高齢で基礎疾患を持っているものの死亡リスクが著しく高いということである。つまり、コロナに感染し命を落とすリスクは、高齢者または基礎疾患を3つ以上持っている者に大きく偏っているという言い方もできる。また、本稿執筆現在(6月5日)のコロナによる日本での総死亡者数は約900人(3月~5月にかけての3か月)であるのに対して、昨年度に少なくともインフルエンザ等が重篤化して肺炎によって死亡する者は1日あたり300人近くとなる。国立感染症研究所のデータによるとインフルエンザで死亡する者は12月から2月までのシーズン中で週に400人を超える*1
 この数字はまったく報道されない。それは、高齢者がインフルエンザに感染した場合、肺炎となり死亡するリスクが高いことはよく知られた事実であり、特別なことではないからである。

 コロナ感染による死亡者が問題となるのは、その感染力の強さと、感染による死亡が短期間に集中し、院内感染などの医療機関に対する負荷が過剰になって医療崩壊を起こす危険性があるからなのである。
 そして、コロナによる感染が大きな問題となり人々を不安にさせるのは、未知のウイルスであり、多くの人がまだ免疫を獲得しておらず、明確な治療薬やワクチンがなく、感染の広がるリスクや死亡リスクもよく知られていないなど、先の見通しが立たない、つまり、私たちが感染を受け入れる心身の準備が整っていないからである。特に、高齢者など感染した場合の死亡リスクの高い者にとっては、ワクチンや治療薬のあるインフルエンザとは異なる不安を与えることになる。


コロナによる間接的脅威
 次に、コロナの感染を防止しようとして私たち人間がとる行為がもたらす間接的脅威について考察してみる。その中でも、本稿では、政府がコロナの感染拡大を防止しようとして選択する対策が生み出す脅威(副作用)について考えてみたい。現在、各国政府がコロナ対策として選択し得る対策は大きく二つである。一つは、外出禁止や商店・娯楽施設等を閉鎖する都市封鎖によって人々の行動を制限し感染を防止する。もう一つは、いわゆるマスクの着用や社会的距離(ソーシャル・ディスタンス)を保ちながら感染リスクを避けつつ一定程度社会生活を維持し、徐々に集団免疫を獲得するなどコロナと共存する。この二つである。
 これらの政策のいずれが適切なのか。その答えは、それぞれの施策が持つ強い副作用(弊害)をどう評価するかによるので、コロナ収束後でなければ評価は難しい。別の言い方をすると、国家にとってのコロナ対策は、どのような犠牲を許容するのかという選択でもある。

『季刊刑事弁護』103号コラム本文では、①都市封鎖という選択/②都市封鎖をしない選択という二つの対策(政策)がもたらす効果と副作用、リスクを概観した上で、他の先進諸国と比較すると実に中途半端なものであった日本のコロナ対策について、次のように言及した。(詳細は本誌を参照されたい)

 海外の専門家の多くが日本の対策は後手に回り、感染拡大防止には手遅れだと予測した。しかし、4月7日の緊急事態宣言発令後、新規感染者数は4月11日をピークに減少に転じ*2、5月25日に緊急事態宣言は解除された*3。緊急事態宣言は、罰則を伴わないものだったにもかかわらず、社会的距離を保つという意味では、かなり徹底されていたのかもしれない。観光地は閑散とし、パチンコ店ですらほんの一部店舗を除いて休業に追い込まれていた。これはどうして可能だったのか。
 日本は同調圧力の強い国だといわれている。日本社会の秩序は、人に迷惑をかけてはいけないという価値を多くの人が共有することによって維持されている。社会的に迷惑をかけたとSNSを含むメディアによって認定された人は激しいバッシングの対象となり社会的に排除される運命にある。「自粛警察」なる言葉が取りざたされたが、コロナに感染した人は、家族を含めて小さくなって生活しなくてはならなくなるのが日本である。今回の緊急事態宣言による自粛がある程度コロナの感染を抑止できたのは、こうした日本社会の特徴を抜きに考えることはできないだろう。

※本稿は上下に分かれており、次回『季刊刑事弁護』104号コラムでは、コロナ対策やコロナ不安が犯罪や刑事政策に与える影響について分析する予定であり、その概要は次の通りである。
 犯罪学には環境犯罪学という分野がある。環境犯罪学は、犯罪(加害)者となり得る人はどこにでも存在するという前提の下で、被害者の行動パターンや犯罪が起こりやすい環境を変えることで犯罪の発生を防ごうと考える。コロナ対策も同じである。コロナに感染した人はどこにでもいるという前提で、他人との間に社会的距離を保つ、多数の人が密集して騒がないことを基本とした「新しい生活様式」が提唱されている。こうした社会的距離を保つような生活様式は、環境犯罪学が防犯を考える上での理想とする生活様式でもあり、各国で街頭犯罪が減少している。ただし、環境犯罪学は、新しい生活様式が防犯に有効であることは教えてくれるが、それによって私たちの生活が豊かになるかはまた別の話である。


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【補注】
*1 インフルエンザ関連の死亡者数については、国立感染症研究所がインフルエンザ流行シーズンごとの死者数を報告している。インフルエンザに感染し死亡する人はハイシーズンで週400~500人である。政令指定都市の死亡者数を見ると2月に死者数が閾値を大きく超えているなど、特に東京で不自然な動きをしている週が存在することから、この時期コロナに感染していたかもしれない死亡者が見逃されていたのではないかとの指摘もあるが、いずれにしてもその後は大きく減少しており、仮にコロナ関連とされていない肺炎死亡者の中にコロナ感染者がいたとしても死亡者が何割増しになるということはないと考えられる。
https://www.niid.go.jp/niid/ja/flu-m/2112-idsc/jinsoku/1847-flu-jinsoku-2.html

*2 潜伏期間を含めると新規感染者数は2週間前の感染状況を示すと言われており、緊急事態宣言の効果が表れ始めるのは4月21日くらいからである。つまり、感染者がピークアウトしたのは緊急事態宣言による直接的効果ではない。

*3 欧米と比較すると死者数や人口あたりの死亡者数は共に一桁以上低い数値となっているが、同じアジア圏内で比較すると、台湾、韓国、中国と比較しても死亡者数が高くなっており、感染症対策として成功してはいないという指摘もある。
https://www.jmedj.co.jp/journal/paper/detail.php?id=14724


浜井 浩一教授(本学法学部・犯罪学研究センター 国際部門長)

浜井 浩一教授(本学法学部・犯罪学研究センター 国際部門長)


浜井 浩一(はまい こういち)
本学法学部教授・犯罪学研究センター 国際部門長・「政策評価」ユニット長、矯正・保護総合センター長
<プロフィール>
法務省時代に矯正機関などで勤務。法務総合研究所や国連地域間犯罪司法研究所(UNICRI)の研究員も務め、国内外の犯罪や刑事政策に精通。犯罪統計や科学的根拠に基づいて犯罪学を研究中。
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【特集ページ】新型コロナ現象について語る犯罪学者のフォーラム
https://sites.google.com/view/crimrc-covid19/