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2022.03.03

「2021年度第2回 龍谷大学法情報研究会」実施レポート・前半【犯罪学研究センター】

法教育とは何か 〜模擬裁判の実践を通じて検討

2022年2月10日(木)、犯罪学研究センター「2021年度第2回龍谷大学法情報研究会 公開研究会」をオンラインで開催し、約35名が参加しました。

法情報研究会は、犯罪学研究センターの「法教育・法情報ユニット」メンバーが開催しているもので、法情報の研究(法令・判例・文献等の情報データベースの開発・評価)と、法学教育における法情報の活用と教育効果に関する研究を行なっています。

今回は3名の研究メンバーを迎え、前半は「法教育」について、後半は「位置情報取得捜査の最前線」について報告いただきました。
【>>EVENT概要】https://www.ryukoku.ac.jp/nc/event/entry-9826.html
【>>これまでのレポート一覧】https://www.ryukoku.ac.jp/nc/news/entry-9218.html

 

■報告1:「文学模擬裁判の実践・研究と展望~平和教育としての試み」
札埜和男 氏(岡山理科大学 教育学部・准教授)

 札埜准教授は、文学模擬裁判について「法の知識などにとどまらずにことばを通して人間や社会という不条理な存在を深く考える姿勢を養う模擬裁判を『国語的模擬裁判』とし、その中でも文学作品などを利用したものを『文学模擬裁判』と定義する」と説明しました。続いて札埜准教授は、国語的模擬裁判と社会科での模擬裁判(公民科模擬裁判)を比較し、登場人物(主体)を記号として扱い(例:被告人X、被害者Y)、法的思考能力を養うことを目的とする社会科の模擬裁判と異なり、国語的模擬裁判が人間そのものを重視していることを強調しました。札埜准教授はこれまで、高校生や、インターナショナルスクールの生徒を対象に、さまざまな文学模擬裁判を実施してきました。インターナショナルスクールでは、学生たちの言語能力が飛躍的に向上したり、他国と共通する社会問題への共感を得られたりしました。そして、新しく創設される「公共」という科目で哲学やシチズンシップも視野に入れながら文学模擬裁判を実施する予定であることを述べました。

 次に札埜准教授は、高校生オンライン模擬裁判選手権の指導のために訪れた広島女学院高等学校で、『MY HIROSHIMA』という絵本を受け取ったことにまつわるエピソードを紹介しました。この絵本は札埜准教授が中学生の時に美術を教わった、被爆経験のある森本順子先生によって作られた書です。あとがきには「戦争も、原爆を落とすのも、誰でもない、人間自身がやるのであって、他のなにものがやるというのか。人間を大切に思う心の欠落した、大人たちのしわざであれば、そんな大人に決してならないよう、ひとりびとりの大人が、目の前の子供たちに、人間を大切に思う心を、教え育てていくことこそ、大人としての義務、責任というものであろう。」と書かれています。
これを踏まえて札埜准教授は「森本順子先生との出会い直しを契機として、犯罪を文学の枠組みで考えると、人間は愚かであるという気づきを通じて自分自身の愚かさにも気づく。その気づきにより、犯罪者と自分自身が地続きであることを実感できることが大切だとつくづく思った。その『地続き』感覚がなければ、思考力、判断力、表現力、論理力を養ったとしても意味がないのではないか。」と、考えを述べました。
 また、オンライン模擬裁判選手権の題材として使用した『藪の中』の一文を踏まえ、「最新の研究成果としては、芥川龍之介が一番言いたかったのは、人間の力や知恵ではどうにもできない偶然(たまたま)の出来事によって、人間の運命は翻弄されるということらしい。」と解説しました。

 最後に札埜准教授は、文学模擬裁判と平和教育の関連を踏まえて、「人間というものがいかに愚かであるかということや、人生の不可思議さへの気づきがあってこその法的思考力や判断力ではないだろうか。その基盤がないうえで、新しい学習指導要領の求めるままに、資質・能力を育てることを重視することはある意味恐ろしさを感じる。国語科教育の研究者や実践者に文学模擬裁判を評価する方々が増えてきている。ぜひこの文学模擬裁判を、一生かけて隅々まで広げたい。」と、文学模擬裁判への今後の決意を述べて、報告を終えました。


札埜和男 氏(岡山理科大学 教育学部・准教授)による報告の様子

札埜和男 氏(岡山理科大学 教育学部・准教授)による報告の様子


■報告2:「本年度のUSLEによる模擬裁判の実施状況と高校生裁判員時代における法教育」
今井秀智 氏(弁護士・一般社団法人リーガルパーク)

 今井氏は報告のはじめに、成人年齢引き下げによって高校生が裁判に参加する可能性に対する考えを述べた動画を流しました。その中では、選挙権と裁判員制度について、権力を行使する人間を選ぶ、間接的な主権の行使といえる選挙権と、司法権という権力を直接担う、直接的な主権の行使といえる裁判員制度の間には大きな違いがあることが主張されました。また、裁判員裁判では、人の生死に直接かかわる可能性があるため、その重みも大きく異なります。今井氏は、これらの理由から、他国では選挙権と裁判に参加することになる下限年齢が必ずしも同じではないことを示し、制度の趣旨と民主制の在り方について、今後も十分に議論する必要があると主張しました。

 しかし現実の制度上では、2022年から、18歳の裁判員が誕生する可能性があります。これについて今井氏は、「多様性の観点からも、裁判員の参加年齢を引き下げること自体が悪いのではなく、問題はいかに高校生に裁判員を務めるために必要な資質や能力を授けていくかということだ。高校生だけでなく、小学校、中学校時代から法教育をこれまで以上に充実させるべきである」と述べました。この「法教育」について今井氏は、法教育とは、法律自体や法の制度を学ぶものではなく、法やルールについての考え方を身に着け、主体的かつ積極的に社会に参加する市民を育てる教育と説明し、さらに、従来の学校教育が答えを探す「正解発見型」教育であるため、答えのないものを考え、話し合いながら結論を出すというその過程に価値を見出す法教育に現場が追い付けていないように感じていると述べました。

 今井氏は、これらを踏まえて今後の法教育への展望を語るため、USLE(日本法教育学生連合会: http://usle.jp/ )の活動について紹介しました。USLEは、大学生や法科大学院生を中心とした法教育授業を行う団体であり、今井氏は、選挙権の年齢引き下げに伴い、USLEに対する模擬投票の授業のオファーが格段に増えたといいます。そのうえで今井氏は、「模擬投票授業は高校生の関心を高めるうえで有意義であるが、裁判員の年齢が下がるのならばこれと同じように模擬裁判をすればよいかというとそうではない。役割を作りこみ演じさせるような模擬裁判ではなく、事実を証拠に基づいて認定し、その事実を法という物差しに当てはめて合理的かつ常識的な結論を導き出すという、法的思考をしっかり身に着けさせる授業こそが大切である」と述べました。また今井氏は「法教育はまさに憲法13条の個人の尊厳に基づく「価値相対主義」教育であり、多種多様な考え方の中から、議論を通じて、正しいものではなくよりよいものを選択し、社会を自律的に動かしていくための力を養うものである。他の科目においてもこのような授業を繰り返し行うことこそが求められている」と主張しました。そして、今井氏は、「高校生に対して、法教育を通して大人に近づくことを求めるのでは無く、裁判官を含め、裁判員として参加する大人たちが、高校生の意見を純粋で貴重な若者の意見として尊重する場を作ることが大切。評議の場において大人が高校生を導き、高校生が自らの判断として責任ある意見を表明するかどうかにかかっていると思う」と述べました。

 次いで、今井氏は、法教育を通して人は自分と同じことを考えていないと気づくことに加え、最近の中学生、高校生のイメージする力や言葉で何かを伝えようとする力が弱まってきていることや、大人と子供の会話の減少なども見直していく必要があると主張しました。最後に今井氏は、今井氏が代表を務める一般社団法人リーガルパークの今後の活動について、NHKの「昔話法廷」について議論するコミュニティサイトを作ることや、小劇場で大人も子供も集めて模擬裁判を行うといったことを考えていると説明し、報告を終えました。


今井秀智 氏(弁護士・一般社団法人リーガルパーク)による報告の様子

今井秀智 氏(弁護士・一般社団法人リーガルパーク)による報告の様子


■法教育に関するディスカッション

 札埜准教授・今井氏の報告後、両名の間で大きな意見の相違があった「法教育」に関してディスカッションが行われました。
 今井氏の「法教育では合理的な論理と判断能力によって考える能力を身に着けることが大切ではないか」という意見に対して、札埜准教授からは「新しい学習指導要領は資質・能力を育てることを重視するが、そうした力を持つことのできない生徒を傷つけることもあるだろう。資質・能力ばかりを求めていては、教育は無味乾燥となる」という主張がなされました。これについて参加者の村井 敏邦氏(本学名誉教授・弁護士)から「法律の専門家は文学作品を法律的に読んでしまい、逆に文学者は法律がわかっていないという思考方法の違いがあるが、その思考方法が合わさるところに面白さがある」という指摘がありました。また、今井氏の報告の中で出てきた「現在の学校教育は正解を求めるものばかりだ」という点について、別の参加者からは「自分の観点から意見を発するという点では、他者の物差しを自分の中に取り入れる必要があり、そのためには自分の感情や考え、感覚といったものを掴まなければならない。その点で、文学模擬裁判で他者になりきって演じることは、時間はかかるが子どもたちの考えの幅を広げることに大きく影響を与えるだろう。このような過程を経ず、ただ法について学ぶだけではうまくいかない可能性があると考える」という意見が出ました。これに対して本報告会のホストである石塚伸一教授(本学法学部・犯罪学研究センター長)からは、「法学的思考方法のトレーニングを受けた人は、その枠組みから出ることが難しくなる。ただ、実際の裁判において、実は弁護士も相手の立場、気持ちを考えるということをしている。それを学ぶことが裁判に参加する人、すなわち、裁判員に選ばれる可能性のあるすべての人に必要なので、そのためには文学模擬裁判のような教育の場所設定が必要だと考える」と意見が述べられました。


ディスカッションの様子(写真右上:石塚伸一教授/写真右下:村井 敏邦氏)

ディスカッションの様子(写真右上:石塚伸一教授/写真右下:村井 敏邦氏)


今回の白熱した議論を踏まえて、今後の法教育の在り方について、ふたたび研究会を企画することが決定されました。
(※日時・詳細は後日発表)


【関連記事】これまでの法情報研究会レポート:
https://www.ryukoku.ac.jp/nc/news/entry-9218.html