Need Help?

News

ニュース

2022.03.30

第32回CrimRC(犯罪学研究センター)公開研究会を開催【犯罪学研究センター】

地方裁判所の死刑判決に関する地理的考察

龍谷大学犯罪学研究センターは、2022年3月11日18 :00より第32回CrimRC(犯罪学研究センター)公開研究会「地方裁判所の死刑判決に関する地理的考察」をハイブリッド形式で開催し、約85名が参加しました(対面:12人・オンライン:73人)。当研究会では、はじめに、荻野 太司准教授(福山平成大学 福祉健康学部)による報告が行われ、指定討論者として丸山 泰弘教授(立正大学 法学部/犯罪学研究センター嘱託研究員)がコメントしました。
【イベント情報: https://www.ryukoku.ac.jp/nc/event/entry-9988.html
主催:犯罪学研究センター(CrimRC)

〔報告者〕
 荻野 太司(福山平成大学 福祉健康学部 福祉学科・准教授)
〔指定討論者〕
 丸山 泰弘(立正大学 法学部・教授/犯罪学研究センター嘱託研究員)

石塚伸一教授(犯罪学研究センター長)による企画趣旨説明:

 本研究会のテーマは「死刑」の問題です。犯罪学では死刑問題は古くから扱われているテーマですが、時代の変化とともに、議論の在り方も変わってきており、現在では「伝統的な死刑廃止論」の議論が時代遅れとされつつあります。荻野准教授は死刑の議論に関する新たな論点として、日本の地方裁判所における死刑判決の地理的考察について報告します。
 実は、2004年(あるいは2005年)、アメリカ・テキサス州で調査旅行をした際に、死刑判決の地理的な相違点について調べる機会がありました。死刑の存置州・廃止州の数の変化をみると、ここ数年では大きな変化がありません。しかし、カウンティ(郡)ごとで死刑判決を分析し、10数年前と現在とを比較すると、死刑判決の数が減っていることは明らかです。その理由は経済問題に大きく関係していると説明されています。つまり、死刑裁判に関わる費用(訴訟費用)は死刑判決の数に影響を与えます。「貧しいカウンティ」においては、死刑を言い渡すと、死刑裁判に関わる費用は地域が負担する必要があるため、地域の予算が減り、小学校などに与えられる教育費が減ります。アメリカでは、検察官が選挙により選ばれるため、そういった経済的な理由があって、死刑を言い渡さないことが候補者の綱領に含まれることがあります。


石塚伸一教授による企画趣旨説明の様子

石塚伸一教授による企画趣旨説明の様子

 死刑の存置州の一つであるテキサス州では、死刑判決が行われるカウンティは二つか三つしかありません。それは、最も大きなカウンティです。それまでは、大きなカウンティにおいては重大犯罪が比較的多いからだと理解していたのですが、実は、これらのカウンティには経済的に余裕があり、死刑事件を扱うことができることが大きな理由です。このように、死刑をめぐる地理的比較は大事な研究であり、面白い発見につながりうると思います。
 日本を対象とした今日の報告がこれからの我々の研究活動をインスパイアさせることを期待しています。

荻野 太司准教授(報告者)の報告要旨:
「地方裁判所の死刑判決に関する地理的考察」


 当報告は、地方裁判所別の死刑判決調査に基づき、多角的に分析を行い、死刑判決に影響を与えうる様々な要素を探ることを目的としています。犯罪調査や、統計を用いて死刑の抑止力などを巡る都道府県別分析がありますが、死刑判決数に重点を置いた地方裁判所別の研究は依然として行われていません。この問題意識を持った上で、荻野准教授はまずアメリカにある先行研究について説明を行いました。その際、同じ州の中で、死刑執行は郡(カウンティ)により大きく異なっていることや、死刑執行にかかわる費用はすべて納税者が負担することが紹介されました。地域別研究により明らかにされたこれらの要素が、2000年以降アメリカでの死刑執行に歯止めをかける動きにつながったことが説明され、荻野准教授は日本を対象とした同様の死刑判決数の地理的偏在性を対象とした研究に期待ができると主張しました。


荻野准教授による報告の様子(アメリカの例)①

荻野准教授による報告の様子(アメリカの例)①


 日本における調査は2つのレベルで行われました。まず、70年間にわたる各地方裁判所の死刑判決数と「死刑判決空き年数」(その裁判所で死刑判決が出されなかった年数)の分析結果が発表され、それに続けて、死刑判決数と相関関係にある要素についての説明がなされました。
 各地方裁判所の死刑判決数と死刑判決空き年数の分析結果としては、各地方裁判官における死刑判決数が紹介され、東京(118件)、福岡(49件)と大阪(48件)の順に多く死刑判決が下されたたことが確認されました。その反面、山形では、70年間、死刑判決が言い渡されていないことが示されました。空き年数に関しては、大都市部においては死刑判決空き年数は少ないものの、山形の他に旭川、函館と福井においても、50年以上死刑判決が出なかったということが指摘されました。地域別の死刑判決数と死刑判決空き年数のデータと並行して、地域別に行われた死刑に対する世論調査についての説明が加えられました。その際、荻野准教授は小都市と中都市においては、死刑判決数が比較的に低いにも関わらず、「死刑はやむを得ない」と思う市民や「死刑は犯罪に対する抑止力がある」と思う市民が最も多いことを説明しました。その後、これらの考察に基づいて、死刑に対する日本国民の立場を様々な観点から検討し、なぜ死刑判決が少ない地域では死刑が犯罪に対する抑止力を持つと思われているのかという主な疑問に基づいて報告がなされました。


荻野准教授による報告の様子②

荻野准教授による報告の様子②


 続けて、大都市部とその周辺の地域が比較的に数多くの死刑判決を出していることが日本における死刑制度の維持を可能としていることが指摘されました。荻野准教授は地方別で、死刑判決数と、人口・殺人検挙人員・殺人罪起訴人員・判決数という要素を比較したところ、すべての要素との相関関係が高いことを明らかにしました。


荻野准教授による報告の様子③

荻野准教授による報告の様子③


 報告の後半で荻野准教授は「死刑のコストの偏在性」に着目しました。死刑判決数の多い地域がコストの負担を負うべきか、又は国民全員でそのコストを負うべきかという疑問に軸足を置き、地方別で死刑判決数と税収の間にある強い相関関係を表わせるデータ分析が紹介されました。最後に、荻野准教授は、当研究を完成させるために必要となるこれからの課題(死刑判決と無期刑判決の減少やその他の判決の推移を配慮した地域別の分析など)を紹介して、報告を終えました。
 

丸山 泰弘教授(指定討論者)の報告要旨:
「”それ” 以外の要因と死刑」


 指定討論者である丸山教授は、アメリカの例を用いて、犯罪行為以外で死刑判決に影響を与えうる要素や、死刑議論の転換がどのようにして日本への示唆となるかについて検討しました。死刑存置の立場であっても不適当な運用方法で死刑を維持すべきとは考えておらず、死刑を維持するに足りる国であるべきと考えているであろうと指摘しました。
 まず、丸山教授はアメリカにおける死刑を巡る議論の動向について説明を行い、死刑制度に賛成する保守派が発展させた考え方(新廃止論と名付けられる)に焦点を当てました。その際に、伝統的に死刑廃止論の中心にあった冤罪論から、新廃止論へシフトした要因について、冤罪の問題を超えて、死刑判決の公平性と一貫性の問題が主に重視されるようになった過程を挙げ、実務におけるその影響について説明しました。


丸山教授による報告の様子① (アメリカにおける新廃止論について)

丸山教授による報告の様子① (アメリカにおける新廃止論について)


 続けて、荻野准教授によって行われた報告と関連付けて、丸山教授は、日本にはスーパー・デュー・プロセス*1がないことや絞首刑の残虐性をはじめとする、日本における死刑存置派の意見に影響を与えうるような要素を並べて説明しました。その上で、丸山教授は「事件」や「犯行」そのもの以外が要因で死刑判決が左右される可能性について論じ、地域性を巡る研究の意義を主張しました。
 最後に、アメリカにおける死刑事件における手続保障として、スーパー・デュー・プロセスとその中心にあるミティゲーション・スペシャリスト(mitigation specialist)という、減軽事情を調べる調査官により行われる徹底した調査の在り方が紹介されました。


丸山教授による報告の様子②(アメリカにおけるスーパー・デュープロセスとミティゲーション・スペシャリストについて)

丸山教授による報告の様子②(アメリカにおけるスーパー・デュープロセスとミティゲーション・スペシャリストについて)


 以上のように丸山教授は、アメリカにおける死刑新廃止論を一つの柱として、日本では死刑制度を維持するのに十分な法的整備があるか非かという点に議論を発展させるべきであり、死刑制度の廃止は制度の段階的な改善を通じて図られた方が効果的であることを主張しました。


丸山教授による報告の様子③

丸山教授による報告の様子③


質疑応答

Q : 有期刑も合わせて、死刑、無期と比べるとなにか言えることはありうるでしょうか。これも地域差とはあまり関係ないかもしれませんが。
荻野准教授:有期刑のデータを用いた分析を現在行っているところですが、確かに大事な要素となると思われます。

Q :裁判員裁判が始まって、裁判に地域性が出るのだろうか、裁判は日本中差がなく同じなのだろうか、と考えていたので、とても興味深かったです。アメリカは手続にとてもコストがかかると聞いたことがありますが、日本でも死刑事件は他に比べてコストが掛かっているのですか。ご報告にあったように、1事件あたりいくらくらいというような金額がわかるのでしょうか。
荻野准教授:死刑判決となる事件のコストについては答えにくいですが、刑事政策の観点からは、コストが誰の負担になるのかはとても意識されています。
石塚教授:じつは、死刑制度を維持するには死刑の執行場所を維持する必要があります。これらの設備を維持するにはさまざまな配慮が必要で、多くのコストがかかります。


質疑応答の様子

質疑応答の様子


参加者アンケートから(一部抜粋)
○「法学部生だけではなくとも、データサイエンス教育が必修化されているので、こうした社会学的研究が教材化されることを期待しています。」
○「興味深い研究のご報告をいただきありがとうございました。事実学的な死刑制度の分析の必要性については問題意識を同じくするところです。この研究を更に発展させていただきたく思いました。」
○「お話を聞いて、ある地方都市で長期の裁判員裁判を担当した方のお話を思い出しました。100日を超える裁判に参加できる人は限られており、抽選で選ばれた裁判員同士、元々面識のある人も複数いた。地域で暮らす1人として、裁判が終われば終了とはならない、暮らしの中でずっと抱えていく出来事になったそうです。地域で自治を進めるということと、公平公正ということをどう理解すればよいのか、あらためて考えています。」

【補注】
*1 スーパー・デュープロセス:
死刑存置州のあるアメリカ合衆国では、連邦憲法と連邦最高裁の判例により、死刑事件については、冤罪を防ぐために、一般的なデュープロセスよりも厳格で手厚い刑事司法手続が求められている。これをスーパー・デュープロセス(超適正手続)と呼ぶ。
>>参照:丸山泰弘教授による記事:
現代ビジネス「死刑賛成派」も知っておくべき「日本の死刑制度」驚きの“ほころび”(2021.07.30)