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2022.04.15

科学鑑定ユニット公開研究会を開催【犯罪学研究センター】

研究会の歩み:SBS問題が科学鑑定のあり方に問いかけるもの

2022年3月30日18:00より龍谷大学犯罪学研究センターは、科学鑑定ユニット公開研究会をオンラインにて開催しました。本研究会には、30名が参加しました。
【イベント情報:https://www.ryukoku.ac.jp/nc/event/entry-10089.html


概要
2016年に発足した龍谷大学犯罪学研究センターは、私立大学ブランディング事業の終了に伴い、今年度末に一つの区切りを迎えますが、センターを母体とする科学鑑定ユニットは、2022年度以降も研究活動を継続します。本研究会では、2022年度からの新たなスタートに向けたこれまでの総括として、科学鑑定ユニット発足時から検討を続けているSBS問題の現状と課題(各論)を踏まえて、司法と科学(総論)の今後のあり方について検討しました。
はじめに古川原明子教授(龍谷大学法学部、科学鑑定ユニット長)が話題提供を行い、つぎに笹倉香奈教授(甲南大学法学部、犯罪学研究センター客員研究員)、徳永光教授(獨協大学法学部、科学鑑定ユニットメンバー)、平岡義博氏(立命館大学 上席研究員、科学鑑定ユニットメンバー)が指定討論を行いました。

話題提供:古川原明子教授(龍谷大学法学部、科学鑑定ユニット長)「科学鑑定ユニット5年間の歩みーSBS仮説をめぐる法的問題」
古川原教授は話題提供として、5年間の科学鑑定ユニットの活動を総括した後、SBS仮説がもたらす法律問題と今後の課題について報告しました。
科学鑑定ユニットは、刑事司法における科学鑑定を研究対象として、科学鑑定に関する国内外の最新の「知」を集結させてそこで得られた知見をもとに、科学的根拠のある証拠を刑事裁判で用いることができるような科学鑑定の枠組みを提示し、その実践を刑事裁判において担う刑事弁護人や専門家証人などの専門家集団の形成を目指してきました。このうち前者の「知見の集結」を担ってきたのは、矯正・保護研究センターから引き継いだ法科学研究会です。2017年以降、法医学、法学、医学、心理学という幅広い領域から講師を招聘して、研究者や実務家の自由な議論を行いました。第1回のテーマは「揺さぶられっこ症候群と刑事裁判」でしたが、ここから、「SBS検証プロジェクト」との協働関係も生まれました。

揺さぶられっこ症候群仮説(Shaken Baby Syndrome: SBS)は1990年代に日本に持ち込まれた概念です。乳幼児にみられる三徴候(硬膜下血腫、網膜出血、脳浮腫)は、身体的な虐待を受けたことに起因するもので、これらの徴候は虐待後すぐに発症するとされることから最後にその乳幼児と一緒にいた者が虐待を行ったという判断を導きます。しかしこの考え方は医学的に確立したものではなく、2000年以降、欧米では批判がなされてきました。一方、日本では虐待の診断基準として広く用いられ、刑事裁判での有罪を生んできました。こうした問題について法科学研究会で問題提起がなされたことが契機となって、科学鑑定ユニットもSBS仮説に注力してきました。海外の知見に関する視察や国際シンポジウムを実施して多領域の専門家が議論する場を提供し、ユニットメンバーはその成果を論文や学会報告等で広く公開してきました。こうした活動によって、ユニットの目的であった知見の集結と専門家集団の形成には一定程度の方向性を見出すことができました。SBS問題を通じて、信頼できる科学鑑定の確立、いわば科学鑑定の科学化の必要性を主張してきたと言うことができるでしょう。

いま求められているのはSBS仮説の徹底的な見直しですが、多くの課題があります。SBS仮説の検証には小児科、脳神経外科、放射線科、眼科、産科、法医学、病理学など多分野の知見が必要です。また三徴候のメカニズム解明や診断基準の検証のための研究をどうデザインするのかという課題もあります。そして、刑事裁判における科学的証拠の取り扱い自体に関する検討が必要です。さらにSBS仮説によって虐待を行ったとされた人が不当な身体拘束、訴追、報道を受けるだけでなく、不当な親子分離にあうなど、SBS仮説の影響は多岐にわたります。たとえば、先日国会に提出された児童福祉法改正案は、虐待の疑いのある児童の一時保護の開始時に司法の判断を求める「司法審査」を新たに導入しています(2022年3月現在)。しかしこの手続きには問題があります。虐待に関する判断を行う医師の意見が審査結果を大きく左右するため、SBS仮説を支持する医師の意見によって、子どもの不適切な保護が行われてしまう可能性があるのです。また、2009年に臓器の移植に関する法律が改正された際、虐待された疑いのある児童を、ドナーから除外することを求める旨の附則が設けられました。SBS仮説を提唱する医師らが、SBSによる虐待が小児脳死のかなりの割合を占めていると主張したことが、大きく影響しました。


古川原明子教授(龍谷大学法学部、科学鑑定ユニット長)

古川原明子教授(龍谷大学法学部、科学鑑定ユニット長)

以上のような様々な問題を踏まえて、科学鑑定ユニットでは今後も、蓄積されてきたSBS無罪事案の分析、専門家証人の信用性に関する検討、司法審査の導入に関する検討を継続する予定です。

指定討論1:笹倉香奈教授(甲南大学法学部、犯罪学研究センター客員研究員)
笹倉教授は、SBS/AHT(Abusive Head Trauma;虐待による頭部損傷)をめぐる議論の現状について報告しました。SBS検証プロジェクトは笹倉教授が秋田真志弁護士(大阪弁護士会)と共同で2017年に設立したプロジェクトです。プロジェクトではSBS/AHTをめぐる議論を客観的・科学的に検討しており、医学的意見の信用性を高めるためにどうすればいいのかを議論しています。研究活動や弁護活動だけでなく、SBS/AHT冤罪の被害者が集まる当事者の会や国会議員へのロビイングなども続けています。こうしたプロジェクトの活動の結果、SBS/AHT事案では無罪判決が相次いでいます。この理由として、検察官や元検察官の中には、「SBS否定論者」らの弁護士が前提の誤った議論を行うことによって裁判員が混乱することや、医療記録や解剖記録が裁判員には刺激が強い/理解できないとして排除されることが要因であると指摘する者もいます。しかし、実際の事件の無罪判決で裁判所が指摘しているのは、証言した医師の意見の危うさ、CT画像の誤読、不誠実な文献引用、そしてSBS理論に依拠した事実認定の危うさです。他にも、裁判所は有罪を導く推認の根拠について厳密な審査が必要だとして、医師の意見に論理矛盾、客観的資料の看過があったり、不確かな伝聞に依拠したりしていないかを判断する必要があると指摘しました。これらの無罪事件からは、三徴候の他の原因が十分に除外されていなかったことが明らかになっています。医師の見解にエビデンスがあるのかを精査すべきです。弁護戦略によって無罪判決が得られたのではなく、これまでエビデンスに基づいた虐待認定ができていなかったからこそ、無罪判決が言い渡されてきたといえます。

そもそもSBS/AHT研究は「自白」した事例をもとに仮説を提唱したもので、現在は三徴候があるからといって揺さぶりなど虐待が行われたと判断できるような医学的なエビデンスは不十分です。SBS/AHTの診断に依って立つ「医学的知見」のゼロベースでの見直しが必要です。


笹倉香奈教授(甲南大学法学部、犯罪学研究センター客員研究員)

笹倉香奈教授(甲南大学法学部、犯罪学研究センター客員研究員)

指定討論2:徳永光教授(獨協大学法学部、科学鑑定ユニットメンバー)
徳永教授は、科学鑑定の課題について報告しました。刑事手続における科学的証拠には適切な評価と活用が必要です。刑事手続の議論においては、科学鑑定は大きく3つの領域に分けて扱われています。1つ目は筆跡、DNA型等の科学的証拠で、多くの場合、実験による検証が可能で、証拠能力を巡る議論の対象となってきました。2つ目は死因、成傷機転を判断する医師の意見である法医学・医学鑑定で、応用・臨床研究に基づくものが多く、鑑定制度、評価の在り方が議論されてきました。3つ目は責任能力、供述の信用性を判断する精神鑑定・心理学鑑定で、応用・臨床研究に基づくものが多く、鑑定の要否も議論されてきました。信頼性に疑義のある科学的証拠は以下の3段階を経ると言われています。①当初、専門家間で鑑定方法の検討が行われず、争点化されないために裁判での採用例が増える、②科学者による検証がなされ始めると、裁判でも具体的に争われるようになるものの、既に採用例が多く信用性を弾劾することが難しくなる、③問題点を指摘されつづけることでその鑑定方法は使用されなくなっていくが、理論や方法論に誤りがあったのかどうか解明されることはない、という3段階です。そのため、科学鑑定はその実用化段階で審査・峻別する仕組みが必要です。科学界では以前の方法が廃れ、別の方法に置き換わるのも発展の一つではありますが、鑑定の結果次第で冤罪も発生しうる刑事裁判での利用にあたっては、特別な基準が必要でしょう。SBS/AHTを巡る議論では、従来の科学鑑定と比べて、理論の問題点が指摘されて反論がなされるまでの期間が短いという特徴があります。これはSBS検証プロジェクトや専門家の協力の成果であり、他の科学的証拠にも同様の仕組みが必要です。さらに、証拠能力基準についても検討が必要です。


徳永光教授(獨協大学法学部、科学鑑定ユニットメンバー)

徳永光教授(獨協大学法学部、科学鑑定ユニットメンバー)

日本においても、科学的証拠には特別な規定が必要で、専門家の資格や認証制度等も含めて、仮説検証の考え方にもとづく信頼性の判断基準についても検討が求められます。また、非常に高度かつ複雑な専門的な鑑定の証明力評価のあり方についても、立証責任との関連で日本の判例等を検討していきたいと思っています。

指定討論3:平岡義博 氏(立命館大学 上席研究員、科学鑑定ユニットメンバー)
平岡氏はSBS/AHT仮説の科学的証拠としての信頼性について報告しました。科学的証拠には信頼性が重要ですが、その信頼性には方法の信頼性と実施者の使い方の信頼性があります。方法の信頼性は、科学鑑定の方法自体の信頼性で、SBS/AHT仮説でいうと、三徴候に基づく虐待診断の方法が信頼できるかどうかということです。これには三徴候による判断はあくまでも仮説であるという問題点があります。実施者の使い方の信頼性は、鑑定者、警察・検察、裁判官という刑事裁判における科学鑑定の使い方で、SBS/AHT仮説でいうと、医師が診断を行い、警察・検察がその医師の診断結果に基づいて訴追し、裁判官が医師の意見という証拠に基づいて判断をする過程それぞれに信頼性があるかどうかということです。これには、三徴候による仮説が判断に便利で、科学的証拠があって確実だという思い込みを生じさせやすいという問題点があります。刑事裁判では方法の信頼性と実施者の使い方の信頼性の両方が重要です。科学と司法それぞれの専門家が、訴追において科学は高度な基準を有していなければならないという共通認識を持っているものの、仮説の検証、再現実験、判断などにおいて前提とする概念に乖離があります。科学と司法にはすみわけが必要な面もあり、ポリグラフ検査をして生理反応があったといってもただちにその人が犯人だとは言えず、DNA型検査で同型と判定されたからといってもただちにその人が犯人だとは言えません。同様に脳科学的所見によって三徴候という虐待合意基準に合致したからといっても虐待によってその症状が生じたと断定することには疑問を感じます。誤判防止のためにはまず、医療的合意基準が必要です。虐待にしかみられない症状・所見(正確性・的中率)を医療的指標の合意基準とするなど、最小限の判断基準が求められるでしょう。また虐待死亡事案の捜査法の改善も必要です。自白獲得のための糾問的な取調べではなく、情報収集のための傾聴的な司法面接を取り入れるなどが必要です。さらに専門家による証人訊問の改善も求められます。

事件ごとに複数の鑑定人が意見書を提出するカンファレンス鑑定方式、係争当事者が選任した専門家証人を同時に尋問するコンカレント・エビデンス方式などを導入し、対立主義から対話主義への転換が必要です。SBS/AHT事案では様々な分野の専門家が議論しており、こうした取り組みは今後の科学と司法のあり方のモデルになるでしょう。


平岡義博 氏(立命館大学 上席研究員、科学鑑定ユニットメンバー)

平岡義博 氏(立命館大学 上席研究員、科学鑑定ユニットメンバー)