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2022.06.06

第33回CrimRC(犯罪学研究センター)公開研究会を開催【犯罪学研究センター】

拘禁刑(自由刑単一化)創設は何をもたらすのか ?刑法一部改正案を検討する。

犯罪学研究センターは、2022年5月13日に第33回CrimRC公開研究会をオンラインで開催し、当日は約80名が参加しました。
【イベント情報:https://www.ryukoku.ac.jp/nc/event/entry-10393.html

第208回国会に提出された「刑法の一部を改正する法律案(閣法57号)」は、侮辱罪の法定刑の引上げの他に、刑法で定められている刑罰のうち、懲役刑・禁錮刑・拘留刑の区分をなくし、「拘禁刑」として新たに創設することが企図されています。*1
同法案が可決されると、明治40(1907)年に制定された刑法典の刑罰体系が、根本から変わる重大な改正となります。これまで積み重ねられてきた自由刑をめぐる議論のみならず、矯正実務にも大きな影響を及ぼすことが予想されています。それにもかかわらず、同法案をめぐる議論は抱き合わせの「侮辱罪の重罰化」*2に集中し、「拘禁刑への単一化」の問題については、十分な審議がなされていない状況です。事態を深刻に受け止めている研究者が中心となって有志を募り、「国会における真摯かつ慎重な審議と国民的議論の喚起を求める声明文」を、衆議院法務委員会委員に提出しました*3。


声明文要旨

声明文要旨

研究会では、声明文を提出した意図などについて石塚伸一教授(本学・法学部)が報告。それを受けて声明文の呼びかけ人に名を連ねている研究者がコメントを加え、最後に衆議院法務委員会の様子について本村伸子衆院議員(共産党)が参加者に情報を共有しました。

1.趣旨説明と論点整理
はじめに、石塚伸一教授(本学・法学部)より、「日本の刑罰体系を改変する刑法一部改正について〜自由刑の単一化は、矯正と保護に何をもたらすのか?〜」と題し、趣旨説明と法案にかかる論点整理のための報告が行われました。石塚教授は、「身体の自由を奪う刑である自由刑は、施設に閉じ込める以上の不利益を与えてはならないというのが、現在の国際的な人権認識の到達点だ。日本の刑罰では禁錮刑がこのような原則にみあっているといえる。懲役刑は、作業を強制させる刑罰であるため、強制労働を禁止する条約に抵触するおそれがある。禁錮刑を廃止して懲役刑に一本化し、さらに改善・更生という新たなる制裁を付け加えることとなる拘禁刑の創設は、国際的潮流に反するアナクロニズムだ」と主張します。また、今回の改正案が提出された経緯について、「今回の改正案について審議した少年法・刑事法(少年年齢・犯罪者処遇関係)部会は、刑罰改正部会でも、刑法改正部会でもないことに注意を要する*4。」と指摘します。つづけて、石塚教授は論点を提示しながら、参加者とともに確認していきます。


スライド資料1:論点

スライド資料1:論点


スライド資料2:検討課題

スライド資料2:検討課題

石塚教授は「今回の新自由刑(拘禁刑)の枠組みは、施設に拘禁し、労働を義務付け、処遇を強制するものである。たとえ改善・更生のための処遇であったとしても制裁として科すのであれば、刑の重罰化を意味する。拘禁刑の創設により、刑事施設の所長の権限にあわせて義務も大きなものになる。従来行われてきた改善指導のための説得と、それを納得しておこなうという現場での職員と受刑者の関係性の構築が、法の定めによって説明・強制に置き換わることは、処遇の効果を減じるだけでなく、責任回避にならないか。現行の法的な枠組みの中においても、現場の矯正職員は創意工夫してプログラムを組み、受刑者の対応にあたっている。しかし、どうしても提供できる処遇プログラムは予算の枠という限界がある。法改正によって改善指導を義務付けることよりも、予算の枠を広げることのほうが有意義である。近時における国際的な刑罰改革および人権擁護運動の成果、さらには、犯罪や非行からの「立ち直り(resilience)」や「離脱(desistance)」の理論の発展を踏まえることが必要だ。また、労働に倫理的な意味合いを付け加えることは極めて危険なことである。受刑者の主体性を基盤としない刑罰による支配や介入は、その効果および道徳的評価においても正当化されない。」と述べ報告を終えました。


石塚真一教授(本学・法学部)

石塚伸一教授(本学・法学部)


2.「声明文呼びかけ人」メンバーによるコメント(要旨)
石塚教授の報告を終えて、声明文の呼びかけ人メンバーよりコメントが寄せられました。                  
本庄武教授(一橋大学)
(刑務所で行われている刑務作業の問題について指摘しながら)「受刑者の自主性を引き出す取り組みが求められている。今回の改正は、国・刑務所が決めた路線に乗せることで、国が求めるような姿にしていくという色彩がみえる。」
武内謙治教授(九州大学)
「改正案は、国の基本法たる刑法それも刑罰に関わる条文であるのに曖昧に過ぎる。また、改善更生のための指導および作業を行うにしても、十分な人的体制が現在の刑事施設にはない。そのため、何回かで構成されるプログラムを形式的に組んでそれを守らせるといった方法が自己目的化しないだろうか。そうなれば、本来の『立ち直り』や『社会復帰』に必要なコミュニケーションにもとづく説得や信頼という人間関係の構築がないがしろになってしまう。今回の刑法改正案にあわせ、刑事施設法に社会復帰支援を導入しようという動きがあるが、刑事施設中心で行おうという発想に留まっている点が気がかりだ。諸外国では、刑事施設が抱える問題は複合的であり、そこを解決しないと受刑者の回復は難しいという認識のもと、多様な人々によるさまざまな関わり方を、刑事施設に収容されている段階から試みることが真剣に考えられている。刑罰だけでなく、支援のあり方という観点からみても刑事施設完結主義を貫こうとするのはアナクロニズムではないか。」
森久智江教授(立命館大学)
「ゼミで特別改善指導の問題点を取りあげた時、学生から、所定の作業やプログラムを義務付けることの問題をめぐる議論を理解しつつも、犯罪行為をおこなって刑務所に収容される人に対して何もしないで良いのかといった疑問が提示された。それは一般的な感覚であると思う。ただし、プログラムを義務付け実施することを法律で規定したところで、再犯防止という成果につながるとは必ずしも限らない。矯正職員は、これまでに法律の枠という中でさまざまな試みをしてきた。今回の法改正がそれを反映したものであるのか、別途検討しなければならない。」
丸山泰弘教授(立正大学)
(犯罪社会学の観点から犯罪と刑罰の関係を説明しながら)「今回の法案の拘禁刑の目的として規定される改善更生は、誰の視点からみたものなのかがまず問われて然るべきだ。刑事収容施設法においては、自覚と自主性に訴えという規定がなされているのにも関わらず、懲罰を用いて強制しても良いのかという議論は続いている。」


本庄武教授(一橋大学)

本庄武教授(一橋大学)


武内謙治教授(九州大学)


森久智江教授(立命館大学)

森久智江教授(立命館大学)


丸山泰弘教授(立正大学)

丸山泰弘教授(立正大学)


赤池一将教授(本学・法学部)

赤池一将教授(本学・法学部)

赤池一将教授(本学・法学部)は、「刑事収容施設法が成立した段階で、同法30条の「自覚に訴え」や90条「社会連携」の文言をどのようにフォローすべきかについて、きちんと議論をしなかったことを反省している。また、立法の経緯のなかで、審議録などを確認すると、海外の状況はもはや一顧だにされない状況が見てとれる。海外と位相が違うという側面は確かにある。しかし、例えば『日本の懲役刑はILO違反であり強制労働にあたる』と何故指摘されるのか、その発想の背景にある思想をいま一考える必要がある。」と懸念を述べました。

3.国会での審議状況について*5
本村伸子衆院議員(共産党)から5月13日に開催された衆議院法務委員会の様子について紹介がされました。本村議員は「国会においては、野党は反対しているが、(5月)18日に採決され、19日には衆議院の本会議を通過するであろう。侮辱罪の方に質疑が集中し、拘禁刑についてはあまり議論ができていない。」と状況を説明。つづけて法務委員会の場でおこなった本村議員の主張に対して、古川法務大臣からは「①個々の受刑者の特性に応じ、改善更生・再発防止の上で重要な意義を有する作業と指導をベストミックスした処遇をおこなうことができるようにするため、拘禁刑を創設すること、②仮に拘禁刑に処せられとしても作業や指導は義務付けることができないとすれば、作業や指導を拒むものに対して、改善更生、再発防止のための働きかけをおこなうことは不可能となり拘禁刑目的の達成できないこと、③自由の剥奪以上に苦痛を与えてはならない旨を規定する原則(ネルソン・マンデラ・ルールズ)は、法的拘束力のある国際的取り決めではない、④行刑における作業の意義は明らかであり、拘禁刑においても、報い懲らしめとして作業を課すというより、むしろ罪をおかしてきた者の改善更生、再発防止のための特別予防のために課すものとして位置づける」との答弁がされたこともあわせて共有されました。本村議員は「古川大臣の答弁と現場は違うと思うが、衆議院では通ってしまう可能性が高い。参議院もふくめて充分な審議ができるようみなさんと力をあわせていきたい、通過したとしても継続して政策を変えていくよう頑張っていきたい」と述べました。


本村伸子衆院議員(共産党)

本村伸子衆院議員(共産党)

最後に、石塚教授は「我々の提出した声明文には50名を超える刑事政策に関連する研究者に賛同を頂いた。今後も継続して自由刑に関わる議論をしたい。そして京都弁護士会からも反対声明が出されている*6ので是非ご参照ください。」と述べ、研究会は終了しました。

第208回国会に提出された「刑法の一部を改正する法律案(閣法57号)」は、2022年6月6日現在、参議院法務委員会にて審議中。6月7日に同法務委員会に石塚伸一教授が参考人として招致され、拘禁刑の問題について意見を述べる予定です。

【アンケートに寄せられたコメント】
研究会の参加者からは、次のようなコメントが寄せられました。その一部を紹介します。
●「行刑の現場の声が反映されていないというご指摘が印象に残った。教育現場の理論(アクティブラーニングや自主性)を行刑施設での対応に、どこまで応用できるか、していいのかという議論が必要だと思う。また、応用できるなら刑務官やスタッフの養成や充実の議論が必要だと思う。」
「禁錮刑の受刑者はやることがないので作業を希望する,というような話を聞いたことがありました。映画「プリズンサークル」を見て,教育的処遇は希望しても受けられないものだという印象を持っていました(全受刑者4万人中プログラムを受けられるのは40人)。法改正とは無関係ですが,石塚先生の「受刑者が減っている」とのお話の原因や背景を知りたいと思いました。」
●「法の改定や政策決定においては、根底にある「ある考え方」が絶対的ではない可能性を考慮することが重要だと感じました。お話にもあったように、処遇プログラムが、多様な受刑者全員にとって良い影響を与えるとは限らないし、それを強制することについても同様だと思います。」
●「世界的には「閉じ込める以上の罰を与えてはいけない」のですね。そこからビックリで。森久さんのゼミの話で出ていた「なにかをさせることが刑罰」というのが自分の考えに一致していて、その視点から離れることがとっても難しい・・・〇〇させる、っていう矯正はすべきでない、を噛みしめています。丸山さんの説明された「マジョリティが望む行動に矯正していく」と考えたとき、そのマジョリティこそ時の指導者や時代背景で変わる恐れがあるってとこまで考えなきゃいけないってことですよね?元に戻って、これが少年法の年齢規定から関連して議論されたものといういきさつから考えると、話が大きすぎるのか・・・国会では侮辱罪に議論が偏りすぎています。もっと丁寧に議論しなければいけないですね。本村さんもありがとうございました。応援しています。それぞれの現場で、試行錯誤しながら実践しているプログラムについては、ぜひ知りたいと思いました。実際の取組みで、自主性を持てるような活動を、各地に拡げていけるのがいいのかなぁ。国はもっと現場の声を大事にして欲しいし、一方的に「調教」を押しつけるようなことになるのは阻止したいです。再犯防止=「教育が必要」という思い込みが自分でも大きく、これはじっくりみっちり勉強が必要だ・・・と思っています。」

【補註】
*1 詳細については下記URLを参照のこと
刑法等の一部を改正する法律案(衆議院)
https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_gian.nsf/html/gian/honbun/houan/g20809057.htm
刑法等の一部を改正する法律案(内閣法制局)
https://www.clb.go.jp/recent-laws/diet_bill/detail/id=4126
〔提案理由〕 刑事施設における受刑者の処遇及び執行猶予制度等のより一層の充実を図るため、懲役及び禁錮を廃止して拘禁刑を創設し、その処遇内容等を定めるとともに、執行猶予の言渡しをすることができる対象者の拡大等の措置を講じ、並びに罪を犯した者に対する刑事施設その他の施設内及び社会内における処遇の充実を図るための規定の整備を行うほか、近年における公然と人を侮辱する犯罪の実情等に鑑み、侮辱罪の法定刑を引き上げる必要がある。これが、この法律案を提出する理由である。

*2 現行の法定刑(刑法第231条侮辱罪)は「拘留(30日未満)または科料(1万円未満)」となっている。これを改正案では「1年以下の懲役もしくは禁錮、30万円以下の罰金、または拘留もしくは科料」とする。

*3 「刑罰の基本政策の変更について慎重な審議を求める刑事政策学研究者の声明」(2022年4月25日発表)
 詳細については下記PDFファイルを参照のこと


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「刑罰の基本政策の変更について慎重な審議を求める刑事政策学研究者の声明」

*4 法務大臣諮問(諮問103号)にもとづく法制審議会-少年法・刑事法(少年年齢・犯罪者処遇関係)部会;
https://www.moj.go.jp/shingi1/housei02_00296.html
審議事項は、少年法の年齢を18以下に引き下げ、非行少年を含む犯罪者の処遇を一層充実させるための刑事法の整備、の2点。

*5 審議状況については、下記のURLにて確認することができる。
衆議院インターネット中継:https://www.shugiintv.go.jp/jp/index.php
(検索条件;開催日:2022年4月22日~2022年5月18日、会議名:法務委員会)
参議院インターネット中継:https://www.webtv.sangiin.go.jp/webtv/index.php
(サイト左側にある「会議名で検索」で「法務委員会」をクリック、2022年5月24日以降を参照のこと)

*6 京都弁護士会「拘禁刑における作業・指導の義務付け等に反対する会長声明(2022年5月2日)
https://www.kyotoben.or.jp/pages_kobetu.cfm?id=10000235&s=seimei

[参考文献]
本庄武=武内謙治共編著『刑罰制度改革の前に考えておくべきこと』(日本評論社、2017 年)