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2022.06.17

第28回法科学研究会(科学鑑定ユニット公開研究会)を開催【犯罪学研究センター】

土砂鑑定でどこまでわかるか~狭山事件を例に

2022年5月27日18:00より龍谷大学犯罪学研究センター科学鑑定ユニットは、第28回法科学研究会をオンラインにて開催しました。本研究会には、約40名が参加しました。
【イベント情報:https://www.ryukoku.ac.jp/nc/event/entry-10481.html


狭山事件は昭和38年に埼玉県狭山市で発生した女子高校生に対する強盗強姦殺人事件で、被害者は農道に埋められた状態で発見されました。石川一雄さんは最高裁で無期懲役が確定しましたが、無実を主張し、現在、第3次再審請求中です。本研究会では、日本の警察捜査で初めて実施された土砂鑑定について、平岡義博氏(立命館大学衣笠総合研究機構 上席研究員/龍谷大学犯罪学研究センター 嘱託研究員)が報告を行いました。

事件概要と鑑定の問題点
狭山事件は各種の科学鑑定が実施された最初の事例です。本件では油脂鑑定、足痕跡鑑定、筆跡鑑定、ポリグラフ鑑定、そして土砂鑑定が実施されました。こうした捜査の末に逮捕されたのが、当時24歳の石川一雄さんでした。石川さんは1カ月にわたる取調べによって自白しましたが、その後、否認しています。1964年に第一審で死刑判決、1974年に控訴審で無期懲役の判決が下され、1977年に確定しました。石川さんは第1次、2次と再審請求を申し立てましたが、いずれも棄却されました。現在、第3次再審請求中で、平岡氏は本件の再審弁護団の依頼を受けて土砂鑑定について意見書を提出しました。
本件の土砂鑑定(以下、星野鑑定)にはいくつかの問題点があります。まず鑑定を行った対照資料が、被害者の遺体が埋められていた「死体埋設抗」の土砂ではなく、その近くに新たに幅1メートル、深さ1メートルで掘った「試掘抗」の土砂でした。なお「試掘抗」がどの場所なのか、図面がないため具体的には分かりません。つぎに養豚場の近くでスコップが発見されましたが、そのスコップには黒土の中に赤土が点在して付着していました。星野鑑定によると「試掘抗」の土壌断面はほとんどが黒土で、赤土が一部みられるという構造でした。そして星野鑑定ではこのスコップに付着した土砂の異同識別を行い、「比重、粒度、鉱物組成などすべての成績から類似性が高い」と結論づけました。確かに、異同識別は通常、特異な点に着目します。星野鑑定でも赤土に着目し、慎重に採取していました。しかし、スコップ付着の赤土と試掘抗にみられた赤土が同一なら試掘抗に由来するといえるか、また試掘抗は死体埋設抗の近くだから同一の地質といえるのか、疑問が残ります。

赤土と黒土の成因と識別法
第3次再審請求のための土砂鑑定意見書作成にあたって弁護団と事件現場を訪れたところ、現場付近は黒ボク土(黒土)とローム層(赤土)が堆積していました。これは関東平野で広くみられる特徴です。
赤土のローム層は火山の噴出物が堆積したもので、箱根火山と富士山の大噴火でもたらされたと考えられています。現場は入間川・多摩川と荒川に囲まれた武蔵野台地です。武蔵野台地では10-20万年前、箱根火山の大噴火による噴出物が堆積して、その後、多くは風雨や河川によって流出しましたが、事件現場を含む高台の部分には噴出物が残りました(これが「下末広ローム」)。それから10万年ほど前、箱根火山、小富士火山の大噴火による噴出物が堆積して、大部分は風雨等によって削り取られましたが、このときも事件現場を含む高台の部分には噴出物が残りました(これが「武蔵野ローム」)。現在はその上にさらに1.5万年前の新富士火山からの噴出物が堆積した状態です(これが「立川ローム」)。つまり現場には3つすべてのローム層が堆積しており、そういう点では特徴的な場所だと言えます。3つのローム層を合わせると7-8メートルと深く、表層は黒ボク土です。したがって星野鑑定が対照とした1メートルほどの試掘抗では立川ロームしか観察できないため、この特徴を見出すことができませんでした。
黒土の黒ボク土は、農作物の栽培に適した黒色の土壌で、日本全国に分布しており、様々な特徴があります。腐植(植物や動物が微生物によって分解された物質)が生じることで土壌が黒くなることが一般的ですが、火山灰が含まれることもあれば、含まれないこともあり、微粒炭(焼畑農業や火山によって燃えた植物片や土等)が含まれることもあれば、含まれないこともあり、いろいろな種類があります。現在、入間台地の黒ボク土の分類はありますが、地形や日当たり、農作物などに適するかという観点で調査されたものであって、定量的な分類とは言えず、腐植量にも差がみられないため、分類は難しいと考えられます。
それでは黒ボク土とロームはどのように識別するのでしょうか。「黒ボク土とロームの違いは腐植の多少による」とされています。まず黒ボク土はローム層が土壌化したもので、両者に含まれる鉱物種に違いはなく、鉱物検査では結果が同じになります。星野鑑定は鉱物組成について言及していましたが、鉱物による識別は困難です。黒ボク土とロームの違いは、ロームは腐植量が少ないのに対して、黒ボク土はロームより腐植量が多いこと、ロームが暗褐色~赤褐色であるのに対して、黒ボク土は黒褐色~黒色であることです。星野鑑定では腐植量は測定していないものの、灼熱減量(土砂をバーナーで熱することで減少した有機物の量)を測定しており、これは腐植量に近い値です。星野鑑定では黒ボク土の黒土とローム層の赤土を区別して採取していたことは、この灼熱減量に反映されています。

黒土と赤土の分布
それでは黒土と赤土で場所が特定できるのでしょうか。それには、問題となっている場所について調査する必要があります。まず、問題の場所を中心にできる限り広い範囲を調査するため、問題の地域の表層地質図とボーリングデータを収集して検討しました。これによって現場周辺の赤土と黒土の厚みを検討しました。つぎに関東地域には黒土と赤土が一様に分布しているのかを検討しました。堆積構造が一様であれば、土砂を同じ地質だということは言えますが、それは関東地域のどこを掘っても同じであるため、場所を特定することはできません。一方、堆積構造が一様でなければ土壌断面が異なるため、異同識別は可能です。この観点から黒土と赤土の分布をみてみます。データによるとまず、現場付近の黒土は1メートル前後の層厚と推定されます(ただし農業、土地開発による差はあります)。つぎに赤土をみてみると、2~3メートルの層厚と推定されました。一方、星野鑑定の試掘孔の堆積構造をみると、赤土の塊は50センチメートル程のところに堆積していました。この赤土塊はどこから来たのでしょうか。現場付近は河岸段丘(河川が川幅の拡大と地盤隆起を繰り返すことによって生じる階段状の地形)という地形で、「上の畑」と呼ばれる高いところにある畑と、「下の畑」と呼ばれる低いところにある畑に挟まれた場所でした。最初に下の畑から開墾され、年月が経ってから上の畑が開墾されると赤土、黒土が流入して、複雑な堆積構造になることが予想されます。これは人工的につくられた地層で人工地質の一種と考えられます。これは、自然の中で形成された地層と比べて層相や強度など多くの点で異なります。

結論
以上のことから、試掘抗は死体埋設抗の近くであっても、堆積構造が異なる可能性があります。したがって、スコップの土砂と試掘抗の土砂が同種であったとしても、死体埋設抗の土砂と一致するということはできません。また、赤土が同種だとしても、類似の場所はほかの台地に多くみられることから、試掘抗の土のみに由来する、と確定的に言うことはできないと考えられます。