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2022.11.21

模擬裁判に挑戦する高校生と一緒に学ぶ法教育:Part1「冤罪被害者が語る『冤罪の実態』と『法の温かさ』」【犯罪学研究センター後援】

なぜ、えん罪がおきてしまうのか?

2022年11月20日(日)、「第3回オンライン高校生模擬裁判選手権大会」*1に向けた事前講義がオンライン上で開催されました。本イベントは、札埜和男准教授(本学・文学部、「法教育・法情報」メンバー)によって企画されたものです。
【>>EVENT概要】https://www.ryukoku.ac.jp/nc/event/entry-11569.html

今回は、「冤罪被害者が語る『冤罪の実態』と『法の温かさ』」をテーマに、講師に山田悦子氏*2を迎えました。あらかじめ配布された山田氏の手記*3や、甲山事件に関する新聞記事*4を読み込んだ高校生から質問が出され、山田氏がそれに回答する形で進められました。当日は大会に参加する高校生と一般参加者をあわせて64人もの参加がありました。

以下、高校生らと山田氏との質疑応答から一部抜粋して紹介します。


捜査段階の取り調べについて

山田氏は警察署の留置所に収容され、24時間取り調べられた当時(代用監獄制度のこと)について次のように述べます。
『私は、弁護士から“黙秘をしろ”と言われることが当初苦痛でした。法律を知らない者が警察の取り調べの前に黙秘権を行使することは困難です。なぜなら、無実を訴えるだけでは警察は納得しません。アリバイの証明を全部こちらに求めてきます。私は、一刻でも早く釈放されたいから、事件前後の動向を一生懸命思い出そうとしました。しかし、一ヶ月も前のこと、それも一分一秒単位で事細かに聞かれても全部を思い出すことは不可能です。当時は、警察が無実の人をおとしいれるはずがないのだからちゃんと説明しなければと、自己責任のように感じてとても苦しみました』。
山田氏が弁護士との接見時間を制限され、情報が遮断されている状況に置かれているのに対し、警察は2,000万円の捜査費を使い、山田氏の身辺をくまなく調査した上で、山田氏の証言を揺さぶってきます。山田氏は、次第に自分の記憶に自信がなくなり、追い詰められていきました。
山田氏は警察の硬軟織り交ぜた取調の中で、早く楽になりたいという気持ちから、警察側の思い描いたストーリーに沿うような証言をして、ウソの自白調書をとられてしまいます。山田氏は『裁判では、供述調書のみが真実であるかのように扱われますが、公判の場に出てくる調書は警察側の作文であって、調書が作成されるまでに様々なやり取りが、取調の中でおこなわれています。代用監獄が廃止されないことや、警察の取り調べが可視化されないことが、えん罪の温床となっているのです。代用監獄は1980年代から国連でも問題視され、勧告もされているにも関わらず、2000年代の司法制度改革を経た今になっても解決されていません』と指摘します。


えん罪事件について

山田氏は『良い検察官や裁判官が事件を担当することが大切であり、人生のパートナー選びのような出会いの問題です。えん罪は、いわば「司法のドメスティックバイオレンス」と言ってよいでしょう。私たちは、「司法は間違わない」と神聖視してしまいますが、そんなことはありません。国家の治安対策は大事ですが、処罰の意識が強すぎて、「この事件はもしかしたらえん罪かもしれない」と考える視点が抜け落ちているのです。えん罪が起きてしまう背景として、日本では人権思想が十分に醸成されていないのではないかと思います。日本国憲法では人権を尊重しているにも関わらず、「冤罪白書」(燦燈出版)が依然として発行される現状は嘆かわしいことです。司法を良くするには、国民の人権思想が根幹となります』と述べ、自身の事件を担当した弁護士や支援者を例に出しながら『裁判にはお金がかかります。25年間支えてくれた皆の活動資金は1億2千万円に及びますが、ほとんどが手弁当でサポートしてくれました』と必要な支援と資金について言及しました。


マスコミ報道について

マスコミによる事件報道により、山田氏には犯罪者のレッテルが貼られ、日常生活に支障をきたしました。参加者の『マスコミ報道に規制を設けるべきか?』という質問に対し、山田氏は『法的に報道規制するということは、国家権力の介在を許すことにつながります。マスコミが萎縮して言論の自由が脅かされることになります。私が期待するのはマスコミの自浄作用であり、マスコミに対して市民の声を届けることが大切です。マスコミは人権思想を持って国家権力のチェック機能を果たすこと、私たち市民は人権思想をもって社会的行動に移すことが求められています。当時の報道では、マスコミは警察側の言い分を鵜呑みにして、裁判が始まってない頃から私を報道の上で断罪してきました。1審で無罪判決が出たあとも、心ないバッシングを世間から受けました。ジャーナリストの浅野健一さんが「犯罪報道の犯罪」という本を1984年に出されましたが、匿名報道にするとか、事件について裏取りをするとか、やりようはいろいろあるのではないでしょうか』と述べました。

権利のための闘争
さいごに、山田氏は、影響を受けた思想家として、ドイツの法学者であるルドルフ・フォン・イェーリング(Rudolf von Jhering, 1818-1892)を紹介しました。イェーリングの『権利のための闘争』は、「法=権利(recht)の目的は平和であり、それに達する手段は闘争である」という一文が冒頭に高らかに宣言されます。
山田氏は『人権思想は闘い取られたものです。闘うというのは抵抗、すなわち国家社会の不正に対する抵抗であり、これがないと人権思想は生まれません。国家がつづく限り闘争はなくならないのです。自分の責任において人間とは何かを考える、死ぬまで学び続けようと思うから、私はえん罪被害についてみなさんにお話できる。私は、えん罪被害から、法がいかに大事であるか、チャーミングであるかを学びました。
法は人間の歴史とともにあります。法を知ることは人間の歴史を知ることであり、人間の歴史を知ることは、そこに人権思想を見出すことです。人権思想は気持ちだけでは機能せず、法によって初めて機能します。えん罪は確かに辛い体験でしたが、それ以上に深く学ぶことができたのが私の財産です。人権(=法)は温かいものであり、その温もりで人間の存在を抱きしめないと社会は良くなりません。血の通った生き方、考え方からしか人権思想は生まれないのです』と述べました。


講師:山田悦子 氏

講師:山田悦子 氏

山田氏の講義を受けて札埜准教授は、『今日は山田さんが何度となく「思想」という言葉を使われた。山田さんは「学びの思想化」、「学んだことは思想化しなければならない」とよく話される。是非みなさんも自分の中でこの言葉を熟成していって欲しい。今日学び考えたこと、これから学ぶことを独り占めせず、学んだことをどう生かしていくのか、なぜ学ぶのか、どう社会と関わっていくのか、誰にどのように還元していくのかといったことに思いを巡らし、個々に思想化していくことを期待したい』と述べ、講義は終了しました。


札埜 和男 准教授(本学・文学部、「法教育・法情報」ユニットメンバー)

札埜 和男 准教授(本学・文学部、「法教育・法情報」ユニットメンバー)

次回は、11月23日(水・祝)14:00-16:00に、札埜准教授が「文学模擬裁判と今回の事件の文学的・歴史的背景について(Ⅰ)」と題して、文学模擬裁判の理念と特徴、そして大会で扱う事件(文学作品)について、文学・歴史の視座から解説します。つづく11月26日(土)14:00-16:00には、後藤貞人弁護士(大阪弁護士会)を講師に迎え、「裁判とは何か・死刑制度をめぐって高校生と対話する」と題した講義を予定。興味・関心のある方はどなたでも視聴可能です。ぜひHPよりよりお申し込みください。
https://crimrc.ryukoku.ac.jp/

【補注】
*1 (関連情報)
>>第3回オンライン高校生模擬裁判選手権<出場校を募集!>【犯罪学研究センター後援】
https://www.ryukoku.ac.jp/nc/news/entry-11402.html 
同大会は、2023年1月29日(日)にZoomにて開催を予定。大会のねらいとして次の2点を掲げている。(1)法的思考力や刑事(裁判員)裁判の意義の理解にとどまらず、広く人間や社会までを視野に入れた「国語的」模擬裁判を通じて、人間や社会を考える眼差しを深める。(2)「国語的・文学模擬裁判」という新しい教育手法を通じて新学習指導要領の理念でもある主体的・対話的で深い学びを実現する機会とする。

*2山田悦子(やまだ・えつこ) 氏プロフィール:
1951年富山県生まれ。1974年3月兵庫県西宮市の知的障害者施設・甲山学園で園児二人が死亡したいわゆる「甲山事件」の冤罪被害者。一人は事故死とされたがもう一人の園児については殺害されたとして当時、保母として当直をしていた山田さんが殺人容疑で逮捕された。事件発生から25年を経過し、1999年9月に大阪高裁で三度目の無罪判決で漸く山田さんの無罪が確定した。起訴から21年の長い歳月を費やした。この事件では警察の強引な取調べ、犯罪報道の在り方などが問題となった。
(参考文献)松下竜一1985『記憶の闇―甲山事件[1974‐1984]』河出書房新社、上野勝・山田悦子2008『甲山事件 えん罪のつくられ方』(現代人文社)、

*3 沢崎悦子「わたしは絶対に殺ろしていません!」井上光晴(編)『辺境』第2次第2号(辺境社、1974年)6頁〜18頁

*4 朝日新聞1999年10月14日(木)朝刊「甲山事件の25年を語る(上)」、朝日新聞1999年10月15日(金)朝刊「甲山事件の25年を語る(下)」など。なお「朝日新聞クロスサーチ」等においては「甲山事件」で検索のこと。