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2022.12.14

公開研究会・シリーズ「鴨志田祐美の弁護士放浪記」第5回レポート【犯罪学研究センター共催】

法改正へのチャレンジ ~弁護活動から立法提言へ~

龍谷大学 犯罪学研究センター(CrimRC)は、刑事司法・刑事弁護をテーマに、2022年11月14日、公開研究会・シリーズ「鴨志田祐美の弁護士放浪記」をオンラインで共催しました。本企画には75名が参加しました。進行は、石塚伸一教授(法学部/犯罪学研究センター)がつとめました。
本企画は、大崎事件再審弁護団事務局長、日本弁護士連合会「再審法改正実現本部」本部長代行をつとめる、鴨志田祐美弁護士(京都弁護士会)によるものです。
【イベント情報:https://www.ryukoku.ac.jp/nc/event/entry-11352.html


鴨志田祐美弁護士(京都弁護士会)

鴨志田祐美弁護士(京都弁護士会)


はじめに
最終回である第5回のテーマは、「法改正へのチャレンジ ~弁護活動から立法提言へ~」です。はじめに石塚教授より「今回のテーマは鴨志田弁護士が今取り組んでいる最前線の活動、法改正についてです」という企画趣旨が述べられました。鴨志田弁護士は「私が今もっとも力を入れているのは、再審法改正に関する活動です。日本の再審法はスカスカで、不備があって目的を達していません。再審法改正に向けた活動は、現在の弁護士生活の半分以上を占めています。弁護士は立法に直接携わることはできませんが、立法府を動かすためにはどんなことをしていけばいいのかを考えています。みなさんにも再審法の実情を知っていただき、この国の再審法を変えていく手助けをしてほしいと思っています」と述べ、講演が始まりました。

「再審法」のなりたち
「再審法」に当たるのは刑事訴訟法「第四編 再審」で、わずか19条の条文で構成されています。審理手続きを定めた条文は445条(「事実の取調」のみ)で、具体的な手続きについては何一つ規定されていないのが実情です。裁判所主導による職権主義の旧刑訴法(大正刑訴)が、戦後に日本国憲法のもとで被告人の権利保障を目的とする当事者主義の現行刑訴法に改正されました。このとき、抜本的な改正が実現したのは、捜査と通常一審の条文までで、上訴以降は改正が間に合いませんでした。そのため、「第四編 再審」は戦前の職権主義が妥当する旧刑訴法の規定がほぼそのまま踏襲されました。審理手続きは裁判所の広範な裁量=「さじ加減」に委ねられることとなり、条文がスカスカになってしまいました。
現行刑訴法が施行されたのは1949年1月1日です。このときから今に至るまでに、通常審については職権主義から当事者主義への抜本的改正、被疑者・被告人の権利保障、適正手続の保障など変化がありました。特に2001年の司法制度改革推進法の施行以降、裁判員制度がスタートし、2016年の刑訴法改正では証拠の一覧表の交付制度も始まりました。一方、再審は旧刑訴法からほとんど変わらず(改正は不利益再審の廃止のみ)、わずか19条の条文でのみ規定されています。つまり再審について日本では70年以上にわたり一度も改正されず今日に至っています。
ここで再審手続きについて確認します。再審手続きとは確定した裁判に誤りが見つかった場合に「裁判のやり直し」をする手続きのことです。再審には2通りあって、無実の人が有罪になったときにその人のために再審を行うことを「利益再審」と言います。一方、真犯人が裁判で無罪になった場合にその人を有罪にするための再審もありえます。これは「不利益再審」と言って大正刑訴法では認められていましたが、現行刑訴法では廃止されています。再審手続きには2つのハードルがあります。1つ目は再審請求の段階で裁判のやり直しを認めるかどうかの判断が行われます。2つ目は再審公判の段階で、実際のやり直しの裁判が行われます。再審公判で無罪判決が確定して、初めて無実の人が無罪になります。日本ではご承知の通り、1つ目の再審請求の段階で何十年もかかっている事件がとても多く存在します。ではどんなときに再審請求が認められるのでしょうか。これを規定しているのは刑訴法435条1~7号です。実際にはほとんどの再審請求事件が435条6号によって申し立てられています。この条文では再審開始要件として、「無罪を言い渡すべき明らかな証拠をあらたに発見したとき」と規定しています。この「明らかな」を明白性、「あらたに」を新規性と呼んでいます。新規性の意味は比較的単純で、「裁判所の目に触れたものかどうか」という基準です(例えば、通常審で検察が裁判所に提出しなかった証拠)。問題は明白性の基準です。真犯人の発見や、足利事件のようにDNA型鑑定をやり直したところ、元受刑者の男性とは違う人のDNA型が検出されたというような証拠であれば明白性は明らかです。しかしこのように奇跡的に発見される証拠でなければ明白性が認められないとすれば、再審請求はとても困難で「針の穴にラクダを通す」と表現されるほど難しく、実際、長らく明白性の基準が厳格すぎる時期が続きました。それを変えたのが1975年に出された最高裁の「白鳥決定」です。白鳥決定には功罪があると言われていますが、この決定が新証拠の明白性判断の基準を下げたと言えます。白鳥決定では明白性判断について「もし当の証拠が確定判決を下した裁判所の審理中に提出されていたとするならば、はたしてその確定判決においてなされたような事実認定に到達したであろうかという観点から、当の証拠と他の全証拠を総合的に判断して評価すべき」としています。つまり、新証拠それだけで無罪の判断ができるほどのものでなくても良く、有罪判決を支えている証拠(これを旧証拠と言います)と新証拠を合わせて総合的に判断し(これを新旧全証拠の総合評価と言います)、確定判決の有罪認定が揺らいだら、その新証拠には明白性があると言っていいとしたのです。しかも、その判断にも「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の鉄則が適用されるということも決めたのです。この決定の後、1980年代には死刑再審四事件(免田事件、財田川事件、松山事件、島田事件)で無罪判決が出されました。また日弁連も再審法改正に向けて積極的に提言をしてきました。最初に再審法改正要綱を出したのは1962年です。その後、1977年~91年にかけて再審法改正に向けた提言をブラッシュアップしていきました。しかし90年代に白鳥決定後の揺り戻しが起こって、日弁連の改正運動も低調になってしまいました。

再審新時代と浮き彫りになる再審法の不備
90年代以降、「逆流現象・冬の時代」に入ると、再審開始決定が激減しましたが、21世紀に入り再審は新たな時代を迎えました。布川事件、足利事件、東住吉事件、東京電力女性社員殺害事件、袴田事件、松橋事件、大崎事件、湖東記念病院事件、日野町事件は21世紀に入ってから再審開始決定が出された事件です。このうち、袴田事件、大崎事件、日野町事件以外は再審無罪が確定しています。大崎事件は3度の再審開始決定が出されましたが、無罪確定には至っていません。なぜ事件ごとに結果が大きく異なるのでしょうか。これには再審法の不備が大きく関わっています。大崎事件を例に考えてみます。1つ目に、裁判所ごとの「再審格差」があります。手続きを定めた条文がないことから、裁判官の裁量に大きく委ねられてしまい、裁判所ごとに扱いが全く異なる事態になってしまっています。大崎事件では第2次請求審では証拠開示に向けた訴訟指揮が行われませんでしたが、第2次即時抗告審、第3次請求審で証拠開示勧告が行われたとことで、合計約230点もの証拠が開示されました。2つ目に、検察官による「再審妨害」があります。再審開始決定に対して検察官抗告(不服申立て)を繰り返すことで、何が何でも有罪判決を守り抜こうとします。大崎事件では3度の開始決定すべてに検察官が抗告を行いました。最初の開始決定から既に20年が経過しています。
ここでまず、再審と証拠開示についてみてみます。再審請求では弁護人が新証拠を提出する必要がありますが、無罪方向の証拠は検察が持っていても開示しないことが多くあります。そこで裁判所が開示勧告を出すことで裁判所に提出されていない「『古い』新証拠」が開示され、これが再審開始の原動力になった事例がたくさんあります。しかし、開示勧告を行うかどうかは裁判所の裁量に委ねられているため、「再審格差」が生まれてしまいます。格差を是正するには法制化が必要です。2016年に改正刑事訴訟法が成立しましたが、再審における証拠開示については先送りされました。ただし、「政府は、この法律の公布後、必要に応じ、速やかに、再審請求審における証拠の開示(中略)等について検討を行うものとする」という附則9条3項が規定されました。これを議論するための場として、最高裁、法務省・検察庁、警察庁、日弁連の「四者協議」が設けられましたが、議論は進みませんでした。
つぎに、再審開始決定に対する検察官抗告についてみていきます。刑訴法450条で、条文上は再審請求棄却決定、再審開始決定いずれに対しても即時抗告ができることにはなっています。しかし検察官の抗告は当然のことなのでしょうか。日本国憲法39条には、既に無罪とされた行為や同一の犯罪について重ねて刑事上の責任を問われないとされています。これを「二重の危険」の禁止と言います。二重の危険とは、刑事裁判という生命・身体の自由がおびやかされるという危険に、同一の犯罪について2度にわたってさらされてはならないということです。この規定によって「不利益再審」は廃止され、再審の目的は「無辜(むこ:無実の者)の救済」のみになりました。そうなると、再審請求における検察官の役割については再考する必要があります。検察官は有罪を立証する「当事者」ではなく、「無辜の救済」のために裁判所が職権を行使するための審理に協力する「公益の代表者」であるべきではないでしょうか。日本の再審法のルーツであるドイツでは1964年、再審開始決定に対する検察官抗告を立法で禁止しています。再審制度は2段階の手続きです。再審請求は裁判のやり直しをするかどうかを決める、「前さばき」の段階です。検察官はその後の再審公判で有罪の主張も控訴・上告もできます。したがって再審請求の段階で抗告を繰り返す必要はないでしょう。検察官抗告によって、審理が長期化します。そして抗告審で開始決定が取り消されるとさらに長期化します。これによって再審請求中に請求人が死亡したり、請求人が高齢化したりするという現実があり、検察官がえん罪の被害者を長期に渡って苦しめているということには目を向ける必要があります。

日弁連の再審法改正意見書案における検討項目と再審法改正に向けた動き
日弁連の改正案ではまず、再審開始要件の緩和を求めます。「無罪を言い渡すべき明らかな新証拠」から「事実の誤認があると疑うに足りる証拠」という文言に変え、また「重大な憲法違反」を理由とする再審も可能にすることを検討しています。つぎに、再審請求者の範囲の拡大も求めます。「有罪の言渡しを受けた者」の親族の拡大と公益的再審請求人(日弁連、各弁護士会など)の法定を検討しています。また再審請求手続き(準備段階を含む)における国選弁護人制度、量刑不当を理由とする再審も可能するなどの、死刑事件の場合の特則の導入についても検討しています。さらに証拠開示手続き規定の整備を含む、再審請求における審理手続きや請求人の具体的権利の明文化、再審開始決定に対する不服申し立てについては検察官抗告を禁止し、請求人による不服申立期間の伸張も検討しています。そして再審公判についても準則が必要でしょう。
現在、再審法改正に向けてさまざまな動きが起こっています。2019年には「冤罪犠牲者の会」や「再審法改正をめざす市民の会」が結成されました。また地方議会から国会に対して再審法改正を求める意見書を採択する動きが拡大しています。学術研究も活発に行われるようになっています。そして日弁連でも2014年「再審における証拠開示に関する特別部会」の設置、2019年「再審における証拠開示の法制化を求める意見書」の提出、第62回人権擁護大会での「えん罪被害者を一刻も早く救済するために再審法の速やかな改正を求める決議」の採択、2020年「再審法改正に関する特別部会」の設置などさまざまな動きを見せています。そして2022年6月、「再審法改正実現本部」を設置して日弁連会長が実現本部長となり、日弁連を挙げて法改正の実現に取り組むこととなりました。実現本部では具体的にはまず、立法府への働きかけを行うことで超党派による議員連盟の設立を目指しています。つぎに各弁護士会・ブロック弁連・各弁護士による法改正運動を促進するために、「再審法改正キャラバン」の企画・開催、地方選出議員への働きかけなどを行っています。またさまざまな団体・機関との連携と協働のために、市民団体等への働きかけ、研究者との意見交換、マスコミへの発信などを行っています。さらに世論を盛り上げる広報ツールとして、「再審法改正ポータルサイト」の構築、再審法改正に関する一般向けの動画作成、チラシ・パンフレット等の作成などを進めています。
現在、大崎事件、日野町事件、袴田事件に関する即時抗告審の判断が注目されています。いずれも一度は再審開始決定が出ていますが、検察官の抗告によって審理が長期化しています。またいずれも請求人が高齢化しており、証拠開示が再審開始の原動力になっています。こうした再審事件のたたかいを再審法制の原動力にしていく必要があります。多くの方がこうした事実を知って、法改正に向けて声を上げていただきたいと思っています。