2024.06.20
生物多様性情報がうみだす未来についてREC BIZ-NET研究会で講演【生物多様性科学研究センター】
ネイチャーポジティブの主流化を目指した生物多様性可視化技術の進展
2024年6月14日(金)、龍谷エクステンションセンター(REC)主催の研究シーズ発表会「2024年度第1回 REC BIZ-NET研究会」が瀬田キャンパスとオンラインのハイブリッド形式で開催されました。当日は、龍谷大学 生物多様性科学研究センターの山中裕樹センター長(本学先端理工学部・教授)と、福井県立大学発のスタートアップ企業である福井県坂井市の株式会社フィッシュパス 代表取締役社長 西村 成弘氏が「ネイチャーポジティブの主流化を目指した生物多様性可視化技術の進展」について講演しました。
両名が手掛ける「スマート環境DNA調査システム」開発プロジェクト(水産業の振興と生態系保全を目的とした、環境DNA調査の社会実装を実現するプラットフォームの開発と社会実装)は、経済産業省の「令和5年度 成長型中小企業等研究開発支援事業(Go-Tech事業)」に採択され、現在取り組みが進んでいます。今回の研究会では、同プロジェクトの経緯や現状についても報告が行われました。
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【講演1:「あの川の未来を創ろう~コップ一杯の水で、地域の川をDX」】
株式会社フィッシュパス 代表取締役社長 西村 成弘氏の講演は、同社の事業紹介や近年のトピックを中心に行われました。同社が2030年までに目指す未来ビジョンは、「持続可能な水産資源と生物多様性を意識した社会」です。2016年の創業以来、漁協と釣り人と環境・地域社会を結び、川を中心に人が集まる場を提供すべく、これまでに「デジタル遊漁券」(遊漁券オンライン販売システム)などDXに関する取り組みを各地で展開してきました。
「デジタル遊漁券」事業では、漁協関係者や地元販売店に参入メリットがあるように設計し、釣人が思い立ったらすぐにオンライン購入できる利点から、売上アップに繋がった実績を紹介。また、アプリ上で釣り場周辺のグルメや宿泊、観光情報を発信することで周辺地域の経済的波及を促進したり、防災通知システムや保険サービスなどの情報発信により釣人の安心・安全を担保したりするなど、ICTによるイノベーションを起こし続けています。
そして、現在取り組む「スマート環境DNA調査システム」開発プロジェクトは、従来大変な労力と時間を要していた漁場の調査・整備の効率化に寄与するものであることを紹介しました。
次いで報告に立った藤田宗也氏は、本学理工学研究科 環境ソリューション工学専攻(山中研究室)を修了し、今春より株式会社フィッシュパス 環境事業部に着任しました。同社への入社以来、福井県内での環境DNA分析センターの立ち上げのため、本学で得た知見をフルに活かして、分析から解析までのプロトコル作成に関わってきたことなどを紹介。また、福島県の被災河川の復興に向けたチャレンジ(福島イノベーション・コースト構想「Fukushima Tech Create」イノベーション創出支援)では、「まずは環境DNAを使って基礎的な生息情報を入手し、漁場復興のモデルケース化をめざしたい」と意気込みました。
【講演2:「見えないものは守れない?守ろうと思えない?Nature Positiveへ向かうための生物多様性可視化技術」】
生物多様性科学研究センターの山中裕樹センター長(本学先端理工学部・教授)の講演では、生物多様性情報と取得技術をめぐる現状や世界的なトレンドから、現在センターで考えている研究プロジェクトの方向性について紹介されました。
この50年ほどの間に、世界中で生物多様性は急速に減少し続けており、その原因は私たち人間の活動に因るものです。世界経済フォーラムの掲げる「グローバルリスク報告書」によると、生物多様性の減少は気候変動と並ぶ深刻なリスクであり、その背景には経済活動が世界規模で繋がっている現状があります。
山中教授は、「こうした帰結として、貧困度が高い地域で絶滅危機にある生物種が多い傾向がみられるなど、生物多様性の危機と貧困には相関がある」と指摘。この状況を2030年までに歯止めをかけるべく、世界はネイチャーポジティブへと舵を切り始めたのです。その第一歩となるのが、私たちが資源を搾取し続けたことで、どこかの誰かにしわ寄せがいっている現実を知ることです。
もはや生物多様性保全はすべての人々のタスクとなった現在ですが、同様の問題として取り沙汰される温室効果ガスをめぐる状況とは大きく異なります。それは、生物多様性情報の「見えにくい」「測りにくい」「地域固有」といった点にあります。
そこで生物多様性科学研究センターは、社会にとって価値のある生物多様性情報を生み出し、有効な保全行動に繋げることを目標に掲げ、今年度から龍谷フラッグシップ研究プロジェクトで新たな取り組みをスタートしたのです。ネイチャーポジティブという美しすぎるようにも見えるゴールに向かうべく、実質的に機能する“自然資本保全活動のシステム”を形作るための課題解決協働体として、「ステークホルダー会議」を発足。大学、企業、行政、金融、市民・NPO、農林水産業従事者などの参加者を集い、資金−モチベーション−労力を循環させる課題解決のプラットフォームを目指します。
ネイチャーポジティブへの途上では、企業のTNFD(Taskforce on Nature-related Financial Disclosures:自然関連財務情報開示タスクフォース)に関するレポート開示が求められるなどの動きも見られ、課題解決において、これまで本学で培ってきた環境DNA分析を主軸とした環境評価技術が一つの鍵となります。山中教授は、技術から得られた生物多様性情報をいかに活用していくかについて、生物多様性科学研究センターが2021年から取り組む「びわ湖100地点環境DNA調査」などの具体例を挙げて説明。ステークホルダー会議を通じて、「誰かにしわ寄せがある世界から、皆でしわを伸ばしていく世界へ。関わるメンバーの皆が課題を出し合って、一緒に解決に向かっていきたい」と抱負を述べ、報告を終えました。
【→関連Release】2024.06.18「2024年度 びわ湖100地点環境DNA調査『びわ湖の日チャレンジ!みんなで水を汲んでどんな魚がいるか調べよう!』」を実施