2026.10.06
台湾先住民サイシャット族の蓬莱部落でフィールドワークを実施(1)【政策学部】
2026年9月10日から13日の4日間、学生14名と教職員5名(政策学部 金紅実准教授・石倉研准教授・並木州太朗講師、先端理工学部 奥田哲士教授、職員1名)が台湾先住民サイシャット族の蓬莱集落にてフィールドワークを行いました。滞在中のレポートをお伝えします。
9月10日(木)
桃園空港から2時間ほどかけて、南庄へ向かいました。都心の空港とは打って変わって山間地域の中にあり、台湾の伝統的な街並みを感じることができました。
到着後は族長の案内のもと、村のレストランで食事をとりました。川魚の煮付け、山菜の炒め物、鶏の蒸し焼き、厚揚げなど、現地の伝統料理で温かく歓迎していただきました。宿に到着すると、オーナーさんが畑で採れたバナナと夜市で買ったグァバを差し入れしてくださり、それをいただきながら、金先生から今回の訪問の目的や注意点を改めて教えていただきました。地元の方々のホスピタリティあふれる対応に触れ、サイシャット族のことをもっと学びたいと思える1日目となりました。
9月11日(金)
〈午前〉
2日目の午前は、FSC認証を受けた森林を訪れました。サイシャット族の族長から南庄における森林の利用や管理についてお話を伺ったのち、森林産業の現場見学と苗木周りの草刈りを体験しました。体験を通して特に印象に残ったのは、森林を単なる資源としてではなく、自然環境や地域の暮らしを支えるものとして管理している点です。
2018年以前、サイシャット族の森林は政府によって国有林として管理されており、その資源を十分に活用できない状況でした。月収は3500ニュー台湾ドルにとどまり、「台湾で最も貧しい部落」と言われるほど生活が苦しく、若者の流出が絶えなかったそうです。しかし、林務署の方針が先住民族を尊重する形に変わったことで状況が一変しました。
現在はサイシャット族と政府が共同で森林を管理する体制となり、民族に受け継がれてきた伝統的な知恵をより有効に活かせるようになっています。一例として、伐採時に大きな木を残すことで周辺に新しい種を落とし、新たな植生を生み出す工夫や、苗木の周囲に不要な木々を巡らせることで食害や水害、土壌流出を防ぐなどがあげられます。そして、現在、この森林は国際森林認証制度(FSC)の認証を受けており、持続可能で適切に管理されていることが国際的に認められています。昔から培われてきた知識を活かした森林産業が持続可能性の高いものとして世界から評価を受けている現状を知り、地域住民の文化を尊重し、森林の恵みを無駄なく使うことが真に持続可能な社会づくりにつながるのだと実感しました。
また、草刈り体験では、植林された杉の木の周りに生い茂った草木を皆で刈り取りました。実際に作業をしてみると、短い時間でも体全体を使うため意外と疲れましたが、自然の中で体を動かすことで、気分転換やストレス発散にもなりました。また、澄んだ空気や緑に囲まれた環境の中で作業することで、心が落ち着く感覚もありました。
草刈りのレクチャーを受ける際、民族の方々が苗木を極めて丁寧に扱っておられ、杉に対する深い愛情を感じると同時に、杉を大切に育てること自体が生活に直結しているのだと肌で感じました。この体験を通して、小さな杉の苗木を慈しむことが、森林全体を保全することにつながっているのだと実感しました。自然との関わり方やサイシャット族の森林に対する思いを実際に感じることができる、貴重な学びになりました。
現地の若者から草刈りのコツを教わる
〈午後〉
昼食後、まずは悪魔の家を訪れました。悪魔の家とは、もともと原住民にとって「悪魔の部屋」と呼ばれていた場所で、以前は政府が違法な木材搬出を取り締まるために設置した検査所でした。その後はその用途がなくなり、長らく空き事務所だったところを現在はサイシャット族の集会場となり、町に設置したアンテナショップとして林産品の展示や販売を行っています。
そこでは、はちみつや干し椎茸、化粧水やデュフューザーの液など、森林や植物を活用したさまざまな無添加の商品が販売されています。
実際に自家製のはちみつや花粉を試食したり、干し椎茸の匂いを嗅ぐ体験をしました。花粉は食べるものだと思っていなかったので、最初は少し抵抗がありましたが、実際に食べてみるとお茶のような味がして、意外と食べやすかったです。はちみつも柑橘系のような風味があり、今まで食べたことのあるものとは少し違っていて美味しかったです。また、南庄みかんを使った化粧水は、水と原料だけで作られており、肌にも優しく、ほんのり柑橘の匂いがあり、体にも良いため、すぐに売り切れるとそうです。
商品は無添加で、健康や身体のことを考えて作られています。私は今まで無添加の化粧品を使ったことがなかったので、森の植物を使って身体に優しい商品を作っていることに興味を持ち、使ってみたいと思いました。リップなどの化粧品も作ってほしいと感じました。
今回、森にあるものをただ利用するのではなく、工夫して商品にすることで新しい価値を生み出していることに、とても関心を持ちました。森林を守ることが環境だけでなく、地域の仕事や暮らしにもつながっていることが印象に残り、森への愛情や地域の方々のためにという思いが、こうした商品づくりにつながっているのだと感じました。
循環利用実証基地では、サイシャット族が、過去から現在にかけてどのように循環的な林下経済を営んできたかを学ぶために農業部林業及び生態保育署の黄さんから台湾の森林政策史や原住民族と連携して取り組んでいる原住民族の伝統領地の共同管理の政策について講義していただきました。
現在、サイシャット族の知恵が持続可能な社会、そして、森林の循環利用に寄与しています。今ではその豊かな森林経営について族長が世界中で講演をするようになりましたが、ここまでの道のりは決して容易ではなかったそうです。森林政策の歴史は1895年から日本支配下に置かれた19世紀に遡ります。サイシャット族の伝統領地が当時の日本総督府の管理下にある公有林に編入され、戦後の国民党政権が公有林制を受け継ぐようになりました。その間、サイシャット族は何度も国家に反発しましたが、国家は耳を傾けず弾圧し続けてきました。サイシャット族の人権や土地の利用権、部族社会の発展史にはこのような負のループの悲しい歴史が影を落としてきました。
事態が動き始めたのは2018年4月28日に行われた「和解儀式」でした。政府とサイシャット族が歩み寄り、サイシャット族の伝統的な方法で和解式が行われました。簡単に信頼関係が築かれた訳ではないですが、「自立した森林にしたい」というサイシャット族の思いと「サイシャット族の方法を尊重しよう」という政府側の思いが和解し、共に歩むきっかけとなりました。
経営においては、新しい産業というスローガンに舵を切り、ただ木を切って売るビジネスが少しずつ変化していきました。木から生まれる廃材から精油や化粧品といった新たな商品を見い出したのです。
具体的には、廃材から作る燃料は一般的な燃料に比べて二酸化炭素の排出量が少なく、また、木の廃材から作られる肥料は野菜や植物にとって豊かな養分となりまた土に戻ります。ただの木の廃材ではなく、それに役割を吹き込み、木が種から土に帰るまでの流れを創る-豊かな自然の恵みとそれを活かすための知恵を知っているサイシャット族だからこそ森林の循環経済を生み出すことに成功したのではないでしょうか。
このようなSDGsに向けた取り組みが行われている現場を間近で見ることのできる機会は貴重であったと同時に、森林は全ての資源の基になっている事が分かりました。また、林下経済を支えているサイシャット族にとっても、環境に優しい持続的な循環経済を実現することはコミュニティや生活基盤の強く確かな柱になると感じました。
そして、政府との間にあったかつての蟠りは解消へと向かっています。サイシャット族が絶滅危惧種であった南庄みかんの生育数を回復させるために、政府は、資金や特許取得の援助などを行い、話し合いを通じて、支え合いながら育てる取り組みが行われました。また、政府と先住民族の間で意見の相違が生じた場合は先住民族の意向が優先され、法律に抵触する場合は法律を緩和して対応しているそうです。現在ではサイシャット族の権利を尊重しながら活動が進められている事が講演を通じて分かりました。
黄さんのお話をうかがい、サイシャット族の人々が森林における新たな可能性を発見すると、その実現に向けて粘り強く取り組む姿が印象的でした。さらに、サイシャット族の知恵を貴重な地域資源として価値のあるものへと高め、持続可能な森林経営に向けて試行錯誤を重なている点に、森も人も豊かになるような社会の可能性を感じました。