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2018.08.20

講演会「ドイツにおけるネオナチ組織による連続殺人事件裁判とヘイトクライムの克服」を開催【犯罪学研究センター】

社会に存在する「制度的な人種差別主義」がもたらしたものとは?

2018年8月3日、龍谷大学 犯罪学研究センターは、『ドイツにおけるネオナチ組織による連続殺人事件裁判とヘイトクライムの克服』をテーマにした講演会を本学深草学舎 至心館1階で開催し、約25名が参加しました。
【イベント概要>>】https://www.ryukoku.ac.jp/nc/event/entry-2201.html



今回の講演会は、金 尚均(きむ さんぎゅん)本学法学部教授が企画・進行役を務めました。金教授は現在、犯罪学研究センター「ヘイト・クライム」ユニット長として、差別意識が暴力へとつながるプロセスを解明すべく研究を行っています。国際的な視点で理解を深める研究活動の一環として、今回の講演会が企画されました。


 Onur Özata(オヌール・エザータ)弁護士

Onur Özata(オヌール・エザータ)弁護士


前半では、ドイツ・ベルリンを中心に活動されているOnur Özata(オヌール・エザータ)弁護士による報告が行われました。取り上げた事例は、1998年から2011年にかけて、ドイツ社会を揺るがした「NSU(国家社会主義地下組織)事件」です。当初、ドイツ捜査当局は、この事件を国内の巨大なトルコ系移民社会のギャングたちの内部抗争とみて捜査を進めていました。しかし実際には、極右テロリスト・グループが、人種差別的な動機に基づいて10人を殺害していたのです。2013年から始まったこの事件の裁判は、事件に関わったNSU構成員の多くが上訴をしているため、現在も判決は確定していません。
これら一連の殺人事件を起こしたNSU構成員は、外国人排斥・ホモフォビア・反共主義が柱である「ネオナチ」*1に傾倒していたとされます。こうした事件背景が、戦後ナチス・ドイツ(Nazi)の過去の反省から人種差別と優生思想の克服に取り組んできたドイツ社会に大きな衝撃を与え、刑法を改正するまでに至りました。


被害者遺族の代理人としてNSU事件に関与したエザータ弁護士は、「被告人らの抱いていた排外的なネオナチ思想を基盤とする組織的背景や人種差別が連続殺人に至るプロセスなど、未解明のままの問題が山積している」と振り返ります。
これまで常習的に極右勢力の危険性を過小評価してきた警察と情報当局。この事件では、警察と情報当局による見過ごしや怠慢によって捜査が妨げられていたと報じられました。
エザータ弁護士は個人的見解と前置きした上で、「ドイツ社会に存在する“制度的な人種主義(レイシズム*2)”は、捜査当局・連邦検察官・憲法擁護庁などの国家諸機関の集合的機能不全をもたらした。私たちは、ネオナチだけがレイシストであると思い込み過ちを犯しがちであるが、しかし、全てのレイシストがネオナチというわけではない。人種差別主義に対するステレオタイプな考えが捜査当局の視野を狭め、すべてを誤った道へと走らせた。」と意見を付け加えました。

被害者が偏見を持たれるような社会的諸制度が存在することが明るみとなったNSU事件。法治国家、そして社会としての信用が揺らいだ事件からの教訓として、エザータ弁護士は「人種差別的な思想−行動規範が私たちの社会の中心に現れていることを認識し、真摯に対応しなければならない」と締め括りました。


冨増四季弁護士(京都弁護士会)

冨増四季弁護士(京都弁護士会)


つづいて後半、冨増四季弁護士(京都弁護士会)が「日本におけるヘイトクライム*3とその克服」と題して、日本社会における人種差別的思想が引き起こした事件と刑事司法のあり方について報告しました。

冨増弁護士は「ヘイトクライム事案における迅速な逮捕・勾留、確実な起訴、安易な執行猶予を許さない量刑基準等を実現する制度改善が伴わなければ、実体法規が整備されても十分に機能しないのではないか」と指摘します。そして、「京都朝鮮学校襲撃事件(2009年)」や「徳島県教組業務妨害事件(2010年)」などの事例を踏まえ、「ヘイト被害からの回復を図るには、単なる司法判断のみでは限界がある。日本の地域社会への信頼をいかに回復するかが重要で、そのためには支援の輪の広がりと盛り上がりが不可欠である」と述べました。


【左】金 尚均(きむ さんぎゅん)本学法学部教授 【右】Onur Özata(オヌール・エザータ)弁護士

【左】金 尚均(きむ さんぎゅん)本学法学部教授 【右】Onur Özata(オヌール・エザータ)弁護士


ドイツ、そして日本での事例報告を受けた後、質疑応答の時間が設けられました。エザータ弁護士は「レイシズムが背景にある事件を見ると、個人を標的にしているのでは必ずしもなく、ターゲットとなる集団・民族・地域に属している不特定多数の人が標的となっていることがわかる。だからこそヘイトクライムというものは脅威的なもので、社会全体で注意して対応しなければならない」と繰り返し主張しました。
レイシズムをとりまく現状について、弁護士、研究者、実務家が国境、職業の垣根を越えて理解を深める有意義な機会となりました。

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*1【ネオナチ(英語: neo-Nazism、ドイツ語: Neonazismus)】:
ナチズムを復興しようとする、または類似性を持つ、第二次世界大戦後の社会的あるいは政治的運動の総称。多くの国に組織があり国際的なネットワークも存在するなど、世界的に見られる現象となっている。

*2【レイシズム(英語: racial discrimination)】:
日本語では「人種差別主義」。人間を人種や民族、国籍、地域において、その特定の人々に対して嫌がらせ、暴力やいじめなどの行為や差別をすること。世界的、歴史的に、各種の事例が存在している。

*3【ヘイトクライム(英語: hate crime)】:
別名、憎悪犯罪。人種、宗教、性に対する偏見や差別などが原因で起こる犯罪行為の総称。